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禍《マガ》2

序章・後 蒼い傷跡/誰よりもやさしい君へ



その後も絆奈との穏やかな日々は続いた。


ー10月ー


「さぁ中学最後の文化祭だよヨミ君!張り切っていこ!」


「張り切るのはいいけどオレを巻き込まないでくれない…?」


結果、詠は絆奈と文化祭の出し物を共に巡り尽くした。昼食に出店の焼きそばを一緒に購入したが、詠の方にはピーマンとキャベツの芯がやけに多く入っていた。というか増え続けていた。それを不思議がっていると、絆奈は「気のせいじゃない?」と言っていたが彼女の焼きそばにはやけに青野菜が少なかった。



ー11月ー


「ちょっとずつ寒くなってきたね。ねぇテストも近いしさ、今度ヨミ君家で、勉強会でもやろうよ。」


「えぇ…」


「あ、ごめん。ヨミ君も男の子だもんね…でもえっちな本があっても私、気にしないよ?」


「あ、ごめん。寒いから窓閉めてくれる?」


「まさかの(ガン)無視!?」


詠の家に訪問することはなかったが、学校の図書室で二人は勉強することにした。対面ではなく長机に横並び。たまに肩や肘が触れたりして衣擦れの音が静かに鳴るたび、お互い顔が熱くなる。図書室は常にしんとしているため、それがやけに彼らの羞恥をくすぐった。





そして12月


それも24日。


詠は絆奈に誘われてカフェに来ていた。いくら詠でも24日の日に遊びに誘われる意味くらい何となく分かる。少なくともドッキリだとかの悪意が介入してくることはない、と思う。


そう思うのは、実は絆奈からクリスマスプレゼントを貰っていたからだ。本当は当日のサプライズにする予定だったらしいが、我慢できずに早めに渡してくれた。


黒のミリタリージャケット。よく似合っているとお墨付きをもらった。

これはお返しをせねばなるまいと詠は今回、プレゼントを用意している。

詠も絆奈はまだスマホを持っていなかったが、13時にこのカフェに集合することはしっかりと覚えている。


彼女の喜ぶ顔を見てみたい。それだけをこの時は考えていた。




が、14時になっても彼女は来なかった。



17時になっても、18時になっても。その日の営業時間いっぱいまで詠はひたすら待ち続けた。


それでも、彼女が現れることはなかった。


詠の頼んだコーヒーは既に冷え切って、そこに移る自分の顔は今までにないくらい沈んだ顔をしていた。





翌朝は登校日なので、詠は早めにいつもの席に着くが、隣には誰もいない。

彼女は今まで無遅刻無欠席だったらしく。休んだこともないらしい。だからこそ不安だった。



そして



その不安は最悪の形で当たってしまった。



朝のホームルームの時間で担任の女性教師が重苦しい表情で現れ、言った。



「皆さんに、伝えなければならないことがあります。尸良咲(しらさき)さんですが、昨日から緊急入院ということで都会の大きな病院に移ることになりました。現在、面会謝絶の状態です。前々から重い病気にかかっていて…」



「⋯は?」


詠の頭の中はもう真っ白だった。その後も何か女性教師は言っていたが何も覚えていない。ホームルームが終わって、詠は本能的に一人になりたいと思っていたのか、ふらふらと中庭のベンチまで来ていた。


何も考えたくない。何が起きているのかもまだ受け止めきれないのだから。しんしんと雪が詠の肩に積もっていくがまるで冷たさを感じない。項垂れて座っていると目の前に誰かの爪先が見えた。


「ねぇ、ちょっといい?」


話しかけてきたのは美穂だった。詠とはこれまで話したことはない。居なくなってしまった彼女のことを思ってか、彼女もまた悔しそうな顔をしている。


「きぃちゃんの病気のこと、あんたは知ってたの…?」


「…知らない。さっき初めて聞いた。」


「あの子がクリスマスイブのために、プレゼントを用意していたのを偶然見ちゃったの。本当に何も知らないの?」



「オレも本当に知らないんだ!だって…」




だって○○さんが君にも話していないなら、誰も知らないじゃないか。



○○さん…?


そうだ。


詠は今まで


《《彼女の名前を一度も呼んだことがない》》。


「嘘でしょ…?もしかして…」


突然青ざめる詠の顔を信じられないという顔で美穂が見る。


やめてくれ。


その先は言わないでくれ。


詠は思わず耳を塞ごうとした。


「きぃちゃんの名前、知らないの…?」



「ぁ…」



先に、言われてしまった。名前を知らない、覚えていない。声も出せずに詠はパニックになっていた。《《彼女の姿すら白くぼやけてしまうほどに》》。


あれ‥?


あれ‥?


そんな詠の目を覚まさせたのは左頬に感じた強い熱。数秒経ってからそれは平手打ちだったのだと気づいた。恐る恐る目を合わせると、美穂は鬼の形相でこちらを見ていた。



「異常者…!あんたは異常者よ!」


この時


詠の心が深く抉られた音がした。


「あの子の好きなものは⁉あの子の好きな食べ物は⁉あの子の好きな場所は!?あの子の嫌いな食べ物は⁉あの子の趣味は⁉あの子の好きな映画は!?あんたはどれか一つでも答えられるの!?」



何も答えられない。


8か月以上、一緒に居たのに。何も。


「あんたはあの子の何を見ていたの!?答えてよ!あんたなんかに出会ったせいであの子は…返してよ…!きぃちゃんを返してよぉぉぉぉっ!」




膝を折って泣き続ける《《少女》》に詠は何も言えなかった。


かける言葉が、見つからなかった。






詠はその日早退して自室に籠った。

そしてドアを背にして座る。


自分が8ヶ月も一緒にいたせいだ。絆奈の友人はたくさんいたのに自分が時間を奪った。何一つ絆奈のことを覚えられない奴と一緒にいたせいで、思い出を作れなかった。


絆奈の人生を、終わらせた。



「ぅ…あぁ…っ!!」



何を被害者面して泣いているんだ。


泣く資格なんてお前にはない。


傷つく資格すらない。


傷ついたフリをするな異常者(バケモノ)。何も知らなかったくせに。


お前が尸良咲(しらさき)絆奈(きずな)の人生を奪ったんだ。


詠の頭の中で反芻する声は心無いものだった。

いやそれでいい。


今は、これくらい心をズタズタにしてほしい。


今は、幼稚な自傷しか薬にならない。


「何が…やさしい人だ……っ!なんでオレなんかのために…っ」



「オレは…っ!君の名前すら…っ覚えられない…だからこんな最後になってから後悔するんだ…俺は、結局何も変わってないじゃないか…っ!!!」


何度も何度も机を殴りつけて、ついには血が噴き出した。それでも、一向にやめることはない。


「死ねよ‥ッ!死ねよ‥ッ!死んじまえイカれ野郎ッ!」


どれだけ後悔しても時計の針は後ろには進まない。覆水盆に返らず。それが世の中の理だ。



《《人を知ることができなかった》》。知ろうともしなかった。


詠は絶叫し、泣き続けた。何度も。何度も。


その傷跡は、深く深く心に刻まれたまま




今も癒えることはない。

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