チョコレートケーキ
眩しい。深い眠りから起きると何枚もの変な測定シートみたいなのが身体中に取り付いていた。あーあ、よく寝た。
「うわっ!!起きた!!!」
僕がむくって起き上がると、マッドサイエンティストの彼は椅子から転げ落ちた。そんなに驚くもんか??
「おはよ」
「わああ、俺のこと覚えてる??」
って寝起きからめっちゃテンションバカ高く絡まれた。ウザった。
「……名前、聞いてなかった。マッドサイエンティストってのは記憶してるけど」
「あははっ、確かに!じゃあ、君の最後の言葉は?」
「えーと、ちょっと待ってね。んー、『ここで死ねて幸せ』的なこと言ってなかった?」
と僕が曖昧な感じで言うと、彼が喜びが爆発して抱きしめられた。彼の心臓の音が聞こえてくる。
「やべぇ、まじに生きてんじゃん……。俺、天才すぎじゃねぇか?」
喜びを噛み締めている彼の口調からは感じ取れない、彼の圧倒的な知性と天才っぷりを感じた瞬間だった。まじで一回死んだんだな、僕。起きると六週間後の世界にいた。首や腕、脚などに医療用ホチキスで皮膚同士が止められているし。動く度に全身が痛むし、喉まで痛い。
「これ、生き地獄だって……」
「君が全身バラバラにして欲しいって願ったんじゃないか。ああ、失敗したかと思ったァ」
やっぱ、毒殺にしてもらうべきだった。全身フランケンシュタインみたいになっちゃってるし。
「そういやさ、貴方のこと、何て呼べばいい?」
「アサト、または、天才アサトでも可」
楽しそうにパソコンをカタカタしながら、そう言ってきた。自分で天才って言っちゃうんだ。まあ、自他ともに認める天才だよ、貴方は。
「アサト、今日は僕の復活祭だね!」
「ああ、そうだな」
素っ気な〜〜〜っ!!せっかく僕が六週間ぶりに復活したって言うのに、パソコンばっか見やがって。ちょっとは僕に構えって……あ、また思い出したことがある。
「……お、お祝いして欲しいでちゅ♡」
「え〜っ、しょうがないなァ〜♡何が食べたい??」
え、チョッロすぎ!!さっきまでパソコンガン見だったのに、この一言でクルって僕の方向いて、めっちゃニコニコしてる。
「チョコレートケーキ、甘いのがいい」
「了解、ちゃんと良い子で待ってるんだよ?」
って僕の頭を撫でて可愛がる。案外、良い奴……?
アサトを待っている時間はとにかく暇だった。痛いから動きたくもないし、でも暇だから動きたいし、睡眠は十分すぎるくらい取ったから全く眠くないし。だから、僕は脳内でアサトに可愛がって貰おうプランを考えていた。赤ちゃん言葉はここぞという場合に使っていかないと絶大な効果が得られなさそうだから乱用禁止。かと言って、それ無しにどうやって好かれようか。そもそも、死ぬ前と死んだ後では死んだ後のが圧倒的に好かれている気がする。そりゃそうだ。壊してちゃんと治せたんだから。それじゃあ、また死んでみる?アサトはそんな頻繁に僕のことを殺すのかな?この結果をレポートとか論文とかにまとめんじゃないの?じゃあ、ダメだ。そのレポートとか論文とかを書いている間にも僕のことをもっと好きになるようなことを考えないとダメだ。動けない状態で、どうやったら好かれるようになる?んーーー、面白い話をするとか?新しいギャグを考えるとか?そんなこと言ってもやったことないしなぁ。とゆーか、六週間もの間、よく捕まんなかったなぁ。まあ、顔は見られなかっただろうが、なんちゃらこうちゃら防犯カメラとか車載カメラとかで見つかんないのかな?警察、僕の捜査に本気じゃないとか?あははっ、虚しくなってくんなぁ。僕なんて、そもそもこの世界に存在してるのが間違いだったんだから、まじで死ねて幸せ。死ねたら幸せだね。死んでる状態って見なされている方が幸せ。学校行かなくて良いし、喜びが大きいほど深い悲しみが隠れているなんて知らなくて良かった。そのくせに、つらさには幸せは隠れてないんだから、世の中、不公平だよね。恵まれた環境、恵まれた人達、恵まれた遺伝子、全部全部、羨ましい。悔しい。自分の人生が惨めで、最悪だ。
「ホダカくん、ただいまァ。ご所望のチョコレートケーキ、買ってき……え?どうしたの??何で泣いてるの?痛い?苦しい??」
ってアサトはチョコレートケーキをテーブルに置いて直ぐに僕のベッド脇に駆け寄ってきてくれた。コートも脱いでないままで。
「ううん、大丈夫。よくあることだから」
部屋で一人きりになると寂しさの中に溺れてしまう感覚になる。ひたすら泣いても、その寂しさは一向に埋まんないのに、何故か泣いちゃうんだ。泣いてる時は泣いてるだけでいいから、あまり深く考えることもなくなるから、赤ちゃんみたいに泣き喚いては誰も僕のことを慰めてくれなくて、それがまた寂しくて泣いちゃうんだけど、今日はそれがないだけ恵まれてるね。
「そうやって泣くのは、つらい涙だよ。何がつらい?ちゃんと俺に教えて??」
と言われると何故かもっと泣けてきてしまって困った。こんな僕に優しくしてくれるなんて、でもこんな僕に優しくしないでよ。優しくされた分、つらくなるだけだから。僕のことは放っておいて。でも、寂しくさせないで欲しい。そんな矛盾した我儘言って、困らせたくなってくる。僕は最低だ。
「うわああん、ううっ、嫌だ……ひっく、嫌わないで……」
「嫌わないよ、大丈夫。絶対に嫌ったりなんかしない。だから、何でも俺に言うんだよ?ほら、約束!」
と小指を出されても、僕の小指は曲がらなくて、不甲斐なくなってきた。でもアサトはそんな僕を見て、笑ってくれて、結局は恋人繋ぎで指切りげんまんと約束した。
「ありがとう、アサト」
泣き止んだ僕を見て、彼もホッとした様子で、
「一人になるのは寂しいよね」
って僕の気持ちに共感してくれた。何だか、温かい。もし、この温かさに騙されていたとしても、今はそれで良い。そう思えるくらい、心地良かった。
ケーキを強請ったのは僕だけど、食べさせて貰わないとケーキを食べられないのも僕だった。アサトは4号のちっちゃいホールのチョコレートケーキを買ってきてくれていて、プレートには『おめでとう』の文字があった。何がとは言わない辺りが面白かった。
「アサト、一口でいいから食べさせて」
「そんな、一口と言わずにいっぱい食べなよ」
ってフォークで小さく切ったチョコレートケーキを「あーん」って食べさせてくれる。何その食べさせ方、恥ずいんだけど。そして、アサトは僕が使ったフォークでそのまま食べていて、美味しいねって微笑んでくる。これって、関節キスじゃん!!!
「んっ!落とした……」
そんなことを悶々と考えているとバチが当たったのか、チョコレートケーキの欠片を落としてしまった。アサトの服なのに、汚しちゃった。ごめんなさい。僕がしょげててても、彼は「あはっ、食べんのヘタクソだなァ」って能天気に笑っていた。それに
「ほら、ここにも付いてらァ……」
って僕の口端に付いたチョコレートクリームを親指ですくって、その指を舐め……えろっ、てゆーか、あざとっ!!!こんなにこの人、格好良かったっけ!??
「アサト、」
「何?」
「やっぱ何でもない」
「何だよ〜!何でも言えって言ったじゃん!!」
「……チョコレートケーキ、ありがとう。すごく美味しかった」
人にお礼とかマトモに言ったことあんまりなかったから、ちょっぴり緊張したけど、アサトに可愛がって貰おう作戦をやっている身として、人間の基本として、これは言っとかなきゃと思って、頑張った。
「どういたしまして。また美味しいの食べような!」
僕を殺した人間なのに、僕の不幸を笑う性格の歪んだ奴なのに、その笑顔が輝いて見えるのは何故なんだろう。
夜になって気付いたことがある。お風呂どうしよう案件。この何か計測器ジャラジャラのまま湯船入れたりシャワー浴びたりできんのかな?トイレは、オムツ履いて、それなりに精神すり減らして、乗り切ったけど。はあ、疲れたあ。と長時間パソコンと向き合っていたアサトが伸びしている。僕はと言うと、何も無いのはキツイだろって、オーディオブックを聞き流していた。
「よし、ホダカくん。身体綺麗にしちゃおうね〜♡」
って保育士のような柔らかい口調で、着ていたシャツを脱がされ始めた。
「え、ちょっ……恥ずい……」
「ふふっ、寝てた時は何も言わずにされてたのに」
「ううっ、そんなこと言われても……」
人肌に温められた濡れタオルで身体を丁寧に拭かれていく。身体を動かす度に「痛い痛い痛い痛い!!」って僕が言ってたら「うるせぇわ!!」ってツッコまれた。
「じゃあ、次は脚ね!」
ってズボンの紐を緩められると、脳内ではそうゆうことじゃないって分かってるんだけど、そうゆう雰囲気に気持ちがなってしまう。オムツ取り替えられた時はもっと酷かった。アサトの手が僕の内太ももに触れている。それだけで何だか恥ずかしいことをしている気分だ。
「アサト、もうお終いでいいよぉ」
僕は自分の体温でふにゃふにゃになって、ふやけてしまいそうで、弱々しくアサトにギブアップ宣言をした。でもそういう時ほど、この人は意地悪で、
「足裏とか、まだ足りてないんじゃないの?」
って意図的にこしょばしてくるから、ほぼ拷問だった。けど、笑いの絶えない拷問だった。
「僕と一緒に寝てくれないの?」
夜十時。アサトは僕に掛け布団をかける。ラボの明かりも消して、彼は自室のベッドで寝るのだろう。僕をここに一人置いて。だから、寂しくなってしまって、そんなことを口にしてしまった。彼を困らせてんのがよくわかった。
「あー、分かったよ。ちょっと待ってろ」
というとアサトは布団と枕を持ってきて、椅子のリクライニングを全開で倒して、その上で横になった。計測器のコードが邪魔だったけど、アサトはできる限り僕の近くで寝られるように努めてくれた。
「ありがとう、お互いの寝顔がよく見える距離だね」
「アホな寝顔だったら写真撮って論文行きだな」
「なっ!!肖像権侵害だ!!」
「モルモットに人権はありませーん」
ってからかわれて、ああやっぱり僕ってモルモットとしてしか見られてないんだなって思って、少しだけ寂しくなって、その分だけ、夜が長くなった。
「おやすみ、アサト」
僕はその寝顔に小声でそう言ってから瞼を閉じた。