真っ白な部屋
「うわ! また第三界からの転生じゃない。一体あっちの宗教はどうなっているのよ!」
遠くで女の声が聞こえた。遠く……? いや、遠いのか近いのか良く分からない。他人の声でゆっくり目が覚めるような……ああ。夢か? あれ? 俺、どこで寝たんだっけ?
「うぅ……よし。大丈夫。お仕事お仕事っと……次の対象者はこの人ね……【転生神の召喚】!」
さっきよりもはっきりと聞こえる、大人でも子供でもないような女性の声。目は開かず、身体の感覚もない。もしかして、夢なのかもしれない。何て言うんだっけ……夢だと分かる夢。
そんなことを考えながら、いきなり夢から現実へ引き戻されるような感覚に襲われる。目の前は真っ白で、まるでまぶしい光に包まれているかのようだ。
目が徐々に慣れてくると、眩しい光のせいではなく、本当に真っ白な空間にいることが分かる。コンパクトな部屋の壁はすべて無地の白で、そこにふわりと白い服を纏った若い女性が立っている。少女と呼ぶほど幼くはないが、成人はしていないのだろう。
何が起こっているのか分からず、周囲を見回す俺に、その白い女性は微笑んで話しかけてくる。
「はじめまして。こんにちは。私は転生を司る女神。そしてここは転生のための第一界……世界と世界を絆ぐ神々の居場所よ。第三界からここに来たってことは異世界転生って聞いたこと、あるわよね?」
「え? え、ええ……。 えーっと?」
「大丈夫。最近は異世界からの転生者も増えたからしっかり対応するわ。すぐ転生の準備を始めたいけど、混乱したままで次の人生に悪影響があるといけないわね。私は第二界への転生を司る女神。何か聞きたいこと、ある? 転生を受け入れる気になったら準備を始めるわよ」
自称女神は、まだ状況が分かっていない俺に、次々と説明をしてくる。俺の頭の中では情報が渋滞して、処理が追いつかない。落ち着け。まずは一番大事な事から確認しよう。
「えーと、俺、死んだってことですか?」
「ええ。死んだわ。簡単に言うと事故死ね。クス、他に聞きたいことは?」
女神を自称する女性が、慣れた様子あっさりとで答える。正直に言うと、そこはもう少し神妙に答えて欲しかった。悔しいのでもう少し突っ込むことにする。
「難しく言うと?」
俺がそうきくと自称女神が少し驚いた表情をした。
「え? 難しく……?」
そして、一瞬考えた後にこう答えた。
「酔って道端で座り込んで、通りすがりの悪い奴に持ち物を取られそうになって、それを取り返そうとして手が滑って転んで頭を打って死んだのよ。クス」
そして、だから言わないであげたのに……という微妙な笑顔で俺を見た。
俺はその前の出来事についてもう少し詳しく聞きたかったがそれよりも目の前の状況について把握するほうが優先だと考えた。
「俺はこれからどうなるんですか?」
「簡単に言うと第二界に転生させることになるわ」
「難しく言うと?」
「難しく!? えーと……こう……第二界に……転生させる……」
『女神』は再び驚いた顔をすると、両手を右から左に動かすジェスチャーを加えてぎこちなく説明を繰り返した。俺は、この自称女神に難しい質問は無理だなと察した。
「あー、いいっす。じゃあ、抽象的な聞き方ですけど俺のイメージする『異世界転生』をさせてもらえるって考えれば大体合ってますか?」
「うん。それ! そういうことよ。最近は第三界にも異世界転生の考え方が広まってるから説明が楽で助かるわ。クスクス……て言うかそのせいで第三界からの転生者が増えてるんだから全然助かってないじゃないの! ふぅ……危ない危ない。騙されるところだったわ。……クスクス」
短時間でコロコロと表情を変えながら、最後は何がおかしいのか可愛らしい笑顔で笑う自称女神を、とりあえず今は頼るしかなさそうだ。
まだ状況を完全に把握できていない俺だったが、死んだというのに意識があって、もう一度生きられるというのは、意外とラッキーな話かもしれないと考えた。幸い、前世には両親や親戚、兄弟など、自分の死で悲しむ人もいないし、仕事も大した役割を持っているわけではない。もちろんちょっぴり気になることだが、死んだとなればきっと何とか対処してくれるだろう。
「分かりました。転生を受け入れます。ただ、俺、名前が思い出せないんですが……」
「ええ。覚えていると転生に影響が出るから前世の名前と、自分の最期については記憶を消すことになってるの」
自称女神が、ほんのりと微笑みながら少し気まずそうな表情になる。
「そうですか。理由が分かれば大丈夫です」
俺は転生を受け入れることに決めた。もしかしたら、異世界転生の際にもらえると言われるチートスキルが手に入るかもしれないと期待に胸を膨らませながら、ワクワク感を抑えつつ転生の説明を受けることにした。