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禍《マガ》8(終)

終章 蠍會最強の男


そうして詠と絆奈は一ヶ月弱を、今までできなかった思い出話に花を咲かせながらそこで過ごした。


闇医者・(つごもり)の診断によると、元々絆奈が持っていた難病は妖刀・(マガ)が、肉体と精神を支配する過程で綺麗さっぱりと無くなっていたらしい。絆奈は涙を流して喜び、詠は絆奈の頭を撫でた。


これで本当の意味で、彼女を縛るものは無くなった。皮肉にも(マガ)は彼女に未来を与えたのだ。



もうその頃には、長い夏の終わりを感じさせる涼やかな風が病室を吹き抜けていったのだった。



だが同時に、


《《蠍會最強の男》》が起こしたとある事件も既に終わっていた。



それは大きな波紋となって彼らを更なる事件(ミステリ)へと異能研究部を誘うことになる。






― 蠍會地下八階 ―


時代背景が分からなくなるような薄明かりが灯るランプに石壁で囲まれた階層。そこは蠍會の會員ですらあまり寄り付かない階層だった。理由は明白、そこがいわゆる地下牢のような場所だからだ。地下牢とは言いつつ鉄格子の中で臭い飯を食わせるわけではない。安いホテルの一室のような場所がいくつもあり、そこで異能(ミステル)に目覚めた使えそうな人材をスカウト、又は攫ってきてはそこに収容している。


そんな場所に金色の巨大な竜が入った黒の長袍(チャンパオ)を着た老人が入ってきた。他の部屋には目もくれず、とある一つの部屋にノックなしでカードキーを使って入る。中には金髪糸目の青年、フリールポライターの玄百(クロナ)が重傷を負ってベッドの上に倒れていた。


「…何度でも言うけど僕ァ撒き餌にはならない。こんな事しても無駄っすよ。」


「それを決めるのはお前ではない。お前に(ほだ)されて自分の道を見失った《《奴自身》》が決めることだ。」


老人は冷徹に言い放った。


「奴…?アンタがそんなだからお嬢は蠍會から出ていったんじゃないのかよ!だってアンタとお嬢は」



ドゴッ!


自分が蹴られて壁にぶつかったのだと気づいたのは、顔から床に落ちてからだった。


「吠えるな小僧が。貴様はそこで《《コロシアム》》の日まで大人しく転がっておけ。」




玄百(クロナ)は激痛で薄れゆく意識の中で一ヶ月前のことを思い出した。





「埋葬傷奈の正体、そしてあの天札詠との激闘もバッチリカメラに収めた!今日は最高の日だな~これはお嬢にも報告しないと。」


閑静な住宅地を歩く玄百(クロナ)は嬉しそうに鼻歌を歌いながら帰路についている途中だった。

「…?」


微かな足音が聞こえてふとその足を止め、振り向くがそこにはゴミの収集ボックスがあるだけで誰もいない。職業柄おかしな記事を書いて追われたり、熾堂(しどう)ラグナと行動を共にすることになってからこのように襲撃されることは日常茶飯事だった。だからこそ、人の足音に敏感な彼は戦慄した。


自分は意図して振り向かせられたのだと。




「今宵は満月じゃな。」


「っ⁉」


一瞬で背後に回られた玄百(クロナ)は目の前の老人と距離を取るために飛び退いた。警戒は緩めない。


「アンタは…蠍會大幹部・劇毒(アドベノム)凋落毒(ちょうらくどく)のギリュウ…!?一体なんの用?」


この接触は偶然ではない。

確実に自分の素性が割れていると思い、無知なフリは避けた。



「儂のことを知っているなら話は早い。単刀直入に聞くぞ。」


ギリュウが一切表情を変えずに言った。



熾堂(しどう)ラグナはどこじゃ。」


今までお嬢こと、熾堂(しどう)ラグナを劇毒(アドベノム)、¨陶酔毒(とうすいどく)¨のイサリビとして、蠍會に再び引き入れようとするべく襲撃してきた輩は百を超える。だがこの時ばかりはまたか、とは思わなかった。ついにこの男が来たかという畏怖の感情が強い。


ラグナとはいつも一緒というわけではない。急にどこかへフラッと行ってしまう猫のような女だ。きっとまたどこかで飲みにでも行っているのだろう。ラグナ不在中に襲撃されたと言っても彼女は笑って酒の肴にでもするに違いない。


だが目の前のこの男は別だ。なぜならこの男は…


「知らないっすよマジで。飲みにでも行ってるんじゃないですかね。」


絶対に会わせる訳にはいかない。彼女には世界の広さを教えられた。自分の知らない世界を教えてくれる人。


そして与えられたのだ。死んだように生きていた彼を生者にしてくれた言葉を。


玄百(クロナ)士郎、アタシと自由に生きてみない?物事の白黒は君自身がこれから知っていくんだ。】


玄百(クロナ)の糸目が開かれてギリュウの姿を捉え続ける。


「そうか…であれば貴様を連れていく。」


短くそう告げると、ギリュウはこちらに向かって走り出す。


ギュンッ!という無理やり空気を切り裂く音が玄百(クロナ)にも聞こえた。



「いや速っ!連続性天体(フラクタルムーヴ)ッ!」


玄百(クロナ)もそう短く言うと、勢いよくギリュウとは反対方向に逃げていく。


ドッ!


ギリュウの身体が何もないところで、正確には先ほどまで玄百(クロナ)が居た場所で何かにぶつかる。


「む?」


「(サンキュー《《一秒前の自分》》。僕ァ逃げるっ!というかそれ一択!三十六計逃げるに如かず!)」



玄百(クロナ)連続性天体(フラクタルムーヴ)。その能力は、自分が起こした動作の軌道を触れられるものとして5秒間その場に残すというもの。その名の通り、同じ形が規則的に続いていくフラクタル構造を描くように彼の起こした動作は、彼にしか見えない軌道を描き出す。この能力で数えきれないほどの蠍會の刺客を撃退、又は撒いてきた。


T字路を抜け、通路を塞ぐように実態のある軌道を残し続け、やがて公園の大きなドーム状の遊具の中に隠れた。

老人の姿は見えず、足音も全く聞こえなくなった。

今夜は風も吹かない静かな夜で隠れるにはあまり適さない。よく木の枝を足で折る音で位置がバレるという展開があるがここでは尚更だろう。無論そんなミスを犯す玄百(クロナ)ではない。

「(撒けた…わけじゃないみたいだけど気配はなくなったね。)」


そう、気配はない。



地上(そこ)には。



ドーム状の遊具の真上から何かが落ちてくる。ひゅう、という高い風切り音が聞こえて玄百(クロナ)が遊具から外へ走り出す。


「マジか…っ!」

そこから離れるがすぐに後ろから破壊音がけたたましく鳴り響いた。



罅龍(かりゅう)。」



電柱のてっぺんから飛び降りたギリュウがドーム状の遊具に掌底を打つ。瞬く間にヒビが波状に広がり、一気に弾けた。飛んできた破片に巻き込まれた玄百(クロナ)は吹き飛ばされ、地面に背中をつける前に腹に拳を喰らった。


ダンプカーが突っ込んできたような衝撃で半分意識が飛ぶ。


「がっ…っ⁉ぐっ!」


崩れた不安定の体勢からハイキックをギリュウの顔に放つが裏拳で弾かれる。

ギリュウは隙の出来た玄百(クロナ)の頭部を鷲掴みにし、そのまま地面に叩き落とした。


「苦し紛れとはいえ儂に反撃するとは。じゃが空中(うえ)も警戒すべきじゃったな。だが筋は良し。貴様のような伏龍(ふくりゅう)はそうはいない。どうじゃ儂の弟子になるか?最強の戦士に育ててやる。」



「ふざけろジジイ…っ!僕ァそんなモン興味ないんだよ。生き方は…自分の生き方は自分で決める!」


玄百(クロナ)の糸目が開かれて、ギリュウを射殺しかねないほどの眼力で睨み付ける。取材中の飄々とした玄百(クロナ)からは考えられない、反抗を宿した目。



「そうか。」




「…ならば落として連れていく。」


「ッ!お嬢、逃げ…」

ギリュウの脳天締めにより、玄百(クロナ)はそこで意識を失った。




やがて近くの住民が凄まじい衝撃音を聞きつけてやって来たが、あるのはバラバラに破壊された遊具のみ、そこには誰もいなかった。その小さな事件の目撃者も誰もいない。


これがお嬢こと、熾堂(しどう)ラグナの耳に届いたのは1週間後のことだった。






「ご苦労様、ギリュウ。埋葬傷奈がまだ行方不明なのは大きいけど、君が居れば蠍會は安泰だね。これでイサリビ…いや熾堂(しどう)ラグナが戻ってくれれば策は成功だ。」


「恐悦至極です。我が主よ。」


蠍會のボス、スコーピオンの自室に呼ばれたギリュウが頭を下げた。


「君は単純な戦闘技術でなら《《僕より強い》》からね。でもやっとラグナに会えるから嬉しいんじゃないかいギリュウ。あの子は君の」


「儂はまだ仕事がありますので、これにて失礼致します。」


ギリュウは金色の巨大な竜が入った黒の長袍(チャンパオ)をなびかせて部屋を出ていった。


「相変わらず一本気で頑固だねぇ。分かったよ。」





蠍會は埋葬傷奈というカードを失った。


だが、蠍會にはまだこの男がいる。


そして、蠍會の次の一手はこの男より始まることになる。



「待っていろ小僧共。ここからは最早戦闘ではない。」


蠍會最強の男が、動く。




「一方的な、蹂躙じゃ。」





続く


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