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「お前。殺すぞ」




 氷点下と言っても何ら不思議でない程の冷気で包まれた教室。


 数分前の高飛車な様子からは想像もつかない、背筋が凍る程の威圧感でもって転校生から告げられたのは、文章にして僅か5文字ほどの言葉。


 身体の中に湧き起こるどす黒い感情を端的に表すために、無意識のうちに口から零れた、怨嗟のこもった宣告。


「――――ㇶ」


 転校生の1番近くに立っていた女子生徒は恐怖で腰が抜けたのか、僅かに開かれた口から短く悲鳴を上げた後、へなへなと力なくその場に座り込んでしまった。


 先程までは多勢で転校生を睨みつけていたその他の女子生徒達も完全に毒気を抜かれ、今は彼女の怨嗟の向かう先が自分の方へ逸れないようにと、固く口を閉ざしている。


 ただ怯えていることしかできない男子生徒達は、言わずもがな。


 そんな状況であるのだから、今この時、私の頬を冷や汗の1つでも伝ってくれれば、物語的にはよりシリアス感が増していいと思うのだけれど‥‥


「「「「「――――」」」」」


 クラスメイト達が固唾を飲んで事の行く末を見守る中、直接的に暴言を吐かれた私、新木 玲奈はというと――目の前の醜悪な転校生を前にして、それでも一切の恐怖を感じることなく、余裕の気持ちで微笑んでいた。


 そんな私の後ろで遠慮なく制服の袖を引っ張ってくるのは、翠と和沙。私にとっては気の置けない幼馴染達であり、一時期引きこもり状態だった過去の私を支えてくれた恩人でもある。


 そんな2人から耳元で叫ばれ続ける制止の声は、だからきっと私の事を思っての事なのだろうけど。


「―――っ!!!」 「――――!」


 恐らく、2人が想像するような最悪の事態には発展しない。これは、私の矜持をかけて。


「――――?!」 「―――っ」


 だから、どれだけ制服がヨレヨレになろうとも、私はこのまま聞こえない振りを続けていく所存なんだけど。


「えぇぇい2人共っ! 服を引っ張るなぁ!!!」


 ………はぁ、はぁ……う゛ぅん゛――――それに、荒ぶる転校生を前にして、私だってなんの備えもなく挑発的な言葉を投げかけたわけじゃない。


「――予想はしてたよ」


 普段から彼のことを見ていれば、こうした度し難い程の勘違い不細工女が、身の程もわきまえず、妄想をすることすらおこがましい、望くんと結ばれるというありえない幻想を抱いてしまうなんて事は、可能性として容易に想像できてしまう事だったから。


「対策も考えてある」


 こういう子に限って、本来の性格は臆病で引っ込み思案。それこそ望くんみたいなイレギュラーな存在にさえ出会わなければ、その青春時代を教室の隅っこで終えるはずだったはずの彼女達には共通して、高圧的で押しの強い美人とは相性が悪いという弱点があることを知っている。


 望くんに好かれるためにと演じていた”元気なお馬鹿キャラ”を一度脱ぎ捨てて、私本来のレスバ力でもって彼女の発言を封殺してしまえば、暴力に発展する前に完封できるという自負があったから。


 それに――


「絶対に忘れない。小学校入学時の後悔」


 瞼を閉じれば、あの時の鮮明な光景が蘇る。


 あれから6年が経過した現在でも、それは決して風化することなく――


「……」


 終わってみれば、被害者である望くんが平気そうだったから良かった……なんて、そんな言葉で、そんな感想で終わらせていい悲劇じゃなかった。


 あの事件は、戒めだ。


 無知で無力で、愚鈍で、楽観的で、迂闊で、鈍重で、脆弱で――


 ただただ愚かな、私への。


 あの日、あの現場にいて……すぐに走り出せば手の届く距離にいて、それでも馬鹿みたいに固まってしまって、挙句気絶してしまった過去の私を、私は一生許さない。

 

 もう二度と、繰り返さない。


 繰り返してはいけない。


 だから


「妄想するばかりで、現実が見えていない貴方に教えてあげる」


「―――」


 これを言えば、この転校生も少しは大人しくなるだろうと、そういう牽制の意味を込めての発言。


「望くんに意識されてると勘違いしている可哀想な貴方に、伝えておかないのはフェアじゃないから」


 私はただ、このむかつく転校生に現実を知って欲しくて。


「――――」


 私の方が凄いんだって。少しでも優越感を感じられるように。


「私ね、昔。望くんに告白したんだ」


「――――」


 それに、これは血で血を洗う弱肉強食の争奪戦なんだよ?


「結婚してくださいって、そう望くんに伝えたの」


 たとえ何を犠牲にしてでも、私は負けない。









「……今」


「何て言ったんです?」


 猛獣2匹、徘徊注意。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 日々の生活を充実させるきっかけは温かいご飯にあるのだと、最近、気が付いた。


「よしっ」


 ここは、ひまわり園から徒歩30分程の距離にある単身者用アパートの、その一室。玄関を通ってすぐ、大人1人いるだけでも窮屈に感じる台所の一角で、先程近くのスーパーで買ってきた食材を前に、私は小さく意気込んでいた。


「朝からお洒落にプレーンオムレツ……は自信ないから、トマト入りのスクランブルエッグにしよう」


 昨日作り過ぎた野菜炒めもタッパーごと電子レンジに入れ、インスタントのお味噌汁も作りたいので、ケトルにお水を入れておくことも忘れない(本当は手作りしたいけど、コンロは当たり前に1口なので効率の為に妥協している)。


 他にも今使わない食材は冷蔵庫に仕分けて、合間に出る洗い物はお水に浸しておいて、あとは――


「あっ、ご飯ってまだあったっけ……」


 一度料理を始めるとなぜか毎回慌ただしくなってしまうのは、施設にいた頃の先生を無意識に真似てしまっているからだろうか?――ふふ。


 それから、忙しく動き回ること数十分。


 私の目の前には、ホカホカと湯気を立てる朝ごはんが並んでいた。


 ――――くぅぅぅ


 いつも夜勤明けに食べているぱさぱさのパンや、値引きシールが貼られている総菜では決して感じることの出来ない、手作り特有の温かさ。久しく忘れていた、食欲を刺激する匂いに、私のお腹も空腹を訴えているようだった。


 既に夜勤を終え、今日は一日お休みの予定だ。朝ごはんを堪能したら、軽くシャワーを浴びてゆっくり寝ようと、そう考えながら手を合わせて……


「いただきま――ピンポーン―――ってえぇ、どうしてこんなタイミングぅぅ…」


 ようやくご飯を食べようというタイミングで、唐突に鳴らされるインターホン。


 宗教勧誘か、はたまたいわれのないクレームか、――扉の先に思い浮かべる人物のレパートリーがだいぶ悲しいことになっている気がするけれど、取り敢えずは出るべきかと重い腰を上げる。――あぁ、果たしてご飯が温かいうちに戻れるのだろうか…


「そういえば……」


 先日、コンビニでバイトをしている最中、入店した女子高生達が、この辺りに不審者が出たと話してはいなかっただろうか‥‥


 ――ピンポーン――


「うひぃあっ!」


 再度鳴らされるインターホン。急かしているようにも感じられる間隔の短さに、思わずその場で変な声を上げてしまう。


 い、いやいやいやいやまさか……こんな顔が汚くて貧乏な私の所に、まさか不審者なんて来るわけないよね。考え過ぎだよ、きっと。


「うぅぅ……」


 それでも一応、手には護身用のめん棒を持っておこうかなぁ。本当に、念のため。


「あ、あのぉ……どちら様でしょうか?」


 そうして、最低限の装備を整えた私は、意を決して扉の先の主にそう尋ねてみることにした。こんな平日の早朝に、包丁片手に1人暮らしの独身女性を襲ってくる人なんてまずいないとは思うけど、恐いので、慎重にドアスコープを覗きながら、そっと――


「……?」


 ドアの先には、確かに人の気配を感じる。けれど、なぜか返事を返しては……


「『――――』」


 ――あぇ、瞳孔が見える?



「どわっひゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!」



 一柳 胡桃。今年で20歳を迎える、容姿以外は真面を自負する独身女性は、ひまわり園にいた頃にすら出していない大声を閑静な住宅街に響き渡らせながら、盛大に尻もちをつくのだった。



「もうっ! いい加減にしてよ、2人共!」


 時刻は午前8時。


 本来であれば既にシャワーを済ませ、お布団の中で熟睡する予定だったのに。


「だから、ごめんなさいって言ってるじゃん。こっちだって久しぶりに胡桃ねぇと会うんだから、折角と思ってした事なのに」


「あはは、ボクは普通に会おうって言ったんだけどね…」


 既に温かさのなくなってしまった朝食を挟んで向かい側に座るのは、懐かしい顔。年が近いということもあって、ひまわり園の頃にはよく一緒にいた2人だった。


「雪音、秋。そもそも2人が来るって知っていたら、もう少しお部屋も片付けておきたかったのに……」


「そんなのいちいち気にしなくていいわよ。それを言うなら、今の状態だってアタシの部屋の何倍も綺麗なんだから」


「そうそう、雪音ってば人に対する注文は多い癖に、自己管理は全然なんだから」


「はぁっ?! アンタだって汗臭い服をいつも脱ぎっぱなしにしてるくせに!」


「雪音の布団の臭さには負けるかなぁ……あれ、いつ洗濯したのが最後?」


「アンタそれ、戦争よ?」


「上等だよ」


「上等じゃないからぁ!」 


 突然訪ねてきたと思ったら、今度は呼吸をするように喧嘩を始める2人。ただでさえ私は朝食を台無しにされて怒っているのだから、これ以上の面倒は止めてほしかった。


「ふんっ、今は胡桃ねぇに免じて許してあげる。ただ帰ったら覚えておきなさい」


「そっちこそ」


「はぁ……それで、結局2人はどうして家に来たの?」


 私を驚かせるためとはいえ、事前に連絡をしてこなかったのはやっぱりおかしい。私が仕事で家を空けている可能性も十分にあったわけだし、何より、雪音や秋はそこまで無神経な性格をしていない。それは私が一番よく分かっている。


「――――事情を話し始める前にさ、聞いておきたい事があるんだけど」


「……?」


 私に促され、やっとここに来た本題を話すことにしたのか、肩にそろえた髪の毛先を指でいじりながら、そう聞いてきたのは雪音だった。


「胡桃ねぇは覚えてる? 6年前、一度だけひまわり園に来たことがある男の子のこと」


「――――っ?!!」


 そうして唐突に告げられた内容に、思わず咳き込みそうになる私。


 6年前、男の子って――覚えているも何も、ひと月前に出会って、それで物凄く迷惑をかけてしまった記憶が……うぅ


「その顔、やっぱり覚えてるわよね。って、忘れる方がムリな話か」


「……」


「ねぇ、胡桃ねぇ――ひまわり園の外の世界はさ、やっぱり苦労することが多いよね」


 一貫性のない、唐突な話題転換にもみえるけど、本筋は同じということなんだろうか。言いたいことはハッキリと言う性格の雪音にしては珍しくチグハグな話し方で、意図が読めない。


「周りにいる人はみんな私達より美人で、可愛くて……それが当たり前なんだよね、知ってたけど」


 不貞腐れている、ようには感じない。


「一生懸命に働いてお金を貰っても、最低限不自由なく生きていく為に必要な事で無くなってしまう、それも当たり前」


「……」


「うまく言葉にするのが難しいんだけど……なんていうか、あまりにも私の人生がちっぽけだったことに絶望したっていうか………こんなもんかー、みたいな?」


 脈絡のない話し方。まだ、本人(雪音)の中で上手く感情の整理が出来ていないのかもしれない。


「それでも、私はこんなもんじゃない、諦めたくない、絶対に自分の人生を価値のあるものにしたいって思って、子供をつくることも考えたんだけど、多分今の私じゃその資格もないわけじゃん? だって、生まれてくる子供は幸せにならない」


 なれないかもしれない、じゃなく、ならない。絶対に。


「それは……」


 それはあまりにも、身に覚えがある感情。社会を知ることで、否、大人になることで、無視することの出来なくなった現実。それでも、ひまわり園にいた頃の私達だったら、きっと――


「雪音もボクも、一度本気でひまわり園に戻ろうとしたことがあったんだ。でも、中から聞こえてきた子供達の声を聞いて、やっぱり止めた。先輩としてのプライドってことなのかな? 今のボク達を見せたくなかった」


 あぁ、今更気付いた。この2人は今、心がボロボロになっている。


「……」


 救いが欲しいと、切実に。


 ――――やっぱり、精神的支柱であった先生が近くにいないと、私達はこんなにも簡単に弱くなってしまうらしい。人生という果てしない旅路を進んでいく中で、当たり前にあった指針が唐突に失われ、感情はマイナスの方向へと深く、深く沈んでいって――私にはそれが、とてもよく分かる。


「社会に出て、私達は、自分達がどうしようもなく弱い人間だったって事に気付いたの――秋と同居することにしたのも、それが理由」


「ボクも雪音も、一応それで今は頑張れてるんだ」


 けれど、それは多分、一時的な


「分かってる」


 そのまま傷を舐め合って生きていても、いつか心の限界はくる。


 抗いようのない、真っ暗な人生に絶望して、生きる気力をなくして、それから――


「分かってるから、そんな顔しないで胡桃ねぇ」


「ボクも雪音も、これっぽっちも死ぬつもりはないよ」


 違う、そうじゃない。そうじゃないの――私は、分かってしまったから。


「考えたわ。考えて考えて、それでも足りないから、この(バカ)の頭も使わせて、もう脳が焼き切れるんじゃないかってくらい考えたの」


「それで、やっぱりこれしかないって、確信したんだ」


 私も、そうだったから。


 生きるのがつらくて、どうしようもなく助けてほしくて、目を向けてほしくて、それで――


「「あの子に会いたい」」


 あぁ――結局そうすることでしか、私達は救われない。


「本当にいいの? 茜や雫、奏のことは?」


 思わずといった感情で2人にぶつけた質問に、自分で呆れてしまう。


 そんな事、もはや聞くまでもないのに。


「言い訳はしないわ。正々堂々と告白して、あの子達には譲ってもらう」


「ボクも同じ」


 2人の決意は揺るぎない。


 であれば、それを私に伝えに来たのは、きっと――


「正々堂々っていうのは、()()()()()()()()()()()()()()


「胡桃お姉ちゃんも、そうなんでしょ?」


 小生意気な妹達からの、正面切っての宣戦布告。


「……」


 あぁ、結局こうなっちゃうのか。


 ――でも


「そういうことなら、私だって」


 ごめんね、望君。私達、こんな大人になっちゃって。


「私の方が本気なんだよ、2人共」


「「……」」


 こんなに悲しそうな顔をする妹達を前にして、それでも諦められそうにないみたい。


「だから」


 こんな感情、抱くだけ貴方にとっては迷惑にしかならないって


 分かっているのにはずなのに

 


「正々堂々、恋しよう――お互いに」






 ――弱くて、ごめんね。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 暗雲立ち込める公立桜花中学校、その正門前。


 無機質に(そび)え立つ校舎を視界に収めながら、少女は1人、まるで心底苦いブラックコーヒーを飲んだ直後のような、苦々しい表情を浮かべていた。


「――――」


 まだ敷地の中にすら入っていないというのにバクバクと高鳴る心臓。久しぶりに着る制服はどこか着心地が悪く、足はまるで自分の身体じゃないかと思うほどに動いてくれない。


 ここまで来る道のりも、本当に大変だった。


 亀のような鈍重さで足を進める私の横を颯爽と通り過ぎていく制服姿の少女達を見る度に、何度引き返して自宅に帰ろうと思ったことか。


 朗らかな笑顔で友人と談笑している彼女達の眩しさに肩身が狭くなり、思い出すのはずっとひとりぼっちでいたいつかの学園生活。あの時も私はこんな風に縮こまって、下を向いて、私にちっとも優しくならない外界を拒絶していた。


 だからもう、二度と来ることはないと思っていたのに――こんな場所。


 あの夜の出会いさえなかったら、絶対に。


「――すぅ、はぁ」


 胸に手を当て、小さく深呼吸する。


 私の意に反して心臓の鼓動はちっとも静まってはくれないけれど、ここまで来たからには、いい加減覚悟を決めないといけないことは、私にだって分かっている。


 この日の為に血反吐が出るような恋愛小説を読み漁り、洗面台の前でマシに見える顔の角度を研究し、お母さんが拾ってきた捨て犬相手に学生らしい会話の練習だってしてきたのだから。


 それに、勇気を出すのは今日だけと決めている。


 あの人に拒絶されてしまったら。私の人生はきっとそこで終わり。一生の内にあるかないかの幸運を、私はあの時体験した。


 今でも夢じゃないかと疑ってしまう事がある、幸福の味。


 それだけでもこんなゴミみたいな私の人生は、確かに意味のあるものだったんだって、そう思って生きていくことが、きっと、できるはずだから。 


「――だから、いい加減に落ち着け、私」


 過去のトラウマなんて、今は関係ない。

 考えるべきは、とにかく、前回のような無様を見せないようにすること。ただそれだけ。


 あの時以来だねって挨拶して、おでんを食べさせてくれた事への感謝を伝えて、それから、自然な流れで今日はヴァレンタインだったんだねって、いかにも興味なさそうな感じで伝えてみたりして――


「平常心、平常心」


 校舎の外壁に掛けられている時計を確認すると、時刻は既に8時10分。


 もう、迷っている暇はないようだった。


 流石に覚悟を決めて


「よしっ、いこ「すみません、ちょっといいですか?」」


 ひんやりとした冷たい秋風を伴って、聞こえてきたのはどこか愛嬌を感じさせる声。


 ようやく前へと歩き出そうとした私の肩を万力のような力で掴み、抵抗をする間もないまま強制的に背後を振り向かせられる。


「なっ……はぇ?」


 突然の事態に困惑し、為す術もなく呆けている私は、きっと飛び切り不細工な顔を晒してしまっている事だろう。けれどそれもしょうがない、まさかこんな私の肩を掴んで話しかけてくる子がいるだなんて、それもこんな場所で――


()()、この学校にどうしても会いたい人がいて」


「――――」


「だから教えてほしいんです」


 ――あぁ、けれど、彼女達の顔を見て納得した。


「あ、あのぉ?」


 私レベルの不細工と、まさかこんな場所で出会うだなんて。


「あ、あれぇ…もしかして聞こえてないのかなぁ」


「でもお姉ちゃんの方を見てるよ?」


 私と同じ、公立桜花中学校の制服に身を包んでいる、恐らく姉妹なんだろう。だって明らかに下級生と思える女の子は私の肩を掴んでいる子をお姉ちゃんって呼んでるし……


 けれど不思議だ‥‥私と同じくらいの容姿なら、どうしてこんなに元気なんだろう。なんだか、生命力に溢れているようで、違和感が凄い。これって私の考えが卑屈なのかな?


「もしかして、柊さんに作ってもらったこの制服、似合わな過ぎて気持ち悪いと思われたのかも……」


「もうっ、お姉ちゃんってばネガティブ過ぎだよ!」


「――――」


 作ってもらった? ってどういう事だろう。いや、でも、そんな事より。


「あ、あのぉ……」


「あ、良かったぁ、やっと反応してくれた!」


「ど、どうして、そんなに泥だらけなんですか?」


「「……?」」


「――あ、ああ、足元が、すごいことになって」


「「……」」


 私に指摘されてお互いの足元を確認した2人は、まるで石像のようにピシっと固まってしまった。……あぁぁぁ、また私、余計な事言っちゃったかなぁ。


 同い年くらいの女の子に話しかけられるなんて初めての経験だったし、何より私が引け目を感じなくてもいいくらいの容姿の子と話せたことが嬉しくて、つい返答より先に気になることを言ってしまった。意図せず直前まで感じていた緊張から解放されたということもあって、私って本当にバカだ。


「あ、あぁぁぁでもでもっ――その、()()()()()()()()()!」


「「……」」


「………あ(あぁぁぁぁぁぁぁ私のクソ野郎おぁぁぁぁぁ)」


 何が似合ってますよ、だ! 馬鹿じゃないの本当?! 相手が嫌がることをしちゃいけないってお母さんから言われなかったの? そんなんだから1人も友達できたことないんだよこのクソ陰キャ!!!


「あ、あぁ……あわわ」


 言えっ! 早く! 言い間違えでしたって! 訂正しないと!!!


「じょ、じょうだ「あのぉ、すみません」――はぇ?」


 何、今度はなんなの?!


 なんでまた知らない女の子に話しかけられてるの私は?! しかもまた不細工だし(お前が言うな)! 


「わ、わわ私っ…宮越 唯って言いますです! こ、この学校に会いたい人がいてっ」


 明らかに私より年下。見たことのない制服。いや本当に誰なんだ君はぁぁぁ!!!


「え、えぇっと――一旦ちょっと待ってもらってもいいですか」


「あ、はいっ。そうですよね、やっぱり私なんかに話しかけられて迷惑ですよね……すみません」


「うにゅあ」


 や、やめ、止めて! そんなに悲しそうな顔をしないで! その顔は私のトラウマを呼び起こすから! 全然迷惑だなんて思ってないから! こんなタイミングでさえなければ何時間でも話すから! いえむしろお話させて下さい!


「ち、違うんです! 全然迷惑じゃないです! 私ってば本当に不器用で不細工でポンコツでっ――」


「いえそんなっ?! 私の方が不細工ですしっ! 全然可愛くなくて、心も弱くて、だからいつもお姉ちゃんやお母さんに迷惑かけちゃって――」


「――――(声にならない声)!!!」


 何なのこれはっ、本当に。


 お互いの姿を見て固まる姉妹。


 目の端に涙を浮かべる他校の女の子。


 そして何も上手くいかない現状に情緒不安定になる私。


 時刻はとっくに朝礼の時間を超過し、このまま登校しても変に悪目立ちすること間違い無しだろう。いや、ただでさえ引きこもりで不登校だった私なんだ。きっと気持ちの悪い奴が来たって皆から白い眼を向けられてしまうことになるんだろう。


 ――あぁ、そもそも存在を無視されて終わりか。はは。


「――お姉ちゃん、なんで泣きそうになってるの?」

 

 結局、これが私の人生か。


「誰かに嫌なことでも言われたの?」


 顔が悪い。頭が悪い。性格がきもい。口下手。ド陰キャ。


 自虐する話題に事欠かない、ゴキブリ以下の人間。


「ぽぇ」


「変な妄想してる時の茜お姉ちゃんみたい」


 今朝、学校へ行く支度をする私を見て固まっていたお母さんには申し訳ないけれど、ここが私の限界みたいだ。まあ、引きこもっていた方がマシだという過去の私の考えが、やっと今日証明されたというだけのことだから、もうそれでいいか。


「おーい」


 永見 志穂という魅力皆無の少女が、叶いもしない希望に縋って、あの時気紛れで起きた出会いを運命だと思い込んで、勝手に興奮して――本当に惨めで救いようがない「ねぇ、そんなことよりのぞみはどこ?」


 ――――ぇ、何、この子


「あれ、え、誰、えぇっ?! いつの間に?!!」


「いつの間にじゃないよ、ずっといた」


 地面にしゃがみこんで、私の事をじっと眺めている。

 嘘、全然気付かなかった。


「あぇ…本当に、誰、ですか?」


「朝原 双葉」


 小学生? 明らかに年下。どうしてこんな所に……


「ふーっていうよ、よろしくね!」


「――――」


 あぁ、この子も不細工だ。






【補足】

今から5年前、当時小学2年生の新木 玲奈が起こしたプロポーズ事件の詳細を知るのは、当時現場にいたクラスメイトと、男子生徒を避難させていたクラスの担任。そして厳格な校長と教頭、黒服のみです。


実は事件の詳細を知った校長先生から早々に口外禁止令が出され、あの事件は終わりになったはずでした。


間違っても頭に血が上って、ついうっかり言ってしまったなんて言い訳が許される事柄ではありません。ましてや当事者。


そして何より重要なのが、あの時異変を感じて現場に途中出場した篠田 香織と山城 瑞稀は、実は事件の詳細を一切知らなかったということです。

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