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盛歌の監獄《サマーロック》6

五章 この空が泣き止んだら




雨雨レイン、いや二降雨音は自覚している。


自分にはこれといった才能がないこと。

友人関係以外はほとんど非の打ち所がない姉に対する劣等感の中で生きてきたこと。

姉と違い、友人が多いというその一点だけで自分の個性(アイデンティティ)を保っていたことを。


だが、人には恵まれた。誰も姉・二降澪奈と彼女を比べて苦言を呈す者はいなかった。

だがそれが逆に二降雨音を苦しめた。黒く、粘りつくような劣等感を勝手に持っていたのは自分だけ。


だからアイドルになることを決めた。


姉とは違う自分を見てほしかった。世界に自分の生きた証を刻みつけることで賞賛がほしかった。承認欲求なんて誰しもが持っているものだ。別に後ろめたいことじゃない。[渇望]、[危機感]こそが人が真に動く動機。



御為(おため)(ごか)しなんです。全部。下心?あるに決まってます。姉にコンプレックスを抱かない手段として私はアイドルを選んだんです。ファンの皆さんに感謝はしています。でも根底にあるのはそんな綺麗なものじゃないんです。醜いでしょう?」



それは告解室で罪を打ち明けるかのようだった。雨雨レインという偶像を使って姉へのコンプレックスを失くそうとした。そして優位に立とうともしてしまったこと。本当は不器用で優しい姉が大好きなのに、優しくされればされるほど自分の惨めさが浮き彫りになる。



「しかも姉は昔とは違い、たくさんのいい人達に恵まれていました。私の抱いている嫉妬なんて目もくれずに、とっくに自分の居場所を見つけていたんだって。そう思ったら目なんて合わせられるわけがなかった。必死に惨めな感情を押し殺したんです‥だから」




「本当は、アイドルなんてしちゃいけないんです。私。」


一筋の涙が零れ、無色透明の空間に波紋を与える。


詠はそれを黙って聞き、一つだけ深呼吸をして、自分のとある話をする準備をした。


「聞かせてくれてありがとう。ここからは雨雨レインじゃなくて、二降雨音に対して話すことにするよ。」


その紫がかった両目は雨音を捉えて離さない。

軽々しく気持ちが分かるなんて言えない。その経験は雨音だけのものだ。他人がどうこう言えることではない。



だが、これだけは聞いておきたい。



「君は今、幸せ?」


「え?」


拍子抜けだった。糾弾か同情の言葉が来ると思っていた雨音は思わず面を食らった。


「これは異能研究部のみんなにも伝えてないんだけどさ。オレは中学生時代に《《取り返しのつかないこと》》をして、人を知っていくことの大切さを知ったんだ。今でも夢に見るよ。もう嫌だって、消えてなくなりたいとさえ思った。だけど異能研究部のみんなと、グラトって奴に出会って」



贖罪も叶わない。そんな過去を経験してなお、詠はそれでも前を向いて答える。


「人を知って、良かったって思ってる。」



「だから君も幸せになってほしい。コンプレックスなんてあって当然だ。そりゃ人間なんだから後ろめたいことの一つや二つはある。でも自分だけは自分の理解者になってやらないといつか折れちゃうんだよ。自己嫌悪っていう棘を突き刺しながら生きられるほど人は強くない。だから耳を澄ませてほしい。心の悲鳴に最初に気づけるのは自分自身だから。

君はアイドルをしちゃいけないって言うけれど、オレが真っ向から否定してやる。君は文字通り、人の世界を変える力を持ってる。だから自分の世界だって変えられるはずだよ。」



「天札さん…」


目の前の白髪紫眼の男の、この言葉の重みは何なのだろう。糾弾も同情もせず、今日初めて会った人間にも関わらず愚直すぎるほど人に寄り添って信じようとする。ちゃんと誰かが見てあげないと、この人はいつか壊れてしまう。そのくらいどうしようもなくやさしい人だ。


だから、二降雨音と雨雨レインは立ち上がる。


「私、やってみるよ。この不朽の理想郷(オラシオンワールド)を閉じる。虹を届けるんだ。ファンのみんなも待ってくれてるしね。ライブの続きをしなくっちゃ。」



今までの陰のある表情と言動がウソのように消えていた。二降雨音は雨雨レインを受け入れることが出来たのだ。姉に対する劣等感は既に消えていた。

詠はもう自分にできることはやったと、ゆっくり踵を返す。


「あっ、待ってください。これはお礼です。」


「え?」


詠の後ろまで近づいてその腕をつま先立ちで両手でつかみ、顔を詠の頬を近づけたところで水色のサイドテールがふわりと揺れ、詠と、少女の顔を隠した。



「ちょっ…!?今の」



「ふふっ。《《どっちの私》》からでしょうね。これは二人だけの秘密、ですよ?」



瞬間、無色透明の世界に光が走り



虹が、世界を覆った。






「…だ君…天札君!」


「…ん…?」



「ヨミ!よかった。気が付いたみたいだな!」



芥丸の目の覚める声を聞いて、二降雨音の深層心理から帰ってこられたのだと理解するのにしばらく時間がかかった。

辺りを寝ぼけ眼で確認したが、そこは詠が最後に居たメンステではなく、会場全体を見渡せる2階の関係者席。最初にライブを見ていた場所だった。


「そうだ!あの子は、雨音は…!?」


「大丈夫ですよ詠くん。あれを見てください。」


空乃がメンステに目だけを向けて、見るように促すとそこには雨雨レインの姿があった。



「みんな、お待たせ~!じゃあ早速始めちゃうよっ!次の曲は…」




「Final Lap!」



ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!



そこには、衣装が動きやすいライブTシャツに変わった雨雨レインがいた。

ファンに向けたいつもと変わらない煌めく笑顔の花。


「よかった…ループは、終わったんだな。」


「私達も気が付いたらここにいたのよ。天札君が最後、解決してくれたんだって確信した。勿論みんなにも感謝しているわ。妹を助けてくれて」



「みんな本当に…ありがとうっ!」


二降が涙混じりの今までで最高の笑顔を見せた。年相応の少女の笑顔を。

それは今までの二降を見ているギャップからか男女関係なく、ドキリとさせてしまうほどだった。


「あたしも同性だけど、守りたいこの笑顔って思っちゃった…」

「ミオさんも普通の女の子みたいに笑えるんですね。意外でした。」


「私だって可愛らしい豊花さんを守りたいわ。…空乃さんはライブが終わったら人間アイスキャンディにしてあげるわね。」


「怖…」



女性陣が盛り上がっているようで何よりだと男性陣はホッとした。


胸をなで下ろしていると、医雀が興味本位で尋ねてくる。


「なぁ天札。どうやって雨雨レインを攻略したんだよ。教えてくれよ。」


「いや攻略って、恋愛シミュレーションゲームじゃないんですから。あっ…」


詠は何かを思い出して、頬を押さえて何やら急に紅くなった。それは二人しか知らない秘密の体験。

あれはノーカンのはずだと詠は自分を鼓舞した。

が、鋭い追及は詠を逃がさない。



「ねぇ…天札君。そっちで私の妹と何をしたの…?いえ、違うわね。妹《《が》》何をしたの…?」

「とんだ泥棒猫ですね。アイドルと思って油断しました。深層心理の世界に私も行くべきでしたか。」

「オイヨミ…ショウジキニハナシテミロ…ナンデ、ナンデオマエバッカリィィィィ!」


表情を失った二降。言葉の温度を失った空乃。人間性を失った芥丸が詠に襲い掛かる。



頭に?が浮かんだひのりの目を、医雀は菩薩顔のまま両手で覆っていた。





そして大盛況のまま、あっという間に4.5.6曲目が終わった。

ありがとうございましたー!と言う声に会場が揺れ、幕が完全に降りる寸前まで、雨雨レインはファンに手を振り続けていた。


余韻冷めやらずといった感じで、帰り支度をしようとする詠の手首を隣の空乃が掴んだ。


「どこに行くんです?まだライブは終わってませんよ?」


「え?だってもう最後の曲終わりましたよ?」


「いいですか詠くん。ライブにはアンコールというものがあるんです。閉幕後にファンがコールし始めたらそこからはほぼ確定でアディショナルタイム。もう一度幕が上がって1.2曲歌うのが通例なのですよ。まぁ最近はやらないアーティストもいますし、私もライブは今回初参加ですがね。」



得意げに空乃が言い終える前に、会場全体がアンコールの掛け声に包まれる。

まだその熱は保ったまま、水色とピンクのライトが会場中を走り、溶け合っていく。



そしてしばらくすると彼女がちらりと可愛らしく幕の間から顔を出し、一気に花道を駆け抜けていき、センステに登場する。



「ぜぇ…ぜぇ…みんな~アンコールありがと~うっ!」



ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!



思い切り走りすぎて肩で息をするレインを、ファンは笑いながら拍手と歓声で出迎える。


「改めて、今日は私の初単独ライブRainbowに来てくれてありがとう。実はね、私は今日この日が来るのを楽しみにしていたんだけど、同時にすごく怖かったんだ。」



「私は自分に自信が持てなかったの。だからアイドルを始めた。でもこのまま突き進んでいても、いつかは引退して終わりが来ちゃうんだって、そう思ったら怖くなった。でも《みんな》》が気づかせてくれたんだ。永遠じゃないから頑張れるんだって、こんな自分にも世界が変えられるんだって。だから最後にこの歌を、みんなに届けるね。」



「BLUE SCAR。」



さっきまで熱狂していた会場が、優しい曲調により静謐に包まれた。

スローテンポのバラードが流れ、会場のライトが水色から青に変わる。



「俺、こんな曲知らないぞ。これ多分新曲だ!」

「そうだね!友達に自慢しちゃお。」


芥丸とひのりは声を抑えながら、ドキドキを共有していた。




♪~息づいている、悲しいくらい優しいあの蒼


♪~いつも無くなってから気づくんだ。これで何回目なんだろう


♪~人の心人知らず。人を傷つけるのが怖くて、自分を傷つけた。


♪~ありがとうを吞み込んで、さよならも言えなかった。


♪~甘く苦いけれど、この温度だけは忘れない。




切なくも優しい歌声に誰もがそれを噛みしめながら聞いていた。異能研究部も例外ではない。二降も妹の成長に胸がいっぱいだった。そんな時、鼻をすする音が聞こえて二降がふと横を見ると、



あの詠が、膝を折って泣いていた。





涙が止まらなかった。


この曲は、あまりにも自分に刺さりすぎる。共感どころではない。自分が体験した悔やみきれない思いが呼び起されるような、曲だった。


忘れてはいけない、痛みの記憶。



「(異常者…!あんたは異常者よ!)」


「(あんたはあの子の何を見ていたの!?答えてよ!あんたなんかに出会ったせいであの子は!返してよ…!きぃちゃんを返してよぉぉぉっ!)



「っ!ぅ…ごめん…ごめん…っ!尸良咲(しらさき)さん…オレなんかに…っ出会ったから…っ!隣の席なんかになってしまったから…もっとちゃんと…君を知って…いたら…っ」



ここで二降以外も詠の異変に気付く。


詠はあまり人に弱さを見せない。ましてや泣いている所なんて見たことがない。


一人で抱え込んだ。

話すのを躊躇った。


でも、もう限界だった。心配して駆け寄ってくる異能研究部の部員の声も遠くで聞こえてしまうほど、感情自体が決壊してしまった。



♪~瞼でシャッターを切る

けれどそこに君はいない。君を映したはずなのに



思えば、この時だった。


♪~貴方は傷で傷跡を塞ぐ生き方をしてしまう人だから



どれだけ惨めでも 、どれだけ話すことが怖くても



♪~弱さじゃないこの蒼い痛みを抱えて


♪~すべての傷跡達に祈り続ける。



どれだけ涙を見せることになっても




♪~ただ、祈るように歌うんだ



天札詠(じぶん)のすべてを話す。そんな覚悟ができたのは。





雨雨レインのライブは、大盛況で終わった。

そう、終わったのだ。


雨雨レインはライブの最後まで完璧なアイドルだった。ライブが終わった後、控室に異能研究部全員が招待され、レインは二降に今までの気持ちを全て打ち明けた。

姉に強い劣等感を抱いていたこと。それを払拭するためにアイドルになることを決意したこと。それを聞いて二降は肯定も否定もせずに、ただレインを抱きしめて


「頑張ったのね。」


と一言だけ言った。レインが一番聞きたかった言葉だったのだろう。レインも堰が切れたのか二降雨音に戻ってわんわんと泣いていた。ついでにそれを見ていたひのりも同じくらい大泣きしていた。


不朽の理想郷(オラシオンワールド)によるループ現象の元凶・プロデューサーの余田と音響スタッフの十河はと言うと、余田はアイドル事務所社長の采配により解雇。そしてそのショックで安酒に溺れ、その生涯を死んだように生きた。もちろんレインと二度と会うことはなかった。

十河の方は二降がトラウマになって仕事を辞め、そこからのことは分からない。

どちらも蠍會との繋がりはないことだけは確認された。





「もう大丈夫なのか天札。」

「ありがとうございます。もう大丈夫です。」


ひとしきり雨雨レインのライブの感想を、医雀の車でみんなで語り合った後、その件を切り出しづらそうにしていた部員達を気遣い、運転席の医雀が声をかけた。


道路の頼りない街灯の間を白いミニバンが次々と抜けていく。



二降、芥丸、ひのり、空乃も、アンコールのときに泣き崩れた詠の姿に只事ではないと心配していた。そして詠を苦しめているであろう、その名前も聞いてしまった。


「私が異能研究部部長として、無礼を承知で聞くわ天札君。」


空乃と共に詠の両隣りに座っていた二降が逸る気持ちを抑えて、できるだけ声色穏やかに問いかけることを心掛けたつもりだった。


だが動揺は恐らく伝わってしまっているだろう。



尸良咲(しらさき)さんとは、一体誰なの…?」



詠は十数秒ほど黙った。


そして


「…俺の中学時代の話からした方がいいですね。」



禁断は開かれる。



「オレは、一年前、ある一人の透き通った長い茶髪の女の子を。尸良咲(しらさき)絆奈(きずな)さんの人生を奪ったんです。」




「終わらせて…しまったんです。」



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