城西 ヒスイ
まだヒスイくんは渋滞に嵌っているようで、それまではここにいるみんなでお客さんを楽しませて時間を繋いでいないといけなかった。そこで、急遽とりあえずヒスイくんのリハーサルをやってみようとなって、ヒスイくんが座るはずの席に座らせられた。
「よし。じゃあ、君はヒスイくんになりきって、質問に答えてくれ」
「はい」
「まず、お名前は?」
「ホダカです」
って僕が言うと、みんな椅子からずっこけてて、凄い面白かった。「お笑い、分かってるね〜!」って褒めてくれたし。
「もう一回、お名前は?」
「ホダカです」
と自分の名前を言うだけで、みんな笑ってくれる。
「ヒスイくんになりきれ〜っ!!」
ってツッコミを入れられるのも楽しい。
「ここまで何で来たの?」
「車で」
「渋滞は?」
「してなかった」
「渋滞してないバージョンのホダカくん」
「赤の他人じゃねぇか!!」
この数回の言葉の掛け合いで、お客さんから何回も笑いを奪う。お笑い芸人って頭の回転が早くて、面白いことを的確に言えて、凄いの一言に尽きる。
「好きなドラマは?」
「(ヒスイくんが出演してた朝ドラ)」
「これから見たい映画は?」
「(ヒスイくんが告知するであっただろう映画)」
「会いたい俳優さんは?」
「城西 ヒスイくん、めっちゃ格好良い♡」
「それじゃあ、ただの熱狂的なファンだよ」
と僕がヒスイくんに会いたいがために、ここに忍び込んで来たんじゃないかと揶揄われる。僕はファンってほどじゃないけど、会えればいいなって思ってるだけの奴。
「俳優さんじゃなくてもいい?」
「誰?有名人??」
「春原 アサトに会いたい」
「えーっ、今、世間を騒がせている??」
「うん、僕は彼のモルモットなんだ」
空気が凍りついた。みんな何て言葉を発するべきか考えていて、誰かにこの凍りついた空気を破壊して欲しいと望んでいる。
「アレって本当に殺されたの??」
その空気を破ったのは、アシスタントディレクター。カンペにそのように書いて、見せてきた。
「殺されたよ。首の傷跡、見る?」
と首元の服を人差し指を使って伸ばして、カメラに僕の傷跡を見せた。
「うわぁ、特殊メイクみたい……」
「ふふっ、メイクじゃなくて、アサトが天才なんだ♡♡」
僕が自慢げに話しているとヒスイくんが到着したみたいで会場が盛り上がる。ご迷惑をおかけしてすみません、って彼が到着早々に頭を下げる。僕は礼儀正しい子だと感心して見ていた。けれど彼が頭をあげると、そこには僕のよく知っている顔が見えた。
「ホダカくん、君が会いたがってたヒスイくんが来てくれたよ」
ううん、全然会いたくない。アサトが朝ドラ見てて格好良いって言ってたから、僕も格好良いって思っちゃってただけで、テレビと実物は本当に違くて、メイクとか衣装とかで加工されて綺麗に見せられてただけで、お前なんか……大っ嫌い!!!
「そうなんですか」と物腰柔らかに彼は僕にハグしようとしてくる。僕はここにいるみんなにファンという立場だと思われているから、ちょっぴり引き気味に抱きしめられたけど、本当はものすごく嫌だった。だって、
「邪魔、消えて?」
って耳元で言われたから。僕の思い描いていたヒスイくんは絶対にそんなこと言わない。僕が格好良いと喚いていたのはその虚像に対してだった。目の前にいるこいつは、正真正銘の僕の弟のヒダカだ。観客の歓声が煩く、その陰口は聞こえてない様子だ。
「そっか、演技力は産まれた瞬間から高かったもんね」
僕は彼の背中と後頭部を強く掴んで、彼の猿真似して反撃した。兄弟関係だと、お前の本性をバラしてもいいのかと揺すった。どーせ、両親に小遣い稼ぎでやらされてんだろ。寧ろ、そっちのがいいかもね。
「ちょっと、離れて!!何すんのよ!!」
母親が僕に向かって怒鳴ってる。ヒダカは大切な商品だから、僕に爪立てられてムカついてる。めっちゃ滑稽。ヒダカも焦って、
「ふふっ、そんなに僕のことが好きなんだね!」
って苦虫を噛み潰したような顔で笑ってた。早く離れろよって、すごいイライラしてる。はいはい、わかったよ。僕は大人しく離れて、衣装さんの元へと学ランを取り戻しに向かった。「でも本当に似てるよね〜?双子??」とメイクさんや衣装さんからも言われたが、「いや、全く似てないって!」と僕は自虐的に笑った。無事学ランを着終わると、
「ちょっといいかしら」
と無事で済まされないような雰囲気を醸し出している僕の母親が仁王立ちで僕のことを待ち構えていた。そして廊下に連れ出されるのとともに平手打ちを食らった。
「母さん、こんなところでやらない方が……」
体裁よく僕は殴られてもなお、母さんの心配をしてあげるんだから、できた息子でしょ?なんて、そんなのはお構いなしに母さんは自分の話を進める。
「城西 ヒスイの邪魔だけはしないで」
「分かってるよ、僕はもう家には帰らない」
自分で言っておいて吃驚した。怒りの感情がこの言葉に出たんだろうが、それでも、僕一人では生きていけないって重々分かっている上でこれを言ってしまったので、内心焦った。
「何言ってるの?誰が貴方を育てていると……」
「もう家族に迷惑はかけないから、さようなら」
行く宛てもないのに僕は家族と決別した。話や感情の起伏で一人で勝手に決めてしまったので、母親の横を通り過ぎる際の一歩が重く、離れていくにつれて不安が募ってきた。これは立派な反抗期なんだ。もう両親の言いなりにはならない。