3話:奴隷人生
新キャラ、登場……!
砂漠の真ん中で置き去りにされてからどれほどの時間が経ったのか、カリムには分からなかった。
肌を焦がす太陽の熱と乾ききった唇の痛みが、時間の感覚を奪い去っていた。
目を開けても視界はぼんやりとしたままで、砂の中に半ば埋もれた体は思うように動かない。
彼はふと、自分が死にかけていることに気づいた。
しかし不思議と恐怖は感じなかった。
「……これも、運命か」
薄れゆく意識の中で、カリムはそんなことを呟いた。
だがその時、遠くからかすかな声が聞こえた。
「……おい、あそこに誰かいるぞ」
声はだんだん近づいてくる。
カリムは重たいまぶたを無理やり持ち上げ、ぼやけた視界の中に人影を捉えた。
ラクダに乗った一行が、彼の方へと歩み寄ってくるのが見える。
先頭に立っているのは、粗末な服を纏った男だった。
彼の背後には、荷物を積んだ数頭のラクダが連なっている。
「死にかけの旅人か……運のない奴だ」
男はカリムの姿を見下ろしながら呟く。
その声は荒々しく、冷酷な響きを帯びていた。
彼は奴隷商人だった。
砂漠を渡り歩き、無力な者たちを捕らえては売り飛ばすのが彼の商売だった。
カリムはそのことを悟り、乾いた喉から声を絞り出した。
「俺を、奴隷に……するつもりか……」
「そうだな。
だが、こんな状態じゃ使い物にならん」
奴隷商人は鼻で笑い、カリムを一瞥する。
だが、彼の背後から聞こえた声は真逆のことを言っていた。
「この人、助けてあげて!」
商人の脇に隠れるようにして立っていたのは、まだ幼い少年だった。
彼の姿は普通の人とは少し異なり、透き通るような青白い肌に、揺らめく水のような髪が風に流れていた。
カリムはその姿を見て驚いたが、疲れ果てた体ではたいしたリアクションもできなかった。
「おい、ナディール。出しゃばるな。
いいか、俺は奴隷商人であって……」
「お願いだよ、お願いだから!」
ナディールは懇願するように奴隷商人を見上げた。
その目には純粋な優しさが宿り、商人ですらその目を見ていると心を揺さぶられるようだった。
しばらくの沈黙の後、奴隷商人は大きなため息をつき、肩をすくめた。
「……仕方ない。
だが、俺の役に立たなければ捨てるぞ」
そう言って、奴隷商人はカリムをラクダに乗せた。
ナディールはそのそばに寄り添い、カリムに水を与えながら励まし続けた。
「大丈夫だよ、もうすぐ休める場所に着くから」
ナディールの優しい言葉に、カリムはかすかな笑みを浮かべた。
体力は限界に近かったが、彼の心には小さな希望の光が灯っていた。
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奴隷商人の一行は、しばらくして小さなオアシスに到着した。
そこには幾つかの粗末なテントが建てられており、商人たちの野営地となっていた。
カリムはその場所でようやく体を休め、少しずつ体力を回復させていった。
ナディールはカリムのそばを離れず、彼に水や食べ物を分け与え、世話をしてくれた。
その度に、カリムは彼が普通の少年ではないことを実感した。
ナディールの動きはどこか不思議で、人間らしからぬ優雅さを持っていた。
そして、彼の目にはいつも深い悲しみが潜んでいるように感じられた。
「君は、一体……」
カリムがそう問いかけると、ナディールは笑顔を浮かべたまま答えた。
「僕はナディール。砂漠の精霊だよ。
でも、今はこの商人に拾われて、ずっと旅をしてるんだ」
「精霊……か。
確かに、普通の人間とは違うようだ」
カリムは少し驚きながらも、ナディールの存在を受け入れた。
彼自身、砂漠には多くの伝説があり、精霊が存在するという話を何度も耳にしていた。
「君は、どうして俺なんかを助けてくれたんだ?
それに……言ってよかったのか?」
「何を?」
「君が精霊だってこと」
ナディールは少し考え込むようにしてから、ゆっくりと口を開いた。
「分からないけど……君が僕と同じように、どこか寂しそうに見えたんだ。
僕は家族を失って、ずっと一人ぼっちだったから」
「……そうか」
「うん……あ、ごめん。
僕が精霊だってことは、秘密にしててくれる?」
その言葉に、カリムは静かに頷いた。
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それからの生活は貧しかったが、カリムにとっては温かいものであった。
奴隷商人の野営地では、カリムは雑用を手伝いながら、ナディールと共に過ごすことが増えていった。
ナディールはカリムに色々な話をした。
精霊のこと、家族のこと、人間のこと……悲しかったこと、楽しかったこと。
カリムはナディールの話を聞くたびに、彼を守りたいという強い気持ちを抱くようになった。
一方で、奴隷商人の態度は変わらず冷たかった。
カリムを単なる労働力としてしか扱おうとしなかった。
それでもナディールとの生活がカリムにとっての支えとなり、彼は何とか生き延びた。
【続く】
ヒロイン、ナディール……!