キャパかった
冬の青空は空気が澄んでいて、見通しがよかった。校門は閉められていたが、その校門前には報道陣が僕を待ち伏せしていた。水や軽食を片手に何時間も、よくやるよ。でも、この学校には裏口なんてものは存在しないから、結局はここから出る羽目になる。だったら、意表を突いて、逃げ切ったらいい。そう思って僕は、校門を飛び越えようとして、鉄棒でいう前回りのように半回転して背中から地面へと落ちた。
「痛ててて……」
自分がとてつもなく不器用で、この身体とまだ融和できてないこと忘れてた。やば、報道陣に囲まれた。どうしよう、頭を動かせ。考えろ、考えろ。
「ちょっと、カメラ!!」「君、ホダカくん知ってる?」
あ、僕だって分かってないんじゃん。
「あの、僕急いでるんで!!」
失敗しても堂々としてればいい。そしたら案外、失敗なんて目立たないものだ。とまた僕は楽観的に走り出した。のだが……
「何言ってんの!?あの子がホダカくんだって!!」
って、やっぱバレてた!!何人もの大人が僕を目がけて駆けてくる。何この面白い状況めっちゃおも……一瞬何が起こったのか分からなかったが、僕はアスファルトの上に寝転んでたのできっと、転けてしまったんだと察した。あー、後ろチラチラ見ながら走るんじゃなかったぁ。
「先着1組!!僕を抱っこして逃げ切ったテレビ局のみ、僕への独占インタビューを許可するっ!!!」
僕は目の前に広がる深い青空を見ながら、高々と太陽に手をかざして宣言した。ダダダダッ、と何人もの足音が一斉に近づいてくる。怖えええ!!!最初に僕の手を掴んだのは、僕のこと知らないカメラマンのお兄さんだ。だけど、あの重そうなカメラ持ってない。
「立てる!??」
ふふっ、中学生の奪取ゲームにめっちゃ必死そうで、大人もこんなことで子供みたいに追いかけっこするんだなぁ、ってちょっぴりほっこりした。手を引っ張られて、立ち上がるとすぐに脇の下に手を入れられて、肩の上に乗っけられた。だから、後ろから追ってくる大人達の走りながら疲れきってる表情が見えて、お疲れ様の意味を込めて、彼らに手を振った。
僕は車の後部座席に寝っ転がった状態で置かれ、彼は立ったままで、僕達が乗り込んできたドアが閉まりかけている間に、車がアクセル吹かして発進した。
「よしっ!!だいっぶキャパかったけど、何とかミッション成功ね!!」
とハンドルを握っているお姉さんが楽しそうにしている。それに呼応して、カメラマンのお兄さんが
「そうすっね〜、キャパかったっすね〜」
と少し疲れている様子で相槌を打った。
「キャパいって、何?」
「「キャパオーバー!!」」
と二人にハモって言われたから、謎が解けたような「あぁ」というのと、僕のせいだよなぁ、という「あぁ……」が交ざった。
「これから何処に行くの??」
車窓から自分の地元から離れていく景色を見た。田んぼや畑が無くなってきて、代わりにビル群が軒を連ねる。
「局に戻るよ」
後部座席に一緒に座っているお兄さんが答えてくれた。そこでインタビューをするんだって。
「いやぁ、本当。川野が筋トレ馬鹿で良かったわぁ」
お姉さんは改めて今回の成果を感じて、そうしみじみと話した。その後ろでは、
「まだそれ言いますか?俺は、重いカメラを安定して持つために……」
ムッとした顔で反論してるお兄さん。
「でも、よく報道カメラマンやってるよね。本当はさ、バラエティーやドラマのカメラマン志望だったのに」
という言葉を聞くとお兄さんの口角が上がって、
「この仕事、えらい大変ですけど、成果をあげられた時ばかりは、何よりも気持ちいいっすからね〜!」
とホクホクとした雰囲気を醸し出している。「調子のいい奴」と前方から小さく聞こえてきた。
「ふふっ、今日は呑み代奢ってあげようか?」
「ユキさん、まだ仕事終わってないっすよぉ」
こうやって楽しそうな会話を二人でされると車内で肩身が狭かった。それに、僕は楽しかった日々を思い起こされてしまって、
「あの、1つ提案なんだけど……」
と自分の理想論を語り始めていた。その理想に付け上がらされたのか、二つ返事で承諾してくれた二人は、何を聞くべきかを僕の意見を交えて話してくれた。そして、いざその場に寄り道してもらうと、僕は脚がすくんで、歩けなくなってしまった。
「ホダカくん、どうしたの?」
「やっぱ、やめる。ごめんなさい……」
「どうして?」
せっかくここまで来たのに、僕が我儘言って、連れてきてもらったのに。優しい口調で話しかけてきてくれる川野さんの言葉も、僕には尋問のように感じてしまう。
「アサトが……僕のこと、好きじゃないって、分かったら……僕は、生き地獄だよ……」
脚が、手が、声が震えた。これは寒さのせいじゃない。けど、背筋が凍るように寒い。
「大丈夫!君は好かれてるって!!」
というユキさんの励ましが無責任にも感じたが、思考停止するにはちょうどよかった。