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8

回鍋肉、鰹のたたき。……ねこ―――――――!!!



「え、えぇぇぇぇっっ!!! それじゃあ、のぞみくんも桜花小学校に通ってるんですか?!!」


「……」



 時刻は既に16時を迎える頃。



「それにまだ1年生だったなんて……すごく落ち着いているのに、その、とても大人びて見えました!」


「……」



 四月の真っただ中だというのに、天気はあいにくの曇り空。


 赤く染まっていた街並みも、いつしか陰りをみせてきて。


 いつもより暗い雰囲気の公園の中、しかし、そこには全身から幸せなオーラを醸し出す女の子が一人。


 相変わらず髪には寝癖がついていて、服のサイズもちぐはぐな――何とも言葉に困る印象の彼女だけれど。


「でも、それなら学校でも偶然会えたりするかもですねっ! えへへっ、嬉しいなぁ」


「……」


 1時間前の悲壮感はどこへやら、目の前の彼女からはもうあの時のような危なげな雰囲気は感じない。


 一先ず、良かったのかな?


 私の返答次第では本当に壊れてしまいそうなほどに心が疲弊していたようだったけれど、もう大丈夫だろう。


 ベンチに座っている私の横、かなり端の方に腰を下ろしている彼女を盗み見て、ほっと胸を撫で下ろす。


 それにしても――




『わ゛だしをっ!! み゛でぐだざいっっ!!!』




「……」


 あの時、あまりにも必死な形相で私に懇願する彼女の雰囲気に気圧されて誘いに乗ってしまった私。その後の興奮した様子の彼女を前にして、結局、どうしてあんなにも取り乱していたのか理由を聞けずじまいだった。


 才原さんが何によって精神を疲弊させていたのか。その根本的な原因を取り除かなくては解決したとは言えないと思うのだが……まあ、そこまでは私の役目ではないか。


 まさか一人も相談できる人がいないなんてこともないだろうし、であればここまでかな。


「朝は手を繋いで一緒に登校して、お昼は私の作ったお弁当を二人で食べて――」


「……」


 無事な様子は確認できたのだ。時間も遅いことだし、そろそろ帰ろう。


 隣でおかしな妄想をしている才原さんを無視してベンチから立ち上がり……いや、後が怖いから一応一声掛けておく。


「っえ? あぁっ! そうでした。こんな時間に男の子が出歩くのは危険、ですよね。すみません」


「……」


 さっきまでの幸せに溢れた表情からは一変。物凄く寂しげな顔で俯く彼女を前に、しかし私にも都合があるので気にせず背を向ける。


 そもそも、これ以上の優しさはかえって彼女にとって良くはないだろう。


 今日私と会えたのだって本当に偶然で、まさか彼女が落ち込むたびに私が話を聞いてあげるわけにもいくまい。


 そういうのは本来、彼女の母親や友人たちの役目であって、そして彼女自身が乗り越えていくべきものだ。今日の事はただのラッキーだったと思って、明日からまた頑張っていってほしい。


 それでいいはずだ。



「あ、あのっ!」



 なのに



「ありがとうございます! まさか本当に男の子と話せるなんて思わなくてっ……私、今日まで頑張って生きてきて良かったです!!!」



「……」



 後ろから聞こえてきた声に振り向くか一瞬迷うが――しかし、気にせず帰ることに決めた。



「っ?! あのっ! 本当に、すっっごく嬉しくて!!! さっきまでの時間、ずっと夢の中にいるみたいでっ!!」



「……」



「だから………そのっ…」



「……」



「もしよければっ、またお話しをしてくださいっ!!!」



「……」



 きっと、相当に勇気を振り絞って言っているのだろう彼女の様子が、背を前に向けていても容易に想像できる。


 まして男女比1:3の世界なのだ。断られた時のショックはその分大きいだろうし、彼女自身もそれがどれほど無謀な願いなのか自覚していないはずもない。



「お願いしますっ!」



 それでも。


 恐らく、頭まで下げているであろう彼女は必死に、ただ必死に願いを口にして――



「お願いしますっ!」



 それほどまでに真剣な思いは当然分かった上で、しかし、それでも私は答えない。


 ただ優しく接するだけが正解、なんてことはないのだ。


 先程話を聞いてあげただけでも十分、既にこの世界の男性の対応とは大幅に逸脱している自覚はある。


 だからこそ、足は止めない。振り返ってはいけない。



「お願いしますっ!!!」



 奇跡は二度も起きないのだ。



◇◇◆



「……ふぅ」


 それから少しして、山の中腹へとたどり着いてから振り返った先では真っ赤なランドセルを背負った才原さんがトボトボと帰っている姿が見えた。


 まだ小学5年生だというのに、その哀愁漂う背中からは妙な寂寥感を感じる。


 折角話を聞いてあげたのに、最後の最後で申し訳ないことをしたかな……


 まあ、それでもあのままでは変に依存されるところだった。その時の面倒に比べたら相当穏便に済んだと思うべきだろう。


 そもそも私は今の時点で誰かと付き合うだとか、まして高校卒業後に即結婚だなんてことは微塵も考えていないのだから。


 もう後悔はしたくない。


 ただずっと本を読んで、可能な限り穏やかに生きていきたいのだ。


 叶うのならば、ずっと――



「う゛う゛ぅ゛ぅぅ」



 だから



「ぅ゛ぅ゛ぅ゛」



 いい加減、君も、もう少し自立してはくれないだろうか。



「山城さん」



「……っや!」



「はぁ」



 そう、私が小一時間程度の時間を才原さんと話すことに決めたあの時。隣で私と手を繋いでいた山城さんは当然不貞腐れた。それはもう相当に不貞腐れた。


 はじめの内は才原さんの前で何やら容量の得ない言葉を叫び出して、かと思えば地面に転がってじたばたと駄々をこねて……


 しかしその時すっかり私にしか眼中になかった才原さんを前に……遂には頬を思いっきり膨らませたまま、一人、元いた山の中腹の方へと向かっていった。ところまでは覚えている。


 私もその時は才原さんの方にかかりきりになっていて、その後山城さんが何をしていたのかまでは分からなかったのだが……どうやら地面に突っ伏した状態で泣いていたらしい。


 時折頭上で感じた視線も恐らく彼女のものだろう。


 服はすっかり泥だらけで、顔の方も涙と鼻水と土の汚れで滅茶苦茶だ。


「はぁ、本当に」


 山城瑞樹。私が今まで出会ってきた人たちの中でも、彼女は頭一つ抜けて面倒だ。


 いくら子供といえども、もう少し落ち着きを持つべきではないだろうか。


 というか慎みを持ってほしい。


「う゛あ゛ぁ゛ぁ」


 今も目の端に涙を溜めたまま、汚れた状態で私に抱き着こうとじりじりと寄ってきているし。


「――っ」


 いつもなら流される私でも、流石にこの状態で抱き着かれたくはない。普通に汚い。


「い゛っじょがい゛いぃぃぃぃぃぃ!!!」


「むぅ」


 後ずさる私を目にした山城さんが再び豪快に泣き出す。


 そもそも、なんで私がこんなに罪悪感を覚えなくてはいけないのか……


 まあ今回の事は途中で彼女の事を放ってしまった私が悪いからしょうがn……いやいやいや、元はと言えば山城さんが勝手に家まで来たことが原因ではないか。


 あぶない、危うくまた流されるところだった。


「……」


 このまま、いつもと同じじゃだめだ。


 先程の才原さんにしたみたいに、毅然とした態度で接するべきだろう。優しいだけじゃだめだと、言っていたはずではないか。


「ま゛ってぇ゛ぇぇぇ!!!!」


「――っ」


 しつこすぎる山城さんにも、いい加減疲れてきた。


 本来なら今日は一日中本を読む予定だったのだ――もう知らない。私は帰る。


「や゛だあぁぁぁぁぁぁぁ!」


「……」


 背を向けて走り出す直前、追い縋ろうとする山城さんを見て反射的に止まりそうになる足を何とか動かす。



「じゃあ」



 せめてもの罪滅ぼしとして、一応最後に言葉だけは掛けておく。


 これが私の最大限、彼女に残した最後の情だ。



「――――っ?!」



 彼女にも私の本気が伝わったのか、一瞬だけ驚いた顔をしたかと思えば……


 途端、今度はもう今までの比じゃないくらいに泣き出し――いや、悲鳴のような声を上げだした。



「―――――――――っ!! ――――――――――!!!!!!!」



「……っ」


 鼓膜を大きく震わすほどの声量に、一瞬、立ち眩みにも似た眩暈を覚える。


 これは最早言葉ですらない――けれどその声を聞くだけで、なぜか胸が締め付けられるように痛くなる。



「―――――!!! ―――――――――――――――――!!」



 ちっとも悲しくなんてないはずなのに、思わず涙が溢れそうになる。



「―――――――――――――――――――!!!!」




 ――――――――――――



 ――――――――



 ――――



「……あぁ」


 今の彼女はまるで、大きなデパートの中で両親を見失った時の子供ようだ。


 暗闇の中で一人、何か大事な指針を見失った時のような。


 周りには誰もいない、孤独こそを心底嫌う幼子のような。



『――――――っ!!』



 生前、風邪を引いた幼い頃の弟が、私と離れることを心底嫌がった時のような。



『に゛いちゃあ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』



 まさか今生の別れでもあるまいに……けれど、その時の弟の叫び声は尋常ではなくて。


「……」


 既に山城さんは足を止めている。逃げるのなら今しかない。



「――――――――――!!! ――――――っ!!!!!」



 今しか。



「―――――!! ――――――――――!!」



「……」



「――――――っ!!」



「山城さん」



「――――――――――――――――――っ!!!」



「山城さん。大丈夫だから」



「―――――っつ……う゛?」



「もう逃げないから」



「……」



「今日はもう遅いけど、明日からまた会えるから」



「いっしょ?」



「……」



「いっしょがいい」



「はぁ」



 一先ず、今日のところはそれでいいか。


 頷く私を前にして、ようやく落ち着きを取り戻した山城さんに多少イラつきを覚えるくらいは許されるべきだろう。我ながら何とも流されやすい性格だとは、思うのだけれど……


「仕方のない」


 ポケットからハンカチを取り出して、山城さんの顔を拭いてあげる。


 腹いせに少し力を入れて拭かれているのに、当の山城さんには微塵も伝わっていないのだろうな。


「…う!」


 多少は綺麗になった顔に満足した山城さんは、すっかり元気になったようだ。


 ――って、そんなことより、いい加減早く帰らなくてはっ。


 いくら母が仕事に集中していると言っても、そう毎回バレずにいることができるとは思えない。今だって、何かの用事で書斎を訪れているのかもしれないのだ。



「そういうことだから」



「うぅ」



 物凄い間があった気がするが、流石の山城さんもこれ以上の我儘は言えないようだった。


 まったく、いつもこれくらい大人しければいいのに。



「ばいばい」



 そう言って、小さく手を振る山城さんに今度こそ背を向けた私は、それから全身に感じる倦怠感を何とか誤魔化して、やっとの思いで帰路に着いたのだった。




 めでたしめでたし……じゃないわ全然。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「……あの、のぞみくん。本当に大丈夫?」


「……?」


「授業中、すごく眠たそうだったから」


「……」



 臨時休校から、明けて翌日。


 近隣の警察署から早々に変質者を多数確保したとの連絡が入り、今日も休みかと考える暇もなく憂鬱な学校が始まってしまった。


 なんでも、変質者のせいで男子生徒が学校に来れなくなったらどうするんだと激怒した日暮警察署の署長が自ら指揮をとり、市内にいる非番の警官や近隣の住民にまで協力を呼びかけ圧倒的な物量で早期解決したらしい。


 念のためだと今朝から校門の前に陣取っていた署長さんはまだ30代前半の傑物みたいで、市内では有名な人らしい。詳しくは知らないが。


 学校の一部の女子生徒からは羨望の眼差しを向けられていた彼女だが、なぜか男子生徒の大多数は目を逸らしてそそくさと学校の方へと行っていた。


 横目でちらりと見た限りでは短髪のスラッとした女性みたいで、バレー部の主将をやっていそうな綺麗な見た目の人だったな。


 まあ見たと言っても一瞬の事だったし、その時はなに余計なことをしてくれたんだと思わず怨嗟の籠った眼差しで睨んでしまったかもしれない。つい無意識で。



「のぞみくん、体調が悪いなら保健室にいこう?」


「……」


 心配そうな表情でそう言ってくる隣の席の篠田さんに問題ないと首を振る。


「それならいいんだけど……」


 そう言いつつも、依然としてちらちらと私の様子を伺う彼女の視線に少し辟易してしまう。


「はぁ」



 現在は3限目の算数が終わった少しの間の休憩時間。


 襲い掛かる睡魔の誘惑に何とか耐えて、授業が終わるや否や机に突っ伏してしまった私は、どうにも疲れの抜けない身体にため息をついた。


 次の授業は国語か……確か担当はウチの担任だったような。あの人の声にはなぜか眠気を誘われるんだよな。


 ガラっ――


 と、そんなことを考えている間にもいつの間にか休憩時間が終わったようだ。


 笑顔で教室に入って来た先生が未だに話し合っている女子生徒を注意しているのをぼんやりと眺めながら、机の中に入っている無駄に重たい教科書に手をのばした。



◇◆◆



 キーンコーンカーンコーン


「……っと。はーい、じゃあ今日の授業はここまで。明日はこの続きからですね」



 ――あれ?


「……」


 いけない、いつの間にか授業が終わっていた。


 開始から5分くらい、先生が朗読を始めたあたりからの記憶がおぼろげだ。


 それまでは絶対に寝ないように注意していたというのに……おのれ担任、侮りがたし。



「ふふっ……のぞみくん、すっごい熟睡してたね」


 隣では篠田さんが教科書をしまいながらそう笑いかけてくる。


「…む」


 まさか小学生に馬鹿にされるとは……いや、今の私も小学生だったか。やはり慣れない。




 ガヤ――ガヤ―――


「……」


 4限目も終わったということで、気付けば周りでは仲のいいクラスメイト同士が机を引っ付けたりしている。今週の給食当番は私の班ではないから、このまま大人しく待っていようかな。


「……のぞみくんは、その…」


「……」


 と、再び机で束の間の仮眠をとろうとしたとこで、声をかけてきたのはまたしても篠田さんだった。……この子は他に話す友達がいないのだろうか。


「ごはん、だれと食べるのかなって」


「あぁ」


 なるほど、そういうことか。


 周りが次々と机を引っ付けていく中で、私がその場から動こうとしないものだから勘違いさせてしまったらしい。


「あの、もしよかったら――」


「あれ」


 そのまま、私を誘おうとする篠田さんの言葉を寸前で遮って斜め左の席を指さす。



「「「「「「じ―――――――」」」」」」



 そこにいるのは毎度おなじみ小鹿の群れ。


 6匹もいるというのに、固まって私の方を情けなく見つめる彼らは何とも頼りない。


 その視線からは私とご飯を食べたいという念がひしひしと感じ取れる。しかし、それならなぜこちらに来て直接誘わないのか……


「っあ……そう、だよね。ごめんなさい」


「……」


 なんで謝るのかは分からないが、篠田さんもどうか同性と食べてほしい。それがどこにも波風の立たない、賢い選択だろう。


「あ、はは……じゃあ、私は後ろに下がるね」


「……?」


 なぜか苦笑いを浮かべて教室の隅へと机を移動させた篠田さん。いや、だから同性と食べればいいと言ったのだが……


「…む」


 いや、これはあれか。


 ひょっとして私が誘いを断ったから自分は1人で寂しく食べますよという当てつけの意味を込めた行動だろうか。そうだとしたらなかなかに策士だな、篠田さん。


 まあ、だからといって二人で食べるなんてことは死んでもしないのだけれど。だって絶対に面倒なことになるから。主に山城さん関連で。



「セイギっ!!! ごはんいっしょに食べよ!!!」


「食べよう、セイギ!」


「セイギ!」


「俺もいるぞ!」


「お腹空いた!」


「……食べる」



「……」


 本当にこの子達は……篠田さんが後ろに下がった途端群がってくるとは、いったいどれほど女の子に対して苦手意識を持っているのか。


 そんなんじゃ山城さんを相手にした時〇ぬぞ。



 ――ガラっ


「給食もってきた―――――――!!!」


「……」


 教室の扉を開けてひょっこりと顔を出した給食当番の女の子の声が響く。


 さて、それじゃあご飯を受け取りにいこうか――て、あれ?



 ちょっと待ちなさい、そこの小鹿君。


「……?」


 はい、君の事です。


「……なに?」


 君、今日は給食当番のはずでは?


「…あぅ」


 なんだ、普通に忘れてたのかな?


「………持て…なぃ……から」


 ――ん?


「……重たいもの……持てなくて」


「……」


「……ごめんなさぃ」


「……」



 ごはん、私が運ぼうか。


「…‥‥ありがとう、セイギ」


 気にしないでいい。


 あと次セイギって言ったら二度と運ばない。




◆◇◇◆◆




「はい、それじゃあ今日もお疲れさまでした。男の子達はくれぐれも気を付けて帰宅してくださいね」


「……」


 それからお昼ご飯とその後の授業も無事終わり、気付けば時計の針は16時を示している。


 ランドセルから取り出したスマホを確認すると、母の方も既に学校に到着しているらしい。


 それじゃあ、帰ろうかな。


「……っあ! 待って、のぞみくn――」


 後ろから聞こえる篠田さんの声を気にせず、私は足早に下駄箱へと向かう。


 非情だなんだと言われようが、相手に変に期待させるよりはこれでいい。篠田さんとは普段からそこそこ話しているのだし、これ以上は控えておくべきだろう。


 単純に私が面倒なのも9割くらいあるけど。



「あのっ!!!!!!!」



「……」


 と、いつも通り速攻で学校の昇降口へとたどり着いた私だったのだが、なぜか下駄箱の前には上級生と思われる女の子が一人。


「……むぅ」


 下駄箱を塞がれてしまっては流石に無視をすることが難しい。まさかこんな強引な手でくるとは。この場で襲うつもりか?


「……」


「っち……ちちち、違いますっ?!! そんなつもりではなくてっ!!」


 じゃあなんの用……というか誰なのか。


「――っあ、はい。そうでした」


 そう言って、少し前髪を整える目の前の女の子。身長は昨日会った才原さんくらいだから、まあ4~6年生くらいかな?


 この世界では珍しい、茶色がかった鎖骨まで伸びている髪は軽くウェーブにしていて、しかしあまり丁寧に手入れはされていないのか、まとまった中から若干枝毛が外にはねている。


 瞳の色も、少し暗めの茶色かな?


 服装はゆったりとした薄めの青シャツの上に少し大きめな白のベスト。下はグレー系のミニスカートを履いていて、なんだか全体的におしゃれな服装……という感じだ。


 しかしどこかくたびれた様子のある生地に、もしかしておさがりの服だろうかと推測する。


「……こほんっ。改めまして、私の名前は大槻(おおつき) (しずく)。この桜花小学校の5年生です」


「……」


「その、今日は貴方に伺いたいことがあったので。ここで待っていました」


「……?」


「しっ、失礼なことをしている自覚はあります。ですが……どうしても」


「……」


「あの……先日、あか……才原 茜とお話をしたというのは、本当の事なのですか?」


「……」


 才原さん、まあ小一時間程度の事だけど。


「――っ?! やはり、本当の事だったんですね」


「……」


「それに、今も平然と私と目を合わせて……」


 何かぶつぶつと独り言を言い始めた大槻さん。一見お淑やかそうな見た目だけど……騙されてはダメだ。


 こういうタイプは絶対に拗らせると面倒くさいことになる。


 考え事をしている今のうちに帰ってしまおう。


「であればひょっとして――いえ、それは流石に期待し過ぎでは……やはり最初は私の事を良く知っていただくためにおしゃれなカフェでお話をして……あぁっ! けれど彼の前で着ていける服なんてもうないというのにっ」


「……」


 なんだかヤバいことを語り始めた彼女の後方へと慎重に回り込み、なるべく音を出さずに下駄箱の靴を取り出す。


「うぅぅぅぅ……こんなことならもう少しお手伝いをしてお小遣いを溜めておくべきでした。私のばかっ」


「……」


 息も止めて、ゆっくりと……


「したいことは沢山あるのに、お金が。っく……いいえ雫、そんな弱気でどうするのですか。今までの無味無臭な日々を送ることに比べたらこれしきの困難、絶対に乗り越えてみせます!」


「……」


「一先ず、今はまだ当初の予定通りお話を繰り返すという方向で――」


「……」






 あぁ、もう学校になんて行きたくないなぁ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「……」



「っあ、のぞみ! お疲れ様」



「疲れた」



「え、のぞみ?」



「――」



「のぞ――」



「――――すぅ」



「もう寝てる」



今回のお話。

主人公は基本的に相手に期待を持たせないようにドライに接しているつもりですが、甘いです。甘々です。

山城さん、才原さん、その他大勢の不美人達にとって普通に目を合わせて会話をしてくれる男の子というのがどれほどに貴重な存在なのか……だってここはそもそもが男女比1:3の世界なのですから。

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