20
なんだかんだ半年くらい書いている自分に驚いている今日この頃。
「むぐぅ……」
「ふも!」
「……」
時刻は19時、場所は北条家2階にある私の自室。
じめじめとした梅雨が明け徐々に気温も上がってきだした7月の初めだというのに、その空間は背筋が凍るような緊張感に包まれていた。
冷め切った瞳で床に転がる犯罪者共を見下ろしているのは当然私、北条 望。
前世の世界では高校2年生という若さでその生涯を終え、その後神様を自称する老女の粋な計らいにより、この世界で第2の人生を歩むことになった転生者である。
そんな私の視線から逃れるように顔を俯かせているのは、今日の夕方山城宅で最初にホットケーキを強請った姉妹の姉の方、名前は知らない。そしてなぜだか元気いっぱいに私の方を見つめながらふもふも言っているのはその妹になる。
現在2人は私が持ってきたロープで手足を拘束され、口にはタオルを巻かれて身体の自由を奪われている。
「むぐむむ、むむぅ」
「ふむふま! ふむま!!」
どちらも小学2年生の私より小さな体躯ということもあって、前世の住人にでも見られたら即警察に通報されるような犯罪的な絵面が出来上がってしまった。
けれど、今回不法侵入という大罪を犯したのこの2人の方だ。
私が山城宅から帰宅する際につけられていたのだろう、入ってきた書斎の窓ガラスの戸締りをしていなかったのもマズかった。
仕事部屋で寝落ちしていた母を起こさないよう静かにリビングに戻ってきた私の裾を掴んで、厚かましくもお腹が空いたとご飯を要求してきたこの馬鹿(※妹の方)と、これがいるなら姉の方も隠れているはずだと書斎に戻ってきた私の前で今まさに侵入しようとしていた馬鹿(※姉の方)を見つけた時は、本当に肝が冷える思いだった。
不幸中の幸いだったのは自身が犯罪行為を犯している自覚があった姉と、自分がロープでぐるぐる巻きにされている状況を何かの遊びだと勘違いしていた妹が特に暴れることもなく拘束されたことだろう。
とはいえ、流石に無断でここまで侵入してきたことは見過ごせない。
一瞬、本気で警察に通報しようとも思ったのだけれど、それは彼女達の目的が私を襲うことではないとその目から理解できたので止めておいた。
ただ、このまま何事もなく帰したとして彼女達が本気で反省してくれるかは分からない。
お咎めがなかったことに味を占めて再び同じような行為を行ってしまう可能性がある以上、何かしらの罰を与えなければ駄目だろう。
――けれど、その前に
いつまでもこの状態でいては話が進まない。
取り敢えずはなぜこんなことしてしまったのか、2人に詳しい事情を聞いてから判断することにしよう。
「だから、今から口のタオルだけ外す」
「ふむ」
「ふま!」
「……姉の方だけ外す」
「ふまっ?!」
妹の方は話が通じないタイプだと私の直感が言っているので止めた。
幼いとはいえ、姉の方にはまだ知性を感じる。この子なら会話もできるだろう。
「………ぷぁっ……あっ、ありが――ごめんなさぃ」
「……」
ありがごめんなさいってなんだ。
「あ、あの……妹は悪くないです。私が付いて行こうって言って――」
そのまま放っておくと永遠と言い訳を語ろうとするので、私の質問にだけ答えるよう伝えた。
「――っあ、ごめんなさいぃ」
「……」
取り敢えず……君達が何者で、なんの目的でここまで来たのかが知りたい。
「わ、私は杉浦 芽衣って言います。妹は美衣です」
「ふまぁ!!!!」
「……」
「もく、てき……目的は、えぇと」
「……?」
きゅるるるるるるるるる――――×2
「……お、ぉなかが……すいてて」
「……」
「ごはん、ほしかったからぁ」
「ふも!!!」
「……」
改めて床に転がる2人のことを観察する。
興味がないので気付かない振りをしていたが、どちらも糸がほつれたうえに汚れが目立つ服を着ていて、所々固まった髪や異臭のする肌が汚い。
どこかのひょっとこといい勝負だと思っていたが、やはり彼女達も厄介な事情を抱えているようだった。
そもそも、妹の方はホットケーキを手掴みで食べていたくらいだし。
聞かれたくないことかもしれないが、大事な事なので一応聞いておく。
「母親は?」
「……分からない、帰ってこないの」
「……」
「玄関に置かれてたお金もなくなちゃって、ごはんが買えなくて……」
成程、最悪だ。
「わ゛っ、わたし……どうした゛ら゛いいんだろぉ……」
「……」
「たすけ゛でって、言ったのにぃ……」
「……」
本当に、最低の気分だ。
そうか、この子が大人びて見えたのはそのせいか。
「わ゛たじた゛ち゛、どうな゛っちゃう゛んだろぉ……」
自分よりも小さな妹を守るために、今日まで必死に頑張ってきたのだろう。
「ごめんな゛ざいぃ、ごめ゛ん゛な゛さぃぃ!」
頼れる大人も近くにいなくて――だから、自分が大人になるしかなかったのだ。
「ごめん゛な゛ざぃ゛ぃ……」
小さな背中をみせながら、涙で床を濡らすその姿はあまりに痛々しくて。
「ふも」
「……」
君ならなんとかできるのか?
「ふも!」
「……そう」
ロープを外す。勿論タオルも。
「ぷぁっ……ありがと!」
「……」
彼女達が勝手に家に入ってきたこと、完全に許したわけではない。
――ただ、情状酌量の余地は十分にあると判断した。
なにより
「ねぇちゃ、いいこ」
守られていたはずの妹が……俯く姉の耳元で、頭を撫でて、言葉をかける。
小さな腕で、抱きしめて。
泣かないように、折れないようにと。
「いいこ、いいこ」
「……」
そんな2人の姿を前にして、私はもう怒る気になどなれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、泣き止んだ杉浦姉の方から改めて詳しい事情を聞いた。
そうして分かったのは、現状彼女達が置かれている状況がとても子供の私などでは解決できるものではない――ということ。
曰く、杉浦姉妹が住んでいるのは現在山城親子が住んでいるアパートのの3つ隣の部屋。まだ幼い彼女達では当然ゴミ出しのやり方すら分かるはずもなく、室内は一部足場の踏み場もないほどのゴミ屋敷になっている。
曰く、元々ネグレクト気味で普段のご飯すらまともに用意しなかった母親がもう1ヵ月以上も姿を見せておらず、手切れ金のように置かれていた僅かばかりのお金とインスタントの味噌汁や台所の棚に入っていた駄菓子で空腹を誤魔化していた。
曰く、そんな家庭で生まれ育ってきた彼女達なので、幼稚園はおろか小学校にすら通うこともなく(そもそも存在を知らなかったらしい……)、というか現在の自分達の年齢すら曖昧で、基本的にはアパートの中でひっそりと暮らしていた。深夜の人気がない時間帯には2人で散歩をすることもあったみたいだけれど。
曰く――――――――――――――――
曰く――――――――
――――――――
――――
「……」
不謹慎ながら、よくそれで今日まで生きてこれたなと……そう思ってしまうくらいには悲惨な環境にいた彼女達を凄いと思うと同時にドン引きした。
そうか、そんな母親が実在するのか――世界は嫌な意味で広かったらしい。
姉妹を置いて消えてしまった母親。
万が一にも帰ってくる可能性は0ではないが、仮に帰ってきたところで姉妹の現状が良くなるとは思えない。そちらは期待しない方がいいだろう。
「あ、あのぅ……」
かといって、この姉妹の面倒をこのまま北条家で見てあげることなど出来るはずもない。そんなことをすれば母が発狂すること間違い無しだし、何より私が嫌だ。
「……うぅぅ、無視されたぁ」
とはいえ今日はもう遅い。既に外も暗くなっている中、この姉妹をここで外に放り出すわけにもいかない。
私も疲れて頭が働かないのだし、面倒な事は明日考えるとしよう。
「……さて」
というわけで、取り敢えず2人にはお風呂に入ってもらいたいのだけれど。
「う゛え゛ぇぇぇ……」
「ねぇちゃ!」
なんで泣いているのだろう。
「だっでぇぇ、無゛視じだがら゛あぁぁぁ!!!!」
「ねぇちゃをいじめちゃだめっ!!」
「……」
そうか、所でそれ以上うるさくするなら問答無用で外に放りだすけど(鬼畜)。
「「……」」
大人しくなった姉妹を再度ロープで縛り、私はお風呂掃除をするために部屋を出ることにする。
――あぁ、その前に
「部屋の本に少しでも触れたら本気で怒るから」
「「ふまぁ」」
これでも同情はしている、本当に。
◇■■▢▢
「あがった!」
「……」
台所で料理をしていた私の目の前に、生まれたままの姿で杉浦妹が現れる。
手に持っているタオルの用途を知らないのか、それとも真正の馬鹿なのか。身体や髪はビショビショに濡れていて、直ぐ近くの仕事部屋では母が熟睡しているから静かにするようにとの私の注意も一瞬で忘れてしまったらしい。
「みーちゃんおなかすいた! ごはん食べたい!!」
「……」
駄目だ、手に持っている包丁は食材を切るためのもの。
理性を失っては山城何某のような畜生になってしまう。それだけは駄目だ、私。
「取り敢えず、まずは身体を拭い「あ゛あ゛あぁぁぁぁ!!!」」
「……」
「あ、ねぇちゃ」
「あ、じゃないでしょぉ!!! 私が出るまでいい子で待ってなさいって言ったじゃないぃ!」
「だってねぇちゃがおそいんだもん!!」
「だってじゃない! お風呂なんて次いつ入れるか分からないんだからしょうがないでしょぉ!」
「みーちゃんしらないもん! おなかすいたもん!」
「もうこの子はあぁあ!!!」
「外出る?」
「「……」」
◇◇◆◆▢
「冷蔵庫にあるもので適当に作ったから味の期待はやめて」
「「うわぁ!」」
PM 20:00
場所は再び私の自室。
流石に作り上げた料理をそのままリビングで食べるのは危険と判断したため、ここで静かに食べることにした。
言葉の通り、本当に適当に作ったので用意できたのは豚バラとキャベツの炒め物に解凍した冷凍のごはん。
味噌汁なんて気の利いたものはない。たったそれだけの食卓。
くきゅるるるるるるるる―――― ×2
「ねぇちゃ、ねぇちゃっ! これ食べていいのっ!?」
「分からない。でもお願いしたらひょっとして……」
そんな目で見なくても、私はいらないから好きに食べてもらって構わない。
「ぜんぶ? これぜんぶみーちゃんが食べてもいいのっ?!」
「待ちなさいぃ! お姉ちゃんの分もあるんだからぁ!!」
「……」
「うまぁ!」
「おいしぃ」
「……」
「あったかいね、ねぇちゃ!」
「だねぇ」
「……」
本当に騒がしい姉妹だな。ご飯くらい静かに食べられないものなのか。
まあ、こんなに簡単な料理でもそんなに喜んでくれるのなら作った甲斐はあったと思うのだけれど。
静かにしてとたった数分前に言った私の注意なんて聞きもしないのだから。
「ねぇねぇ、なんでいっしょに食べないの?」
「ごめんなさぃ、もう全然残ってないけど……おにぃさんも一緒に」
「いらない」
変な気を使わなくてもいい。そもそも今日は晩ご飯を食べるつもりはなかったのだ。
「むぅ……みーちゃんがぜんぶ食べちゃうよ?」
「この子はほんとに食べるつもりですよぉ。あわわわ……」
――そんなへたくそな演技をしなくてもいい。本当に大丈夫だから。
それよりも早く食べてしまってほしい。
私は一刻も早く寝たいのだ。
「いっしょにねていいの?」
「こっ、ここここここの部屋でですぅっ?!」
当然また縛るけど。
目の届く範囲にいてもらわないと私が安心できない。
流石に口を縛ることはしないけど、それでもうるさくしたら今度こそ外に出すからそのつもりで。
「やった! やったぁ!!」
「夢なら覚めないでぇぇぇぇ!!!!!」
「やっぱり口も縛った方が……」
「「……」」
◇◇◇▢▢
「ねぇちゃ、ねぇちゃ」
「……ううぅん」
「ねぇちゃ、おきてる?」
「起きてるけどぉ、なあに?」
「みーちゃんね、決めたの」
「決めたって……なにを?」
「みーちゃんね、ここのいえの子になりたい」
「……」
「だからね、ねぇちゃもいっしょにくらそ!」
「そうだねぇ……」
「みーちゃんたくさんお手伝いするよ。いい子にしてたらいっしょにいてくれるよね?」
「おにぃさん、優しいもんねぇ」
「うん、みーちゃんだいすきだよ!」
「……私も」
「ねぇちゃもなんだ! おそろいだね!」
「そうだね、幸せだねぇ」
「あとね、あとねっ――」
――――――――――――――――
――――――――
――――
「……」
「……」
「みーちゃん?」
「……」
「あぁ、寝ちゃったかぁ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「私も」
「……」
「ずっと、一緒に居たいなぁ」
「……」
「なんだろうねぇ、この気持ち」
「……」
「おやすみなさい」
貴方が教えてくれた事。




