禍《マガ》7
五章 紫電一閃/運命は手癖が悪い
「はぁぁっ!」
「ははっ♪」
詠が悪食の黒で生み出した氷の刀が振り抜かれる。
そして埋葬傷奈の禍の刀身が舞い踊る。
月夜が照らす森の中で彼らの影は何度も形を変えていった。
「もう分かったよね…?私はこの世界に存在しない人間なのさ。妖刀・禍、その突然変異の異能の能力で、尸良咲絆奈ちゃんの身体を借りなきゃ生きられない。だから生死を懸けた、死に近づくような戦いでこそ私は生を実感できるんだよ!」
「っ!絆奈は埋葬傷奈を倒してくれなんて一言も言わなかった!あいつはきっと、お前にだって生きていてほしいって思ってたんだぞ!」
もう何度目かの衝突。ギィンッ!という硬く重い刀同士がぶつかり合う音が響き続けている。
絆奈は埋葬傷奈も自分自身だと思っている。病室であの妖刀・禍に手を伸ばしてしまった罪の意識を握ったまま今に至る。
その強い思いが、詠本人との戦いで禍の支配を緩ませた結果、絆奈は埋葬された意識の中から解放されたのだ。
埋葬傷奈が今までやってきたことも知っている。
全ては自分の身可愛さにパンドラの箱を開けてしまった自分の弱さから始まったのだと。
尸良咲絆奈はどこまでも強く、優しい。
悪事に加担してしまった罪の意識に押し潰されそうになりながらも、それから目を逸らさずに絆奈は生きていこうとしている。
そんな彼女に、詠はもう一度会いたいと切に願う。
詠は後ろに飛び退き絆絆絆で地面を滑走し、嵐式吸引拳銃を同時に咀嚼して黒い拳銃を乱射する。
だが紙一重の所で全て弾かれてしまうか、多くの樹木に阻まれてしまうかのどちらかだった。
「くそっ!だったら奥の手だ…!」
詠は苦悶の表情を浮かべながら、決意を胸に目を血走らせた。
諸刃の剣を使う時は今だ。
「現れぬ待ち人!吠える暴狼!はぁ…っ…吹雪く花弁…」
「咀嚼っ!」
「っ⁉三つ同時に咀嚼だって⁉」
分身×跳躍力強化×氷の刀を二本生成。凄まじい機動力で幾重にも重なる刃を、埋葬傷奈に打ち込んでいく。流石の埋葬傷奈もこれには焦りの表情を見せた。
「ぐっ⁉」
「おぉぉぉぉぉぉっ!埋葬傷奈ァァァッ!」
「最っ高だよヨミ君っ!!!!!はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
目にも止まらぬ剣撃の雨。
埋葬傷奈は百を超える太刀筋を全て禍で受け止め、その一瞬の隙をついて詠の足を払い、蹴り飛ばした。
詠は受け身も取れずに宙を舞って土煙をあげながら、転がった。
「~っっっ!ゲホッッ!かはっ…ぁ…これでも、ダメなのかよっ…!」
「今のは最高にゾクゾクしたよ。一瞬だけ生と死の狭間に夢想した。でも流石に身体に甚大な負荷がかかるようだね。乱発したら本当に死んじゃうよ?」
「そうでもしなきゃッ!」
詠が既に疲労まみれの身体を起こして叫ぶ。だがその目と声だけは死んでいない。
「そうでもしなきゃ絆奈を…取り戻せないだろ。お前と初めて会ったとき、本当ならあそこでオレは死んでたんだ。命くらい賭けなきゃお前に…届かない。」
それを聞き、埋葬傷奈はロゼ色の瞳を輝かせながら、今までで一番の恍惚の表情を見せた。
埋葬傷奈にとって戦うことは生を実感すること、そして
《《人を知ること》》でもあった。
詠が会話や観察で人を知っていくのだとしたら、埋葬傷奈は命を懸けた死闘でこそ人を知っていく。正しくは禍が作り上げた埋葬傷奈という存在は、なのかもしれないが。
「それと一つ聞きたいんだけど、埋葬傷奈。お前はこれでもまだ本気じゃないんだよな。」
「さっきので7割ちょっと…かな。」
「っ…ふざけろよマジで…」
つい、絶望で笑みが出た。詠の奥の手である三つ同時発動の咀嚼での連撃を7割くらいの力で止められ、決定打を与えられない。
「でもヨミ君がそこまで求めてくれたんだから、見せてあげないとね。」
埋葬傷奈の瞳と同じロゼ色のオーラが彼女から勢いよく放出される。
「埋葬傷奈の、10割。」
禍が淡く不気味に光り、埋葬傷奈が居合いのような体制で静かに腰を落とす。寸分たりとも隙が無い。間合いに入ったら五体のいずれかは確実に吹き飛ぶ。今の埋葬傷奈は大鎌を持つ死神にすら見えた。
「啼鳴禍流。」
振り抜かれた禍からうねるオーラが直角に、それでいて不規則に曲がり続け、氷の刀でのガードをも貫き、詠は遥か後方に何回転も転がりながら吹き飛ばされた。
「かっ…ごほっ…ぁ」
恐らく肋骨が折れた。口から血の塊が溢れ出る。
埋葬傷奈はさらに詠の元へと走り、その勢いでさらに禍を振り上げた。
「まだ行くよ。禍骸鳴ッ!」
ロゼ色のオーラが禍に纏わりつき膨らみ、バチバチと黒く発光する。
「ふっ!」
ズゥン…!
オーラ上に迸る雷が勢いよく地面に激突すると、低く大地が唸るような轟音を響かせて大きくクレーターを作った。詠は間一髪で飛び出して回避し、森の深い所へと入っていく。
「逃がさないよ。」
詠に向けて妖刀・禍を向けると、刃の先端からバチバチとオーラに包まれて、質量を持った球体が生み出され、それを撃ち出した。
「禍弾!」
「ッ⁉」
詠のすぐ横の大木に当たり、抉られる。
「ははっ!まだまだっ!」
5つの球体を一気に生成し、禍をバットに見立てて5つすべてを一度に跳ね飛ばす。
それはピンボールのように木に当たっては跳弾し、加速した。その度に木々が抉られていき、ミシミシと木々の倒れる音が連続する。
「ヤバいッ!」
避けようとするも、詠の左足に一発、右肩に一発、胸に一発、背中に二発直撃してついに詠は前に倒れようとする。
その前に埋葬傷奈の膝が、詠の腹に入って肋骨を完全に粉砕し、もう一方の足で頬を蹴り飛ばした。
「~っっっ!?」
もう声にならない。激痛で目がぐるぐると回り、呼吸が浅く早くなる。仰向けに倒れ、起きあがることすらできなかった。そこに埋葬傷奈が笑みを浮かべながら詠を見下ろす。
「ごめんね、痛かったよね。私は絆奈ちゃんと違って、大好きなものがあると傷をつけたくなってしまうから。私の最高の愛情表現、受け取ってくれたのは君が初めてなんだよ?」
詠はもう指一本すら動かせなかった。が、脳は辛うじて機能を止めていない。だが止めていないだけだ。万策は既に尽きた。そもそも自分一人で勝てる確率なんて40%あればいい方だろう。
ボマー・ゲームの時、劇毒の一人のデッドラインを倒せたのは異能研究部の戦力を総動員させたことと、相手が既に弱っていたからだ。
今回は詠、一人。
結末がドラマチックにならないことなど分かっていた。
それでも目の前の女の子を助けたかったのだ。だがこれはフィクションではなく現実。自分を見下ろしている埋葬傷奈の禍があと一度でも振り下ろされれば、その現実すらも遥か遠いものとなる。
埋葬傷奈はあまりに強すぎた。
天札詠は今度こそ本当に死ぬ。
「ありがとう。ヨミ君。本当に楽しかったよ。大丈夫。君のことは一生覚えているから、ヨミ君は私の中で永遠に生きていくんだよ。」
そして埋葬傷奈は、詠の心臓を目掛け、
禍を振り下ろした。
その時、
「ガァァァァァァァッッッ!!!」
それは
詠の中から放たれた咆哮。
《《暗闇よりもさらに黒く光る牙のバケモノ》》が詠の中から飛び出し、埋葬傷奈を吹き飛ばした。ガリガリと禍を地面に突き立てて、無理やり体勢を元に戻し着地する。
「あれは⋯何…?」
詠は知っている。いや、《《詠だけは知っている》》。詠の悪食の黒に付随する口しかない化け物が今、目の前で黒い靄を纏って宙に浮いている。
それは詠の命を救った後、眠りについていた存在。
「…はっ。ようやくお目覚⋯めか。起こしてやるって言ったのにな。でもありがとう。」
「グラト!」
「アァよく寝たぜ。これで無事全快だ。修羅場を潜って男を上げたな詠ィ。オラ、立てよ。尸良咲絆奈を救エんのはオ前だけだぜ?」
ギザギザとした黒光りの牙が乱暴に促すが、今の詠にはそれがこれ以上ない薬だった。両足で力強く地面を踏みしめてなんとか立ち上がる。
「オ前は万策尽きたって思ってるかもしれなイけどよ。アるだろ。一個だけ試してなイ咀嚼がよ。」
「…あれだけはヤバすぎて使えないんだよ。リスクが高すぎる。いくら練習しても5秒が限界だ。そんなもの実戦じゃとても使えない。」
「今はオレがイるだろ。だったらオレも5秒で、合計10秒だ。とっておきの切り札切るなら今なんじゃねェのか大将?」
正直この咀嚼能力だけは使いたくなかった。そしてなぜこれが咀嚼出来たのかもはっきりとは分からない初めてのケース。《《詠自身も彼を理解できたとは思っていない》》からだ。
だが背には代えられない。絆奈を救えるならなんだってする覚悟は既にある。
たった10秒。それが詠とグラトに残されたリミット。
「ヒリつくなァ、さァ詠ィ。俺達の死線の先を見せてやろウぜェ!」
「埋葬傷奈、お前の全てを貪りつくして、オレの糧にしてやる。いや」
「「オレたちの糧にしてやる!」」
詠とグラト、二人(?)の心が揃う。そして詠は黒い靄を放つグラトを掴み、自分の口から喉元にかけてを覆うマスクのように装着した。
最後の10秒間が、始まる。
「刻まれる災厄、咀嚼ッッ!!」




