盛歌の監獄《サマーロック》7(終)
終章 あなたのなまえは
「ん〜、ライブ会場で飲むお酒、最高〜!少年も飲めれば良かったのになぁ〜。」
白シャツにカーキ色のブルゾンを雑に羽織った、赤髪ポニテの女がブルゾンのポケットに両手を入れながら少々千鳥足ながらも帰路についていた。
ライブ会場に居た時には見られなかった、襷のような斜め掛けの紐には剣の入っていない赤い鞘だけがあり、風が吹くとカランコロンと小気味よく揺れる。
夜空がまだまだ眠りたくないと星々を自分の目の代わりにして、まだ装飾の灯りが目立つ街並みを見下ろしている。もう22時をまわっているが車が走る音が遠くから聞こえていた。
赤髪ポニテの女が、収集されるのを待つゴミ袋が置いてある人通りのない道に入る。
すると突然、女がその歩みを止めた。
「…熱視線だねぇ。お姉さんその気になっちゃうよ?」
そう呟くと同時に十人以上の集団が建物の上から姿を現し、背の高い赤髪ポニテの女を見ていた。
そして女の背後には筋骨隆々のスキンヘッドでタキシードの男が歩いてくる。堀の深い顔立ちから見える両の眼からは鋭さが伺え、戦闘経験の豊富さを物語っていた。
「我々にその気はない。だがあなたにはこうして囲まれる理由がある。女一人に十数人で囲まなければならない理由が。流石にお分かりでしょう。」
「元・蠍會、劇毒、¨陶酔毒¨のイサリビ様。」
「…またそれか。何度も言ってるでしょ。今の蠍會はアタシの価値観とズレてるの。それにさ。」
「私の名前は熾堂ラグナ。自由に気儘に我儘に。流されまいと流れて生きる。それがアタシの生き方さ。」
「やれ。」
静かに呟くと、屋根にいた十数人の蠍會の構成員達が飛び降り、一斉に襲い掛かる。
両手から樹木を出す者、釘で全身を覆う者。頭だけがワニの者。口から水銀を吐く者。それら全ての目が同じ女を見て、次々に迫る。
「極楽も…」
だが熾堂ラグナにはどれも当たらない。寸分のところでのらりくらりと躱していく。
「地獄も先は有明の…」
痺れを切らしたスキンヘッドの男も参戦し、その剛腕で殴りつけようとするがそこには熾堂ラグナの姿はなく。その背後に散歩でもするかのように、ラグナはゆっくりと歩いていた。
「月の心に…」
雄たけびを上げるスキンヘッドの男の振り上げた腕がギチギチと音を立てて肥大化する。
それはすっぽりとラグナを覆い隠してしまうほどのサイズまで膨れ上がる。
「拳々剛々!10000キロカロリーを消費して放つ俺の拳はSUS304をも溶けた飴細工のように変えるッ!!」
「懸かる雲なし。」
「がぁぁぁっ!」
「刃生経剣。」
鞘の中に、ピンクと赤色が混じった剣が出現したかと思うと、それを引き抜き
刹那、一閃。
悲鳴も、叫び声も、断末魔もなく、
熾堂ラグナ以外の全員が
地面に力なく倒れ伏した。
が、
「かはっ…!?な、なぜ俺はまだ生きている?」
切られたはずのタキシードにスキンヘッドの男がうつ伏せになりながら自分が受けた傷を確認する。どうやら一閃というより殴打だったらしい。頭はぐらつくが意識はまだある。
「そりゃそうだよ。だってこの剣、刃がないんだもん。でも私には必要ないかなー《《こうなるし》》。」
「っ!っか…おえぇ…」
突然、視界が白くチカチカと点灯し、脂汗が滝のように流れだしたかと思えば、猛烈な吐き気に襲われて地面に伏しながら吐瀉物をまき散らした。
どうやら他の者達も同様だったようで、真っ青な顔で吐いては転がっている。
「知られても全然いいから話しちゃうけど、私のこれは刃生経剣って能力。自分が体験した人生経験をモチーフにした剣を生成して、剣が当たった人にそれを追体験させちゃうっていう異能。ちなみにさっきの剣は私が、チェイサーなしでちゃんぽんしてリバースしたときの経験。おえっ…思い出しゲ〇しそう…」
「こ、こんなふざけた異能でこの強さ…どこまで人をバカにすれば気が済むのだァ!」
スキンヘッドタキシードの男以外は酔いが回りすぎてラグナの声がひどく遠く聞こえており、彼女が何を話しているかも分からずに転がっている。
圧倒的な武力。圧倒的な異能の練度。それらを持ち合わせていながら熾堂ラグナは地位や名誉などどこ吹く風。それがこのスキンヘッドの男には到底許せないものであった。
精いっぱいの啖呵を切ったがそれまで。意識はゆっくりと落ちていった。
「なんすかお嬢、この地獄絵図…東海道中ゲ◯栗毛っすか。」
「あっ!玄百じゃん。お迎えご苦労。」
そこに立ち寄ったのは、詠の高校に以前取材に来ていた金髪糸目のフリールポライター・玄百士郎。
ラグナも彼に駆け寄る。
「お嬢、また狙われてたんです?うーん僕ァこれを記事にしたいけどこの光景は汚すぎて流石に読まれないかな…」
「まあね。でもおかげで酔い覚ましにはなったかなぁ。あと今度は君が狙われてるみだいだよん。」
「え?」
玄百の後ろに頭だけがワニの男が、兎くらいなら丸のみできそうな大顎を開いて迫りくる。
「ほっ!」
玄百はワニ男にカメラを持ったまま回し蹴りをするが、すんでの所で頭を下げて回避された。
「もらったぁ!」
「もらってないよ。」
「まだ軌道に僕ァの《《攻撃が残ってる》》。」
ガゴンッ!
頭から丸のみしようとしたワニ男は謎の衝撃を左頬に食らい、宙に浮いて吹き飛ばされ頭から落ちた。そしてまた吐く。
ラグナと玄百はそれを確認して並んで帰路へと着いた。ラグナの赤いポニーテールが夜風に静かに揺れていた。
「しっかし相変わらず便利だねぇ。連続性天体だっけ?もう玄百がなりなよ劇毒。」
「ヤですよ。僕ァ生粋のルポライターだし。情報っていうエンタメでこの世界を躍らせるって決めてるんすから。知ってるでしょお嬢も。」
「まぁそこそこの付き合いだしね。アタシがこうやって一暴れして、玄百にネタ提供して日銭を稼ぐ。宵越しの銭は持たない私には天職だねこれは。」
熾堂ラグナと玄百士郎。理想のビジネスパートナーの二人は蠍會にも属さず、かといって対抗するでもなく、今夜も気儘に第三勢力な生活を謳歌していたのだった。
スマホを見ていると、ラグナが覗き込んで顔をしかめながら言った。
「アタシお腹すいちゃった。なにか夜食食べようよ。コンビニでも寄らない?」
「この時間だとホットスナック系は多分やってないっすよ。こっから徒歩4分のところに牛丼チェーン店があるんでそっちなら。僕ァも取材で夜食べ損ねてるんで。」
「いいじゃーん。行こ行こ。アタシ、オクラが乗ってるやつね。」
◇
蠍會・埋葬傷奈の自室。
「ハァ‥ハァ‥ッ‥!?」
詠との戦いの最中体調を崩し、床に伏していた彼女の痛みがまた、強くなった。
ベッドからも転がり落ち、頭を打つがそんなことはどうでもいいくらいだった。ブレ続ける視界、ブレ続ける《《知らない少女》》の顔。ブレ続ける自分の姿。
眼帯をしていない方の目の瞳孔は小さくなり、灰色のマフラーと着崩したブラウスとスカートは転んだ衝撃で皺になり、美しい銀髪は大量の汗で濡れていた。
死を覚悟した。
埋葬傷奈とあろう者が連日この有様だ。
あぁ、このまま自分は死ぬ。埋葬傷奈という人間が誰なのかも分からないまま。
せめてあの白髪紫眼の少年と、もう一度闘いたかった。
「助けて…ヨミ君…」
?
助けて。とは何だ?
その時
身に覚えのない記憶が、埋葬傷奈の脳内を駆け抜けた。
― とある日 とある病室 ―
ベッドで横たわる少女。体中に、何が流れてるかも分からない管が繋がれているが、その頬を伝うものははっきりとわかった。
自分は今、泣いているのだと。
「(嫌だ…っ死にたくないっ。私が死んだら、あの子は…自分を永遠に呪っちゃう…傷つけちゃう…だってあの子はやさしすぎるから…私だけは知ってる…君が誰よりもやさしい人だってこと…っ)」
その時
一人の男が病室に入ってきた。
暗めの紫色の長い髪を巻いて前に持ってきた紅く鋭い毛先が特徴的な男。
その手には禍々しいロゼ色の刀が握られている。
「(やぁこんばんは。僕はスコーピオン。とある組織の代表でね。まぁ僕の話は置いておいて、君の命はもうすぐ尽きるそうじゃないか。でも届いたよ、死にたくないという君の願い。そこでだ。)」
ロゼ色の刀を少女の前に差し出す。
「(本当に死にたくないと思うのなら、この妖刀に触れるんだ。名は禍。刀が君を選んだら君は助かる。逆はまぁ…言わなくても分かるよね。ちなみに《《十二連敗中》》だよ。でも放っておいても死ぬ君にはメリットしかない話じゃないかな?
さて、君の生への執着はこの《《呪われた刀》》を飼いならせるかな?)」
迷いなど、なかった。
少女はゆっくりと右手を伸ばし
ロゼ色の刀を掴む。
そして
体中の皮が捲り上がるような激痛が走り、声も満足に出ずにベッドで悶絶する。
元々死を待つような身体に信じられないほどの負荷がかかる。
【ごめんなさい。私は生きるために、悪い人に魂を売っちゃったみたい。】
「(痛い…っ痛いっ!)」
【だからこんな悪い子を許さなくてもいいからね。】
ついにベッドから落ち、点滴や管などもひっくり返って床が滅茶苦茶になる。
【でも最後に、一つだけ、わがままを言わせてください。】
「(ぁ…っ…ぁぁぁ…っ!)」
【たとえ、どんな姿になっても】
「(ァァァァァァァァァァァァァァァァ!)」
【もう一度、私を見つけてね。】
絶叫からの静寂。妖刀・禍のバチバチと紫電が弾ける音だけが小さく聞こえる。
そして
それは起きあがった。
「(おめでとう…!成功だ。)」
ところどころ包帯が巻かれ、着崩したブラウス・スカート、眼帯、マゼンタ色の瞳。長い銀髪、首に巻いている灰色のマフラーとその先のゆるく下ろしたサイドテール。それは先ほどの少女とは全くの別人だった。
「(おはよう。自分の名前は分かる?今はどんな気分だい?)」
「(…名前?知らないね。気分はいいけど、心は空っぽだよ。)」
「(自分の名前と記憶を忘れているのか。うーん…じゃあこうしよう。)」
スコーピオンは彼女に名前を付けた。
「(君の意識は完全に埋葬され、絆という縁も切れ、数々の傷を抱えて生まれ変わった。だから今日から君の名前は)」
「(埋葬、傷奈だ。)」
♢
蠍會 アンセムの自室
あらゆる種類の動物のぬいぐるみがベッドに置かれている部屋。大幹部劇毒とはいえ、まだ14歳の少女、アンセムが安らげる場所の一つだった。そのうちの一つ、ピンク色の大きなウサギを抱きしめた。それは埋葬傷奈が初めてアンセムに贈ったもの。
「キズ姉…」
時々、埋葬傷奈の様子を見に行っているが、なんども大丈夫だからと言われ部屋に入れてはもらえない。
実の姉のように慕っていた存在に、何もしてあげられない。まだ自分は何も返せていないのに。
蠍會のアジト全体に急報を知らせるサイレンが鳴り響いたのは、そんな時だった。
「蠍會・全會員に緊急通達!・劇毒¨慕情毒¨・埋葬傷奈様が自室から逃走し、行方不明!繰り返す!蠍會・全會員に緊急通達!劇毒・¨慕情毒¨・埋葬傷奈様が自室から逃走し、行方不明!近くの會員は至急情報提供を求む!それ以外の會員はスコーピオン様からの指示を待ち、待機されたし!」
「え…?」
♢
「全部っ…思い出した…っ!」
走る。
走る。
走る。
「会いたい…会わなきゃ…っ!会って…謝るんだ!君のせいじゃないって…!ごめんね…って!」
透き通った長い茶髪の少女が、息を切らしながら走っていた。森をかき分け、街を駆け抜けてとにかく走った。
目的地なんて分からない。が、絶対に会わなければならない人がいる。だから歩は止めない。
「私は埋葬傷奈なんかじゃない…っ!」
「私は尸良咲絆奈!ヨミ君のところに‥っ帰るんだ!」
走るたびにカラカラと音を立てる腰に差したロゼ色の妖刀・禍だけが、怪しく笑うように光った。
続く




