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アイドルの顔の区別がつかないおじさん

「川野、カメラ持って……急いで!!」


お菓子を取りに行っていたユキさんが、大股の早歩きで怒ってそうな雰囲気を醸し出しながら、部屋に入ってきた。そして、お菓子詰め合わせを僕に乱雑に渡してから、僕の隣りの川野さんに指示を飛ばした。彼は状況と自分のタスクが把握できておらず、唖然としていたが、彼女の「急いで!!」という言葉で目を覚まされたように駆け足でカメラを取りに行った。僕は……置いてけぼり。


「何があったんですか?」


「春原の研究チームの一人が飛び降り自殺しようとしてるのよ」


その二人の会話を盗み聞きとまではいかないが聞こえてきてしまった僕は、とても興味が湧いてしまって、


「僕もついて行っていい?」


とお菓子を咥えながら、気軽に聞いてみた。その方が二人の緊張が解けると思ったから。だけど、それは火に油を注ぐ行為で


「今はおふざけに付き合ってる暇ないの!!ここで子供らしくお菓子でも食べてなさい!!」


とお母さんみたくユキさんは僕を叱った。ふざけてるつもりもお菓子がそんなに食べたいわけでもなかった。ただ、パンダが笹を食べるシーンのように、人間がお菓子を食べるシーンにも同様の効果は得られるんじゃないかという仮説を検証したまでだ。


「ユキさん、それは冷酷すぎっすよ」


と川野さんが呑気に三脚を畳みながら言うと、肺の空気を全部吐き出すような大きなため息をついて、こう普通の口調に戻して述べられた。


「貴方はここにいて。空腹の鯉の群れに餌やりするようなものだわ」


「鯉の群れ??」


「川野、行くわよ!!」


と僕をその場に置いたまま、二人は部屋から足早に出て行ってしまった。ポツンと一人でこの広い空間にいると、心細くて寂しかった。スマホを開くと、そのニュースが速報で報道されてて、テレビ局の中で他局のテレビを見るのはちょっぴり罪悪感がある。


「そこ退いて!!本当に私飛び降りるよ!??」


そこに映る、研究者の女性はタートルネックに白衣を重ね着した格好で、警察や報道陣に向かって、取り乱した様子で叫んでいた。この人が自殺にまで追い込まれた理由って何なんだろうか。やっぱ、アサトが捕まったことが何か関係あるのだろうか。二つの椅子を連ならせて、その上に寝っ転がりながら僕はグルグルと、どうでもいいことで頭を悩ませていた。


「一回、死んだのかな?」


アサトに、彼女も殺された。そこで、何か深い繋がりやストーリーが彼女の中にあったから、彼女はアサトが捕まってショックを受けて絶望している。……僕と同じだ。なのに僕は、のうのうと生きている。何で僕はこの世界で生きれているんだろう。とお菓子をばりぼり食べて、誤嚥した。水が欲しくなってきた僕は廊下に出て、水がありそうなところを探し回った。


「あー、いたいた!もう撮影始まってるから」


突如、知らないおじさんに目をつけられ連れてかれた。この人が僕のことユキさん達の代わりにインタビューするんだろうか。と思っていたのに着いたのは、いつもテレビで見ていたバライティーのセットと芸能人達のところだった。


「ヒスイくん、渋滞に巻き込まれたんだってね。大変だったでしょ?」


ってメイクさんが何かのクリームを僕の顔に塗りながら話しかけてきた。みんな慌ただしくしていて、学ランから何かお洒落な服に早着替えさせられたと思ったら次はメイクで、否定する暇もなかったから、やっとタイミングが来たと思った。ヒスイくんって、アレだ。朝ドラに出てた僕と同い歳の超格好良い子。


「僕じゃない、です」


「あー、大変だったのは、運転手さんだって?」


「いや、そうじゃなくて、僕はヒスイくんじゃ……」


「よし、メイク終わり!お仕事頑張ってね!」


と背中を押されても、僕はヒスイくんじゃない。何にもできない。綺麗な衣装に綺麗なメイクをされても、僕には……馬子にも衣装とはよく言ったもので、鏡に写った自分を見て、僕もそれなりに格好良いんじゃないかって、変に思ってしまった。

大きな扉の前に立たされる。ここからゲストが出てきて、番組が始まる。今はその前段階のフリートーク。芸人さん達が笑いを取っている、お客さんの笑い声がこちらにまで聞こえてくる。てんやわんやでここまで来てしまったが、やっぱ僕には無理だ。立っているだけで心臓が壊れそう。扉を開けるスタッフの方に言おう。今からでも遅くない。


「あの、僕はヒスイくんじゃ……」


「え?」


その方が聞こえなかった様子でこちらを不思議そうな顔で見つめてくる。そして、その時が来てしまった。


「本日のゲストはこの方です!!」


司会者のその言葉でいつも扉が開く、今回も開いてしまった。お客さんが「キャ〜♡♡」って歓声を僕に浴びせてくる。僕はそう言われる資格を持ち合わせていないのに。だから、僕は両手で顔を覆った。階段を俯きながらよろよろと下っていく。お笑い芸人の一人の背中にくっ付いて、彼のスーツの裾を掴んだ。まさに、放送事故だ。


「あれ?ゲストは何処ですか??」


と僕にひっ付かれたお笑い芸人の方が大袈裟な動きでボケる。それにお客さんが笑う。これも段取りの一つだと思わせるような、そんな安心感が漂った。


「心が綺麗な人にしか見えないんだよ」「妖精だ」


「んなわけあるか!!お前の後ろにいるわ!!」


と司会者が良いタイミングでツッコミを入れる。


「いや、そんなわけ……いた!!」


僕がひっ付いているお笑い芸人の方が、ゆっくりと振り返ってきて、僕と目が合った。その表情の豊かさ、演技力と笑いに拍手が起こる。


「今回のゲストは恥ずかしがり屋なのかな?」


「ヒスイくん、どうしたの?」


と芸人の一人が僕に近づいてしゃがみこんで、話を聞こうとしてくれた。このままじゃ、仕事にならないからってのもあるだろうけど、その配慮のある優しさが嬉しかった。


「僕は、ヒスイくんじゃない……」


「え?」


「何て言ってる?」


「ヒスイくんじゃないって」


その人がみんなに伝えると、会場全体が「えー!?」という驚きに包まれた。どういうこと?ってみんなが僕を取り囲む。


「どうやってここまで来たの?」


「おじさんに、連れてかれた」


「はーい、アイドルの顔の区別がつかないおじさん、集まって〜!」


こんな時にまでお客さんを楽しませようとする芸人の方は偉大だと感じた。それから、色々されてここまで来てしまった経緯を説明した。


「一般人の男の子をテレビ局に入れたのは、誰だ?」


って、僕を連れてきたおじさんが判明した後に、スタッフの間でその話し合いになっていた。

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