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無謀な幻想

留置場で受付を済ますと、少し待機時間があって、今まで考えてきた内容を反芻しながら、貧乏ゆすりをしていた。ついに僕の番が呼ばれると、異常なまでにドキッとしてしまって、何か変な汗をかきそうだ。面会室で久しぶりにあった彼の顔は、少し疲れの色が見えるが、相変わらず何かを企んでるみたいにニヤケてた。


「おっ、いい男になったんじゃん?」


開口一番で彼にそう言われ、僕は嬉しすぎて破顔した。アサトはやっぱり僕のことが好きなんだと、浮かれ慄き、再会一秒で泣き出しそうだった。


「ふふっ、会いたかった……」


「俺は、会いたくなかったよ」


「……何で?」


僕が明らかにショックを受けていると、鼻先を赤らめた彼は、口角をあげたままにするのが難しそうに口を震わせながらこう続けた。


「次に、ホダカと会ったら、俺泣いちゃうと思って……あはっ、情けないでしょ?」


と彼が自棄に笑って首を傾げた瞬間、彼の目から一粒の涙が落ちて、綺麗に頬を伝う。


「情けなくないよ、泣いてくれて嬉しい」


「ううっ……もっと研究、続けたかった……」


アサトが子供っぽくそう駄々こねるみたいに泣きじゃくるから、何だかいつもの僕みたいで可愛かった。


「そしたらまた僕を殺してくれる?」


「え?」


「事件に関わる内容は謹むように」


と警察官から注意を受けた。あの豆鉄砲を食らったようなアサトの顔、めっちゃくちゃ可愛かったなぁ♡♡


「今の生活はどう?」


「つまんないよ。でも、研究所のみんなが大量の本を差入れしてくれたから、当分の間は暇潰しには困らないだろうね。ちょっぴり古本屋みたいになってる」


「ふふっ、いっぱい本読めるね!」


「まあ、地獄で使う機会があればいいけどなァ」


この言葉を聞いて、アサトはまだ裁判も始まってないのに、死ぬ前提でいるんだと思って、ムカついた。


「冤罪だよ、そうじゃなかったら、怨嗟だよ」


被害者の僕が無罪だと主張しているのに、裁判官の判決を聞く必要がある?ってずっと思っている。もし死刑判決なんて下したら、僕の恨みつらみを言って、とことん嘆いてやる。


「あははっ、俺がお前を殺したの?分かってる?」


僕が冤罪だと言うのが可笑しいと、彼は声を出して笑って、僕に分かりきったことを質問してくる。


「でも僕は死にたかったから……」


「それ、自殺幇助。列記とした犯罪」


「僕は死んでない。だからまた、研究室で一緒に研究しよう?」


と投げかけるとアサトは深いため息をついた。


「ホダカの論文は書き終わったんだ」


「そうだったの!?」


「うん……だから、ホダカとはもう一緒に研究できない。って言っても、その前に俺が死刑かァ!」


って一人でノリツッコミして、暗い雰囲気にならないように、彼は態とらしく気丈に振る舞う。


「だからァ、それは僕がまた殺……」


警察官の目が、いや耳が怖い。別にこれぐらい言っても良くない?もう周知の事実じゃん。彼は僕が言いたいことを察すると、眉尻を下げて苦笑いして、真剣な口調でこう話し始めた。


「ホダカくん、俺は俺に執着している君が嫌いだ」


「は?」


……はっきりと嫌いって言われた。数週間前には『愛してるよ』って言ったくせに。僕は理解ができなくて、理解したくなくて、言葉を眠い時のオーディオブックのように聞き流している。


「俺は罪を犯した。それは認めている。だから、お願い。俺のことを嫌ってくれないか?」


「嫌わない、大好きだもん」


「はあ……そうゆうのさ、ストックホルム症候群って言うんだよ?知らなかっただろ」


勿論、知らなかったが、僕のこれは、この気持ちは、一般的に恋愛する人と同じような感覚だと、何も知らないのに、盲信していたいから信じている。


「違う、これは純粋な恋愛」


「あのさァ、俺はいくら好かれようとお前を幸せにはできないし、お前の運命の相手は俺じゃない。だからその、お前の無謀な幻想を俺に押し付けてくんなよ」


無謀な幻想……僕がアサトにいつ、僕の妄想を垂れ流して、そのように行動させたことがあるの??押し付けてなんかないよ。キスだって、良いよって、してくれたじゃん。確かに僕が愛されるなんて幻想、不可能に近い。しかも、自分の好きな人になんて、愛されるはずがない。けど、アサトは、アサトは……


「僕のこと『愛してる』って言ったじゃん!!!!」


そのアクリル板ぶち破って、その頬をぶん殴ってやりたかった。けれど現実問題、僕はどうしようもなく涙を流しているだけだった。死にたい死にたい死にたい。やっぱり僕は愛されてなかった。アサトが泣いたのだって、僕がいないからじゃない、研究ができなくなったからだってのは、薄々気づいてた。アサトはずっとずっと、僕のことをモルモットとしか見ていない。モルモットの僕に美味しい餌を与えて楽しんでいただけだ。エゴイスト、変態、クズ男。最初からわかってた。なのに、そんな奴を好きになって、そのエゴに付き合うたくなっちゃう僕は、それ以上に馬鹿だ。


「それは……最後だと思ったから……」


「え?」


「面会時間終了です」


と無情にも僕とアサトは引き裂かれた。


「捕まるって分かってたの!??ねえ、アサト!!!」


そう警察の人に掴まれながら叫んでも、アサトは微笑みながら、まるで皇太子のようなお手振りをしていた。僕に何にも言わないで、自分一人で勝手に決めて、全部全部、自分の思い通りにしようとする。ムカつく!!……ムカつくよ


「ホダカくん!?」


大号泣している僕をインタビューそっちのけで慰めてくれる記者とカメラマンは、この人達の他いないだろう。


「うわーん、ああああ、もう死にたい!!もう嫌だ!!生きてるとつらいことしかない……ううっ、せっかく、『生きてて良かった』って思えても、こうやってつらい思い出に変わっちゃうんだから、もう何もかも嫌だよ!!みんな嫌い!!大っ嫌い!!!」


「ホダカくん、今はとってもつらいと思うけど、一旦、車内に戻ろうね?」


と川野さんに抱き抱えられて、車内の後部座席に座らされた。けど僕は絶望の方が強くて、そんなの構ってられなくて、あと五時間くらいは余裕で泣いていられそうだった。


「アサトの馬鹿!!!馬鹿馬鹿馬鹿っ!!!最っ高にムカつくぅ、何で僕に……ああもう!!そんなに死にたきゃ勝手に死ねばいいじゃん!!!何で僕まで巻き込んだんだよ!!何で一緒に逃げてくれなかったの……ううっ、ムカつくムカつくムカつくムカつく!!」


僕は自分の世界に入り込んで、ひたすらに自分の太ももを叩きながら、彼に向かって怒っていた。この脚だって、この手だって、彼の研究の成果だけど、それすらも今はムカついた。今さっきまでは、この身体の傷跡を誇らしく思っていたんだけどなあ。川野さんもユキさんも僕が泣き喚いている間、ずっと車内にいて、僕の傍にいてくれたが、何も言葉をかけられない様子で、何か物思いに耽っていた。


「ユキさん……大丈夫って言ってくれたじゃん……」


僕はもう誰かのせいにしたくてしたくて、自分が会いたくて会いに行った結果がこれだと惨めすぎるから、他人のせいにして甘えちゃうんだ。


「ごめんなさい……」


彼女はそれしか言わなかった。だけど、それをフォローするように川野さんが、


「好きも嫌いも単なる言葉だって。本心の部分は、その本人にしか分からないでしょ?この仕事やっててよく思うのは、俺達がどれだけ真実を伝えたくても、それを本人が言ってくれないと何も始まらないってこと。それに、本心を言ってくれてても、俺達の受け取り方や伝え方が悪ければ、本心の部分はまた違ったように伝わってしまうこと。あぁ、まじで難しい」


と自らの仕事の愚痴のようなことを言い出した。


「思えば、アサトはいつも笑ってる奴だった。僕が一人で泣いてたら、「どうしたの?」ってどんな状況でもすぐに慰めにきてくれて、最後には、その持ち前の明るさで僕を笑かしてくれて。でも、アサトが僕の前で愚痴を言ったり弱音吐いたりすることはなかった。アサトはさ、いっつもその笑顔の裏で、僕のこと面倒臭い奴とか邪魔くさい奴とか思ってたのかなあ?」


これを自分で言っといて泣けてきたが、今は涙にひたすら溺れたくて、息継ぎもせずにそのまま溺死してしまいたい程だった。僕とアサトって、そもそも釣り合ってなかったじゃん。こっちは馬鹿で、あっちは天才。こっちは泣き虫で、あっちは笑い上戸。こっちはモルモットで、あっちは研究者。なんか思い返してみると、こんなにも凸凹なのによく一緒にいられたなって思うレベルだ。


「でも本当に、ホダカくんのことが嫌いなら、向こうは面会謝絶すると思うよ?」


「そんなこと、できるの?」


「できるって書いてあるけど……」


とユキさんにスマホ画面を見せてもらった。それじゃあこれが本当なら、アサトは自ら僕に会いに行ったくせに、「会いたくなかった」なんて嘘を付き、僕のことを「嫌い」とまで言った。勿論、「会いたくない」と直接言いたかったのかもしれないという可能性は無きにしも非ずだが。


「ごめんなさい。とりま、インタビュー受けます」

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