コロシアム殺人事件1
序章 天真爛漫☆ニューフェイス
10月。
季節は秋。校門にある落ち葉をカサカサと生徒達が踏む音が心地よく響く。
市立巾離高校では冬服の黒のブレザーで登校している生徒が多くなった。制服の衣替え期間もあってか朝から生徒たちの喧騒がいつもより大きく響く。
「医雀先生おはようございまーす!」
「おう、おはよう。」
医雀は恐らく一年生であろう男子生徒3人から声をかけられた。直後に真ん中の少し明るい髪色の男子が口を開いた。
「医雀先生、今度は誰にフラれるんすかー?」
「お前っ、それ誰から聞きやがった!」
「わ〜逃げろー!非モテがうつるー!行き遅れる〜!色情魔〜!」
「誰が色情魔だァ!待てやコラァァァァッ!」
男子たちはすぐに階段を上って行ってしまうが、医雀は白衣を靡かせて彼らを追いかけようとする。
「医雀先生、廊下は走らないっ!」
「はい!」
慣性の法則を無視して医雀がその場に急停止する。医雀を背後から鶴の一声で止めたのは詠・芥丸・ひのりの在籍する1-1のクラス担任の女教師だった。医雀の記憶では自分より2つ年上だが小柄であどけない童顔のため20代後半くらいにしか見えない。
「私のクラスに今日から入る《《転入生》》の手続きを申し出ていただいたのはとてもありがたかったですが、それとこれとは話が別です!気を付けてくださいね。」
女教師はショートの茶髪を耳にかけて、スタスタと行ってしまった。
「へへ…怒られちった。」
「…貴方って年上の女性なら誰でもいいのね。」
「いや、誰でもいいわけじゃ…って二降!?」
遠くからそれをジト目で見ていた二降が近づいてきた。最近彼女は雰囲気が柔らかくなったと評判で、男女関係なく学園の女神的存在となっている。黒のブレザーは彼女のスタイルの良さも相まってよく似合っている。
そして珍しいことに隣には空乃の姿もあった。
「おはようございます。医雀先生ってスケベなんですね。」
「いや朝の挨拶に添える言葉じゃねぇだろ砂海…」
空乃が赤縁の眼鏡を上げながら、一切顔色を変えずに言うので苦笑いしか出ない。
「っていうか、なんで俺の醜態が広まってんだよ…ちょっと一回、綺麗なおねーちゃんのいるお店で飲んで、外に出て二人で飲もうぜって言ったら秒で断られただけじゃねぇかよ。」
二人して心の底からため息が出た。
二降と空乃はこの一ヶ月間、その《《転入生》》のことで、医雀が手続きをしながら蠍會の動きも追うという多忙な毎日を送っていたことを知っている。一年生組を驚かせてやろうと、二降と空乃以外は《《転入生》》の事は知らない。
そんないつになく真面目な医雀を二人は労おうと思っていたのだ。そんな気の休まらない日々にストレスを感じてお店に行ったのだと想像できる。
「まぁいいわ。噂については私が何とかしておくから。自覚はないかもしれないけれど、貴方は一番生徒から人望がある教師よ。胸を張りなさい。だからこそ異能研究部の顧問をお願いしたのだから。」
「ミオさんの言う通りですよ。医雀先生は私達を支えてくれる縁の下の力持ちというやつです。これからも頼りにしています。」
「お前ら…」
年齢を重ねると涙もろくなっていけない。目頭がきゅっと熱くなる。無精髭を触りつつ「バカ」と悪態をつかないと恥ずかしくてしょうがなかった。
すると二降が少し優しげな声色で問いかける。
「天札君達のクラスに入れるようにしたのもすぐに打ち解けられるようにする配慮なのよね。別に天札君達のクラス担任とお近づきになりたいとか、そんな風に思っていないのも知っているわ。」
「………………当たり前だろ?」
絆を感じた暖かな空間。
それは医雀が生み出した謎の間により、一瞬でその空間は氷点下まで下回った。
「…この変態。」
「ケダモノ、ここに極まれりですね。」
この日、医雀与一郎・34歳は世界一美しい姿勢で謝罪をした。
♢
詠、芥丸、ひのりが所属する1-1のHR。
そのの時間ぴったりにクラス担任の女教師が引き戸を空けて入ってきた。
「おはようございます。突然ですが今日から皆さんと一緒に過ごすことになる転入生を紹介したいと思います。」
詠は自分の一つ前の席の芥丸が、目にも止まらぬ速さで挙手したのを目撃した。
「先生っ!女子ですか!」
「先生は女性です。まぁ女の子ですね。」
それを聞いた瞬間、クラスの男子&芥丸が勝鬨を上げるかのような雄叫びがクラスを揺らした。誇張して言えばそれは雨雨レインのライブ級の歓声。どこから持ってきたのか法螺貝まで吹いている奴もいる。このクラスはどこの戦場へ向かおうとしているのか、と詠は苦笑い。
「女の子一人でこの盛り上がり…すごいねぇ天札くん。」
「そうだな。」
一つ後ろの席のひのりが詠に耳打ちした。これだから男子は…と思っているようで若干引いているらしい。
「はい静かに!さ、入ってきていいですよ~。」
ガラガラ…
そこに現れたのは透き通った長い茶髪をウェーブにし、シオンの髪飾りを付けた黒いブレザーの女子。
無邪気さと清楚さを足して二で割ったような彼女の名は。
「絆奈⁉」
思わず詠が目を丸くして大声でその名前を呼ぶ。いつも物静かな詠が素っ頓狂な声で叫んだので担任もギョッとした。
「天札さん?」
「すみません。なんでもないです…」
絆奈はこちらに小さく手を振ってウィンクをした。そして転入生のテンプレイベント、黒板にチョークで尸良咲絆奈の名前を書いていく。
「皆さん初めまして!尸良咲絆奈って言いますっ!今日から1-1の皆さんと一緒に青春!していこうと思っています。よろしくお願いしますね!」
「超絶美少女キタァ!」
「めっちゃ可愛い!」
「正統派お清楚ォ!」
「はいはい、静かにね。えーとじゃあ尸良咲さんの席は…」
詠には分かっていた。このクラスに空いている席なんて一つしかない。それは…
「天札君の隣が空いているからそこに座ってね。」
それ見たことか。
「よろしくねヨミくん♪」
「あぁ、よろしく…」
晦の診療所で起きた《《あの夜》》のことを思い出して詠は絆奈の顔をあまり見れなかった。
♢
「ということで、改めまして尸良咲絆奈です!今日から異能研究部に入部させていただきます!よろしくお願いしますねっ。」
その日の夕方、地下一階の部室では絆奈の歓迎会が行われていた。簡易的に連結された机にはスナック菓子やジュースなどの高校生らしいものが並ぶ。
「絆奈ちゃんよろしくね!あたしは」
「豊花ひのりちゃんだよね!あ、ほっぺ触らせて!」
「え?」
ぷにぷにぷにぷに…
「やっぱり…ひのりちゃんほっぺ柔らかい!お餅みたい!」
「じ、自由だねぇ…じゃああたしからも仕返しだ〜!」
「わ~!」
一年生女子コンビは性格も似ているせいかすっかり仲良くなったようで、その他にも芥丸とスマホゲームで対戦したり、空乃と二降とは詠の昔の話などで盛り上がっていた。(余計なことを口走る度に詠が制止した。)
歓迎会は大いに盛り上がり、縁もたけなわとなったところで医雀が部室に入ってきた。
詠と絆奈は直接お礼を言いたかったのでちょうどいいタイミングだった。
「あ、医雀先生。絆奈のことありがとうございました。転入の手続き大変でしたよね。」
「私も転入させてもらって嬉しいです。ありがとうございました!」
「おう天札、尸良咲。いいってことよ。また蠍會に狙われるかもしれないし、ここに居れば俺達で守れるだろ?ま、そういうことだよ。」
こうして絆奈が正式に入部し、ここに新たなる異能研究部が誕生した。
「…ってオイ!イイ加減オレ様を紹介しやがれェ!!」
「あ、グラト!」
詠の中から出てきた、黒い靄を纏った口だけの化け物に、詠以外の全員が目を見を開いて驚く。入院していた時に説明できればよかったのだが生憎、詠の頭から抜け出ていた。
グラトの代わりに今度こそ紹介する。
「大丈夫だよみんな、こいつはグラト。オレの異能の核の部分で、口は悪いけど【氷河の夜】の時にオレの命も救ってくれたいい奴だよ。最近ついに復活したっていうか、説明が難しいんだけどもう一人のオレ自身というか一心同体の存在だな。」
「まァオ前らのことは詠と記憶を共有してっからよーく知ってるぜ。よろしくなァ?」
「よろしくお願いしますね。えーと、グラたん。」
「グ・ラ・ト!グラタンみてェに言ウんじゃねェ空乃ォ!」
「見てひのりちゃんキモかわいー!」
「ねー絆奈ちゃん!黒い靄の所はちょっと暖かいんだね」
「え、マジ?俺にも触らして!」
「痛てててッ!オイ引っ張るな一年ズ!噛むぞボケェ!」
その光景を二降と医雀は遠くから見ていた。
「はしゃぎすぎよ、全くあの子達は…」
「まぁいいじゃねえか。しかしここも大所帯になったな二降。」
蠍會を倒すべく、二降と医雀の二人から始まったこの異能研究部。だが【氷河の夜】の一件から詠、芥丸、ひのりが成り行きで入部し、デッドラインの件で空乃が入部。そして今日、絆奈を迎えることが出来た。
同時に埋葬傷奈が居なくなったことで、蠍會・大幹部、劇毒は残りあと3人。蠍會打倒という途方もない計画だったものが現実味を帯びてきた。これは大きな前進だ。
「このまま誰一人欠けることなく、進み続けましょう。私達なら出来るわ。」
「あぁ。やってやろうぜ二降。」
二人は拳をグーにして軽くぶつけ合った。
♢
― 翌日、異能研究部部室 ―
「さて、今回の蠍會打倒への計画だが今回は」
医雀が黒板にチョークを走らせて漢字二文字を書いた。
「潜入だ。」
「潜入!?蠍會にですか?それってすごく危ないんじゃ…」
「大丈夫だ豊花。流石に敵の本丸にはまだ近づかない。俺が言っているのはこれのことだ。」
医雀はPCをタイプして一枚の文字付の画像を部員全員に見せた。
[第11回The Colosseum開催!異能を操りし猛者達よ、今ここに集え。優勝賞金はなんと5億円!]
「こ、ころせうま?馬を殺すってことか?」
「コロシアムですタイガー。つまり闘技場ですね。これがどうかしたのですか?」
「話が早くて助かるぜ砂海。この記事はダークウェブで見つけたもの、つまり通常の検索エンジンでは出て来ねぇ。[異能を操りし猛者達]で大体察するところはあるが、これは蠍會主宰の興行イベントだ。非合法のファイトクラブみたいなもんだな。賞金目当てで来る奴も多そうだが蠍會のことだ。
才に秀でた優勝者に賞金だけ与えてバイバイで済ますはずがねぇ。だからここに集まった奴の中から、新しい戦力を《《作り上げようと》》する計画だと俺は推測する。」
医雀の言うことは尤もだった。
これを主宰するとなると蠍會でもかなりの重役が担当することになるだろう。もし接触すれば有益な情報を得られる、この興行を止めることが出来れば蠍會の新規入会者を減らすことにも繋がる一石何鳥にもなる作戦だった。
問題は誰が潜入して出場するかだ。ボマーゲームの一件で異能研究部の顔が割れていることが判明しているので、素顔を晒すわけにはいかない。
「で、人選だがコロシアムに参加するのは天札、芥丸、尸良咲の三人が適任だと思ってる。頼めるか?」
医雀の頼みに怪訝な顔をした芥丸が反応する。
「俺はいいっすけど、絆奈はもう妖刀・禍がないんだろ?じゃあ戦うのはまずいんじゃね?」
「心配してくれてありがとう芥丸くん。でも大丈夫、今の私には《《秘密兵器》》があるからね。」
芥丸達が不思議がる中、絆奈が医雀の方に視線を送ると、医雀が「ぶちかましてやれ」とばかりに笑顔交じりのウィンクをした。
♢
コロシアム当日、
会場には剣の鞘だけを背負いポケットに手を突っ込んだ赤髪ポニテの女が、入り口に立っていた。
「…アタシ一人にここまでするかよ。でもこうなった以上、玄百は絶対に取り戻す。そしてアイツをブッ潰す。誰にも邪魔させない。アタシの人生をいつまでも縛りやがって…」
女の声は怨嗟に満ちていた。女の言うその男は、自分がとっくに捨てた場所から今でも毒虫のように這いまわってくる。
そして彼女の身体を流れるものは
血筋という切れない呪い。
「クソ親父…っ!」




