一応、被害者
その後、僕の涙と声が枯れたくらいに僕の家族らしきものがやって来た。母はコツコツとヒールの音鳴らしながら病室に入ってきて、僕の顔を見るなりビンタされた。
「何で貴方はそんな馬鹿なの!??」
いきなり息子に手を上げといて、罵声浴びせるとか、こっちの方が完璧に逮捕されるべきだって。
「ごめんなさい……」
「ほら、母さん。ホダカは一応、被害者なんだから」
ああ、一応ね。ヒダカは僕への対応をここでは改めろと母さんに促す。心配なんて1ミリもしてないくせに、心配する素振りは見せろって演技指導か。嫌になるね。
「でも、誘拐されて殺されかけた相手のことを、何庇ってんのよ!!目を覚ましなさい!!!」
胸ぐらを掴まれて、思いっきり揺さぶられる。首が取れそうだ。ホチキスが欲しい。
「もう母さんってば〜。父さんも何か言ってやってよ」
ヒダカの父さんからもお説教喰らえって、誘導。
「ホダカ、お前は騙されたんだ。お前のことを好きだの何だのって言ったんだろうが、そんなことは一切無い、分かるな?向こうはお前を道具にしか思ってないんだ。どーせお前はモテないから、簡単に信じ込まされたんだろ。情けない……」
僕の父は僕のことを心底見下している。きっと、アサトが僕のことをモルモットとして扱っていた時期よりも、この人のが僕に酷い態度を取る。以前、僕が男が好きだと家族にカミングアウトした時は、最も顔を歪めて気持ち悪いものを見るような目で僕を蔑んだ。
「……違う、僕は愛されてる。『愛してる』って言ってくれたもん」
「兄ちゃん、そんなのは誰だって言うよ!僕だって、『愛してる』って。ほら、簡単に言える。いい加減、夢見るのはやめな??」
「ウザい!!みんな消えろ、消えろ……」
僕はベッドの上で膝を抱えて、自分の世界に入り込むように丸くなった。こんな現実なら瞼の裏を見ている方がまだマシだ。
「ホダカ!家族に向かって何てこと言うの!!」
母さんの声。キンキンと耳の中に響く。僕は両耳を手で塞いだ。早く帰ってくれないかな?
「五月蝿い!!僕に家族なんていない!!どっか行け!!!」
僕が感情のままに怒鳴ると
「お前はいつからそんな偉くなった?口の利き方考えろよ」
と今度は父さんの鉄槌が下った。これには幼少期からのトラウマを掻き立てられて、絶対にこの人には逆らってはいけないという考えを思い起こされた。
「……ううっ、う、ごめんなさい」
男なんだから泣くなって、ジェンダー差別の教育の賜で、僕は家族の前では数滴しか涙を流せない。本当はもっと泣き喚きたいくらい強いストレスを感じているのに、下唇を噛んで押し殺した。また殴られたくはないから。
「せっかくみんな、兄ちゃんのことを心配して、来てあげてるのに、そんなこと言われたら悲しいよ。今はまだ錯乱状態で難しいかもしれないけど、みんな、兄ちゃんがお家に帰ってくるの、楽しみにしてるんだからね!せいぜい治療、頑張って?」
本当、我が弟ながら"いい"性格してると思う。耳元でいきなり何言ってくんのかと思えば、せいぜい治療、頑張れか。裏を返せば、治りようないから帰ってくんな、だろ?
「本当、ヒダカはお兄ちゃん想いの"いい"弟ね〜!」
母さんはいつもヒダカのことしか褒めないから、こんなのはもう聞き飽きた。
「ふふっ、それじゃあね!兄ちゃん!」
と弟に手を振られた瞬間、ホッと心が落ち着いた。両親は何も言わずに足音だけさせて帰っていく。やっと終わった……。
「それに比べてアイツは……」
「ダメよ、聞こえちゃうじゃない」
聞こえてきた、陰口。僕が部屋にこもっている時にも大抵言ってるの僕は知ってる。父さんも母さんも僕の陰口言って笑ってるんだ。何でアイツはこうでああで、本当、何しに産まれてきたんだ。不良品。失敗作。……好き放題言って僕を貶して、産まれてこなければ良かったって、何度も思っている。僕はヒダカの不要物を集めてできた、粗大ゴミだ。
「だから、殺してもらわなきゃ困るんだって……」
僕は愛される資格がない。誰からも愛されない。だから、その信念に矛盾してる、アサトからの「愛してるよ」の言葉は信じられない。けれど、盲信的に彼は僕を騙すような人間じゃないって深く刻み込まれてる。