ボマー・ゲーム6
五章 焼き付くような死線の先で人は何を思うのか
空乃が目を覚ましたのは、ちょうど詠がこちらに到着したときだった。軽くうつ伏せになりながら、詠の話を聞いている。
「ほ~ぉ。だったら聞かせてみぃ。あと5分で答えを導き出せるんやったらな。」
詠は少し足早に、それでいて全員に伝わるように話を続けた。
「こっちに来るまでに走りながら色々考えたんだ。そして分かった。空乃先輩が言っていたデッドラインの異能の推理、あれにはもう一歩踏み込んだ解釈が必要になることに。そこで注目したのはコインランドリーの爆破状況だ。」
「確か、怪我人も出ずで被害は少なかったっていう情報だったな。それがどうかしたか?」
疑問に思う医雀に詠が補足する。
「あの爆破されたコインランドリーの写真、時計が一つ爆発したというにはあまりにも威力が大きすぎるんです。ほぼ店舗そのものが粉々になっていた。中華料理店の時とはまるで別物。恐らく爆発させたのはコインランドリーにあったすべての洗濯機。だからデッドラインの異能は時計を爆発させる能力じゃない。」
「お前の異能は、カウントの表記がゼロになったものを爆弾化して爆破させる能力。違うか?」
デッドラインは一瞬驚いた表情を浮かべた後、すぐにいつもの飄々とした表情に戻って詠にわざとらしい拍手を送った。
「大正解や。約束通りひのりちゃんは助けたる。このボマーゲーム、キミの勝ちや天札詠。俺の刻まれる災厄の謎を見事突破してくれたしなぁ。」
「律儀だな。容赦なく爆破するタイプかと思ってた。助かるよ。」
デッドラインは、ただ異能を振りかざして楽しんでいると以前自身で言っていたが、今の詠には本当にそれだけなのかを測りかねていた。排除か蠍會への勧誘が目的ならこんな回りくどいことをする必要はない。
「なぁ。アンタもしかして」
「…俺に手を差し伸べようとしようとしてんじゃねぇよ…。」
デッドラインが小さくも怒気を孕んだ声で詠を突っぱねる。取ってつけたような関西弁ですらなくなっていた気がする。
「え?」
「何でもあらへん。それはそれとして俺たちもマックスに最終決戦といこか。」
詠、二降、空乃、医雀もそれぞれ戦闘態勢になる。
「見ていてくださいモグコさん。ここで終わらせます。」
当初、空乃はデッドラインに同じ思いをさせようと、命を奪いかねないドス黒い復讐を考えていた。復讐は何も生まないなんて言葉は、何も知らない外野が身勝手な正義感でほざいているだけ。
ただ今は少し違う。異能研究部のメンバーと出会って世界が変わった。彼女もまた人を知った。人を知れてよかったと心から思う。明日も知れない闇の中で生きてきたからこそ、見られた輝きがある。
「生きて死ぬほど償わせる。それ一択です。」
デッドラインの投げたキッチンタイマーが四方八方で爆裂する。が、二降が異能で氷の壁を作り防いだ。
「私が守る!行って天札君!」
「はい!」
勢いよく地面を蹴り、飛び出した詠は嵐式吸引拳銃を咀嚼し、逃げるデッドラインに発砲する。四発中一発が肩口に当たった。
「ちっ!」
「天札!デッドラインも少なからず俺たちとの連戦で消耗してる!だから今がチャンスだ!絶対に勝つぞ!」
「へっ。でもそれはお互い様やろ。」
デッドラインはさらに走る速度を上げ、近くの大きなゲームセンターに逃げ込んだ。
「逃がすか!」
詠がゲームセンターの中に入ると閉店時間のためか中は真っ暗。だが、何台かのゲーム筐体が稼働していた。
デッドラインを探していると、対戦型のレーシングゲームが急に起動され少し明るくなった。デモ画面には100円を入れるよう指示が出ている。そして、
レース開始まで残り3秒の表示が出ている。
「まさかっっ!」
カウントの表示が0になり、勢いよく筐体が爆発した。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
詠は勢いよく吹き飛ばされ、別の筐体に激突して止まる。
そしてそこには音楽ゲームのプレイ曲選択画面。それがあと2秒で選べなくなろうとしていた。
カウントが0になり、これもまた大きな爆発音とともに部品などが消し飛ぶ。
痛む身体をなんとか堪えて、致命傷になることだけは異能で回避した。
「(ゲームセンターに逃げ込んだのはそういうことか…っ。ここは避難場所じゃなく奴の狩場!爆破材料が揃いすぎているっ!」
そこに二降、医雀、空乃が到着した。詠は爆発で奥まで飛ばされてしまったので、ここからは良く見えないが店内に入ろうとしていることは分かる。
その近くではもぐら叩きのようなゲームの難易度選択画面があり、もうカウントが残り少なくなっている。
「ダメだ入ってくるな!みんな逃げろ!爆発する!」
カッ!と激しい光と音が辺りを照らしながら爆発した。
入り口の自動ドアのフレームは飴細工のように完全にひしゃげていて、原型がない。
「嘘…だろ…。」
夜のゲームセンター。
その屋上に薄いオレンジ短髪の男は居た。夜風に靡くジャケットについている金色のファーが月に照らされている。
「さて、後はこの建物ごと爆破してスクラップにしたるか…。ボマーゲームはかなり楽しめたけどなぁ。」
「なぁ空乃ちゃん!」
「!?」
背後から忍び寄る空乃のクナイを避け、デッドラインの裏拳が空乃の首に入り、空乃が宙に浮いて転がる。
「げほっ…っ。見抜…かれて、いましたか…。」
「空乃ちゃんの現れぬ待ち人現れぬ待ち人は確か対象一名を指定して、一切の遭遇を断つ能力やろ?確か時間制限付きで。便利やけど能力の本領は逃げ専や。そっちからも遭遇できんのやから、攻撃するにはある程度近づいたら解除せないかんのやろ。この前逃げられたときに一杯食わされたから、もうマックス通じひんで。」
デッドラインの手には薄型のキッチンタイマーが握られ、画面のカウントは5を示している。スタートボタンを押せば簡易爆弾の出来上がり。
「さて、ちょっとした人間花火にしたるか。じゃあな空乃ちゃ」
「っ!詠くん!」
「あぁん!?」
デッドラインが言い終える前に叫んだ空乃の目に、突如ゲームセンターの屋上より上まで伸びてきた巨大な何本もの氷の柱が映る。
そして二人は、氷の柱を台にして滑走する白髪の少年を捉えた。
「皆、無事でよかった…っ。空乃先輩っ!今助けます!力を貸してくれよっ!絆絆絆・咀嚼!」
「あれは…っ。モグコさんの異能!?」
絆絆絆《ジョイナス!》│の咀嚼能力は、指定した場所の摩擦係数を変化させる。それを利用し、柱から柱へ滑走することも可能。そんなことは露にも知らないデッドラインがキッチンタイマーをフリスビーのように次々に投擲した。
爆発。爆発。爆発。次々と氷の柱が爆破されるが、詠は柱から柱へ次々と乗り換えていく。
そして飛び降り、生成した氷の刀を思いっきりデッドラインへと振り下ろす。
「うおぉぉぉぉ!」
「(これはアカンっ!)」
氷が砕けた音と同時に、間一髪でデッドラインが転がりながら回避する。それを追いかける詠が氷の刀を2本再生成し、デッドラインを強襲した。一太刀が腰に当たり、血が流れる。
「(ちっ!撃たれた肩と斬られた腰が熱いわ…ちゅーかあとどれだけ能力隠してるんや!こんな異能チートやろボケ!)」
デッドラインの拳を避け、戦いながら詠は呟く。
「…お前のことは正直理解できない。」
「あん?」
「今まで会ったどんな奴よりも何を考えてんのか、考えれば考えるほどお前のことが分からない。でも分からないってことが、分かった。絶対に相容れない奴も、いるって事。」
「それは同意やなぁ!俺はこんなクソしょーもない世界をブッ壊したい。そして自分だけのマックスな快感を味わいたい。分かってもらう必要はないで。」
そして氷の刀を解除し、右の拳を思いきり力を込めて振りかぶった。
「あぁ。だからオレも譲らない。今度はオレが喰らう番だ。」
拳、一閃。デッドラインの左頬に入り、吹き飛ばす。
「ぁが…っ。」
コンクリートの床を数回バウンドし、ついにデッドラインは動かなくなった。
そしてそのすぐ後、二降と医雀がゲームセンター屋上に到着した。
「天札(君)!空乃!」
こうして4人で合流し、倒れたままのデッドラインを見ていると、詠の足がもつれて、詠の頭が二降の肩に当たった。
「っ!天札君?大丈夫?」
「ぁ…れ?やば…。全身力が入らなくて、吐きそう…。」
「異能酔い、だな。一日に自分の許容量を超える異能を発動すると、こういうことになる。お前の異能なんか特にいろんなもの使うし。
まぁ世界の条理にメス入れてる代償ってやつだな。ま、自分で歪めた世界で車酔いしたってことだ。でもよくやったよお前は!あの劇毒を倒したんだぞ!だからここは安静に」
「何、もう万事解決して終わりましたって気でいるねん…。」
「!?」
覚束ない足取りでふらふらとしているが、血まみれでデッドラインは確かに立っている。血が止まっていないが表情だけは活気があった。
「こちとらその劇毒やぞ。この状態でも今のお前らと戦っても勝機は6割ってところや。さて、どうやって…。ぐっ…っ。」
その時、ダメージでふらついたデッドラインの足が屋上の隅に当たった。
屋上は立ち入り禁止で転落防止用のフェンスはない。つまり、
宙へと投げ出された。
「(やっば…俺何やっ)」
「っ!デッドライン様っ!!!」
突如、飛び出してきた少女の、レッサーパンダのパペットの右手がデッドラインに触れる。
そして
デッドラインと位置が入れ替わり、ズーティアが詠たちの視界から消える。
あまりにも突然のことで誰も状況が呑み込めない。このゲームセンターはかなり大きい。その屋上のこんな高さから人が落ちればどうなるかは、論ずるまでもない。
だが茫然自失だったデッドラインはその下を覗き込み
笑った。
「ハハハハハハッ!やるやんズーティアちゃん!キミ史上一番の輝きだったんちゃう?消えるのも一瞬だったけどなぁ!電話で誘ったときもちょっとおだててやれば、主人が帰ってきたときの犬みたいにマックスにはっしゃいで本当に可愛いわ。
ロクに仕事もできへん蠍會の底辺が日の目を見られてよかったやん!アハハハハッ!」
「この…っ。鬼畜がっ!!」
「やめろ砂海!俺の前で手を汚すことは許さねえぞ!」
医雀が羽交い締めにするが、よほど強く握ったのか。空乃の持った鉄製クナイは血で滲んでいた。
「ゲホッ…。あー笑ったわぁ。どうや天札詠?命をかけて俺を救った女に対して、墓石に焼香を投げつけるような俺みたいなクズ、君みたいな真っ直ぐな人間には目に毒やろ?」
許せない。詠は確かにそう心から感じ、こんなクズに鉄槌を与えてやりたい。そう思った。
が、それだけではなかった。
強烈な違和感。彼のボマー・ゲームを解いた詠には感じ取れる。そもそも敵は劇毒の一人。
なのに、埋葬傷奈と戦ってかなりのダメージを負っていた詠が、異能研究部たちの頑張りでデッドラインが消耗していたとはいえ、これほどまでに劇毒と連戦ができるだろうか。と。
まさかもう奴は…。そう、考えてしまった。
そしてデッドラインは、上着のポケットからストップウォッチを取り出した。
「1時間や。」
「?」
「俺の刻まれる災厄はカウントを目撃している時間だけ爆発の威力が増す。さっきのゲームセンターでは、最低だとチャージ5秒間の爆発。それの700倍超の威力の爆弾がここにあるんや。タイマーを押せば、あと1分で爆発する。」
「何ですって!?そんなことをすればここ一帯は軽く消し飛ぶ。貴方だって絶対に助からないわ!」
「ゴホッ…。こんなクズに寄り添ってる場合か?勝負はキミらの勝ちや。それは認めたる。俺と一緒に花火になりたくなかったらここから早く消えるんやな。」
医雀が全員に逃げるように伝えた。二降はひのりを探し出しに行き、
そして空乃は爆発で倒れた芥丸・音乞・阿世町と共に非難させることにした。
というのは詠には情報だけ聞こえていたが、その場から離れる様子がない。
「天札!さっきタクシーを2台呼んだ!お前も早く離れるぞ!」
「分かりました。なぁ…デッドライン。」
「…何や?」
これだけは、伝えたい。最後までこの男の本質は分からなかった。でも詠の中でこの男のことについて少しだけ何かが見えた。そんな気がした。
「お前のことは大嫌いだけど、お前のことは一生、覚えていることにする。」
「!?…っ!なんやそれ…はよ行けや。」
「あぁ…じゃあなデッドライン。」
ゲームセンターの屋上に残されているのはデッドラインただ一人。そしてとある人物に電話をかけた。
「俺や。あぁ。そうや。じゃあ頼むでリミッター。」
数分後、無人の白い小型飛行機が空から降りてきて、デッドラインのそばに着陸する。
すぐにそれに飛び乗り、滑空して夜空へと垂直に上っていく。
かなり上空まで来たところで、ストップウォッチを押し、カウントダウンを起動させた。
走馬灯とでもいうのだろうか。誰にも伝えていない、胸の奥底に封じたはずの記憶。誰にも見透かされたくない記憶。それが頭の中で勝手に編集され、流れる。
「(先生!なんで姉さんが…!頼むよ!姉さんを…助けてくれよ…たった一人の家族なんだよ!!)」
「(…さん。最近大丈夫かしら。お姉さんを交通事故で亡くしてからも、毎日病院に来てるじゃない。)」
「(噂で聞いたんだけど、事故を起こした相手がそれはもう資産家で、事故自体をあやふやにされた、らしいのよ。酷いわよねぇ。…さんの家族はお姉さんだけだったんでしょ?)」
「(はぁ?事故?何のことだね。藪から棒にやかましい。お前のような小汚い貧乏人に避ける時間などこちらにはない。これ以上私の邪魔をするなら警察を呼ぶぞ!)」
「(…くんだったかな。私には分かるよ。想像を絶する思いをしたんだね。世界でたった一人の身内を失う。これほどの悲劇はないよ。君の言う復讐には力と覚悟の両方が必要だ。僕からは力を与えよう。君ならばこの救いようのない世界に、¨致死毒¨を流し込めると信じているよ。)」
「(わ、私の腕がっ!!足がぁぁぁ!頼む見逃してくれ!仕方がなかったんだ!アレが発覚すれば私の築き上げた全てが瓦解してしまう!わ、私の資産を全部君にやる!だから…っぎゃああああああああああ!)」
「(お疲れ様、デッドライン。あぁそうだよ。蠍會での君のコードネームさ。人間としての死線を生き、これからも進み続ける君に僕からのプレゼントということで。)」
「(なっ!本当なのですか…っ!脳腫瘍で、もう余命幾ばくも無いなんて!しかもスコーピオン様ではなく小生だけに話すだなんて…。分かりましたよ。
このリミッター。墓場まで持っていかせていただきます。
いつも雲のように捉えどころのないあなたが相談なんて珍しいですからね。いえ、特に見返りは求めませんよ。私は紳士であり、真摯。ですから。ノブレス・オブリージュというやつです。)」
「(姉さんを失って、こんな世界をブッ壊したくてスコーピオン様と出会って、復讐を果たして、同じようなクソ共を死線のその先に送ってやる。そうして、生きてきた。それもあと30秒…か。)」
「下っ手くそな関西弁で自分を飾って、別の人間になろうとしたけど、俺の人生だけじゃこの世界を変えることはできなかった…でも」
「天札詠とその一行。お前らが何を選び、何を失い、どう進むのか。向こうで、見てるからな。」
その日の未明に起こった、夜空を照らす大爆発は各メディアで特集が組まれたが、やがて一週間もしないうちにほとぼりが冷め、話題も沈静化した。
それを覚えているのは異能を持つ者。ただそれだけ。
やがてその超常の力は、世界に選択を問いかけ、大きく揺るがしていくことになる。
その夜空を照らす大爆発に、カメラのシャッターを切った音がかき消される。
マンションの一室の窓から身を乗り出すのは金髪ピアスの糸目の青年。
「マジか~…劇毒の一人がここでリタイアとは。大げさじゃなく、僕ァ異能の歴史の変転の一ページを見たやも…。」
そう言った玄百は火が付いた心が消えないうちに素早く、ガラの悪いステッカーだらけのPCをタイプして見出しを打ち込んだ。
「滾るよねぇ♪次は誰がこの世界《フロア》を沸かせてくれるのかなっと。」
【夜空に吸い込まれた謎の大爆発。昨今の増え続ける超常現象との関係とは!?】
そして一本、一番に報告を入れたい人物に電話を掛けた。
3回コールするとその人物は電話に出た。
「あ、もしもし、お嬢?アンタの元同僚がさっき殉職しちゃったらしいっすよ。いやほんとほんと。マジで。え?手向けに一暴れ?今度はどこで飲んでるんですかアンタは…。」




