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そんなん、エゴイストだよ

その次の日もまたその次の日も、アサトはこの研究室の中でずっと引きこもって、仕事をしている。そろそろ「ホダカ、疲れたァ〜」って弱い部分見せて、僕に泣きついてきて欲しいくらいだ。そうしたら、僕はオーディオブックで集めた知識を存分に駆使して、全力でアサトのことを慰めることができるのに。


「見て、指が動くようになってきた」


「おぉ、やったじゃん!!」


アサトは僕の小さな変化にもちゃんと驚いてくれる。まあ、これは研究者としてなんだろうけど、それが僕とっては僕のことをちゃんと見てくれている気がしてて、嬉しい。だから、もっともっと動けるようになりたくて、頑張った。


「アサト、見て!ダブルピース!!」


と僕が10分ぐらいかけて作ったダブルピースを見せると、


「あははっ、よくできまちたね〜♡♡」


と写真撮って、バカにされてんのか褒められてんのかよく分からない反応された。


「何だか赤ちゃんになった気分」


「あれ?赤ちゃんじゃなかったっけ?」


「ばぶぅ、僕は赤ちゃんじゃないでちゅ!!」


「可愛い〜っ♡♡」


こうゆう奴がバカ親になるんだと思った。けど、僕もベッドから動けないし、オムツ履いてるし、よく泣くし、僕自身のことを赤ちゃんだと思う。そこから2週間後にはつかまり立ちが、そして1ヶ月後には、二足歩行ができるようになった。痛みはまだ残るがほぼ日常生活を送れるほどには回復したのだ。


「珈琲いる?」


「んー」


細かい作業はまだちょっと手が震えて大変だけど、珈琲を入れて、アサトの元へ持って行くくらいはできるようになっている。日々、自分の回復を感じるのが今の僕の生きる喜びだ。アサトは英語のよく分からない長文をパソコンでいっつも書いていて、これが論文というものなんだと教えてくれたけど、これじゃ僕の悪口書いてても分かんないなっていっつも思う。


「どうぞ」


「ありがと」


「これ、僕の写真?」


「あんま見ない方がいいよ」


確かに、自分の身体がバラバラにされている写真などあまり見たくない。さっきのは僕の片腕だけだったけど、ちょっとゾッとした。


「何て書いてあるの?」


「ざっくり言うと、小動物は死んでから1ヶ月以内だったら生き返るけど、人間は死んでから3日以内じゃないと生き返らない、的なことを書いてる」


「じゃあ、次は1週間くらい伸ばしてみる?」


「あは、何でそんな乗り気なんだよ」


って笑われた。だって、そのための僕じゃん。


「アサトってさ、僕以外にもモルモットいるの?」


「あーそれがなァ、かなり厳しいんだよね……」


「いないの?」


「だってさ、大抵は病院で死体ができんじゃん?でも死体イジんには本人やその家族、親族に同意を得ないといけないんだよね。これこれこうゆう実験をしてて、もし死んだら幹細胞埋め込んで生き返らせても良いでしょうかァ?って。まぁ、ここでは同意してくれる人が多いんだけど」


「へえ」


「直近になってから、死体は綺麗な状態が良いとかそこまでして生きたくないとか何とかつべこべ言われ、そもそも、幹細胞埋め込むなら生きてる間のが絶対に良いんだよ。わざわざ1回死ぬ必要ない、って同業者からも言われて……」


「そうなんだ」


「そう、で最終的に自殺者が最も復活しやすいって話になったんだけど、死にたいと願ってる時点で同意得られてないよね?って話で、誰もいねぇんだわ」


「で、強硬手段に出たワケ?」


「そーゆー事、人類の進歩には犠牲は付き物だよね」


「じゃあ、僕が人間型モルモット第一号??」


とノリノリで聞くと


「あー、それはちょっと違う」


とマジトーンで言われたのでしょげた。


「え?」


「今まで研究員で毒殺とか絞殺とか身体の損傷が少ないのは全部試したんだよ。全員生き返った」


「よく同意したね、その研究員達」


「俺の天才っぷりにみんな惚れてんだよ♡」


って、他人から好かれて嬉しそうにするナルシスト。


「それじゃあ、そもそも僕をバラす気で捕まえたの?」


「だって、みんなやりたがらなかったし……君の望みだったろ?」


出た、性格悪っ!!


「それはそうだけど……」


「だからァ、お前のその傷跡、俺はすげぇ好きよ?」


って僕の首にできた首輪のような傷跡を指でなぞられる。この傷跡は、この研究の進歩の証ってことか。


「……これ、他の研究者の方も知ってるん、ですか?」


「いや、これだけは俺の秘密。流石にやべぇじゃん?」


今更ながらにアサトは高笑いした。


「あははっ、それなら僕は『天才アサト専用人型モルモット第一号』だ!」


それにつられて僕も誇らしげに名乗ると


「クソ長ぇよ。命名『ホダカ』で良いだろ」


と僕のこと呼び捨てにして、そうツッコまれた。


「ねぇ、論文にさっきの書いてよぉ」


「はいはい、絶対にふざけてるって思われんぞコレ」


って言いながらノリで書いてくれる。だって、どーせこの論文が表に出る時は、俺死んでるから、なんて軽く言って。


「アサトってさあ、彼女いない歴何年なの?」


僕はアサトに可愛がって貰おう作戦と並行して、会話の流れで自然に好きなタイプを聞き出そう作戦を実行していた。恋愛リアリティーショーの番組を晩御飯中に何気なく見せて、そこからの会話だったら、自然だろうって踏んだ。


「0日」


「嘘つけ!!いつも僕と一緒にいるじゃん!!遠距離恋愛なの??」


「ふふっ、ご想像に任せるよ」


いつもそうやってはぐらかさせる。恋愛の話が絡むといつもこうだ。だけど僕としてはどうしても気になってしまうので、


「あっ、分かった!幹細胞が恋人とか言うんでしょ?」


と当てずっぽうで数打ちゃ当たるの精神で色々と問いかけた。実際に幹細胞が恋人って言ってたら、そりゃあまあ、引くけど。


「あははっ、そこまで酷くないさ!」


「そこまで酷くない、とゆーことは逆に、恋人ロス症状が酷いっていう自覚あり。さては、人間じゃないな??」


「そんな分析すんなよっ!」


って照れてるから図星なんだろうな。僕は探偵気分でラボの中でアサトの恋人を探した。幹細胞よりもマシなもの……マシなもの……


「パソコン?」


「んなわけあるかァ」


「あっ、リモートでいつも話してる人」


「そんな恋人っぽい会話してたかァ??」


「んーーー、じゃあ、僕?」


ってふざけたフリして、ちょっとだけ勇気出して、彼にカマかけてみると、


「あはっ、キスすらしてねぇじゃん!」


と普通に笑われた。ドキマギしてんのは僕だけかよ!!って太もも叩いた。とゆーか、キスできる相手なんだ。何だか人間じゃないってからかったけど、遠距離恋愛してる説が一番濃厚になってきた。考えれば考えるほど、答えが知りたくなくなっていく。


「その恋人、今は何処にいるの?」


「めっちゃ寒ーい場所」


「雪国?」


「さあね」


「何で恋人なのに居場所知らないの?浮気されちゃうよ?」


「大丈夫、いつも何処にいるか知ってるよ。浮気もされない」


「うわっ、もしかしてGPSで監視してる??」


「そんなんやってる暇ないって」


確かに、アサトはいつもパソコン画面と睨めっこして英字しか打ってない。それにキスとか、それ以上も、彼が女性としてるのを想像できない。したくない。


「ダメだ、分かんない。降参」


「じゃあ、教えらんないなァ?」


ってこの話を無かったことにされそうで、今まで頑張って謎を解こうと努力してきたのが無駄になってしまう気がして、最終手段を使った。


「アサトぉ、お、教えてくれないんでちゅか??」


精神的なダメージを代償に払った。


「ふふっ、そこまで言うんならしょうがないなァ♡♡」


彼は研究用冷凍庫の中から、大きめのジップロックに入った、人間の腕を取り出してきた。


「……え??」


全身に霜が降りた。これだったら幹細胞の方がマシだったかもしれない。でもでも最初からこの男は頭狂ってたんだった!!


「俺の彼女♡♡」


と言って、彼はそのジップロックにキスをする。もう人間の腕だと思いたくないから、以下、ジップロックとする。


「それが……?」


「それとか言うな、俺の彼女だぞ?」


と彼は大事そうにジップロックを抱きしめて、さっきまで食事をとっていたテーブルへと運んでくる。


「その方が、彼女……お名前は……?」


「ルナちゃん♡」


「ご職業は?」


「永遠の大学4年生♡」


自分で言っといて何だけど、正直言って、きっつい!!!何その設定、無理無理無理無理!!インタビュー2問目で胃もたれするわ!!


「へえ……じゃあ、一応、馴れ初めは……?」


「大学で席が隣同士になってね。俺が変な英語ばかり使うから彼女がよく笑ってくれんの。それで、正しい英語を教えてもらって、そっから」


「……英語、苦手だったの!?」


「うん、まじで分かんない。でも当時よりはだいぶマシになったよ」


英語めっちゃできる印象しかなかったから、天才は苦手のレベルが高いんだなとしみじみ思った。


「え、それで?初デートは?」


「初デートは、大学の帰りに居酒屋で呑んで、お互いの専攻のことを色々と話したね。彼女は英文学専攻で俺は医科学専攻で、文系と理系じゃ全く話合わねぇだろ、と思ってたんだけど、彼女の話を聞いてると、案外、英文学も面白ぇなって思えてきて、最終的にその日は彼女の家で、2人で洋画を見た」


「えええ!?初デートだよ!??」


初デートでそこまで……するの?


「あははっ、まじでその日は映画だけなんだって!彼女、相当に酔っ払ってたし、家に送るついでで……」


「下心一切なかったの??」


「それは、あったよ。俺もまだ若かったからさ」


と真実を明け透けにして話してくれる。そうやって、情けなさそうな顔して笑うくらいだったら、「そんなんあるわけねぇだろ?」って格好付ければいいのに。


「嘘つかないんだ」


「は?嘘つく必要ないだろ」


「そっちのが断然格好良い」


彼はその場限りで良い顔をすることよりも、過去の情けない未熟な自分を大事にできる人間だと思った。自分の失敗も愛せるようになれば、僕も彼のように気丈に笑えるのだろうか。


「ん?それで、俺、基本的に引きこもりだからさァ、お洒落なカフェとか遊園地とか行ったことなかったんだけど、彼女が連れ出してくれて……」


話しているアサトの口端が不自然にピクピクと動いた。笑顔を取り繕ってるからか、筋肉が強ばっている。容易に想像できる。彼女が死んでるから、彼女との思い出を話すのがつらいんだ。


「アサト、無理に話さないでいいよ」


「ごめんね!彼女、飛び降り自殺したんだ!」


僕がしんみりとした空気を察したんだろうと、彼は読んで、その空気を吹き飛ばそうともっと明るい笑顔と口調で彼はそのように話したんだと、僕は推論する。


「……え?」


「自殺されるとさァ、やっぱ俺のせいじゃなくとも、重い罪悪感で縛り付けられちゃって。俺が何かしてやれなかったのかとか、何であの時の口論で気付けなかったんだとか。もう悔やんでも悔やみきれないから、俺は俺の手で彼女を蘇らせることを決めたんだァ♡♡」


とそのジップロックの中身の手部分で自分の頬を撫でて、恍惚とした表情を見せるアサト。彼の研究のモチベーションはこれなんだ。


「そんなん、エゴイストだよ」


「あははっ、人類みんなエゴイストだよ!自分をエゴイストじゃないと思ってる奴は、利他主義を使って自分を愛してるナルシストなだけなんだよ。自分を愛したいがための利他主義なんだ、分かる?」


「貴方の研究のために殺された僕のことも、貴方はエゴイストだと言うの?」


「俺たちは、利害が一致してただろ?」


「僕は、本当は、生き返りたくなかった、です。……こんな身体になってまで、生き返りたくなかった!!」


また、彼の前で泣いてしまった。彼はもう言い訳せずに「ごめん」とばかり言って、僕の背中をずっと撫でていた。彼は僕の傷跡を好きだと言ってくれるけど、僕の中ではもう死にたいがずっと蔓延っていて、その慰めの言葉のような「好き」に、僕の心は救えない。

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