8話:王との契約
ボクと契約して、砂漠少女に……!
砂漠を渡る風が、カリムの耳に遠い噂を運んできた。
盗賊たちの襲撃が頻発していることを深く悩んでいる王宮が、解決策を模索しているという話だ。
盗賊たちはどの部隊にも撃退されることなく、ますますその勢力を広げていた。
市場に活気が戻りかけたかと思うと、次々と再び荒らされるという混乱が続いていた。
カリムはその話を聞き、ふと胸に秘めた計画を思い描いた。
ナディールの力を借りれば、この問題を解決できるかもしれない。
そして、もしそれが成功すれば、彼自身とナディールの地位は今よりもさらに高まるだろう。
カリムは、ナディールを信じ、彼の力をもう一度頼る決意を固めた。
ある日、王宮から使者が現れ、カリムに伝えた。
「王があなたにお目通りを望んでおられる。
お力を貸していただきたいそうです」
カリムは驚きながらも、王に認められる機会を逃すわけにはいかないと胸を高鳴らせた。
王宮に招かれるというのは、ただの旅人だったカリムとしては夢のような出来事だった。
思えば遠くまで来たものだ。
****
王宮は、砂漠都市アサイルの真ん中にそびえ立つ壮麗な建物だ。
かつてカリムが辿り着き、盗賊たちに身ぐるみ剥がされた都市である。
「随分と昔に感じられるな、あの日のことも……」
カリムはあの日の路地を探そうとしたが、見つけることはできなかった。
それだけアサイルは広いし、カリムの目も変わっている。
彼の目はもう、市場のちんけな商品ひとつひとつなどに向けている暇などない。
その視線は当然、王の住まう宮殿に向けられていた。
金色に輝く塔と豪華な装飾が施された門が、カリムを迎えた。
奴隷商人の一団に比べると、その光景はまるで別世界だった。
緊張しながらも、カリムはその豪奢な門をくぐり、王との対面を果たすべく大広間へと案内された。
広間の中心には、砂漠の王が玉座に座っていた。
威厳あるその姿は、民を守る強大な支配者としての風格を漂わせている。
カリムは一礼し、王に向き合った。
「カリムという名の男よ。
お前の名はすでに砂漠の各地に知れ渡っておる。
私はお前に助力を願いたい。
近頃、盗賊たちの襲撃が相次ぎ、我が国は危機に瀕しておる。
お前の力をもってこの問題を解決せよ」
響き渡る王の声は重々しい。
その力強さがカリムに途方もない緊張感を与えたが、彼は落ち着いて答えた。
「王よ、もし私がその盗賊どもを撃退することができたならば、
何を私に与えていただけるでしょうか?」
王は微笑を浮かべ、重々しく言葉を紡いだ。
「お前が盗賊を完全に鎮めることができたなら、莫大な褒美を与えよう。
財宝、土地、名誉、何でも望むがよい。
だが、失敗すればただでは済まぬぞ」
その言葉を聞いたカリムは、心の中で密かに笑みを浮かべた。
莫大な褒美という言葉が彼の心に深く響き、さらなる野心を刺激したのだ。
これこそ、彼が求めていた機会だった。
「承知いたしました、王よ。
私は必ず盗賊たちを撃退し、王に忠誠を誓います」
****
王宮を出たカリムは、ナディールを呼び寄せて王からの命を伝えた。
ナディールはその話を聞いて、少し不安そうな表情を浮かべた。
「……カリム。
君が王から求められているのはすごいことだけど、
盗賊たちは本当に危険だよ。
それに、僕の力がどこまで通用するか……」
「ナディール、君の力なら必ず盗賊たちを倒せる。
これが成功すれば、俺たちは王の信頼を得て、さらに豊かになるんだ。
君だって、もっと自由になれるはずだ」
「…………」
ナディールはしばらく返事をしなかった。
いま大事なことは、何だろう?
王の願いを叶えること?
人々を盗賊から守ること?
オアシスの衰退を食い止めること?
そのどれでもない、とナディールは感じた。
不思議な感覚だった。
精霊である自分は今、ただ一人の人間――カリムの幸福を一番に願っている。
それ以外のことが、ナディールの中で優先されることはなかった。
「……わかったよ、カリム。
僕は、僕にできる限りのことをするよ」
【続く】
NOと言えない、ナディール……!