前世の俺
「さあ、今日の『スキルチート』では、面白い組み合わせで猛角獣を倒してみようと思います」
――これは俺の前世での最後の記憶。
俺は独りマイクに向かって言葉を紡ぎながら、ゲームのコントローラーを手際よく操作していた。
「簡単に言うと、【解体】スキルと【忍び】スキルを組み合わせて、猛角獣の攻略の前半部分である角破壊を短時間で行うわけです。……難しく言うと、【解体】スキルの発動タイミングを【忍び】スキルでうまくチートする感じですね」
俺が没頭しているのは、コアなファンが多いハンティングアクションゲームの最新作だった。このゲームではキャラクターのレベルを上げても、攻撃力などの強さはそれほど変わらない。その代わりに、選べる『スキル』の選択肢が増えていき、プレイヤーの操作技術とスキルの組み合わせによって強力なモンスターに挑むシステムが特徴となっている。
「皆さんもご存知の通り、この二つのスキルは『地雷スキル』として敬遠されていて、全然人気がないんですよ。でも、実はこれがすごく面白い使い方ができるんです」
このゲームでは、スキルが数百種類も存在し、それぞれが異なるスキルポイントで取得できる。そのため、「どのようにスキルを組み合わせるか」が一つの攻略要素となっている。俺は、その組み合わせを探るのが面白くなってしまって、ゲームの攻略自体よりも、「効率の良いスキルの組み合わせ」や「面白いスキルの組み合わせ」を見つけるたびに、攻略サイトに情報やプレイ動画をアップロードするようになっていた。
毎回ゲーム攻略サイトの隅にある動画アップロードコーナーをチェックするたび、心が躍る。自分が配信や投稿した動画が次々と『スキルチート』という特設ページに独占的に掲載されているのだ。他のプレイヤーが見逃していた独創的なスキルの組み合わせや意外な使い方を紹介することで、評判が広まっていくのを感じるのは嬉しいことだった。
最初の頃、俺が投稿した動画は単なる面白いスキルの組み合わせを紹介するものだった。だが、時が経つにつれて、ゲーム攻略に役立つ組み合わせも紹介するようになり、徐々に『ガチ勢』からも注目を集め始めたのだ。
どこからともなく浮上した言葉『スキルチート』。それは、単に強すぎるスキルを意味するチートスキルとは違い、誰も想定していないスキルの組み合わせや使い方で、チートのような強さを実現するという意味らしい。
「それでは皆さんご存知かもしれませんが、スキルのおさらいをしておきましょう」
そう言いながら、俺は画面を操作した。【解体】スキルは、モンスターを倒した後に欲しい部位を解体して取得するためのもので、『解体速度が上がる』『堅い部位でも解体できる』『取得できる素材の量が増える』といった効果がある。もちろん、『戦闘中は使用できない』という制限もあるが、それは普段あまり意識されない部分だ。
俺の操作するキャラクターは、【解体】と【忍び】の二つのスキルを持ち、武器として長剣を携えていた。サブウェポンとして解体用ナイフも装備されている。これを携帯しないと、モンスターを倒した後に解体ができないため、多くのプレイヤーが携帯するのだ。
「さて、【忍び】スキルはあまり使われることがないですよね。その効果は『最初の攻撃をするまでモンスターに認知されない』というもの。戦闘目的でないクエストではモンスターに見つからずに進むために使う人もいるかもしれませんが、腕が上がれば必要ないし、モンスターに初撃を確実に当てるだけの目的でスキルを一つ使うのはもったいないですから、普段は忘れられているスキルです」
俺はキャラクターを操作し、目的のモンスター、猛角獣がいるエリアを目指して走らせた。足音を立てながら、その巨大な獣に近づくために地形を駆使して進んでいく。
「ところで、【解体】スキルが使えなくなる『戦闘中』とは一体どんなタイミングなのでしょう。気になって調べてみました」
その日、俺はリアルタイムで動画を配信していた。
「その結果、『戦闘中』とは『モンスターと同一エリアにいて、かつ、モンスターに認知されている状態』を指すようです。もうお気づきかもしれませんが、【忍び】スキルが発動している状態でモンスターに最初の攻撃を仕掛けた時、【解体】スキルが発動していれば、モンスターの部位強度に関係なく、その部分を破壊することができるんです」
配信される中で、特に人気を集めるこの『スキルチート』シリーズ。開発者やゲームデザイナーさえも想定していなかったスキルの使い方を紹介するため、大半はネタに近い内容であるものの、稀にゲームバランスを揺るがすほどの衝撃的な発見があることもある。その一部は、まるで標準的なスキルのように広く使われるようになってしまった例もあるのだ。
そして、今日の配信は、今後の『猛角獣』攻略の標準スキルになる予感がしている。
「さて、モンスターの隣のエリアに到着したので、いよいよスキルを発動しましょう。まずは【解体】、次に【忍び】を発動します。どちらにも時間制限はありませんので、順番はどちらでも構いません。まあ、モンスターのいるエリアに入る前に発動するのが無難ですね」
俺の操るキャラクターは、スキル発動のエフェクトを纏いながらモンスターへと進んでいく。巨大な角を持つ恐ろしい姿のモンスターは、俺が操るキャラクターが目の前を走り回っても、その存在をまるで感じ取れないかのようにゆっくりと歩き回っていた。
「この距離だと、普段であればとっくにモンスターに気づかれて戦闘が始まっているはずです。しかし【忍び】の効果があるため、『最初の攻撃』が当たるまでモンスターは気づかないんです。なので、たとえ身体が触れ合っても大丈夫なんですね」
そう言って、試しにモンスターの脚にまとわりつくように走らせてみるが、それでもモンスターは何も気づかず、退屈そうにゆっくりと歩き回っていた。
「さあ、ここからがちょっとチート感が出てくるんですが、まず武器をサブウェポンの解体用ナイフに持ち替えましょう。そして……狙いを定めて……猛角獣の……角へ……突撃です!」
俺はキャラクターを操り、モンスターの太い前足を足場に跳び上がる。そして、巨大なモンスターのの堅牢な角に小さなナイフを押し付ける。すると、『バキィン』という破壊音のエフェクトと共に、不自然なほど大きく破壊された角が巨体から離れ、地面にドスンと落ちた。
瞬時に、巨大な竜は苦悶の悲鳴を上げた。そして、俺の操るキャラクターに気づき、再び怒りに震える咆哮を響かせた。
「ここからは通常の戦闘が始まります。しかし、皆さんもご存じの通り、猛角獣の頭部の角を破壊すると攻撃範囲と威力が大幅に減少し、こちらの攻撃も通りやすくなります。一人で倒せる実力がある方なら、かなり短時間で討伐できてしまうでしょう。それに、一人では倒せないと思っている方でも、この状況なら時間をかければ一人で倒せるでしょう」
俺は解説しつつ、武器をメインウェポンの長剣に持ち替えてキャラクターを操る。モンスターの周りを縫うように動きながら、次々とダメージを与えていく。
「長剣での猛角獣攻略については、他の方々が様々な投稿をしているので、ここでは解説しません。攻略の中で最も難しい、角を破壊するまでの工程を大幅に短縮できますので、ぜひ参考にしてください。もちろん、破壊した角だけを確保して逃げ出すことも選択肢ですね」
解説を続けながら、モンスターの周りを跳び回り、長剣でダメージを与えていく。その動きだけでも参考になるだろうと思うが、戦闘アクションに関してはもっと研究している人たちがいるので、そこへの介入は避ける。それに、俺にとっては練習すれば上達する戦闘アクションを極めることは、それほど重要ではなかった。そんなこんなで、巨大なモンスターがゆっくりと横たわり、動きを止めた。モンスターを倒し、クエストをクリアしたことを示すサマリー画面が現れる。
「はい。この組み合わせで、短時間で攻略することができることがお分かりいただけましたか? よろしければお使いください」
俺がそう言い、キャラクターは横たわる猛角獣の脇に近づき、素材を剥ぎ取るアニメーションが始るところで配信を終えた。
「……ふう。他にも投稿したいスキルの組み合わせがいっぱいあるな。次はなにをやろうかな……ん?」
画面の端に、メッセージが届いていることを示すアイコンが点滅していた。
「何々……? え? ゲームの運営会社から? えーと、『あなたの投稿している少し変わったスキルの使い方は我々開発者でも驚くようなユニークなものです。つきましては……』」
メッセージは、俺が投稿しているスキル解説の投稿を見たゲーム開発会社からだった。俺が、スキルの特性を把握して開発陣以上に活用しているところを見て、一度開発に関わってみる気はないかという勧誘だった。まずは新作のテストプレイヤーとして参加してみて、バランスブレイカーになってしまうスキルの使い方が無いかテストをする仕事を、そして様子を見ながらではあるがゲームの開発陣に加えることも考えているという。
「面白そうだな。まさか俺のこんな能力が仕事につながるなんて……えーと『ご都合のよろしい時に一度弊社をお訪ね頂ければさらに詳細なご説明を……』か。どうせ暇だし、明日にでも連絡してみるか」
俺は何ともいえない不思議な満足感と期待感に包まれながらその日は眠った。
……俺の記憶はここで一度途絶える。