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ニチジョウ……にちじょう→日常



 ――もしも1度だけ過去に戻れるのならば



 そんなありきたりな話題で盛り上がっているテレビのコメンテーター達を見て、過去どころか世界を跨いで人生をやり直している最中の私は、なんとも言えない気持ちになってしまう。


『私は絶対高校生の頃! あの時同じクラスにいた〇〇君に告白してればもしかしたらって、ずっと後悔してるんです!』


『あ~……それね。私も経験あるなぁ』


『告白できても付き合える可能性が上がるわけじゃないですけどね☆』


『大学も適当な所じゃなくて御三家の竜胆にでも行ってればきっと……あ゛あ゛ぁ゛ぁぁ』


『ムリムリ、あの大学の学費いくらか知ってるの?』


『そうですよぉ、まあ私は白百合大卒ですけど☆』


『『………』』



 現在若者を中心に世間から絶大な支持を得ている(らしい)若手アイドル(でも顔が少し……)に2人の女性が掴みかかったところで別の番組にチャンネルを変更した。


 前の席で朝食を食べている母から「あぁ……」と情けない声が聞こえるが、朝からあんなカロリーの高いものを見せないでほしい。胃もたれする。


「……」


 家を出る時間も迫っているので、手早く目の前の目玉焼きを口に入れて席を立つ。


「あ、のぞみ! クリーニングに出してた()()は居間に置いてあるから!」


「うん」



 制服、と聞いて察しのいい人間ならば気付いたのではないだろうか。


 詳しく話すととっっっても長くなるので敢えて割愛させてもらうが、まあ、要は私が中学生になった――と、言ってみれば、ただそれだけのことだ。


 男女の貞操観念が逆転したこの世界に転生してから、およそ12年もの月日が流れたということになる。


 長いような、短いような。


 あの激動の小学生時代を乗り越えてもう6年の辛抱だと思えば、少しは気も楽になるのだけれど。


 言われた通り居間に向かい、ハンガーにかけられている皺ひとつない制服に嫌々袖を通す。


 あの頃から多少は身体も成長しているとはいえ、まだクラスの大半の女子には敵わない。高校生に上がるまでにどうなるのかは前世で既に知っているので、そこら辺は割り切っている。


 まあ、クラスメイトの視線が私の胸元や股間に向かう頻度が増えたことで、最近では最早このまま身体が成長しなければいいな、なんて思うこともあったりなかったり。


 一見気にしていない風を装いながらもチラチラと見てきて鼻の穴を膨らませているあの姿、心底気持ち悪いんだよなぁ……


「はぁ」


 思い返せば、読書を楽しんでいる時間以外は獣のような畜生共(女の子達)に振り回されてばかりの人生だった。


 あの公園で出会った山城さんを筆頭に、私が出会うのは一癖も二癖もあるような変異種(個性の子)ばかり。


 この世界の男性ならば泣いて許しを請うレベルの魔境だ(※ある意味正解)。


 それでも……一応、今日まで誰からも襲われることなく、まして身体を穢されることもなく生きてこれたのは、母を始めとしたその獣達のおかげだということも分かってはいるので、それが非常に言葉に困るのだけれど……


 まあ、取り敢えずはストレス過多な環境に精神崩壊を起こすこともなく、今まで通り淡々と人生を過ごしている私なのであった。


 ―――ピンポーン


「……また来たのかしら」


「……」


 けれど、社会の情勢というものは流石に無視できなくて。


「のぞみ、嫌だったらいつでも警察を呼ぶからね」


「まだ大丈夫」


「……そう」


 不服そうな顔をして玄関先に向かう母を見送る。


 リビングに設置されている大型テレビからは連日ニュースを賑わせている見慣れた定型文が表示され、朝から鬱屈としている私の気分をさらに憂鬱なものへと変えていく。


『増加する出生率に思わぬ落とし穴?! 我が国の男女比が1:4にまで拡大――』


 日に日に向上する人口受精技術。


 現代では出産時のリスクもなく、誰もが安心して子供を産める世の中になったのだが……そこには思わぬ欠陥が存在した。


 もったいぶる話でもないので簡潔に言うと、ズバリ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが判明したのだ。


 原因を究明しようとも、未だにその謎は深まるばかり。


 右肩上がりに増加し続ける人口を見て胸を撫で下ろしていたはずの国の上層部も、現在は沈痛な面持ちでマスコミからの質問に答えている。


 "誰もが男性と気軽に結婚することが出来る世界"、最早そんな甘っちょろい考えを夢見る女性はいない。


 限りある男性を巡って世界の均衡は今すぐにでも決壊するのではないかという国民の不安は尽きることなく、そして私はこのまま穏やかに生きていくことが出来るのかと……そんなことばかりを気にしていても仕方がないのだけれど。


『もう家には来ないでって何度も言ってるでしょ!』


 扉の外から母の声が聞こえてくる。


 小学校を卒業し、無事黒服さんからも解放された山城さんは今日も懲りずに私と一緒に登校しようと家を訪ねて来たようだった。


 あれだけ母に叱られてもなおインターホンを押せる度胸は流石だと思うが、それだけ強引でいても警察を呼ばれていないのは私のおかげだと理解しているのかどうなのか。


「はぁ」


 あのまま2人を放っておくと、永遠に登校できなくなってしまう。


 いつものように、頃合いを見計らって止めに入るとしようか。


『昨今の状況から、高校を卒業後も在宅での勤務を選択する男性が増え続け――』


 テレビを切って、テーブルの上に置いていた小説を手に持つ。


 重たい腰を何とか上げて、そうして私の変わらない(?)日常が今日もはじまるのだった。


◇◇◆


「正座」


「うん」


 場所は変わって、公立桜花中学校3階にある空き教室。


 この学校の制服に身を包み、精一杯の威嚇のつもりで声を低く指示する私に対して流れるような動作で正座する山城さん。


 掃除の行き届いていない床でスカートを汚すことに躊躇いを感じないのか……むしろ嬉しそうな表情で私を見上げる彼女に、思わず溜め息が漏れてしまう。


「朝、来ないでって何度も言った」


「ん、我慢した」


「……そう、ちなみにどれくらい?」


「5分も我慢できた」


 どやぁと褒めてほしそうに胸を張る山城さん。


 確かに制服姿の私をいち早く見たいと寝巻姿のまま家に突撃してきた4月の事を思えば成長したと言えなくもないのだけれど――結局来てしまったら意味がないだろうが。


「とにかく、いい加減にもう駄目だから」


「分かった」


「本当に分かってる?」


「大丈夫、迷惑かけない」


「……まぁ、そこまで言うなら」


「明日は6分我慢してみる」


「……」


 腹立たしいので頭に拳骨を落としておく。


 元々私は長文を喋るのが苦手なんだ。説教だってしたくない。


 毎度毎度、こんな茶番を行うことにも疲れているというのに。


 もういいや、取り敢えず今日はこのくらいで……


 ――ガラッ


「あ、のぞみくん! こんな所にいたんd――」


「……」


 突如として氷点下にまで下がった教室。


 現れたのはストーカー予備軍(篠田さん)


 はい、今日も世界大戦が勃発しました(他人事)


「のぞみくん、危ないよ。早くこっちに来て」


「……邪魔」


「いつもいつも、本当に最低ですね」


「うるさい、邪魔」


 ――あぁ、お腹が痛くなってきた。


「のぞみくん、今日はお勧めしてもらった本の感想を伝えに来たんだ。私と一緒に図書館でお話ししよ?」


「……」


「……」


 ぐぐぐぐぐg――――


「……あの、山城さん。服が伸びる」


「ちょっと、いい加減にしてください!」


「だからうるさい、どっかいけ」


「のぞみくんが嫌がってるのが見えないの? 貴方の方こそ消えて下さい!」



「……」


 とうとう言い争いを始めてしまった2人。


 私は2人の意識が逸れた瞬間を見逃さずに教室を脱出することに成功した。


「はぁ」



 本当に、いつまでこんな生活を続けなければいけないのだろう。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「望くんさえ良ければ、あの子の説得を手伝ってくれないかしら」


 場所は変わって、入学式の頃からお世話になっている心療内科の談話室。


 既に忘れている人も多いだろうが、あの妙にしつこいおじいさん先生(確か坂下先生だったかな?)の問診を終え、いつものように本を読んで母の迎えを待っている合間の事だった。


 お駄賃代わりの缶ジュースを持って私の真正面の席に座ったのは疲れた様子の女性。


 顔は驚くほど整っていて、一見すると20代半ばのようにも見えるこの幸薄そうな雰囲気の女性は、何を隠そう1児の母親である。


「体調自体はもう何の問題もないって太鼓判を押されているくらいなの。それでも本人は学校へは行きたくないの一点張りで……」


「………」


「ほら、あの子ってなかなか本音を言ってくれないから、私もどうしたらいいのか分からなくて」


 差し出されたカフェオレを飲みながら、思い浮かべるのは1人の少女。


「お願い、少しだけでもいいの。望くんの説得ならきっと――」


「……」


 困っているのは十分に伝わったが、面倒臭いことこの上ない。


 どうにかこの場を切り抜けられないだろうかと、そんな事を考えていた時のことだった。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突然扉が開かれたと思うと、聞こえてくるのは甲高い怒鳴り声。

 視界に映るのは思わず目を細めてしまう程に輝く金髪。彼女の顔の造形も相まって、まるで物語の世界から飛び出して来たのかと錯覚してしまう。


「ちょっと! 来てるなら教えてっていつも言ってるじゃない!!」


「あら、バレちゃった」


「……」


「お母さんは出て行って!」


 まあ、その中身は微塵も可愛げのあるものではなく、私がこの病院を訪れる度にうざ絡みしてくる場末のチンピラみたいな女の子なのだけれど。


 前回から2週間くらいの間が空いたから余計にうるさく感じる。


「それじゃあ、お母さんは先に車に戻って待ってるからね」


 小声で私に「お願い」とだけ呟いた母親は早々に席を立ち、温くなったカフェオレの缶を手に談話室から出て行ってしまった。まだそれ飲みかけなんだけど。


「「……」」


 そうして2人きりになった途端こちらを睨みつける金髪少女、矢沢さん。


 初めて会った時はあんなにおどおどしていたというのに、どうしてこんな狂犬じみた性格になってしまったのか。


 ジ――――――――――――――――


「……」


 言いたいことがあるのなら直接口にすればいいのに……私から何か謝罪の言葉でも聞きたいのだろうか?何も悪いことはしてないが。


 ジ――――――――――――


 何だろう。ひょっとして、私が矢沢さんのいないタイミングを狙って病院を訪れていることを根に持っているのだろうか。


 ジ―――――


 それとも、前々回に談話室で話しかけてくる彼女をフル無視して1冊本を読み切った事かな。


「ジ――――!!!」


「やっぱり自分で口に出すんだ」


「うっさい! そこは普通どうしたのって聞くところでしょバカ!!」


 面倒事に首を突っ込むのが大好きな小説の主人公とは違い、私は現実生活を穏やかに過ごしていたい派だ。なんでわざわざ生意気な子供の悩みを聞かなければいけないのか。


 祈るようにスマホを見る。母からの連絡はまだこない(早くきて)。


「私が学校へ行かないこと、さっきお母さんに告げ口されてたんでしょ」


「いや……」


 聞く気がない事を察してもらえない。嫌な顔でもしておくか。


「――ふんっ! 私だって別に、ただの我儘で行かないって言ってるわけじゃないわよ」


 腕を組んでそっぽを向きながらも、その顔の眉間には皺が寄っていることが分かる。


 我儘を言っている自覚はあるらしい。


「……でも、―――じゃない」


「……?」


 小声で何かを言われたが、うまく聞き取れなかった。


 本人はなぜかもじもじしているし、いつの間にかその顔はリンゴのように真っ赤だ。


「………」


 ―――あぁ、これは触れちゃいけないやつだな。


 確証はないけれど、これ以上話を聞くのは危険だと私の直感が言っている。彼女が言葉に詰まっている間に退散すべきだろう。


 善は急げと、トイレに行きたいと告げ彼女の横を通り抜けようと――ガシっ!


 ……あぁ、無理か。


「私が学校へ行ったら、もうアンタと会えなくなるじゃないのよこのバカアァァァァッッッ!!!!!!!」


 ―――耳元での慟哭、絶叫、咆哮……それは鼓膜を破る凶器(もの)


「お゛ぁ」


 ミミが――耳がないなった。


「なんでアンタはそんなに平気そうなのよ?! 私が元気になったらもうここで会えなくなるのよ?!!! 本当にバカなの?!!!」


「……」


 ―――駄目だ私、抑えろ。ここで面倒事が1つ減ってむしろ清々するなんて言ったら最後、間違いなく殺されることは誰にだってわかるじゃないか。


 頭痛を堪えながらもそう自分に言い聞かせている私の横で、それでも彼女は止まらない。


「なんで転校して一緒の学校に行こうって言ってくれないの?!!!! なんで昔みたいに優しくしてくれないの??!! なんで――」


 なんで、なんでと……彼女の訴えは止むことが無く。


 それから数十分して、やっと静かになったかと思えば‥‥今度は目の端に涙を溜めてこちらを見つめてくる。


 成程、どうやらこの少女は私の口から言質を取りたいらしい。


 なんて素直じゃないんだろう。これが反抗期というやつか(違わないけど違います)。


 ただ、そういうことならしょうがない。


 既に腕を掴まれている状況。逃げることは困難と諦めて、私も彼女へ向き直る。


「……」


「な、なによっ!」


 精一杯の虚勢を張りながら、それでも続く私の言葉が気になるのか、喉をごくりと鳴らしている。


 そんなに期待をしなくても、私の答えはシンプルだ。



「達者でね」



 ……いや、わざわざ自分から厄介事を抱え込むはずないだろう。


 私が初め彼女に優しく接したのも、雨の中で捨てられている野良猫を見た時の同情に近いものだし。既に元気になって、しかも飼い主の首元に平気で爪をかけてくるような化け猫に同じように接するなんてとても――


「……そう」


 あ、いつの間にか矢沢さんの目の奥のハイライトが消えている(確定演出)。


 これはマズいか? マズいな、死ぬのかな私。


「だったらもう、私も遠慮なんてしてあげないから」


「……」


「大体、アンタが私に優しくしてくれたのがいけないのよ」


「……」


 何だかとても理不尽な事を言われた気がする。


「優しくしておいて元気になったら放ったらかしにするなんて、許されるわけないでしょう?」


 反論したい、でもしない。殺されるから。


「……行くから」


 そうして、結局いつもこうなるのだ。




「桜花中学校、私も行く(転校)から」




 その選択を止める手段を、私は知らない。


「これからもよろしくね、のぞみくん?」


 見る人全てが底冷えするような微笑を携えて、彼女、矢沢 真央はそう言った。




 ――あぁ、これは詰んだな。





幼少期からの思いが募り、最早沼から抜け出せるはずもなく‥‥‥

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