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つかれた‥‥



 『拝啓』



 前世にて、さよならの言葉もないままに別れることになってしまった両親、そして弟へ。


 お元気ですか?


 私は当然元気です。


 え、死んだのに元気なのはおかしいじゃないかって?


 大丈夫です。死後に出会った神様(綺麗なおばあさんでした)の粋な計らいで、こちらの世界にて新しく生を受けることができました。


 まあ、そちらの世界で死んでしまったことに変わりはないのですが……


 そうそう、こちらの世界について少しだけ話しておこうと思います。


 といっても、小説の中の物語のように大きなドラゴンがいたり、急に魔法が使えるようになった、といったことはないです。というかファンタジーな要素は皆無です、ほとんど地球と同じです(ごみカスですね)。


 文明的にあまりにもそちらの世界との違いがなかったので、こちらの世界に転生した当初はだいぶ混乱してしまいました。


 ですが、人間誰しも慣れるもの。


 混乱はすぐに収まり、そちらの世界とおよそ同等の文明を築いているこちらの世界でも、私は以前と変わらず、日がな一日本を読んでいます。


 家に籠る私と弟を外へ連れ出そうと躍起になっていたあの頃の貴方達との争いの日々が懐かしいですね。


 幸い今世の母親は私が家に籠る事には特に何も言わず、むしろ喜んでいる節すらあります。


 家には私のためにと母が急遽増築して、立派な書斎も造られました(母のドヤ顔が腹立ちました)。


 そちらの世界ではろくに親孝行もできずに死んでしまった私ですが、こちらの世界ではちゃんと親孝行をしたいと思っています。


 後は、そうだな――


 いや、今のところは特にないかな。


 というわけで、ずいぶんと短い文章になりましたが、何はともあれ私が元気に生きていることは伝わったかと思います。


 そちらの世界と同様に、いつ死んでしまうとも分からない人生ですが、こちらの世界ではおじいちゃんになるまで強かに生きていこうと思っています。


 なので私の事は心配しないで、皆もどうかお元気で。


 いつか天国で会いましょう。



 敬具






 P.S


 書き終わってから気づいたのですが、こちらの世界がそちらと大きく違っている点を書き忘れていました。


 といっても、そんなに重要なことではないのですが。


 そちらの世界との違い――それは、何といっても男女の貞操観念が逆ということです。


 なんとこちらの世界では男女比が大きく偏っていて、それは私が現在暮らしている国でも同様のようなんです。


 そのせいか、こちらの世界では女性による男性へのセクハラや痴漢被害が桁違いに多く、男性はもっぱら襲われる対象みたいです(この世界に弟が転生していたら絶対発狂してますね)。


 まあ、この世界に再び男として転生した私にも他人事とはいえないので、気を付けます。


 というわけで、最後に若干の不安要素を伝えてしまった気もしますが、これでほんとに終わりです。


 それでは。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「……」


 前世の家族に向けた手紙を書き終えた私は、若干の疲れを感じ、少し目をつむる。


 半開きにした窓からは春の暖かなそよ風が吹いていて、近くの木々がサラサラと鳴る音が耳に心地いい。


 時刻は午前11時。


 やわらかな日差しが照らす書斎の中で、私は何を思い立ったのか……気づけばペンを取っていて、このような手紙を書いてしまっていた。


 最後まで書いてしまっても、届くはずはないのだけれど。


「……眠い」


 話は変わって、私がこの世界に転生してから早12年。


 現在は中学1年生として市内の公立中学校へと進学してから数日が経過している。


 そう。一概に転生といってもどの時点からというのは全く気にしていなかったのだが、私の第二の人生は赤ん坊として生まれるところからスタートした。


 前世において碌に人生を生きられなかった私としては、はじめからやり直せることを喜ぶべきかどうなのか。


 まあ、少なくとも前世の記憶を有した状態で赤ん坊から始めることは思いのほか苦行であったと言っておこう。


 実際、本当に大変だったのだ。


 意識ははっきりとしているのに自由に動くことができないもどかしさ。下の世話を他人に任せるしかない羞恥心、無意識的にあふれ出てくる涙。


 そして、母親からの授乳。


 あれはもう、この世界に転生した事を軽く絶望するくらいにはショックな出来事だった。


 なんでこの精神年齢でこんなことをさせられるのかと、半年くらいからは断固として粉ミルクしか口に入れなかった私をどうか責めないでほしい。


 ただ、突然授乳を拒否されるようになった母は当時大泣きしていて……それは素直に申し訳ないと思っている。


 どうせなら前世の記憶もなくしてくれと思ったりもしたのだが、まあ今では忘れないでいて良かったと思う。


 ただ、もし次転生があるとしたらもう二度と赤ん坊から始めたくはない。


 これは絶対に。


 そんなこんなで涙ぐましい努力と自制心の下でなんとか幼少期を過ごしてきた私なのだが、そういえばこの世界に違和感を感じたのもこの頃だったか。


 きっかけは確か、テレビだった気がする。


『〇〇時〇〇分頃、〇〇駅ホームにて男性専用車両を待っていた高校男子生徒が、同じく後ろで電車を待っていた女性に襲われたとのことです。女性は男性に扮した格好をしていて、異常に気付いた周囲の人々により取り押さえられたらしいのですが――』


『依然として増加のみられない男性の出生数、広がる男女比、〇〇国では既に男女比が1:5まで広がってしまったと――』


『こうした事態に向けて、国会では男性保護法の改正を――』


 当時なんとなしに流れていたニュースを見ていたのだが、その内容には違和感しかなかった。


 頭に?を浮かべて動揺している私をよそに、夕ご飯の準備をすすめていた母は台所からテレビを流し見て「物騒よねぇ」なんて、私を心配げに見ていた。


 いや、それよりも言うべきことはないのかと思ったのだが、ここにきて私はこの世界の事をあまりにも知らなすぎることに気が付いた。


 そういえば生まれてからこれまで、私は基本的に家から出たことがない。


 赤ん坊の頃は別として、一人で立てるようになった時からは元来の性格もあってずっと家で本を読んで過ごしていた。


 母の方も私を幼稚園に預けるでもなく、どうやら在宅でできる仕事を主にしているようで、私を外に連れて行こうなんて言ってくることもなかった。


 稀に会社へ行く時にはわざわざ遠方の田舎に住んでいるというお祖母さんを呼んで私の面倒をみるよう頼んでいたな。


 この世界に生まれてからこれまで、家の中にある家具や母が使っていたスマートフォンを確認して前世と似たような世界かと高を括っていただけに、この時抱いた衝撃は思いのほか大きなものだった。


 そうして、気付いたのだ。


 もしもこの世界がニュースで放送されているように、男女比にかなりの差があるのだとしたら。


 男性が少ないというこの世界で、けれどこうして私を生んで、今も1人で私を育ててくれる母は――


「………」


 頭に浮かんだ疑問をこのまま溜め込むことは良くないと思い、意を決して母に聞いてみることにした。


 すなわち


「おとーさんはいないの?」


 できるだけ、この年くらいの子供が言っていても違和感のない話し方で。


「……」


 今まで聞くことはタブーだと思っていた父親の存在。


 家に遺影のようなものが見当たらなかったことから、この話題は母に対して決してしまいと思っていたのだが。


「……」


 胸がどきどきと鳴っている。


 この話題で母を傷つけることにならないといいなと思いながら。


 けれど、対して母からの返答はあっけないもので。


「え、お父さん? いやいやいやいやないないない。沢山綺麗な女の人がいるのにわざわざ私みたいなのを選ぶ男の人なんていないわよ。だから人工授精をしたんだし」


「………」


 告げられた答えは半ば予想していたものだった。


 ()()()()。まあ、男が少ない中で人口を維持していくにはそちらの方面が発展していないと文字通り国家の危機か。


 聞けばうち以外にも片親で子供を育てるなんて当たり前、両親が揃っている家庭なんて全国的にも少数みたいだ。


 それは男女比の他にも理由があって、この世界の男性は本能的に女性に忌避感を抱いており、前世風にいうのならいわゆる()()()()()が大半を占めている、と。


 満20歳で成人を迎えてからは最低限、一定の搾精義務は求められるものの、結婚を強制されるわけでもないため、基本的には家庭に入るという選択をする男性は少ないらしい。


 まあニュースでもあったような被害を幼い頃から目にしていたら、そうなるのも自然ではあるか。


 私が前世の記憶を持っているという例外なだけで、仮に記憶無しで転生していたら同じようになっていたことだろう。


 しかし、そうであれば少しだけ同情してしまうな。


 今世の母は別にとびきりの美人……というわけでもないのだが、顔は比較的整っている方だと思う。


 肩まで伸ばしているストレートの黒髪に、30歳を目前にしていまだハリのある肌。


 一見すると緊張感を抱いてしまうキリっとした目つきも、デキる女性な感じがしていいと思う。


 けれど本人はよく自分の容姿を卑下していて、「私みたいな…」が口癖のようになっているのだけれど……今にして思えば、女性が多いからだったのかもしれない。


「………」


 けれど、であればこの世界でいてなお男性に選ばれる女性というのはどのくらいの高スペックなのだろうか。少しだけ興味があるな。


 ――いや。


 まあ、結局私が家から出ないことに変わりはない。


 母にしてもその方が安心できるだろうし、私も家で本が読めるのならそれで満足だった。


 だった、のだけれど――


「そういえば、もうすぐ小学校が始まるわね」


「……」


 ――――行きたくないぁ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「――!」




 ……なんだろう。




「―――」




 どこからか、声が聞こえるような。




「――――み」




「……あ」




「のぞ――ってあれ、起きた?」


「……」


「随分熟睡してたわね。お昼ご飯ができたのに全然来ないんだから」


 そう言って私を心配そうに見ている母をぼんやりとした頭で眺めていた私は――ああ、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。


 春の陽気がそうさせたのか、壁に掛けてあるデジタル時計には13時と表示されている。


 少し目を閉じるだけのつもりだったのに2時間も熟睡していたとは……


 いつも12時ピッタリにお昼ご飯を作ってくれる母に申し訳なかったな。書斎で気持ちよさそうに寝ている私を起こしずらくて、ここまで待ってくれていたのだろう。



「それとあの子、また来てたわよ」



「……」


 穏やかな声音から一変。複雑な表情で私にそう告げる母に、再び申し訳なく感じてしまう。


 そうか、あの子は今日も来ていたのか。


 小学生の頃に少し世話を焼いただけだと思っていたのだが、なぜだか随分と懐かれてしまった。


 善意が故の結果だとて、危機感の少ない息子が同年代の女の子と関りを持つことは母にとってあまり好ましいことではないか。


 束縛――とまではいかないが、まだまだ息子を一人占めしていたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。


 ただでさえ男性の少ないこの世界、その思いはひとしおだろう。



「ひとまずご飯にしましょう! 今日のお昼はのぞみの好きな鯖の味噌煮だから」



 そう言って私の手を引く母は、心なしかいつもよりも強く私の手を握っている気がした。




◇◆◇◆◇




「……やっぱりいた」




 少し遅めのお昼ご飯を食べ終えて――


 仕事部屋へと戻った母を確認した後、私は書斎にある大きな窓を静かに開け、ひっそり庭へと飛び出した。


 私が現在住んでいるのは若くして母が一括で購入したという戸建ての一軒屋で、家をぐるっと囲む形で庭が広がっている。


 庭の範囲はそこまで広くはなくて……その庭を過ぎた先、家の裏手には小さな山がそびえている。


 小さいとは言っても山としては、という意味で、子供の私には見上げるほどの大きさだ。


 足早に庭の外へと駆け出した私は、その山の中へと躊躇いなく進んでいく。


 道に迷うことはない。長年足で踏みしめられたその道は、既に出口までの一本道を示してくれている。


 そうして、山の側面にぐるっと沿う形で足を進めていた私は、やがて目的の場所へとたどり着いた。


 少し大きな木々を抜けた先、私が到着したのは市内にある寂れた公園の裏側だ。


 公園とはいっても、遊具なんて一つもない。


 ただベンチが一つあるだけの、それ以外には本当に何もない、黒いフェンスに囲まれた空間。


 人が住んでいるのかも怪しい住宅街の片隅にひっそりとあるその公園には、私の予想通り、既に先客がいた。


「――っ!」


 何をするでもなく一人でベンチに座っていた彼女は、後ろから聞こえた私の声にバッと音がしそうなくらいの勢いで振り返ると、無言ながらもわずかに口角を上げた。


 腰まで伸びている透き通るような黒髪に、薄く開かれた目から覗くのは薄水色の瞳。肌にはニキビ一つなく、彼女曰くスキンケアなど一度もしたことがないという陶磁器のような肌。


 ただ座っているだけなのに大和撫子然とした気品を漂わせ、10人中10人が美人だと評するような顔の彼女、山城 瑞稀(やましろ みずき)は、公園の入口へと周って中に入ってくる私を見つめたまま、彼女のとなり、ベンチの空いているスペースをぺちぺちと叩いてきた。


「……」


 まあ、ここに座れということだろうが、今日はいい加減に言ってやらなければ。


 今日は平日、隔日に休みが設けられている男子とは違い、彼女は普通に学校があるはずなんだけど。


「学校は「休んだ」――そう」


 そんな迷いのない顔で言うべき言葉ではないと思う。


 いや、それよりも。


「家に来ちゃダメって伝えたと思うんだけど」


「やだ」


「いや、母さんが心配するから」


「やだ」


「せめて学校に――」


「やだ」


「……」



 ――――はぁ


「やだ」じゃないが。


 言葉少なに私の説得を聞きもしない彼女は、先程からずっとベンチをぺちぺちと叩いている。


 だが今日の私はいつものように流されないと決めたのだ、絶対に座らない。


 しかし、であればどうすべきか……


 まあ、そもそもこんな感じで彼女が私に対して遠慮がなくなってきたのは私の方にも責任があるというか――でも、間違ったことをしたとは思っていないのだけれど。


「――――っ」


「……む」


 私が立ったまま動かないことに焦れた彼女は立ち上がって私の服の袖をつかもうとするが――腕を上げて回避する。


「………うぅ」


 避けられたことで悲しそうな顔をする彼女に対して前世の弟の姿を重ねてしまい、少しだけ罪悪感が湧いてくるが――今日という今日はダメだ。


「とにかく、今後は勝手に家に来ちゃダメだから。……じゃあ、また明日学校で」


 なるべく彼女の顔を見ないようにそう告げた私はそのまま公園を後にした。






 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。








本文中で書いてなかったので‥‥‥


主人公:北条(ほうじょう) (のぞみ)

基本的に無口な性格(作者が会話を書くのが苦手な為)。

本を読むことが何よりも好きで、本があればあるだけ家に籠る。

この世界が貞操観念逆転していることを理解はしているが、前世の感覚が抜けきれず、いまだ危機感は薄い模様。

この世界の女性の美醜が逆転していることに関しては普通に気付いていない。

本人的には「人間なんて一皮むけば皆同じ」という考えで、気付いたところで‥‥ではある。


主人公の母親:北条(ほうじょう) 由紀(ゆき)

主人公が整っていると評する彼女だが、美醜が逆転しているこの世界ではクラスで最後から数えた方がいいくらいの顔面。

主人公を生んだことで一生分の運を使い果たしたと思っており、できればこのまま2人で暮らしていきたいと考えている。あわよくば■■■■■■■■‥‥‥


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― 新着の感想 ―
これはお母さんとしてしまうという高度なプレイをするということでは!?
[一言] あ、お、お母さぁぁん!!笑
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