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ホチキス

赤と青の光が点滅する。サイレンが鳴り響く。アサトは手錠をかけられ、相変わらず笑っている。僕が寝ていたのは、ラボのベッドではなくて、救急車の担架だった。……なんて、夢見が悪いんだ。


「名前は?」


眩しい光に照らされて、色んなごちゃごちゃした器具に囲まれている。目がチカチカしてきた。


「んーと、ホダカ……?」


「苗字は?」


「ふふっ、天才アサト専用、人型モルモット、第一号」


僕が嬉しそうにその苗字を語ると、救急隊の人は顔を顰めた。そして、繰り返しこう聞いてきた。


「もう一度、苗字は?」


「僕は、フランケンシュタインだよ?苗字は無い」


「住所は?」


「ラボ、研究室」


「誘拐される前の記憶は?」


「は?誘拐されてない!!」


「マインドコントロールの可能性がある」


バインダー片手にそう仲間に伝えてるのが、聞こえちゃった。マインドコントロール、もしされてても、あの時の幸せの感覚は忘れられない。


「僕はアサトのだ!ラボに帰せ!!」


と怒鳴り散らして暴れてみたけど、誰も取り合ってくれなかった。みんな馬鹿だ。馬鹿ばっかり。何で分かってくんないだよ。


また目を覚ますと今度は病院のベッドにいた。点滴に心電図、ごちゃごちゃしたチューブ、懐かしい感じがする。でもこれはラボのものじゃない。そう思うと泣けてきて、大声でわんわんと泣き喚いたけど、誰も来てくれなくて、寂しさのどん底へと落とされた。


「僕の身体、ホチキスが取れてる……」


アサトが一つ一つ付けてくれていた奴なのに、何で外しちゃうの?僕をフランケンシュタインたらしめているものなのに。何で僕から奪うの?みんなみんな、みんなみんなみんな!!酷い……アサトも、酷いよ……何でいなくなるの?厳重な警備じゃなかったのかよ。泣いて、虚無感に浸って、また泣いて、僕には絶望感の他、何も無かった。アサトが言ってた。「楽しかったはずの彼女との記憶も、彼女が死んでしまってからは、それはつらい思い出に変わってしまった」って。思い出にしたくない、過去は美化されるってのは全部嘘だ。幸福な記憶だけを反芻していたい。そうやって、また咽び泣いていると、知らないお医者さんと警察官が来て、こう質問してきた。


「君のその傷は誰に付けられたの?」


僕はアサトが付けてくれたんだ!って、自慢げに話したかったけど、それじゃあ、アサトが不利になると思って、かと言って、僕の論文を公表されたら、僕がここで何言ってもどうでも良くなるし……


「これは研究の進歩なの。功跡(こうせき)なの。僕のホチキスも返して」


「誰が付けたのか、教えてくれるかな?」


「……僕自身が傷付けた」


「医療用ステープラーも?」


「そうだよ!返して!!」


嘘をついているのがバレたくなくて大声で威嚇した。僕は人間じゃないな。


「君はどうやって春原と出会ったんだ?」


「誰それ、知らない」


「春原 アサト、聞いたことないか?」


苗字、初めて知ったよ。クソ。こんなところでこんな人から聞きたくなかった。


「……天才アサトなら知ってるけど」


「この男で間違いないな?」


と顔写真を取られてるアサト。何でそんな時まで笑ってんの?って僕も可笑しくなってきて笑っちゃった。それが知ってるって受け取られちゃって、自分の首を自分で締めたなァって思ってたよ。


「何処にいるの?会いたい!」


「彼は誘拐と殺人未遂罪、その他諸々の容疑で逮捕されている」


「何処にいるの?!会わせて!!」


「留置場だが、面会は禁止だ」


「何で?会いたい!!会いたいの!!!」


「何故そんなに会いたいんだ?」


「アサトは天才なの、神様なの、僕が愛してる人なの」


「はあ……今日はご家族の方が会いに来てくれるから……」


「僕に家族なんていない!!僕は天才アサトのフランケンシュタインだって言ってんだろ!?何で分かんないんだ!!」


「カウンセリングと精神分析を……」


と医者と警察官が僕の言うことを聞かないで、そうやって言ってるから、ちょっぴりムカついてきて、


「ねえ、僕の精神は狂っちゃなんかいないよ?!僕の話を異常だと決めつけて、聞こうとしない貴方らの方が、僕から見れば精神が狂ってるって……」


って言ったけど、やっぱり聞く耳を持たない。持ってないみたいだった。そして、また誰かが来たと思ったら、今度はカウンセラーみたいで


「君は、この人に、酷いことを言われたり、暴力を受けたり、しなかった?」


とゆったりとした口調でも、やっぱり尋問と同じだと思った。僕からアサトの不利な情報を聞き出したくて仕方がないみたい。


「アサトは僕に対して、ずっと優しいよ」


「例えば、どんなことしてくれたの?」


「僕の身の回りのお世話はしてくれるし、僕が泣いている時は慰めてくれるし、記念日にはチョコレートケーキを買ってきてくれるんだ!」


「その時は何で君は泣いてたのかな?」


「僕の人生が、こうやって、最悪な時は、泣くよ」


「それはこの人とは関係あることで泣いてたの?」


「僕の……最悪、だから……最悪、なの。そんな僕をアサトは慰めてくれるの。とっても優しいのに、何でみんな、そんな彼を悪人に仕立てたいの?」


「ううん、悪人にしたいわけじゃないのよ。彼が悪いことをしたのかどうかを確かめたいだけなんだ。だから、つらいかもしれないけど、正しいことを言ってもらわないと、私たちも彼も、もちろん君も、いい方向に進んでいけないんだよ?」


「それって誰が決めた"いい"なの?僕は、彼といることが幸せだから、これが"いい"とは思わない」


「今はね、そう思っちゃうんだろうけど、後々、将来の君がこの事件のことを振り返った時に……」


「将来の僕だって、ずっとそう思ってるよ!!僕が言ってんだよ!?貴方に僕の何が分かるの??」


「ごめんなさい。けど、これだけは覚えておいて。私たちは君の味方だからね」


友達になろう、って言ってきた子と友達でいれた記憶がないのと同様に、味方だから、って言ってきた人が本当に味方になるとは限らない。ただ僕の味方についてあげてる自分が好きなナルシストか、ただ仕事でやってるだけなんだ。


「……分かりました」


僕は口先だけの言葉で下を向いた。正直、アサトにされた酷いことなんていくらでもある。泣かされたことだって何度もある。けれど、それ以上に彼といるのが楽しくて刺激的で、心地良かった

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