コロシアム殺人事件3
二章 カストルとポルクス
ゼリィの硬粘物質を使った伸縮性の蹴りを受け、詠は後方に吹き飛ばされた。
観客席にいるひのりもその姿を捉えている。
「どうしよう空乃先輩、天札くんが!」
「そうですね。悪食の黒は確かに強力ですが、詠くんの得意とする近接戦闘術の一切が通らないあの異能相手とは相性が悪いです。でも」
「勝つのは天札君。そうでしょう?」
「おや、珍しく意見が合いましたね。ミオさん。」
◇
「(今、オレが咀嚼できる能力は9つ。埋葬傷奈のときみたいに刻まれる災厄を使えば突破できるかもしれないけどまだ使いたくない。どうする…?)」
「温存も結構だがよォ、もっと柔軟に考えろよ詠ィ。」
詠の首からグラトが飛び出し、その黒く光る牙を見せつける。
「咀嚼にはまだ可能性がアるぜ。足し算じゃなく《《掛け算》》でやってみな。ここから先は言わなくても分かるだろ?運命共同体さんよォ?」
「あぁ。これであいつを喰らえる。」
「余所見してると、絡めとるぜぇ?」
ゼリィがゼリー状の触手を何本も伸ばして捕えようとする。
「首ったけ、咀嚼!」
動体視力を強化し、詠はするりと踊るように躱す。次に氷の刀を再度生成し、同じようにゼリィの紫色の鎧に向かって切りつけようとする。
「また同じ手かぁ?甘すぎて胃もたれするぜぇ。」
だが悲鳴を上げたのはゼリィだった。
「なっ!?痛ぇ!俺が斬られた…だとぉ?」
さらに氷の刀の柄で、続けざまに剣撃を打たれた鈍痛でゼリィは気を失いかけ、仰向けに倒れる。その眼前で詠が刀を突きつけていた。
「ちっ、完敗だなぁ。俺の負けでいいぜぇ。」
「おっとゼリィ藤村選手の敗北宣言!下馬評を覆した圧巻の試合でした!第一試合はヨル選手の勝利だァ!」
イイシマが終了を宣言すると、観客席から割れんばかりの歓声が会場中に鳴り響く。
「流石は天札だな。」
「当然ですよ医雀先生。詠くんはウチのエースですからね。」
空乃がふふんと、医雀に対して得意げに答えた。
リングから降りようとする詠にゼリィが声をかける。
「兄さんさっきの技、どうやってやったんだぁ?」
「簡単だよ。摩擦係数をいじった。」
詠は氷の刀で斬る瞬間、鋏屋戦でも使った絆絆絆の咀嚼能力を《氷の刀に纏わせ》、摩擦係数を限りなく少なくしてベタつくゼリー状の鎧を切り裂いてゼリィの身体を斬った。これが咀嚼の掛け算のカラクリの正体。
「方法は企業秘密ってわけかぁ。でも熱かったぜぇ。また戦ろうやぁ。」
「あぁ、機会があればな。」
♢
「それでは第二試合です!タイガー選手VS深去 霞選手!」
試合が間もなく始まろうとしているが、それを見ていた詠は浮かない顔をしていた。
「ヨルくんどうしたの?タイガーくんの方を見て…あ、もしかして⋯」
「キズ。オレは不安でしょうがないよ…」
そして試合が始まった。芥丸はゴングと同時に嵐式吸引拳銃を生成する。
「あら、物体生成系なのね。お姉さんドキドキしちゃうわ…」
深去はピンク色のペットケージを持ちながら笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
「は、はぁ?色仕掛けのつもりかよ?マジで撃つぞ!」
それでも、近づく足は止めない。
ダァン!
一発だけ撃った威嚇射撃が足元に着弾する。
「きゃあっ!」
「えっ!大丈夫か!?」
「痛い…」
しまったという顔をして芥丸が駆け寄るが大きなケガはしていない。ひとまず安堵するが深去は芥丸の肩に手をまわして、自身の豊かな場所を芥丸の腕に押し付けるようにして立ち上がった。
「優しいのね。ありがとう。さっきので足を捻っちゃったから私を医務室まで連れて行ってくれるかな?」
「ハイッ!分かりました!」
そうしてリングの外に向かって二人で歩いていく。芥丸はまるでデート気分のように終始ニヤついていたが、そこで目の覚めるような声で詠が叫ぶ。
「ダメだタイガー!」
「え?だって医務室にって」
「彼女は《《リタイヤする》》なんて一言も言っていない!試合はまだ終わってないぞ!」
「あら、バレちゃったわね。」
「へ?」
リングの一番端まで来たところで深去のローキックが芥丸の足を払い
芥丸はリングの外の人工芝に落ちた。
同時に詠は片手で、絆奈は両手で顔を覆って今日イチのため息をついた。
「タイガー選手リングアウト!勝者、深去霞選手!」
♢
余りにも情けなく敗退してしまった芥丸は観客席に戻り、ひのりからお説教を正座で受けさせられていた。
「もー!芥丸くんのばかー!すけべ!えっち!ちょっとお胸が大きいからってあんな人に引っかかるなんて!」
「あぃ…すんませんした⋯」
柴犬の仮面がトラの仮面を正座させている絵面だけ切り取れば何とも微笑ましい。
「豊花、もういいだろ?芥丸を推薦したのは俺だ。異能の系統的にコロシアム向きだって思ったからプッシュしちまったんだ。だから」
「先生は黙ってて!それとこれとは話は別!大体いつもそう!やってるスマホゲームだってお胸の大きい女の子が出てくるのばっかり!絆奈ちゃんは芥丸くんの話に乗ってくれるけど、そういう話が嫌な子もいるから!男の子だからそういうこと考えちゃうのは仕方ないけど大体芥丸くんは…」
くどくど、くどくど…
「ひ、ひのりさんそろそろその辺に…」
二降が見かねて珍しく弱々しい物言いで助け舟を出した。
「分かりました!今日はここまでにしてあげる!言い過ぎたかも!ごめんね!」
「その熱量保ったまま反省できるの、すごいですねひのりん…」
空乃はひのりの怒り制御術(?)に感心しつつ、少し気になったことがあったので小声で聞いてみた。
「前から思ってたんですが、ひのりんってタイガーに対して厳しくないですか?私達や詠くんには優しいのに。」
「そうですかね〜?うーん、あぁいう芥丸くんを見ると、心がムズムズするっていうか…でも芥丸君はいざという時、いつもあたしを守ってくれるヒーローなんです。たまにですけど凄くカッコいいんですよ?」
その後ひのりは芥丸の隣に行き、言い過ぎちゃってごめんねと毛布を抱きながら頭を下げていた。
空乃はそんな微笑ましい光景を見て、少し笑う。
「(タイガー…多くは語りませんが、頑張って下さいね。)」
♢
ゴングが鳴り第三試合、絆奈と出靡 虎飼との試合が始まった。
オッズは絆奈が3.7倍、出靡が1.36倍とかなり差がある。
「さぁて先手必勝でいくっスよ!光陰矢の如しッ!」
ゴングが鳴った瞬間、出靡が凄まじい速さで絆奈に突っ込んでくる。
「わわっ!」
辛うじて転がって回避し、出靡がギャリギャリ音を立てながらブレーキをかけ、火花が上がるがさらに加速して絆奈に再度突っ込む。
「光陰矢の如しッ!」
「わ~っ!?」
光陰矢の如し。1秒間のみ、自分の動作速度を最大20倍にするシンプルな能力。
一気にリング外へ運ぼうとする出靡の猛追を紙一重で絆奈はかいくぐっているが、このままでは時間の問題。
それを見かねた観客席の芥丸が叫ぶ。
「医雀先生!絆奈をリタイヤさせないとこのままじゃヤバいって!」
「慌てんな芥丸。この前言ってたろ?尸良咲には《《秘密兵器》》があるって。」
「そろそろリタイヤしたらどうっスか?仮面被ってて分からないけれど、キミ絶対可愛いでしょ。コロシアム終わったら俺とデートしようよ」
出靡は肩にかけたヘッドホンを指で弾きながら言った。
「うーん、あなたみたいなチャラチャラした人はタイプじゃないかも。あとさ。」
「私、好きな人がいるから。ごめんなさい。」
試合をラウンジのモニターで見ていた詠が、仮面をこれでもかと顔を見られないように押し付けた。
「大切な人を傷付けた過ちから私は目を背けない。傷奈も絆奈だから。」
そして小さく語りかけるように
告げた。
「行くよ傷奈ちゃん。双星点α。」
ロゼ色の炎が絆奈の身体を包み、それを手で振り払うとそこに居たのは
銀髪を靡かせる、埋葬傷奈その人だった。
「嘘だろ…?」
詠は戦慄した。仮面を付けているが見間違うはずがない。妖刀・禍は確かに折って破壊したはず。埋葬傷奈という人格も無くなっているはずなのだ。
戦慄は観客席でも同じ、異能研究部の医雀以外の全員が驚きを隠せなかった。
「ふふっ。待たせたね。じゃあ再始動と行こうか。」
「…肌を刺すような殺気。随分と雰囲気が変わったっスね。でもMAXの二十速を出した俺を捉えることは出来ないっスよ。」
出靡の腿と脹脛の筋肉が蒸気機関のようにボボボッ!という音と共に上下し始める。
そして前傾姿勢のまま左足を弓のように引き、
飛んだ。
「光陰矢の如し・二十頂速ッ!」
「避けろ埋葬傷奈!あれはいくらお前でも!」
そんな詠の叫びが言い終わる前に
出靡は吹き飛ばされて空を舞い、埋葬傷奈の頭上をとうに通過していた。
彼女の手にはいつの間にか医雀の変形式の錫杖が握られている。
「二十速?眠くなっちゃうよ。それだけあればヨミくんの好きなところを三十は挙げられる。」
空を舞った出靡がリング外の芝生に落ち、その勢いで壁に勢いよく激突した。
会場が、しんと静まり返った。
そして
間髪入れずの大歓声で会場が揺れる。
「ま、まさに圧倒的ッ!これは大金星!キズ選手の勝利だ~ッ!」
♢
第三試合が終わったばかりの埋葬傷奈が自身の控室に行くのを見計らって、詠が近づく。
「…どういうことか説明してもらえるか。」
「いいよ。でもこの姿じゃ話し辛いでしょ。双星点β。」
再び彼女はロゼ色の炎に包まれ、埋葬傷奈の妖艶な笑みとは正反対の可憐な笑みがそこにはあった。
「えへへ。驚かそうと思っていたんだけど黙っていてごめんね。確かに禍は折れちゃったけどさ。私、傷奈ちゃんの罪も背負って生きるって決めたんだ。そしたら私と交代して力を貸してくれるようになって…今は1日10分が限界だけどね。」
絆奈の話では医雀だけにはこの姿を見せ、気持ちの整理、安全性、制御ができているならと変形式の錫杖を貸してくれたらしい。
詠にグラトがいるように、絆奈にも埋葬傷奈という運命共同体ができた。意中の人物を殺そうとした女であり、受け入れるのは相当の覚悟と葛藤があったはず。だがその罪を絆奈は共に背負おうとしていたのだ。
傷奈も、絆奈である。
双星点αで埋葬傷奈へ。双星点βで尸良咲絆奈へ戻るという二つの異能を一人の人間が持つ、新しい絆奈へと生まれ変わった。
「だからね、ヨミくん」
「私を大人にしてくれてありが」
「バカ!」
詠は仮面で見えない顔を真っ赤にして絆奈にチョップをかました。
「痛い!何するのヨミくんのばか!」
「バカはお前だよ!絶対それ人前で言うなよ!?誤解されるから!」
「…へぇ、人前じゃなかったらいいの?」
いつの間にか絆奈は埋葬傷奈になっていた。仮面を外した彼女の蠱惑的な笑みが詠の瞳に移る。
「…大バカ」
そんな時だった。
「わぁぁぁっ!?」
女性の悲鳴が聞こえ、詠と絆奈はリングへの入場口の近くの長い通路まで進む。
そこで彼らが見たのは
背中から赤い液体を垂れ流し、うつ伏せでぴくりとも動かないモバイルマンと
尻餅をつく熾堂ラグナの姿だった。




