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盛歌の監獄《サマーロック》4

三章 惹かれて灼かれて魅せられて



「一体どういうこと…?これから始まるのは4曲目のはず。なのになぜ【Raincarnation】を歌っているの…?」


二降の疑問に反して、異能研究部以外のファン達は今も雨雨レインと共にライブを楽しんでいる。

何かの間違いかとも思った。これは何かのサプライズにファンが勝手に乗っているだけなのだろうと。



だが違った。


3曲目が終わり、1曲目に。また2.3曲目が終わったら1曲目に戻る。全く同じ光景を繰り返し、予想は確信に変わる。


間違いない。



「ループしてるんだ‥雨雨レインが出て来てから3曲目までの時間が‥行くぞお前ら、ここからは異能研究部の課外活動だ。」


医雀の号令で全員の目つきが変わり、手分けして動き出す。まずは現状の確認からだ。


曲はまだ続いているが、詠はファンのそばに行ってみる。


するとファン達はこちらのことなどまるで見えていないように、レインに釘付けになって声援を送っている。話しかけても反応が返ってこない。これは十中八九異能(ミステル)の影響だ。


思い切ってレインの居るメンステにも詠は登ってみた。


が、誰も反応しない、レインはただ自分の曲をファンに届けていた。



「えぇっ!なにこれ!」


会場の外の様子を見に行ったひのりの声が聞こえたので全員で駆け付ける。


「どうしたんですかひのりん…これは!?」

空乃が驚愕の表情を浮かべた。

ひのりが指さす場所は会場の玄関口。入場の時はまだ明るかった外の景色が真っ暗になっている。


いや、暗いのではない。不自然なまでに黒一色。他の窓から見える景色も全てが黒一色に塗りつぶされているのだ。


前に出た医雀が扉に手をかけて、大きく手前に引っ張る。


「くそっ!開かねぇ!」


「マジか…だったら、嵐式吸引拳銃(ビリーザキッド)!」


芥丸の生成したリボルバーがキイィィィィンと甲高い音を立てながら辺りの空気を吸い込み射出。練り上げられた空気の銃弾5発が窓ガラスに直撃した。



が、傷一つとして付くことはなく、芥丸は舌打ちして異能(ミステル)を解除する。


「これで分かったわね。恐らくこれは精神干渉系の異能(ミステル)。私たちはその術中に居る。何がトリガーになったのかは分からないけれど」




「この会場は完全な密室空間になっているわ。」




二降の言葉に、全員に緊張が走る。だが同時に、何度も異能(ミステル)絡みの事件を経験してきたからこその経験則から分かったこともある。


「でも異能(ミステル)使用者本人が意識を失えばこの密室は解ける。ですよね。二降先輩。」

「そうね天札君。手荒な方法だけれど最善手よ。ライブのループ現象に巻き込まれていない人間が私たちの他にもいるはず、それが犯人の可能性が非常に高い。」



ライブ会場から外に出られない密室空間。


だが密室になっていることは分かった。今はこの状態を作った人物を見つけ出すことが先決だろう。


空乃がこめかみに人差し指を当てて推理を始めた。


「精神干渉系なら私と同じですね。となるとタイガーのような武闘派よりも知能犯的な性格の持ち主。蜘蛛のように自分が出した糸に獲物がかかるのを待つ。あるいは自ら糸に近づかねばならないような状況を作り出すのが定石(セオリー)ですね。」


「俺、そんなに武闘派っすかね…?へへっ。」


「なんで俺を見るんだよ…別に俺は誰振り構わずぶん殴ったりしねぇよ。んなことしたら普通に懲戒免職だっつーの。」


分かりやすく照れる芥丸が、デッドライン戦で錫杖で大暴れした医雀を武闘派にカテゴライズする。医雀は心外そうな顔でこれに反論した。




その時だった。




階段に繋がる廊下の角を曲がり、



背中にヒレのある生き物がそのヒレだけを出して、床を滑走しながらこちらへと向かってくる。



「な、なんだあれ…床を、泳いでる…?」



「っ!ダメです!詠くん伏せてっ!」



「キュイィィィィィッ!」



甲高い声を上げたヒレのある生き物が



勢いよく飛び出して空乃の肩口に嚙みついた。



「っ!?」


「空乃先輩っ!」



その生き物は逃げるように床という水場に、とぷんっ…と頭から飛び込み、こちらの様子を伺っているのか辺りを旋回し始めた。


2頭、3頭‥と増えていき、4頭の群れがぐるぐると詠達に近づいていく。


「大丈夫か砂海!くそっ!床に何かいる!しかも一匹じゃねぇ!あれはサメか!?」


「いいえ、医雀先生。あれは…」



二降の言う通り、あれはサメではない。


サメよりも知能が高く社交的で、人間と身近に繋がる水族館のアイドル。



「キュイィィィィィッ!」



イルカ。



「ごめんねイルカさん!異次元毛布(ワームロール)!」


ひのりの毛布が群れのうちの一頭を包み込み、数秒で消滅した。床を泳ぐイルカはやはり本物のイルカではなく異能(ミステル)により生成されたもの。



「イルカは人間を襲わないはずなのに、なんで…?」


「いいえ、豊花さん。」


ひのりがこぼした疑念を二降が補足する。



「近年、海水浴客をイルカが襲う被害が増えているわ。確かにイルカは知能が高くて自ら進んで人間を襲うことは少ない。ただ彼らが興奮状態にある場合は話が別。

そもそもイルカが遊んでほしくて近づいた結果、人間にケガをさせたという事件もあるの。」


「そんな…」




「空乃先輩っ!しっかりしてください!空乃先輩!」


右肩から出血する空乃は(うずくま)り、呼吸を荒くしている。幸いそこまでは傷は深くない。正しい止血をすれば命に別条はないだろう。



「う…っ」


「よかった…意識はある。すみません!俺が油断したから…」



「…き。」


「え?」




「よみくん、だーいすきっ!」



勢いよく空乃が詠に正面から抱き着く。


「なっ!?空乃先輩…っ!今そんなことしてる場合じゃ…わぁっ!?」


「よみくんかわいい…すきすき~っ!」


空乃に似つかわぬ濡れた瞳、(とろ)けた表情で詠に迫る。色々とまずい体制になり、詠は空乃を引きはがそうとする。が、思ったより力が強く振りほどけない。


この状況に両手で顔を覆い、目だけを出したひのりが顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、な、空乃先輩がついに天札くんをっ!きゃ~っ!ダメだよもっとプラスチックに行かなきゃ!」


「それを言うならプラトニックよ!吹雪く花弁(グリッタースノウ)!」



二降から放射された冷気がみるみるイルカの群れをパキパキと音を立てながら縛り上げ、やがて四頭全てを凍り付かせ、霧散させた。


いつもの吹雪く花弁(グリッタースノウ)よりも強力だった気がするが、おそらく気のせいだろう。


まだ追加のイルカが来るかもしれないと警戒し、異能研究部達は急いで玄関から二階へと向かった。



「~っ!すみません空乃先輩!あとで謝ります!吹雪く花弁(グリッタースノウ)咀嚼(チューイング)!」


ドッ!


「にゃんっ!?」



詠の生成した氷の刀での、優しくマイルドな峰打ちで、詠を抱きしめていた空乃の意識は落ちた。







「はぁ…なんとか撒いたみたいだな。」


気を失ったままの空乃を背負って運んでいた医雀が、廊下に腰を下ろす。



「砂海のやつ、急にどうしたんだ?イルカに噛まれてから様子がおかしくなったぞ。」



「恐らくこれがあのイルカ使いの異能(ミステル)でしょうね。あの床を泳ぐイルカに噛まれると一種の興奮状態に陥る。ここに逃げながら少し考えたけれど、あれほど精密な操作をし、私達を見つけることが出来た理由は」


「…理由は?」


二降が自分の斜め前方にあった防犯カメラを指指すと、それは瞬く間に凍結した。




「防犯カメラの映像を使い、管制室で私達の動きを見ている。そうに違いないわ。」






-ライブ会場・管制室-


「おいおい、もう気づかれたのかよぉ。」


黒いニット帽を目深に被った目付きの悪い男が、近くにあったゴミ箱を蹴った。


「しかもイチャコラしやがってムカつくぜ。俺は何を見せられてんだ爆ぜ散れリア充が。こちとら仕事づくしでそんな暇ないんだよ!」


蹴ったゴミ箱を見ても注意する者は誰もいない。管制室にいる数人の人間もループ現象に巻き込まれており、防犯カメラからの映像をただ見て同じ会話を繰り返すだけ。



音響スタッフ、十河小平太(そごうこへいた)、27歳。

彼の微笑みの賢者ドクターエンドルフィンは、地面や床を泳ぐイルカ(なのに水場は泳げない。)を同時に4匹まで生成し、噛みついた対象に大量の多幸物質(エンドルフィン)を流し込む能力。


本来、高揚感や満足感を得られる脳内ホルモンだが、エンドルフィンはモルヒネなどと同じ脳内麻薬とも言われており、過剰な量を分泌すると依存性のリスクもあるとされている。



「イルカ達で、あの黒髪ボブの眼鏡女は封じた。だが嗅ぎつけられた以上、ここに来るのも時間の問題だな。さて次の手は…」



その時、


一人の男が管制室に入ってきた。






「着きましたね二降先輩。ここが管制室か。」


「開けるわよ。天札君は私と同時に突入を。でもまだ中にループに巻き込まれている人がいるはずだから、まずは救出を最優先するわ。」

「了解です。」


管制室を見つけ出した、異能研究部達は詠と二降が先頭に立ってドアの前に居た。


空乃はと言うと、まだ医雀の背に背負われて可愛らしい寝息を立てている。


そして


勢いよくドアを開けた。




「…?」



そこにはループに巻き込まれて、画面を注視して映像がどうとかを話しているスタッフ達がいた。

一応、部屋に入って肩を揺さぶったりしたが反応はなし。いきなり部屋に入ってきた詠たちに目をやる人間すら誰もいなかった。そして本命の、床を泳ぐイルカを使役する異能(ミステル)の使用者らしき姿は見えなかった。



「仕方ないわ。周囲に警戒しながら索敵を続けましょう。」


管制室から全員が出て、今度は近くの部屋などを虱潰しに探していくことにした。異能(ミステル)の系統的にあのイルカはライブのループ現象とは関係は薄いが、異能(ミステル)持ちとしての関係性は高い。



つまり、あのループ現象の異能(ミステル)とあのイルカの能力者はグル、ということになる。

一刻も早くここから出なくてはならない。



「ね、ねぇ天札君。」

「なんですか?」


「その…さっき空乃さんに…えぇと、《《あぁいうこと》》されて、どう思ったかなって…」


二降には珍しく、しどろもどろとした質問。目線もさっきのイルカのように床を泳いでいる。


「え?まぁ、びっくりはしましたよ?空乃先輩からの気持ちは知っているんですけど、でもオレのことを見てくれるから嬉しくて…えっと、だから異能研究部のメンバーはオレが守りたいです。」


「え?あぁ、そうね。ありがとう…?」


話の着地が明後日の方向に飛び出す。話の論点をズラそうとしているのか、ズレてしまうのか。間違いなく後者。《《あぁいうこと》》に関しては二人ともかなりの奥手だった。


しどろもどろが渋滞するとこういった玉突き事故が起こる。


「(もうっ!そういうことじゃないのに!)」





「あっ!イルカさん発見!こっちに泳いで来たよ!」


遠くからキュイッキュイッと可愛らしい声が聞こえ、4頭のイルカが群れを成し、床を泳ぎながらこちらへ向かってくる。


「ひのり、下がってろ!嵐式吸引拳銃(ビリーザキッド)!」



全く効果がなかった玄関のときは違い、四頭全てに命中してイルカは消えた。霧散するイルカの後ろに黒いニット帽をかぶった男がいた。


「ちぃっ!見つかったか!」


「しゃあ!イルカ使いはお前だな!観念しろいっ!この芥丸大我様が嵐を吹かせに来たぜ!」



いつ考えたのか分からない口上を名乗る芥丸。



それを聞いた黒いニット帽をかぶった男が怯み、後ずさりしようとしたときスーツを着た男にぶつかる。


「おい!アンタまだ出てくるなって!」






それは雨雨レインのプロデューサー、余田だった。


「余田…さん…?」


「やぁ澪奈ちゃん。と、お友達さん。この世界は楽しんでくれているかな?いや、今は難しいか。でも大丈夫、何も恐れることはないさ!」


余田は大仰すぎるくらいに両腕を大きく広げてそう言った。



「信じて…いたのに」



不朽の理想郷(オラシオンワールド)。ここは雨雨レインが主役の永遠のライブ会場さ。この世界の全ての不安、不満、不平等から切り離された文字通りの理想郷!感動で震えるだろう?永遠という二文字は、彼女の歌により完成する!」



「馬鹿を言わないで!」


二降の尖った声が響く。

言いたいことは山ほどある。今までどんな気持ちで雨音(いもうと)をプロデュースしていたのか。なぜこのような諸行をしたのか。この異能(ミステル)が解けたら全員無事で解放されるのか、など。だが一番許せないことはそれではない。


もっと、根本的なことだ。


二降は異能(ミステル)で吹雪を纏って、人が変わってしまった余田を射殺すが如く見つめる。



「貴方は、私の大切な妹の晴れ舞台を汚した。踏みにじった。」



その時、一頭のイルカが二降の腕に嚙みついた。


「二降先輩っ!」


「油断したな!これでお前h」



イルカ使い、十河(そごう)がそう言いかけたとき、噛みついたイルカが一瞬で氷漬けにされる。


「…は?」



微笑みの賢者ドクターエンドルフィンのエンドルフィン付与により《《強い興奮状態》》になった二降が腕をかざすと、圧倒的な物量の氷結の雪崩があっという間に余田と十河を飲み込み、




二降たちのいた階段までの長い廊下もすべて




氷河期へと変貌させた。




「氷河よりも冷たく、マグマよりも熱を持つ、それが私の激情。凍てつき灼かれなさい。私の(ほとぼり)が冷めるまで。」



数秒で、決着がついた。


失神して動かない十河を無視し、意識を残しておいた余田の元へ冷たい足音をたてながら二降は問う。



「蠍會との関係は?この異能(ミステル)を直ちに解除しなさい。」



用件だけ端的に言い放つと返答が来た。衣服が凍結し、固まって動けない余田はその口だけを動かす。



「蠍會…の方は知らないが、澪奈ちゃんは思い違いをしているな。」



「思い違い?」



「いつ《《私が》》この世界を作り出したと言った?私は異能(ミステル)なんて最初から持っていない。



「何ですって!?」


「どういうことだ?じゃあこのライブのループ現象は一体誰がやっているんだよ?」


そんな医雀の疑問はすぐに解消された。余田はライブ会場の方に首を向けて答える。



「いただろう。このライブが始まったときから。」



全員が感じた最悪の予想は、最悪の形で的中する。






「雨雨レイン。このライブのループ現象を作り出しているのは彼女自身だよ。」





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