4話:家族
奴隷人生、考えさせるん……!
ある日の午後、奴隷商人の一行はオアシスで休憩を取ることにした。
砂漠の風を感じながら、カリムは一人で井戸のそばに座る。
炎天下の労働の疲れを少しでも癒やすべく、彼はひと息つき、水を飲む。
するとふと、背後から軽い足音が近づいてくるのに気づいた。
ナディールだった。
彼はカリムの隣に腰を下ろし、静かに言った。
「疲れた? あまり無理しないでね、カリム」
ナディールは優しい声でカリムに話しかけ、彼の顔を覗き込む。
カリムは微笑みを浮かべ、軽く首を振った。
「大丈夫さ、これくらいの仕事、慣れてるよ。
でも、君が心配してくれるのは嬉しいな」
二人はしばらく静かに風の音を聞いていた。
ナディールは、ずっと気になっていたことをカリムに尋ねた。
「カリム、君って……どうしてあんなところにいたの?」
「あんなところ?」
「初めて会った時」
「ああ、あれは……」
カリムは返答を考えた。
素直に全て話せば、ナディールにいらぬ心配をかけてしまう。
とはいえ、嘘を作る気にもならなかった。
しばらく考えてカリムが話し始めたのは、根本的なところだった。
「俺の家族は、隣国の小さな部族に住んでいるんだ。
貧しいけれど、誇り高い部族でね。
でも、俺たちの暮らしは本当に苦しくてさ……
俺は何とか家族を裕福にしてやりたかったんだ。
それで、この国に来て、金を稼ごうと思ったんだよ」
ナディールはじっとカリムの話に耳を傾ける。
「家族のために……それで、なんであんなところに?」
「見積もりが甘かった。
旅の途中で金が尽きて、誰も助けてくれなくなったのさ。
ただそれだけだよ」
嘘か本当か、少し怪しいラインを踏みつつも。
「だけど、あんなとこでくたばる気はなかった。
俺は、家族を養うためならどんな仕事でもする覚悟で出てきたんだ。
だからここでも前向きにやれてると思うよ。
実際そうじゃない? どう?」
「……そうだね。
最初はちょっと抵抗してたけど」
「毛深い旦那様のすね毛処理からとはな!
抵抗ってより驚いただけだよ。
褒められたし」
「うん、褒められてたね」
うん、うん……と、ナディールは頷く。
「そっか……家族が、君を待ってるんだ」
ナディールが言うと、カリムは遠くの地平線を見つめながら微笑んだ。
「そうだな……
俺には弟と妹がいて、いつも俺の帰りを待ってくれてる。
俺が家に帰る日が来たら、
たくさんの贈り物を持って帰ってやりたいと思ってるんだ。
裕福な暮らしをさせてやるのが、俺の夢なんだよ」
カリムは単に生きるために働いているのではない。
家族への強い愛情と責任感を抱いているのだ。
それが彼をここまで強くさせているのだと、ナディールは感じた。
「カリム……君って本当に優しいんだね。
家族のためだから、こんなに頑張れてるんだ」
ナディールの微笑みに、カリムは少し照れくさそうに肩をすくめた。
「いや、優しいなんて言えるほどのもんじゃないさ。
ただ、家族のことを思うと、何もかも乗り越えられる気がする。
家族のためなら、どんなことでもやれるって思ってる」
「ふふっ、それはすごい魔法だ」
奴隷商人の声が聞こえる。
そろそろ休憩が終わるようだ。
「カリム。僕も、何かできることがあったら力になりたい。
君が家族に会える日を、少しでも早く迎えられるように」
ナディールの言葉に、カリムは驚いたように彼を見つめた。
その目には、ナディールの純粋な気持ちがはっきりと映っていた。
「……ありがとう、ナディール。
でも、無理はしないでくれ。
君がそばにいてくれるだけで、俺は十分に救われてるよ」
尻を叩きながらカリムは立ち上がる。
体力的にも精神的にも、すっかり回復していた。
「いつか必ず、俺は自由になって家族のもとに帰る。
そして、君にもその日が来るまで一緒にいてほしいんだ」
カリムはそう言い、ナディールの頭を軽く撫でた。
家族は、今どうしているだろう。
あの盗賊たちは、今度は誰に絡んでいるだろう。
色々なことを考えていた気がするが、ナディールと一緒にいると、彼のことばかり考えてしまう。
それは、ナディールが精霊だからだろうか?
それとも、もっと別の人間的な理由から?
原因はわからなかったが、確かに言えることがカリムにはあった。
ナディールと一緒にいれば、新しい未来を切り開けるかもしれない。
そんな希望が、心の奥底で確かに鼓動しているのだった。
【続く】
家族、大切……!