ここで死ねて幸せ
昼休みは特別学級までルイくんに会いに行った。そしたら、ルイくんはスマホでアニメを見てて、1人の世界を堪能してそうだったから、他の子と話して、時間でも潰そうとした。
「何してんの?」
テントの中に入っている子に声をかけてみた。
「えっ!!あっ、ん……いや、あ、その……」
何も得られなかった。
「何読んでんの?」
と本読んでる子に聞いてみたらこっちはこっちで、
「江戸川乱歩の人間椅子だよ。知ってる?江戸川乱歩。このペンネームはエドガー・アラン・ポーという小説家から由来した名でね、面白いだろ?それに彼の書く推理小説もとても面白くてね、出てくる登場人物が魅力的で、魅力的というか、狂気じみた欲望というのがジワジワと感じられて、胸がこちらまで高鳴ってくるんだよ。君も読んだ方が良い。ぜひ、これ貸してあげるから、読んでみて感想を聞かせてくれ!」
長々とした説明と知識を早口で披露され、日頃読まない小説まで渡されてしまった。どうしよ。
「ホダカぁ♡♡」
と僕が小説を読んでいるフリをしていると、横からルイくんが突然抱きしめてきた。
「ル、ルイくん!!アニメは?もう良いの??」
「ホダカがいる、から、アニメは見ない」
何それ、告白??やば、え、ずっとここにいたいんだけど。そんな抱きしめられ慣れてないからすごい照れる。
「ルイ、安藤さんは僕が貸した小説を読んでたんだ。邪魔をするな!」
そんなこと言わないで!!せっかく向こうから抱きしめてくれたんだから!!でもここで「いやいやいや、邪魔じゃないよ!!」とか全力否定しちゃったら何かめっちゃ抱きしめられたい人みたいになっちゃうし、かと言って「そうだよ」とか死んでも言えないし!!
「ルイくん、抱きしめてくれるのは嬉しいんだけど、時と場所を……」
「ふふっ、ホダカは俺にハグされるの嬉しいって!」
って小説を貸してくれた子にルイくんは堂々と自慢して、僕のことをずっと抱きしめてくれる。オマケに頬にチュッ♡、ってまたキスされた。無理、心臓が持たない。
「お前の耳は都合のいいことしか入らないな」
「ん?何のこと?」
と惚けては今度は僕にバックハグしてきた。何でこんなに距離感バグってんの?
「全く。ところで、今日の放課後はどうするの?」
「猫探ししよ」
とルイくん。
「ユノは?」
「わっ、私は、みんなに、合わせるよ……」
テントに入ってる子、ユノちゃんって言うんだ。そして、もう一人の子の方をバッと見ると、ノートに「猫」って大きく文字が書かれていた。
「じゃあ、今日も猫探しね。これ本当に見つかるのかぁ?」
って小説好きなその子は頬杖をついてせせら笑う。
「ユミコのためにも見つけようよ」
誰?
「そもそも、マサヤくんが……探偵っぽいって、始めたんじゃん……」
誰??
「Andreaも一緒に行かない?」
誰!??って僕なの?ルイくん、アンドレアって。安藤だからアンドレアなんだね把握。
放課後、猫探しが始まった。放課後になるとルイくんは僕からの興味が薄れたように、抱きついてこなくなった。代わりに、
「安藤さん、小説はもう読んだ??」
と執拗いくらい小説の話をマサヤくんからされた。授業中は暇だったから数ページ読むかって思って、ペラペラめくってたら案外面白くて、それに短かったから僕でも読めた。けど、読んで面白かったって話をしたら何処が何処がってもっとガッツいて尋問されると思ったからまだ読んでないって言っちゃった。いつにしようかな、尋問日。
「よし、ここで探偵のイロハを教えよう!」って道中にマサヤくんがノリノリで話してきた。そしてあいうえお作文みたいに、マサヤくんが頭文字を言うと、それにルイくんが続けた。
「イ!」「いつも何処かに事件あり」
「ロ!」「ロジックに沿って謎を解明」
「ハ!」「犯人逮捕だ!一件落着」
「何それ」
「探偵部の合言葉さ!君も探偵部の一員になったからには覚えてくれ!」
と言われたが、この探偵部でその合言葉をちゃんと言えるのルイくんしかいなさそう。
僕達は現場に到着した。小さな山の麓にある、田畑に囲まれた大きめの一軒家だった。その家付近にある電信柱には迷い猫の張り紙が貼ってある。家の前はアスファルト舗装されているから車通りがある程度あるのかもしれない。
「ここのお家の猫ちゃんが脱走したってわけ?」
「そう。名前はミクちゃんで、毛の色は茶色に黒のキジトラ。10歳。瞳の色は黄色。好物はカリカリ、だそうだ」
とマサヤが言っていたが、ハルカくんがイラスト付きで書いていることを読んだだけだ。ハルカくんはずっとニコニコしていて喋らないらしい。コミュニケーション方法は筆談。
「ミクちゃーん」
と僕達は山に入って捜索を開始した。飼い主のユミコさんから頂いたカリカリを鳴らしながら。これをこの子達は一週間続けているらしいが、一向に見つかる気配はないって。無理じゃね?
「ホダカ」
と急に後ろから着いてくるルイくんに制服の裾を引っ張られた。そのまま後ろによろけると、ルイくんが抱きしめるように支えてくれる。
「え?何??」
山奥で二人きりだからって、そんな、そんなことしちゃ……
「Snake、蛇。気を付けて」
と彼が指さす方向には茶色の蛇が落ち葉に紛れてニョロニョロといた。
「うわっ!!無理無理無理、死ぬ!!!」
身体が拒絶反応を起こして、僕は必死にルイくんに抱きついた。下心一切なしに、とにかく無理だった。でも、ルイくんは至って冷静で、「大丈夫だよ」って通り過ぎる蛇を眺めながら、僕の頭を撫でてくれる。
「意地悪しなければ、蛇は噛まないよ」
「でも怖いのは怖い……」
怖すぎて半泣き状態。もう帰りたい値が急上昇してる。ルイくん抱きしめたまま帰りたい。
「君は意地悪だから、蛇も噛みたくなっちゃうね」
「……へ?」
そんな意地悪言わな、っ……ルイくんが僕の唇にキスしてきた。え、ルイが、僕の唇に、キスしてきたの?は??あのルイくんが、すごい、照れてる。
「次は向こう探そっか」
……え!??切り替えられないんだけど!!?今度は僕の手を引いて、ルイくんが僕の前を歩いてくれた。僕は頭ん中がこんがらがってて、足元ばかり見て歩いていた。
「あ……うわっ……」
そうしたらまた見た瞬間、背筋が凍るようなものを見つけてしまった。
「ホダカ、どうしたの?」
いきなり足を止めた僕が青ざめた顔してるから、ルイくんが僕の顔に触れようと近づいてくる。だから、僕は注意を促した。
「ルイくん……足元、よく見て……」
「え?……何これ、猫の前足??」
ルイくんが信じられないという様子でそれを木の棒でつついた。すると、猫の前足の切断面の骨やら腐敗した肉やらが見えてきて、それに集っていたハエ達が音を立ててこちらへ飛んできた。身の毛のよだつ恐怖を一気に味わい、二人で抱き合って「「うわあああ!!!」」と山中に響き渡る声で叫んだ。
「無理……もう帰りたい……」
とうとう、精神的に限界が来て、こんな奇妙でグロテスクなものを前にして、僕は泣き出してしまった。そんな僕を慰めるように強く抱きしめてくれるルイくん。だが、彼の手も震えていた。
「何?今の叫び声?」
あっ、きっとマサヤくん達だ。近くにいるんだ。助かった。
「Masaya! I'm here now. Come on!」
ルイくんが必死に叫んでいる。その腕の中で僕は泣くことしかできなかった。けど、ルイくんが頑張ってくれてる顔が見たくて、涙を拭いて顔を上げると、ルイくんの背後に誰かが立っているのが見えた。マサヤくん?……にしては、背が大きすぎる。しかも、そいつが何かを思いっきり振りかぶっているように見えた。本能的に危機を察知して、僕はルイくんの頭を手で覆うように抱き寄せ……痛っっっ!!!!
本当に痛い時って声出なくなるよな。僕の右手の小指が死んだ気がする。ゴンッと鈍い音がして、じんわりとぶつかった箇所が熱くなっていく。でも、ルイくんは守れ……え?
「ねえ、ルイくん?起きてるよね??」
背中をトントントンと叩いても返事がないし、なんなら首がガクガクしてるし、項垂れて僕の肩へと顎を乗っけてきて、そのまま全体重で乗っかられたので、僕は尻もちついて、ルイくんの下敷きになってしまった。
「一人で良い」
ルイくんを殴った犯人の顔はよく見えなかったけど、そう低い声で言っていたのは聞こえた。
「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください……」
僕は祈るように何度もそう言っていた。ルイくんの死体(?)を抱きしめながら、両足で地面を蹴って、後退りして。
「静かにしろよ」
って黒ずくめの犯人はルイくんの身体を僕から奪い取ろうとする。だから僕も必死に抵抗した。
「嫌だ、これは僕の!!」
その瞬間、手にビリッときた。痛っ!!!スタンガンだ。でも僕がルイくんの身体を離さなかったから、犯人は
「チッ、お前も死にてぇの?」
と苛立ちを見せた。僕達が来た方向に視線をやる。マサヤくん達がきっともう近くにきている。
「ルイくんよりもまず僕を殺せ!!何でそんな簡単な命の優劣が分かんないの??」
なんて適当言って、時間稼ぎをして、大人数とこいつ一人って状況になれば、たぶん僕らの勝ちだ。
「あーはいはい、わかったよ」
そいつは怠そうに重たい前髪とともにサングラスを額の上へと上げて、黒マスクを顎下まで下げながら、ルイくんの上を跨いで僕に近づいてきた。そして僕の腰付近で軽くしゃがんで、揃えた左手の指の甲で僕の顎をクイッと上に持ち上げると、チクッと首筋に何か刺された。注射針か?頭ん中クラクラする。視界がぼやけて、全身に力が入らない。そいつに両腕引っ張られてルイくんの下から引きずり出されたなと思ったら、
次の瞬間には知らない場所にいた。
「あ?何処ここ……」
広々とした空間に、ベッド、机、本棚と大量の本、あと何か理科で使うような道具がたくさん。ボクはベッドの柵に手錠で繋がれていた。
「ん?ここは俺んラボ」
「ラボ??」
「研究室のことだよ」
って真っ黒だったそいつはジャージの上に真っ白な白衣なんか着ていた。ああ、分かっちゃった。
「お兄さん、マッドサイエンティスト?」
「正解。死体を生き返らせる研究をしている」
「うわっ!!うっわあ、ナイナイナイ!!」
とにかくグロいし、キモイ、生理的に無理。人類みな普通に死にたいだろ。
「ホダカくん、君、自分がどうゆう状況にいるか分かってんの?」
「分かってるよ。僕をまず殺して、研究した成果を発揮して、生き返らせてまた殺して、何回まで復活できるかを検証するんでしょ?違う?」
「そこまで分かってて怖くないんだァ」
と楽しそうにニヤつかれた。
「僕、死ぬのは怖くないタチなんだ。永遠に生きていることのが怖いよ」
「何で?」
「単純、生きてるのってつらいじゃん?」
「あははっ!君、生きてて良いことないの?」
と僕の不幸を笑ったコイツも、きっと自分の不幸も笑うタイプだと思う。
「今日だって、人生で"初めて"生きてて良かったって思えたのに、貴方に一瞬で壊されたんだよ」
「あははっ!!めっちゃ可哀想!!ご愁傷様ァ!!」
と膝叩いて大爆笑している。性格悪っ!!「ちなみに、どんな良いことがあったの??」って質問してくるし。
「僕と一緒にいたルイくんが、僕にキスしてくれたんだ。僕の、ファーストキスだった」
「ああ、一気にシラケたわァ。笑えねぇ……」
って移動できる椅子でクルッと回って、僕の方からパソコンの方へと視線を移した。
「ねえ、もうすぐ死ぬだろうから聞いていい?誰のためにこの研究しようと思ったの?」
「覚えてねぇよ、バァカ」
「だって、生き返らしたい人がいなきゃ、こんな研究しようなんて初めから思わないでしょ?」
「……モルモットがうるせぇな」
ってイラついた声で呟かれた。この人よく研究者やれてるな。あっ、マッドサイエンティストか。
「ふふっ、ごめんなさーい」
「じゃあ、何で逝きたい?」
彼が僕が寝ているベッドの縁に腰掛けるとミシッという音がした。
「えへへっ、身体の損傷が少ない方が成功しやすそうだから、チェーンソーでバラバラに僕を解体してくれない?一生のお願いだからさ!」
「ごめん、ノコギリしかねぇわ」
「え、」
頭ん中、真っ白になっちゃう!!!
「なぁ、何処からが良い?」
彼は僕の腰の上に跨って座って、僕のお腹に手を置いて、ノコギリ片手に意気揚々と聞いてきた。何か、襲われてる気分。
「心臓一突きで殺して!!お願いだから!!痛くしないで!!一生のお願い!!」
全力で命乞いではなく、殺し方を乞い、やっぱり毒殺で、と素直に願っていれば良かったと今更ながらに後悔した。
「麻酔欲しい?」
「欲しい欲しい!!めっちゃ欲しい!!!」
「もっと可愛くねだってよォ。赤ちゃん言葉で」
赤ちゃん言葉で!??
「……麻酔欲しいでちゅ♡お願いしまちゅ♡♡」
何だこの、死に際の拷問。
「はいはーい、ちょっと待っててね〜♡」
そうゆう性癖??彼は愉快げにノコギリ置いて、僕の頭を撫でてから、注射器を何本か持ってきた。いや、でも待って。こうゆう時って最後に何を言うかが大事じゃん?今のままだったら、赤ちゃん言葉が僕の最後の言葉になるわけでしょ?無理無理無理、絶対に死ぬ。いや、死んでも絶対に死に切れない。
「最後に何か言ってもいい?」
「良いよ、何言うの?」
「僕の人生は、最悪な人生だった。だから、ここで死ねて幸せ」
最期に本心を言えた気がして、心から笑えた。その後、彼に注射針を刺されて記憶が飛んだ。