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地味パン

「ホダカ、何度言ったら分かるんだ?」


─ 朝8時15分までに登校する。


─ 昨日のうちに時間割通りに荷物を準備しておく。


─ 連絡帳は毎日書く。


─ 授業中は静かに授業を聞く。


─ 終業時間までは学校から抜け出さない。


一言一句、狂いなく記憶している。だが、その通りに行動できるかと言われれば、それは難しい。今日は朝から遅刻で怒られた。ただじっとして話を聞いているフリを続けるのがつらかった。


授業中、簡単に問題を解き終わってしまって、今日も今日とて暇すぎてつまんなかった。みんな、真剣に解いてて偉いなあ。椅子の後ろ足でバランスを取ってゆらゆらと揺れているとバタンっと後ろに倒れてしまって、目の前に天井が広がった。


「痛った……」


「おーい、ホダカ。ちゃんと授業受けろ」


と先生が言ってきた。注意された僕を見て、クラスメイト達がクスクスと笑う。僕だって、ちゃんと授業受けてるのに。そう言われてしまうと、起き上がる気力が無くなってきて、そのまま天を仰いでいると、天井が邪魔だと気がついた。あんな天井、無ければいいのに。


「安藤さん、見えてるよ」


隣りの大人しそうな男子が、寝っ転がっている僕の方をチラチラと何度か見てきて、小声でそう伝えてきた。


「え?何が?」


「……パンツ」


と恥ずかしそうに顔を赤らめて言われては、そのせいで僕の方まで恥ずかしくなってくんじゃん。もっと堂々と言え!!


「はあ!??」


すぐさま立ち上がって、髪の毛や制服についたホコリをはらい落とした。恥ずかしさで死にたい。とゆーか、今日のパンツ、地味パンじゃん。


「ホダカ、うるさいぞ!!」


って注意してくる教師の方がうるさいのは何なんだろ。この世の中、終わってんな。と14歳でありながら、自分の生きている世界に絶望した。もう帰ろ。


「他の子の迷惑になるから、ホダカは特別学級に入った方がいいんじゃない?」


僕はカバンに荷物を適当に詰め込んで、教室から出た廊下で、今朝怒られている途中にされた提案を思い出していた。


「特別学級?何だよそれ」


って鼻で笑って、でもちょっぴり興味はあって、追いかけてくる教師を撒いて、特別学級と言う不思議な教室を見つけた。少し緊張したが、ドアをガラガラって開けると、そこには数人の生徒と、先生が二人ほどいて、やっぱ授業中だった。そして驚いたのは、床にはふわふわの連結マットが敷き詰められていて、テントやぬいぐるみなど、子供部屋のような楽しそうな空間だったということだ。


「おやおや、どうされたんですか?」


ドアを開けたまま、突っ立ている僕に気付いた、優しそうなおばさん先生に微笑みを向けられた。


「怒鳴る教師から逃げてきた」


「あら、それは大変だったのね。貴方は何年何組の生徒さん?」


ここで学年クラスを言ってしまうと突き返されてしまう気がして、僕は黙り込んでいた。でもその沈黙がつらくて、身体を動かしたくてしょうがなくなって、酷く貧乏ゆすりをしていた。


「ホダカ、ここにいたのか」


あっ、担任に見つかった。「ご迷惑おかけしてすみません」とその担任は僕をこの楽しそうな空間の入口から連れて行こうとする。


「離せ!!」


僕は掴まれた手を離させようと無我夢中で抵抗した。


「そんなこと言ってもまだ授業中だろ?」


「嫌だ、つまんない!!」


「ホダカ、中学生なんだからもっとしっかりしろ!」


と怒鳴られると萎縮してしまって、抵抗する気も失せた。小学生だからとか中学生だからとか、年齢に応じてそれ相応の振る舞いをしろと世間は言う。僕の心はずっと幼い頃と変わらないのに、強制的に「変えろ!!」って怒鳴られるのはとても苦痛だ。


「あの、先生?ホダカさん、ここに入りたいんじゃないのかしら?」


そのおばさん先生の一言で、担任の態度が一変した。


「じゃあ一時間だけ、申し訳ないですが……」


ってさっきまで子供みたく僕と怒鳴り合いしてたのに、急に大人ぶって、電話では声のトーンを上げる例のように、大人って醜いな。


そうして、子供部屋に入る資格を得た僕は、とてもワクワクしていた。担任が「学習内容は、恐竜のガオガブくんで良いか?」ってふざけて言っていたので、その薄い絵本を本棚から取り出してはみたが、僕は1ページで飽きてしまった。壁に飾ってある掲示物にはこんな時どうする?って、イラストとその説明が書いてあって、嬉しいことをされた時は、「ありがとう」って、嫌なことをされた時は、「やめてください」ってちゃんと言おうねって。……言えてねぇわ。ため息混じりにその場に寝っ転がると、上から彫りの深い外国人顔のイケメンが僕の顔を覗き込んできた。


「Hi, Tomboy!」


という美しい微笑みを僕に向ける。


「え?僕は、ホダカだけど……」


「ふふっ、Nice to meet you♡」


とおでこにチュッってされた。わあ、やばいやばい!!外国人はキスが挨拶代わりって言うけど、初対面でおでこにキスするか?え、めっちゃ好きなんだけど。とにかく顔が良いし、何しても絵になる!!キスされて腑抜けてしまった僕はもぞもぞと起き上がって、


「ナイストゥーミーチュートゥー、」


と顔から火が出そうなほど恥ずかしくて目を逸らしながらカタコト英語を喋った。


「ホダカ、英語うまいね〜!」


「いや、日本語うっま!!」


ルイくんは僕の英語を褒めてくれたけど、ルイくんのが断然日本語が流暢でうまかった。


「ほら、ルイくん。プリント進めちゃおうね」


と僕のせいでルイくんが注意を受けた。というか、他に絵描いてる人だって本読んでる人だっているのに、何でルイくんはプリントなんて勉強っぽいことやらされてるんだろう。


「僕が教えてあげる。僕、天才だから」


解いてたのは国語で、僕も苦手っちゃ苦手なんだけど、小学校高学年レベルの国語だったから何となく感覚で分かったと、思う。


「ホダカ、教えるは天才じゃないよ」


「あー」


まあ確かに、これがこうでこうなるからこれはこれでしょ?って指示語ばっかの指さし説明じゃ全く理解できないか。自分が理解するのは簡単なんだけどなあ。


「安藤さん、ありがとう。貴方は自分の自習してて良いからね!」


って先生に言われて、宿題を広げたけどこれじゃ、いつも通りでつまんない。ルイくんは僕の説明よりも先生が説明するとすぐに分かったみたいで、何だかあーあって感じ。

給食の時間になると、みんな机をくっつけて、一人、くっつけない子もいるけど、僕達と同じように給食の時間を過ごす。


「ホダカも、ここで食べるの?」


「ううん、みんなの量が減っちゃうから僕は戻るよ」


「またここに来てくれる?」


うるうるした灰色かがった綺麗な瞳でルイくんが見つめてくる。


「また来るよ」


と僕はルイくんと右手の小指を絡めて指切りげんまんを歌った。そして、本当はルイくんの端正な顔をずっと眺めていたかったという名残惜しい気持ちで、自分の教室へとぼとぼと帰って行った。


「何だよホダカ、お前帰ってなかったのかよ〜!」


ってクラスの陽キャ達に絡まれて、ははっ、って乾いた笑みを浮かべて対応した。やっぱ帰りたい。給食班、目の前には今日のパンツを見られた津田くん。帰りたい!!!


「ホダカ、給食食べないのか?」


給食を取りに行く気力も失せて、腕を枕して顔をうずめて寝ていたら、担任から心配された。


「太るからいい、いらない……」


「大丈夫、ホダカは太ってないから、な?」


「そーゆー事じゃないし」


なめこ汁とかあさりとか牛乳とか、実を言えば色々と苦手なんだよ。学校給食って、大っ嫌い。僕食べるの下手でよくこぼすし、量多いし、口の周りに何かソースとか付けちゃうし。他人に見られながらの食事、気を遣う。


「はあ、我儘言わないで。ほら?1口だけ」


と付け合せのサラダを食べさせられた。ドレッシングが酸っぱくて口が歪んだ。


「ご馳走様……」


「まだ、うどんも食べて?」


うどんをパスタのようにフォークで巻いて1口大の大きさになったそれを僕の口元へとまた持ってこられた。


「何で?1口だけって言ったじゃん、嘘つき」


「1種類ごとに1口、ってこと」


「うわっ、ずっる!!」


「ふふっ。はい、食べて?」


と強制的に全部1口ずつ食べさせられた。ゼリーは美味しかったので、全部食べた。その後に掃除の時間があったが、担任が僕に構っていたせいか、掃除の時間まで給食を一人急いで食べていて、少し申し訳なくなった。


「やぐっちゃん、ごめんね」


って僕はその気持ちを伝えようとしたが


「ん?何が?」


と何にもなさそうな惚けた顔するから、この人にとってはどうでもいいことなんだって、ああもういいやってなって、そのまま掃除を続けた。

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