盛歌の監獄《サマーロック》5
四章 ダイダロスはかく語りき
「私は雨雨レイン、二降雨音に出会って全てが変わったんだ。」
それは独白か、告白か。確かな恍惚を携えて余田は語り始める。
眠っている空乃と失神している十河以外のその場にいた全員がそれを聞いていた。
「私は小さな芸能事務所でプロデューサーとして働いていたが、どの企画もグループも鳴かず飛ばず。一時は膨らみきった借金で廃業もあり得た。そんな時だ。彼女に出会ったのは。」
二降譲りの抜群の容姿、それを町で見かけてその場でスカウトし数日後、それを承諾した雨音はとんとん拍子にアイドルデビューを果たした。そのデビュー曲のレコーディングの時に異変は起こったらしい。
彼女の素晴らしい歌声を聞いていると、いつまでも曲が終わらないことに余田が気づいたのはループが3週目に入ったところから。
他のスタッフ達も全員、世界が繰り返されていることに気づいていなかった。RPGの村人のようにただ自分の言ったことを何度も何度も繰り返すだけ。
「私はこの少し前、音響スタッフの十河君が異能という謎の力に目覚めたことを聞いていた。この世界は異能の存在を《知っているだけ》》でも武器になると気づいたのはその時だ。だからこのループに私は巻き込まれなかったんだよ。今の君達のように。だが」
そして余田は衝撃的な事実を口にする。
「当の本人は異能など知らないんだよ。レインは無意識下で異能を使用している。」
「嘘だろ…!?そんなことってあり得るのか?オレだって、みんなだって、いや今まで出会ってきた異能持ちは全員自分の意思を持って能力を使っていたはずだ!」
なぜなんだ?と詠は続けなかった。今までの経験則が彼にはある。今はなぜ?よりもじゃあどうするかを優先するべきだ。
「いや、広く見れば異能そのものがイレギュラーなんだ。深く考えても仕方がない。一度峰打ちか何かで雨雨レインの意識を落とすしか」
「残念だけどそれは不可能よ天札君。」
詠が言い終わるのを待たずに二降がぴしゃりと言い放つ。
「雨雨レイン、雨音自身が作ったループ現象に自分で入ってしまっているのよ。今あの子の意識はどこかに埋没している。だから私たちからの物理的干渉は一切無効化されている。」
思えば、最初にループ現象に気づいた時、ファン達に声をかけても揺さぶっても反応がないどころかまず手応えそのものがなかった。
このループ現象が起きている世界では《《自分達の方がイレギュラーである》》。という事実に押しつぶされそうになる。
打つ手がない。
永遠の楽園であり、永遠の監獄と化したこのライブ会場にただ、彼らは立ち尽くすしかなかった。
それを見ていた余田は話を戻し、続ける。
「レインはその後、事務所と世間の期待に応え続け、今や一躍、時の人だ。このサクセスストーリーのドラマ化だって決まってる。だがよくない目でレインを見る下劣な奴も増え始めた。勝手にレインに劣情を抱き勝手に爆発して、握手会が中止になったこともあるし、犯行声明文だって届いたこともある。腸が煮えくり返ったよ…!
名が知れて光が生まれるならそこには必ず影を落とすことになる!だがレインはその全てを糧にして今もなおスターダムを駆け上がっていく。
その姿に私は段々と怖くなったよ…警告を破り、高く飛びすぎたイカロスが太陽に近付き、やがて地面に叩きつけられるかのように!私はさながら父親のダイダロスの気分だった…
雨雨レインは私が見つけたダイヤの原石なんだ。遠くに行くなんて許さない。ここには神話のように蝋の翼など存在しない…だからこの監獄の中で…!」
「一生を共にする…廃れもせず、病みもせず、笑顔を絶やさない永遠のアイドル。それが雨雨レインなのさァ!!ヴぇははははははっ!!」
狂っていた。
徐々に熱を帯びていった余田の豹変具合に、特にショックを受けた二降は目を背けた。
「おいおい、澪奈ちゃん。そんな顔はこの監獄の前では御法度だよ?ほらみんなで見に行こうよ。彼女の永遠n」
ゴガッ!
刀の峰が鈍く響く音が鳴り、余田は白目を剝いたまま意識を失った。
「お前はもう囀るな。二降先輩にあんな顔をさせやがって…」
詠はその紫がかった目を血走らせながら言った。
普段の詠には珍しい、デッドライン戦でしか見せていない本気で誰かに対して怒ったときの目だった。
そして、詠は黙って二降の元に速足で歩いていき、
穏やかな顔つきに戻って二降の頬を両手で押さえた。
「ひぇっ!?」
「下、見ないでください。代わりにオレとみんなを見てください。勇気、ちょっと出てきません?みんなでなら出来ますよ。雨雨レイン、雨音さんを救いましょう。ね、二降部長?」
異能研究部員達が任せろと言わんばかりに、彼らは示し合わせた訳もなく同時に二降に笑いかけた。
特別なことは言っていないがその言葉には確かな熱と、力がある。
詠に触れられてゆでだこと化している二降は水色のロングヘアの毛先をいじりながら続ける。
「あ、その、ありがとう…えと…」
「…クール系キャラ崩壊してますよミオさん。チョロすぎです。」
その声を聞いて一瞬硬直した二降が急いで振り返ると、そこにはいつまにか目覚めた空乃がいつもの無表情で立っていた。
いつからそこにと言う前に先に出鼻をくじかれた。
「割とさっき目覚めたところですよ。うわ、ここも凍ってます。これまた随分と派手に異能使いましたねミオさん。」
「言えた口かしらね。貴方だって詠くんに色々としてたくせに。」
「色々ってなんです?」
「覚えてないの?だから…ほら。あの、ぎゅー…ってしたり…ごにょごにょ…」
「羽虫にも聞こえない声で言われても。具体的にどこをどうしたのか大きな声で教えてください。」
「貴方、本当は覚えているでしょう!?」
憎まれ口をたたきつつも二降の表情は生き生きととしている。空乃とプチ口論になるいつもの光景を見られて詠は満足げだった。これで雨雨レインを救い出す作戦に集中できる。
どうやって…が問題なのだが。
一方で、ひのりは愛用の毛布をひっくり返したり、振りかぶってみたりしていた。
「うーん…」
「どうした豊花。毛布いじったりして。いつものことだけどよ。」
「うーん。この世界丸々、私の毛布で包めたらなぁって思ったんですよ。さっきのイルカさんの時みたいに、私の異能で消せちゃえばみんな元に戻るのにって。でも毛布一枚じゃダメですよね、医雀先生。」
「豊花。身の丈にあった考え方も堅実的で悪くないが、まだお前らは学生だろ。発想も行動も思い切りやってみろよ。失敗と成長はワンセットだ。オレも当時合コンで、可愛い子を口説こうとしたらまさかの彼氏持ちで、あとで大目玉を食らったことがある。ったく人数合わせとはいえタブーだろそれは。連れてくんなよなぁ。」
「あたしに言われても知りませんよそんなの…前半はいい話だったのになぁ。」
「それですよ!」
話を耳にした詠が二人の元に近づいてきた。
「なんだ天札。合コンでのどんな苦労話を聞きたいんだ?」
「いや、そっちじゃなくて豊花。」
「えっ?あたし!?」
あたしになにか出来ることがあるなら協力すると豊花は言ってくれた。詠は準備を進めるべく、急いで作戦を伝える。
「見えたんだ、突破口。豊花、あと空乃先輩。この密室を抜け出すのは2人の力が必要だ。」
♢
詠、ひのり、空乃の3人はレインが現在も歌っているメンステへと登った。普通なら異常事態だが当然、ループ中のため誰からも反応は帰ってこない。
「よし、まず第一段階です。空乃先輩。オレに現れぬ待ち人をかけて下さい。相手はレインで。俺が合図したら解除してください。」
「分かりました。答え合わせはあとでしてもらいますよ詠くん。現れぬ待ち人。」
すると詠はメンステを下りて、舞台袖まで行き、さらにその先まで進んでいく。
3分ほどすると戻ってきたようで、詠から手を振る合図が送られたので異能を解除した。
「よし。第二段階だ。豊花。今度は異次元毛布をレインに被せてくれ。」
「えっ!レインちゃんにあたしの毛布を…?うぅ~ごめんねレインちゃん!」
申し訳なさそうにひのりはレインの頭の上から自分の毛布を被せる。
が、それは空を切って《《レインをすり抜けた》》。
「えっ!?」
「やっぱりな。現れぬ待ち人はレインに出会えなかったからこのループ世界でも効果があるけど、物理的干渉ができないから元の毛布を媒体とする異次元毛布は効果がない。モノを0から生み出せる物体生成系なら話は別かもしれないけど。じゃあ第三段階だ。」
「異次元毛布、咀嚼。」
「あっ!私のだ!」
詠の手元に半透明の大きなブルーシートのような布が出現した。それを持ちながらレインの元へ詠は歩を進め、振り返って言った。
「オレもこれを咀嚼したのは初めてだけど、これの能力は、この布の下にいる相手の深層心理を読み取って、対話が出来る。《っていう能力に決めた》》。」
悪食の黒に付随する能力である咀嚼は、相手の能力を条件付きで自分の解釈で応用して使える。この場合、詠ができると本当に心の底から思うのであればその能力は花開く。だがこの状況の中ではこれは大博打でもあった。成功しなければもう打つ手はない。詰みだ。
「豊花、空乃先輩。オレは今から最終段階として、レインと対話して異能を解いてもらうように話してくる。だから」
「信じて、待っていてくれ。」
「もちろんですよ詠くん。ブチかましてきてください!」
「頑張ってね…絶対帰ってきてよね!天札くん!」
詠は覚悟を決め、短く「あぁ」とだけ返すと、その生成した布に自分とレインが入るように高く布を上に揚げて、被せる。
そして、意識が一瞬して落ちた。
そこはただただ、無色透明だった。白という色を付けるのも憚られるくらいの透明感のある空間。先ほどのライブ会場とは真逆の空間。
そこに一人の少女が立っていた。
「えっ!あなたは確かお姉ちゃんのお友達の白い髪の人‥?」
「…なんとか成功したみたいだな。オレは天札詠。端的に言うと君にこの異能を解いてもらいたくて、君の深層心理まで来たってことなんだけど…」
「みす、てる?私を見捨てるためにここに来たってことですか!?そんな御無体な!」
レインが異能を知らないことを詠はすっかり忘れていた。そこで自己紹介も兼ねて、異能研究部のこれまでの活動を端的にかいつまんで話すことにした。
◇
「なるほど。異能っていうのが私の中にもあるってことですね。それが原因でこの会場の時間がループしておまけに密室になっていて…本当にすみませんでした。せっかくみんながライブに来てくれたのに…っ」
心からの反省だった。異能のコントロールが出来ない以上、そんなものはどうしようもない。レインの性格上やれるものならとっくにやっているだろう。だが詠が聞きたいのは謝罪の言葉ではない。それよりも核心を突く、別の事だった。詠はレインの目を見てはっきりと告げる。
「君は、お姉さんのことが嫌いなのか?」
流れを断ち切る詠の一言。ふと、そんなことを言われたレインは、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてから俯き、アイドルらしからぬ罪悪感に塗れた表情で言った。
「…よく分かりましたね。そうです、私は姉が大嫌いです。そしてそんな自分が」
「…死ぬほど嫌いです。」
確信はなかったが、詠にはそう答えるだろうとなんとなく予想がついていた。だから表情は特に動かない。
「どうして分かったんですか?私が姉のことが嫌いだって。」
「拭えない違和感があったからだよ。」
「俺たちが今日、君の楽屋に入ってから、二降先輩に本名で呼ばれたときも、二降先輩を優しい姉だと紹介するときもそう。
【鏡で服装を見ながら話す。】
【二降以外の全員に体を向けて、姉をプレゼン。】
「《《君は今日、二降先輩だけを一度も見ていない》》。」




