禍《マガ》6
四章 漆黒を駆け抜けて/Jungle Law
静かな静寂が包む夜。
医雀は葬儀屋の一人、ジェノを誘い込むため、芥丸と医雀は近くの無人販売をしている青果店に逃げ込んでいた。
「あいつの異能、ポストから斧出したりしてたから物体生成系っすよね。オレと同じか…」
「十中八九な。しかしお前も異能持ちとの戦闘に慣れてきたな。」
「そうっすね。医雀先生と二降先輩にも言われましたけど、まず相手の異能の傾向を知ることが勝利への近道、っすよね!」
異能を用いた戦闘において、自らの能力を知られることは命取りになる。
背中を預けられるパートナーがいる、もしくは知られることで優位を取れる能力でもない限り、自分の能力は人に明かさないのが定石。
つまり、地の武力に圧倒的な差がない限りは相手の異能を先に「知った」方が俄然有利になるのである。
すると芥丸の目からジェノが遠くからこちらに走ってくるのが見えた。
「よし、芥丸。お前の異能で牽制しつつ距離を取るぞ!」
そう言った医雀の足元のリンゴ。
そこからナイフが射出されて、医雀の左腕に刺さった。
「なっ!?痛てっ!」
「医雀先生!」
そして果物が置いてある棚の一番上にある達磨からも、チェンソーの刃が飛んできた。
「うおっ!」
芥丸が身を翻してなんとか避けると、チェンソーの刃は地面に勢いよく刺さる。
「切ル、斬ル、KILL、殺ルゥ!」
「ぐっ!」
ジェノが振り下ろすトンカチを、芥丸が嵐式吸引拳銃で止める。その状態で一発打つが、身を屈められて避けられる。
そして芥丸が一歩後ろに引くと、ジェノが口をもごもごさせて何かを芥丸に向かって吐いた。
それは液体からその姿形を変え、四枚の刃が付いた武器になる。
「は!?手裏剣!?」
それは芥丸の左肩に当たり、痛みでよろけてしまう。
そこに、
ジェノのトンカチが芥丸の側頭部へと振り抜かれた。
「…っっっ!」
吹き飛ばされて土の上を転がる。視界の半分が赤く染まり、愛用のヘアバンドも千切れてしまった。
ジェノが追撃に来るが、転がったときに溜めた空気を弾丸にし、なんとかジェノを吹き飛ばした。
「くっそ…こいつ、超強ぇ…」
「大丈夫か芥丸!」
「なん…とか。痛みで頭ぐわんぐわんしてますけど。」
芥丸が滴る血を押さえながら、答えた。
ポストから斧、リンゴからカッターナイフ、達磨からチェンソー。そして口内から手裏剣。とんだ曲芸だ。
「あいつの能力…マジで何なんだ?規則性が分かんねえ…」
「いや⋯あるぞ。」
医雀が芥丸を守るように前に出ながら言った。
「恐らくあいつの異能は赤色の対象物から武器を生成できる能力だ。」
「色っすか!でもあの手裏剣は!?口の中は赤いですけどそこで生成したら怪我じゃ済まないっすよ!?」
「…そうか!それだ!後ろ向いて頭押さえてろ芥丸!」
話しているとジェノが戻ってきて、勢いよくトンカチとナイフを医雀に突き立てるが、錫杖で止めた。
ジェノのギョロギョロとした目に動揺が走る。
「この流れは想定外か?イカレ野郎。《《芥丸の血の赤色》》を使って俺を背後から刺そうとしたんだろ。俺がさっき錫杖でぶん殴ったときに流した血を使って手裏剣を出した時みたいにな!」
「斬ル!?」
ジェノの異能、血みどろ劇場は赤色のモノからそのサイズに応じた刃物を射出することが出来る。(リンゴならナイフ程度)ただし一度刃物を出したものは一日経たないと再射出はできない。
それがある程度見抜かれてしまった。
「お前は異能の使い方こそ巧みだが、情報を与えすぎたな。血液の手裏剣で仕留められなかったのがお前の限界だぜ。」
痛む腕をこらえて医雀が錫杖を振るい、それが顎にヒットする。
そしてジェノがぐらついたため、もう一発入れようと横に薙いだ。
しかし、ジェノは何を思ったか茶色の靴を片方脱いで放った。
医雀がそれを視界に入れたとき、全身の細胞が避けろと叫ぶ。
《《靴の中敷きが赤色》》だった。
「ぐっ!」
だが、飛び出した小刀の回避が間に合わず、肩口に刺さる。そして錫杖を思わず手から離してしまう。
「しまっ…」
ジェノが新たに生成した斧を振りかぶり、
振り下ろす――
前に、ジェノの懐に滑り込んだ芥丸の嵐式吸引拳銃の銃口が腹に触れる。
「ワンアクション、俺が速ぇよ。」
「ブッ飛べ。」
接射、一撃。
ジェノが風車のように激しく回転しながら遮蔽物に当たりつつ、最後は木の幹に激突。
ミシミシと音を立てて落下し
「斬…ル…」
気を失った。
激しく肩で息をする芥丸と医雀が、辛くも勝利をつかみ取った。
「ハァ…しんど。お互いボロボロっすね。医雀先生。」
「へっ…その方が母性本能…くすぐれるだろ。綺麗なねーちゃんに介抱してもらいてぇなぁ。」
「…もうツッコむ気力もねー。」
♢
一方その少し前、二降とひのりは山中を共に駆けていた。
なぜか山の深いところに入るたびにヒツギコの操る半透明の腕が地面から出てくる頻度が増えていく。
「ヒツギコ逃がさない…僕と握手。」
半透明の二本の腕が地面からぬっと現れ、二降達を追尾する。
「吹雪く花弁!」
超低温状態が波上に地面に広がり、その半透明の腕も凍結する。
はずが、何事もなかったかのようにすり抜けた。
「えっ!? うぐっ!?」
半透明の腕の一本が二降の首を締めあげて上に持ち上げていく。だがそれは途中で消えてしまい、二降は地面に落下した。すぐにひのりが駆け寄る。
「二降先輩っ!」
「大丈夫…よ。当たり所はよかったみたい。」
「水色髪の子ともヒツギコ…相性悪い…男の子達の方を追えばよかったかな…」
ヒツギコが呟くと同時に、穴の開いた不思議な形状の金属を両手にはめた。
それは、メリケンサック。病的に華奢なヒツギコには似つかわしくない無骨な武装。
「二人とも可愛い女の子…命を終わらせたらいい匂いがしそう。」
二人は意味を考えないようにした。ただ、この包帯まみれの修道服の少女からは一切目を背けない。
「ヒツギコ…意外と武闘派なんだよ。」
ヒツギコが感情の籠っていない弱弱しい声とは対照的に、勢いよくひのりに飛び込み、その拳を打ち付ける。
間一髪避けられるが、思い切り土を巻き上げた。
「すごい力…こんなに細い腕なのに。」
そう言ったひのりの前に出た二降が、もう一度近距離で吹雪く花弁を放つ。
ヒツギコはそれを両方の拳を連打し、吹雪く花弁が作った氷の波をバキンバキンと破壊していく。
そして氷の波を貫いたヒツギコの拳が、二降を何度も捉え続ける。
「…っっ!?」
それでも二降が吹き飛ばないのは二降の足が、半透明の腕二本により掴まれているから。
「もう一撃…」
拳を振りかぶるヒツギコ。
だが、ふと視界に入った二降の足元に、既に半透明の腕は二本とも消えていた。
「⋯がはっ!?」
どうしてという疑問よりも先に、二降の長い脚がヒツギコの鳩尾に入り、後方へ吹き飛ばされる。
「⋯ありがとう。豊花さんの異能で助かったわ。また助けられたわね。」
「大丈夫です!」
屈託のない笑顔を見せたひのりが、何かに気づいて自分たちが立っている地面を指さして続ける。
「二降先輩!ここの地面一帯を凍らせてください!」
「え?わ、分かったわ。」
「(バレてる…ヒツギコの僕と握手の能力…剝き出しの地面からじゃないとすり抜ける腕が出せないこと…だったら)」
「即…叩く。」
ヒツギコが阻止しようと二降に向かって走り出すが、地面はあっという間にスケートリンクのようになる。それでもヒツギコは滑りながら近づき、今度はひのりにメリケンサック付きの拳を振りかぶる。
「(毛布の子を叩いて人質にでも取れば、水色髪の子は封じられる…ヒツギコ、非情になる。)」
「かかった!」
「!?」
よく見ると、ひのりの持つ毛布がなぜか《《大きく膨らんでいる》》。
「解放!二降先輩の吹雪く花弁!」
ひのりの異次元毛布×二降の吹雪く花弁。ヒツギコは毛布から出てきた超低温の冷気が作り出す大量の氷柱の牢獄に、瞬く間に閉じ込められた。
メリケンサックも凍ってしまい、そこから流れ出す冷気に腕も満足に動かすことが出来ない。
「異能の掛け合わせ…ヒツギコ想定外。ふりー…ず。」
そして、ヒツギコの意識はゆっくりと落ちていった。
「ふーっ。怖い人だった。だけどこれが異能研究部の元気印、豊花ひのりの力なのだっ!二降先輩もありがとうございます!あっ!今、手当てしますねっ」
「もう、調子いいんだから。ありがとうひのりさん。」
「えっ!二降先輩、あたしの呼び方変わってる!?」
「て、手当が済んだら早く行くわよ。」
その時、足音もせずに夜の闇に紛れた影が、二降の視界からひのりを消した。
「むぐっ…!?」
「ひのりさんっ!」
ひのりの首を絞めつけながら、現れたのは◯と✕が書かれた黒いフルフェイスヘルメットの男。
アンサー。
「ジェノとヒツギコはもう戦闘続行は不可能だな。決めたぜ。20億は惜しいがさっき近くで見つけた埋葬傷奈は他の蠍會との連携で狩ることにした。」
「何ですって!?埋葬傷奈も近くに来ているの?じゃあ天札君はまさか…」
「おっと、動くなよ水色髪の嬢ちゃん。」
「んーっ!んんっ!」
ぎりぎりとひのりの首が音を立てる。口も塞がれているので悲鳴も満足に出せない。
「(俺の独断と偏見についてはまだ種は割れていない。このままこの二人に、俺の手足となって動ける人間だというラベルを貼れば風向きは再び俺に吹く!)」
「…何でもするわ。ひのりさんのためなら。」
二降が腕をだらりと下げて、下を向く。
「急にしおらしくなりやがったな。だが賢明だ。ジェノは別だが、俺は別に快楽殺戮者じゃねぇんだ。だからこうして場を収めることもできる。」
話しながら両面テープを後ろ手で千切り、ひのりの手首に巻こうとする。それはあと数センチの距離まで迫る。見た目からは分からないが、眼光は確かに手首に注目していた。
「(よし、毛布の嬢ちゃんはこれで無効化…)」
その瞬間、
アンサーは地面にうつ伏せに倒れる。
「…は?」
後ろから刺されたという事実は、背後の人影が月夜に照らされるまで気づかなかった。
「人の話は最後まで聞くものよ。…ひのりさんのためなら」
「空乃さんはなんだってするわ。」
二降が、伏せるアンサーの背後に立つ鉄製のクナイを持った黒髪ボブの眼鏡の少女に目配せをした。
「お前、元・鋏屋の…いつから居た?」
「最初からですよ。私はあなたが異能研究部を襲おうと現れる前から近くに潜伏し、あなた達が現れたと同時にあなたを指定して異能を発動していました。」
さらに空乃は続ける。
「現れぬ待ち人はお互いに面識がないと効果がないですが、私たちの《《顔が割れている》》状態では逆に真価を発揮するのですよ。後はミオさんやひのりんに付いていけば、あなたにも出会えるということです。」
「へっ…最初からお前の術中…か。身体中が痺れて動けねぇし、天晴れだな。」
「今回はクナイの先端に、晦さんから頂いた毒を塗ってますからね。鋏屋をはじめ、私の仲間達を襲った罰くらいにはなったでしょう。でも命に別条はありませんよ。」
「《《命だけ》》は、ですけど。」
冷徹に言い放つ空乃の最後の一言を聞く前に、アンサーはあまりの痺れに意識を失った。
空乃はそれを確認して、ひのりの方を向く。
「よく頑張りましたねひのりん。」
「わぁん!空乃先輩怖かったよぉぉ!」
ひのりは空乃に思い切り抱き着いて、撫でられていた。それを見ていた二降に空乃が表情を崩さずに言った。
「ミオさんもなでなでしてほしいですか?」
「何でよ。本当にひのりさんには甘いわよね貴方。」
「詠くんも大人しくされてくれたんですけどね。」
「…は?」
「嘘です。お願いですから今にも誰か殺めそうな視線は仕舞ってください、眉間に銃口突きつけられてる気分になるので。」
ズゥン…
その時、低く大地が唸るような轟音をそう遠くない近くで、彼女達は確かに耳にした。
言うまでもなく、《《彼ら》》なのだろう。
そして
その裏で《《もう一つの事件》》がこの後起ころうとは
とある老人以外は誰も知らなかった。




