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盛歌の監獄《サマーロック》2

その日の夜、詠は家に帰って雨雨レインの、ミュージックビデオを一通り、予習も兼ねて見てみた。


感想を言うと、どれも時代の流行りというものを抑えていて、かつそれに自分の色を加えて歌っている。流行る曲を作るというと、なんだか下心が透けて見えてしまうが、それでもこの他の追随を許さない圧倒的な歌唱力があればぐうの音も出ないだろう。


映像もアイドルらしくポップで可愛らしいものから、様々な解釈を感じ取り、ファン同士で意見交換のできそうな考えさせられるものもある。


雨雨レイン、本名二降雨音(あまね)。今時ソロアイドルとは珍しいが、全くもってアイドルグループと見劣りしない強烈なアイドル性を詠は感じた。


「(ライブ、楽しみだな。)」


ベッドに寝転がって一息つくと、リビングから声が聞こえた。


「詠。夕食が出来たよ。」


詠の母、天札 純香(じゅんか)が40代にしては若々しい声で詠を呼んだ。


「ん、ありがとう。今行くよ。」





今日の夕食のメインは豆腐ハンバーグ。市販のソースに、みりんとだし調味料を加えた天札家特製のちょっと濃いめの和風ソースでいただく。


「どう?美味しい?」

「うん。やっぱりこれ好きだな。」


咀嚼するたびに、豆腐と合挽肉の繊維が気持ちよく口の中で、ゆっくりとほどけていく。添えられた大葉との相性も抜群で、ソースは濃い目だが豆腐ハンバーグはあえて味付けを淡泊にしているので最後まで飽きが来ない。


「そっか。よかったよ。」

「うん。いつもの味で安心する。」



「あ、そうだ。…ねぇ詠。最近ちょっと雰囲気変わった?」


「え?」


母には異能(ミステル)のこと、異能研究部で起こった数々の事件のことは話していない。異能(ミステル)そのものを知らない者は異能(ミステル)で起こったことのほとんどを認識できないわけだから、あまり関わらせたくなかった。


「親と子だもん。何となくは、ね。何があったのかは詳しく聞かないけど、母さんは詠を応援するって決めてるから。でもあんまり危ないことはしちゃダメだよ?」


詠がまだ赤子の頃に離婚を経験してから、純香は女手一つで詠を育ててきた。

働きながら子育てに奔走する。詠はそんな純香の背中をずっと見てきた。

そんな不満をあまり言わない純香が唯一心残りだと話すのは、詠がまだ小さいときに、仕事であまりそばにいてあげられなかったことだと話していたことは今でも覚えている。


詠としてはここまで育ててくれただけで感謝しかない。人と関わろうとしない少年だった中学時代もかなり心配をかけてしまった。それでも詠が荒まなかったのは純香の存在が大きい。そんな純香を、詠は心から尊敬している。


「結構な怪我して帰ってくることもあるし。」

「まぁ若気の至り…というか」


「でも中学のときの詠と比べたらかなり明るくなったんじゃない?母さんは嬉しいよ。」


「心配、かけたよな。あの時はありがとう。」



純香は知っていた。中学時代、後悔と絶望で自室に籠り、泣いていた詠を。何があったのかを聞こうとも思った。

だが詠は純香の前では絶対に泣いたりしない。それどころか落ち込んだ素振りすらあまり見せようとしなかった。誰かに弱さを見せることは、自らが生んだ罪の意識を薄めてしまうことになると恥じていたから。


「オレ、もっと人と向き合えるようになるよ。もっと人を知りたい。そんな人たちに、出会えたんだ。だからオレは…」


「前に、進めたんだ。」



純香は一瞬少し驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻って言った。


「大きくなったね。詠。でも本当にどうしようもなくなったときは力になるからね。家族なんだから。そして何より、詠は母さんの宝物なんだから。」



その言葉を聞いて、詠は急いで白米を豆腐ハンバーグでかき込んだ。当然、咽る。

「…っ。ゲホッゲホッ!!」


「ちょっと!大丈夫?」


詠は愛情表現に対してかなり過敏に気恥ずかしさを覚える節がある。


胸がきゅっと熱くなって、目の端が水分を蓄えようとしたから、無我夢中で止めた。

自分でも自分を説明できないのに、自分を理解してくれている人はたくさんいる。

そう思ったら、嬉しかった。



このなんてことのない日常は絶対に守りたい。若干の気恥ずかしさと決意で詠はまた一つ大人になった。





ライブ当日の朝、異能研究部の面々が揃い、学校の正門前で待ち合わせると、医雀が自分の車(白のミニバン)を出してくれた。ライブ会場まで高速と下道を使い、およそ2時間半ほどの旅程。


席順は運転席に医雀、その隣に二降。後部座席に詠と空乃。さらにその後ろに芥丸とひのりという席順に決まった。


「医雀先生に感謝だね!あ、そうだ。今のうちに会場の物販コーナーの詳細見ちゃお。あ!このTシャツ可愛いっ!Sサイズあるかな…」


「ひのり、スマホなんか見て酔いとか大丈夫か?」


「うん。あたしは大丈夫。ありがとね。あ、見てみて芥丸くん!これすごいよ!今回のライブロゴのホログラムステッカーだって!」


「マジか!絶対買う!赤のやついいな!スマホケースの裏に挟むのにちょうどいいじゃん!」



後ろの座席で早くも盛り上がる二人の会話を聞いて、空乃も詠に近づきつつ自分のスマホ画面を見せる。


「詠くん詠くん。このTシャツ良いですよ。お揃いで買いましょう。この合計金額なら、特典がランダムで貰えるみたいです。」


「へぇ確かにいいですね。…っ!?」


スマホを覗き込んだ時に、空乃の顔が割と自分の顔に近いことに気づいた。眼鏡の奥から見えるまつ毛の長さもよく見えるし、そもそも座席に置いた二人の手が触れてしまっている。詠はすぐさま顔を離し、遮蔽物しか見えないのに窓の景色を眺め始めた。


「…? どうかしました?」

「いや、別に何でも…」



「(席順適当に決めちまったけど失敗したかな…)」

そう医雀が思ったのは、隣の二降がルームミラーで詠と空乃の様子をチラチラと落ち着きのなさそうに見ているから、だった。


医雀は教師という立場上、言葉に出して言うことはないが空乃が詠に、二降が詠に向けている感情はなんとなく察していた。


「(特に二降は奥手だよなぁ。まぁ性格が性格だから仕方のない節はあるが。まぁ青春は若者の特権だ。頑張れよ)」


医雀は心の中で二降にサムズアップし、武運を祈っておいた。


「…何?」

「いや、なんで本人に伝わるんだよおかしいだろ」


ジト目を向ける二降を他所に、医雀は運転を続ける。



そして二降は‥


「(…この前のあの二人のデートを見て、今みたいに空乃さんへ私は嫉妬をしていた。そういうことなのね。我ながら嫌な女。詠くんへの感情が恋慕か信頼かだなんて本当は分かってた。



両方に、決まってる。



いや、これ以上今は考えていてもしょうがないわね。久し振りに雨音にも会うのだし今は切り替えましょう。)」





「うわ。これはすごいな。」

道中、同じ行先であろう車の渋滞にも捕まったが、なんとかほぼ満車の駐車場まで行き車を停めて、屋内ライブ会場入口のアーチのところまでやってきた。


「ほら、天札くんっ。まず皆で写真とろ写真!異能研究部・夏合宿改め、ライブ会場に来ましたーって!」

「ん?あぁ。今行くよ豊花。」


入り口のアーチのところに、女子陣はしゃがんで(センターはひのり。)、男子陣はその後ろに立つ。医雀は持参したカメラを構えた。


「よし、撮るぞ~。」

「医雀先生!俺とヨミの間に入ってください!」


「え?俺も写真に入るの?えーと…あ、そこのお姉さん。写真お願いしていいですか?」


「ん?いいよー。」


通りかかった赤髪ポニテの女性にカメラを渡し、集合写真を撮ってもらった。



「ありがとうございます!お姉さん!」


「全然いいよー。それじゃあね。」


赤髪ポニテの女性は手を振って物販コーナーに入っていった。




「さて、ライブまではまだ時間はあるけれど、なんせこの人ごみよ。余裕をもってあと1時間ほど経ったら、ここの入り口付近に集合してみんなでまず雨雨レインの控室に行きましょう。そして会場2階の関係者席に行く感じね。」


二降は、専用の関係者パスを全員に渡した。


「ぇ⁉レインちゃんに会えるんすか⁉マジっすか!テンション爆上がってキター!」

「ドキドキしてきた…どうしようあたし、心臓持たないよ!」



「それはすごいですね…。じゃあ詠くん、私たちは…あれ?」


空乃が見回すが、詠の姿が忽然と消えていた。しかも夏休みのため制服ではないので

目印がなく、この人混みでは探し出すのは困難だった。


「さては人混みに流されたな天札…。まぁいいや。時間も限られてるしそこまでは自由時間にするか。で、いいか?二降。」


「そうね医雀先生。各自天札君を見つけたらグループチャットにメッセージをして頂戴。じゃあ解散。今日は楽しみましょう。」





「早々に、遭難とは…」

人混みに流された詠は一人で会場を回っていた。物販では既にSOLD OUTと書かれている商品も多くあり、人気の高さが伺える。


詠が今いるフードエリアには、雨雨レインのロゴが入った屋台が並んでおり、ここでしか食べられない雨雨レインが監修した軽食なども楽しめるとあって、大変にぎわっていた。


詠はそこで雨雨レイン監修!と書かれていた、[雨雨レインの蒼いシビ辛麻辣唐揚げ]というのを購入した。


その名の通り、唐揚げが雨雨レインのイメージカラーの水色だった。脳が理解するのに時間がかかったが、中まで火の通ったもも肉からは噛むと肉汁がどろりと溢れ、練り込まれた山椒と豆鼓が食欲を増徴(ブースト)させる。瞬く間に完食してしまった。


「ご馳走様。ん?あれは…」



「あははははっ☆ん~最っ高~!」


何やら大ジョッキの生ビールを、真水のように豪快に胃袋へ流し込む女性が、ベンチに座っていた。



面識は…ある。さっきの赤髪ポニテの女性だ。今回は髪と同じくらい顔も赤い。


「さっきは写真をどうも。何してるんですか?」


「ん~?おぉさっきの少年!ちょうどよかった!お姉さんと飲もうぜ~?」


「飲みません。未成年なので。」


普通に突っぱねる。


「あれま。ずいぶん大人びてるから成人してるかと思った。ごめんよ~。あ~飲み足りないなぁ。日本酒とかハイボールとかないかなぁ。」


「そういう人はライブ会場じゃなくて居酒屋に行ってください。あと、ちゃんぽんは悪酔いの元ですよ。」



そう詠が言うと、赤髪ポニテの女性は詠の白い髪を触り、詠の肩を抱いて、自分に寄せてくる。


酒の匂いであまり分からないが、近づいたおかげでふわっとしたフローラル系の香りが漂ってきた。詠より若干、背の高いかなりの美人である。絡み酒さえしなければ。


白シャツにカーキ色のブルゾンを雑に羽織り、まくったズボンの裾からはくるぶしが出ている。


男には庇護欲というものがある。このようにちょこっと近づけば大抵の男は落とせるだろう。


「ねぇねぇ少年~。お姉さん酔っちゃってさぁ。一人じゃ歩けないからちょっと肩貸してよ~。」


そのまま詠の了承もないまま、何を思ったのか自分の全体重を詠に預けた。



いわゆるお姫様だっこなるもの。その構図になっていた。肩を貸すとは?


思わず詠も反射的に力強く赤髪ポニテのお姉さんを担ぐ形になる。



「きゃ~っ!少年ってば大胆♡」


「5.4.3.2…」


「それ何のカウントダウン!?どんどん腕から力が抜けていくんだけど!?身を預けてるんだから落とさないでぇ!」


詠の一つまみの反抗が効いたらしく、彼女は少し大人しくなった。





そもそもこれはどういった類の縁なのか。赤髪ポニテの酔っぱらいをお姫様抱っこしながらライブ会場を歩くなんて、これからも一生経験できないだろう。


いや経験する必要はないだろう。


美人なお姉さんは目立つことこの上ない。周囲の視線と詠の両腕もどんどん痛くなってきた。


「アタシ、自炊はできないけどさぁ。自酔は得意でぇ~す!な~んて。あはははっ♪」


こんな調子で一人で盛り上がるお姉さんを担ぎながら思う。こんなところを異能研究部の誰かに見られたらどうなるか。



「あ!見つけた。天札くん!」


「おわっ!」



「ぷげぇっ!?」

背後から聞こえた声に驚いた拍子にお姉さんを落としてしまった。

踏まれたヒキガエルみたいな声が小さく聞こえる。


「豊花っ!いやこれはその成り行きで…」


「も~やっと見つけたよ~。一人で寂しかったでしょ。そろそろ時間だしみんなと合流しよ!」




…一人?


詠が目を向けると、地面に落ちたはずのお姉さんの姿はどこにもなかった。


珍妙な光景を目撃はされなかったものの、ひのりに急かされたので一緒に待ち合わせ場所まで行くことになった。とりあえずは一安心…なのだろうか。



そう言えば名前を聞くのを忘れてしまった。

「お酒の…妖精だったのかな。」





無事に異能研究部と待ち合わせ場所に合流し、予定通り、全員で雨雨レインの控室へ行くことになった。


後々聞くと、ひのりも芥丸と物販コーナーを周っていたが途中ではぐれてしまったらしい。詠は「豊花、お前もかよ…」と本人には聞こえないように呟く。



関係者パスを首から下げた詠たち6人はスタッフさんの許可をもらい、いよいよライブ会場の裏側へと進む。流石に本番まで残り時間がないからか、様々な機材を持ったスタッフさん達が忙しなく専門用語を言いながら次々と通り過ぎていく。


芥丸とひのりは緊張しながら胸に手を置いてスーハ―しており、医雀も珍しく緊張しているのか胸ポケットの煙草(タバコ)に手を伸ばそうとして「ダメに決まっているでしょう」と空乃に釘を刺されていた。



そうしている間に雨雨レインの控室の前まで辿り着き、二降がノックを二回、中指の付け根で叩く。


「はーい。」


「私よ。」


「その声はお姉ちゃん!どうぞ~」



ドアを開けるとそこには生の雨雨レイン、ご本人が居た。

代名詞の雨マークの髪飾りを水色の髪に着け、肩より少し長い髪を右側でサイドテールにしている。


クールでキリッとした姉、二降とは対照的に庇護欲を掻き立てられる華やかで可愛らしい雰囲気の妹。同じ水色を基調とした人間でも、こうも与える印象が違うのかと詠はそこに驚いた。


「うわあぁぁぁぁ!レインちゃんだぁぁぁぁ…だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「わぁ~…レインちゃんっ!可愛い~!顔ちっちゃ~い!」


「あ、お姉ちゃんのお友達の人だね!こんにちは!雨雨レインですっ。」


語彙を失う芥丸と興奮全開なひのり。それを見てアイドルらしく元気よく応対する雨雨レイン。

本番前のプレッシャーや緊張感もなんのその。実に可愛らしい自然な笑顔で、部屋にいた全員の視線を奪った。



「初の単独ライブで緊張しているかと思ったけれど杞憂だったわね。今日はみんなで上から見させてもらうわ雨音。」


二降の激励を受けて、雨雨(あさめ)レインは鏡で服装を見ながら話す。


「あははっ。雨音って呼ばれると甘えちゃうなぁ。というかお姉ちゃんの方も少し見ない間にちょっと変わったよね。」


「どういうこと?」


「お姉ちゃん、人付き合いが苦手だったでしょ?なのにライブに人を連れてくるなんて昔だったら考えられないよ。あ、皆さんもこれからもお姉ちゃんをよろしくお願いしますねっ。こう見えて、根はすごく優しいので…。」


「ちょっと雨音!」


出来た妹。二降以外の全員に体を向けて、姉をプレゼン。コミュニケーション力というものは全部妹に持っていかれたらしい。

二降も嫌がりつつも声音は怒りより照れが勝っている。


ちなみに言うと異能(ミステル)云々の話は妹の雨音にもしていない。口を滑らせないようにと異能研究部全員に二降は釘を刺していた。



少し談笑していると、ドアをノックする音が聞こえ、30代前半くらいの男が部屋に入ってきた。


「! 余田(よだ)さん、お久しぶりです。」



「おぉ。澪奈(みおな)ちゃんか!実際に会うのはちょっとぶりか。綺麗になったね。」



「ん?どちらさんで?」


「あぁ、すみません。私、雨雨レインのプロデューサーの余田と申します。」

「おぉ。これはご丁寧にどうも。」


余田はまず医雀に名刺を渡し、他のメンバーにも丁寧に渡していく。

お堅めな黒縁の眼鏡をしていているが、その腰は低い。いかにもビジネスマンという雰囲気で顔は醤油顔というものか、なかなかに整っている。


「余田さんには、雨音がデビューする少し前から事務所所属のための手続きから何から何までお世話になっています。本日もよろしくお願いします。」


「いえいえこちらこそだよ。今日は見に来てくれてありがとうね。本当にいいお姉さんだよ君は。」


「ちぇっ…教師の俺にもほとんど敬語使わねぇのになぁ…。」


今日のために少し手入れした顎髭を触る医雀(いざく)


医雀のだらしない日々の行いのせいもあるのでは。


とは誰も言わなかった。言わなかっただけで誰もが思っている。



「雨雨レインさん、そろそろスタンバイお願いしまーす!」


黒いニット帽を被った音響スタッフが部屋をノックして、控室に呼びに来た。


「おっと、そろそろか。澪奈ちゃんも、皆さんも今日は是非楽しんでいってください。レイン、行けるか?」


「はいっ!」



声高々に天高く拳を上げる雨雨レインは、まさにアイドルの化身だった。

特に芥丸は立ち尽くして完全に目がハート。




そして、



絶対的アイドルの伝説の単独ライブが、始まる。




そして、




監獄への扉が、ゆっくりと開いた。




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