10
エベレストアスパラガスカカオ。
むかーしむかしあるところに、とても綺麗な女の子(30代半ば)がいました。
その女の子(四捨五入したら40)は町でも一番の美人だと評判で、幼い頃から彼女を気にかける男の子の数は片手では足りないほどでした。
男女比が1:3の、男性が極端に少ない世界でそうなのですから、町の女性たちは彼女を羨望と嫉妬の籠った眼差しで見つめることもしばしば。
けれど、そんな女性たちの感情など露知らず、女の子はいつだって、誰に対しても寛容で、優しく、気遣いの出来る素敵な女性(35歳)へと成長していきました。
いつしか、そんな彼女の噂は国中に広がるまでに膨れ上がり……
ある時、その噂を聞きつけたその国一番の美男と言われる素敵な男性から告白をされるのでした。
その告白に大層喜んだ女の子 (おばさん)は即答で返事を返し……そうして、2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「ふふ。我ながら、なんとも気持ちの悪い」
カスみたいな妄想終わって。
ここはとある国の、とある市内。
なんてことはない……町の片隅にひっそりとある、おんぼろ施設の物語。
「うん、今日も気持ちのいい朝ね」
早朝。いつもの習慣で6時に目覚めた私はカーテンを勢い良く開けて、窓から差し込む朝の光を全身で浴びる。
「……んぅぅぅぅっ」
天気のいい日は最高だ。
こうして少しの間でも光を感じるだけで、心の中の憂鬱な気持ちなんて綺麗さっぱりと消し去ってくれる。
この時間があるかないかで、私のその日のコンディションが絶不調から絶好調に変わるくらいには重要な習慣。だから雨の日なんかは大変だ。心が沈みすぎてものすごく死にたくなるもの。
「って、だめだめ」
マイナスな思考は厳禁、子供たちの前では笑顔でいなきゃ。
「笑顔、笑顔」
あぁ、けれど……お天道様。
叶うのならば、私の気分だけでなく、もっとこう……直接的に、物理的なことでさえも手助けしてくれないものでしょうか。
「……」
例えばそう。今、目の前に見える雑草の生い茂った見事な庭のことも……なんて。
「うん、私には何も見えない」
まったく、これっぽちも。
「後回しとは言わないでくれたまえ。助手君(空想)」
だって時間がないんだもん。
「急げ、急げ~」
そうして面倒なことを華麗に後回しにした私は、それからすぐに着替えを済ませ、朝の支度を始める。
洗顔に歯磨き、本当は朝シャワーを浴びたい気持ちもあるけれど……
「おはよぉ、せんせ」
「おはよっ!」
足元から聞こえてくる元気な声に、あぁ、今日も一日が始まるのだと実感する。
「まったく、今日も貴方達は早いわね。折角の土曜日なんだからもっとゆっくり寝ててもいいのに」
「だって、おなかがすいたから」
「ウチもねっ、おなかがグ~って鳴るの!」
「ふふっ、なにそれ。それなら今から急いで朝ごはんの準備を始めるから、顔を洗っておいで」
はーい、と元気よく洗面所へと向かうちびっこたちを見送り、私もすぐに朝食の準備へと取り掛かる。
うちの子供たちの中には先ほどの2人のように6時半の段階で起きてくる子なんてざらにいる。朝シャワーはまたの機会ということで。
「さてと」
目の前には大量の卵にもやしや豆腐。その他もろもろ安価で大量に手に入る食材がずらーと並んでいる。
育ち盛りの子供達、ほんとはもっとお肉やお魚のように、栄養が豊富なご飯を食べさせてあげたいのだけれど……
贅沢は言っていられない。食べる物があるだけで十分に恵まれているのだから。
「それじゃあ作りはじめますかっ……っと、そうだ、その前に――」
私の後ろ、壁に取り付けられているフックに掛けられた、だいぶ古いエプロンに向かって手を合わせる。
「約束、忘れてないからね」
誰に聞かせるでもなく、囁くような声で小さく言葉を口にする。
これも変わらない、私の習慣。
私を残して早くに死んでしまったお母さん。自身の初心を忘れないためにも、なるべくこうして彼女の遺品であるエプロンには毎日手を合わせるようにしている。
本当はお母さんの顔写真でもあった方がいい気もするのだけれど……あいにくとあの人は写真が大嫌いだったからなぁ。あぁ、それは私もか。
「……」
ふと、窓ガラス越しに反射する私の顔をまじまじと見てしまう。
「はぁ、相変わらず」
この世界に生まれてから35年、顔が悪いというのは何とも‥‥
もうだいぶ慣れたこととはいえ、少しでも綺麗になっていないかなと期待してしまう私は何とも浅ましい。
まあ、別に自分が気にしなければいいだけの話なのだろうけど……けれど、それは本当に強い人が言える言葉で、私のような凡人には強がりでも言えそうにない。
日々、ただ生きていくだけで精一杯。
何とか、心が折れないように。絶望で、視界が真っ暗にならないように……
『つめた』
『っわ、水がウチにもかかったぁぁ!!』
この施設に住む子供達にも、本当は、もっとたくさんの言葉を投げかけてあげたいのだけれど。
「……」
これから先、その顔のせいでつらい日々を送ることになる子供達には、せめて、この施設にいる間だけでも、幸せな気持ちでいてほしい。
たとえどれだけ自分の人生に絶望してしまったとしても……私達にも、確かに楽しい思い出はあったのだと、胸を張って生きてほしい。
だから――
「終わった」
「おなかすいたー!!」
「はいはい。直ぐに作るから、もう少しだけ待ってなさい」
だから……今日も、明日も、明後日も。
変わらぬ日常を、ささやかな幸せに溢れる日々を、愛すべき子供達と共に、これからも頑張って生きていこう。
「そうだよね、お母さん」
◇◇◇◆◆
『人に優しく生きなさい』
生前、お母さんは何かにつけて私にそう言っていた。
今でも鮮明に覚えているのは、私が6歳の頃の事。
私がこれから通うことになる、近隣の小学校への登校日初日。
新しい環境、ピカピカのランドセル。初めて出会う、同年代の子供達。そんな小学校への淡い期待と不安を胸に、前日からやや緊張気味であった私の様子を見かねて、朝は学校の正門の方まで手を繋いで送ってくれたお母さん。
季節は春。
『――っ!』 『――――』
2人並んで歩いた河川敷には、それはもう、見事な桜が咲いていて。
頭上を見上げれば、視界いっぱいに広がる青空に、どこまでも続く飛行機雲。
全身に感じる春の暖かな陽気も相まって、思わず足を止めてしまった私を横目に……あの時、お母さんはどこか物憂げな表情を浮かべていた。
『―――?』
どうしたのだろうかと、少しだけ気にはなったのだけれど……
『……』
学校までの距離がだんだんと近づいてくるにつれて、それまでの緊張を急に思い出してしまったその時の私は、自分の心臓のどきどきを抑えるので精一杯だった。
果たして、話の合うお友達はできるのだろうか。
悲しいことに、私の家の近くは子供がものすごく少ない。たまに見かける女の子も、私が話しかけようとぐずぐずしている内に、気付けばどこかに行ってしまっている。
まあ、私が元々引っ込み思案なことと、比較的家に1人でいる方が安心できたこともあって、今まではそれでも全然困ったりはしなかったのだけれど。
でも、小学校ではできれば3人……最悪1人でもいいから、気軽に話ができるお友達が欲しい。それでいて、叶うのならば、相手の方から積極的に話しかけてきてくれるような……沈黙が続いてしまっても、全然、苦にならないような――いや、ないか。うん、ないな。
『……』
それに、私がこんなにも緊張している理由はもう一つ。
『男の子と、会えるんだよね…』
そう、これまで目にする機会が全くなかった男の子。
テレビやたまに行くスーパーで、私よりもずっと年上の人なら見たことは何度かあった。でも、同年代の……となると、その機会は一気に0になる。
本当に、全然出会えることがないのだ。
だから
『……変、じゃないかな』
今日着てきたのは私のお気に入りのワンピース。白は汚れが目立つからとお母さんがあまりいい顔をしなかったけど、これだけは譲れなかった。胸元の少し大きめなリボンも可愛くて、今日着ていくならこれしかないと決めていた。
『……』
これから初めて出会うことになる男の子には、私の事を可愛いと思ってもらえるのかな。
『……』
この国には男の人がとても少ないというのは、子供の私でも十分に分かっていること。
何度も妄想の中で男の子と結婚することを想像したところで、現実の厳しさが薄れるわけでもない。
――でも
それでも。
せめて……まずは男の子とお話をしてみたい。
お互いの好きなこと、嫌いなこと。趣味だとか、特技だとか……話題なんて、なんだっていいから。
そうして、叶うのならば。
私の事を……好きだって、思ってもらったり。
『えへへ』
自分でもバカなことだとは思うけど……そんなあり得もしない想像に、思わず頬は赤くなる。顔がにやけてしまう。
『―――!』『――っ、――――?!』
『―――――』『――――、――――――――!』
『――――?』
『って、あれ?!』
そんなことを考えていたら、いつの間にか学校に到着していた。
なんてことだ、全然気づかなかった。
でも、ということはっ!
『――――!』『―――――――』
周りでは既に仲良さげに話し合っている女の子達や、私と同じようにお母さんと手を繋いでいる緊張しいな女の子……そして――
『いた』
そして、視線の先。
ひどくおびえた様子で学校へと向かっている一団は、私が夢にまで見た―――
『―――』
そんな時だろうか。
私の隣、それまでずっと静かなままだったお母さんが、不意に、何かを呟いていた。
それはすぐ近くにいる私にすら全然聞こえないくらいの声量で‥‥隣を見ても、お母さん自身、自分が何かを言っていることにすら気付いていないような様子だったのだけれど。
『……』
けれど、思わず見てしまったその時のお母さんの表情は、とても寂し気で……
『お母さん?』
どうしてか、辛そうで。
『――っ』
数舜の後、心配げな表情で様子を伺う私に向き直ったお母さんは、その場でしゃがみこむと、私の肩を力強くつかんできた。
『……った?!』
あまりの勢いに顔をしかめる私にごめんねと謝りながらも、肩を掴む手の強さだけはまったく変わってはいなくて……
次いで告げられた言葉は、あまりにも突拍子もないことだった。
『栞。学校へ行く前に、お母さんと約束しよう』
『なっ』
なんで急にそんなことを――とか
突然そんなことを言われてもわけが分からない――とか
言いたいことはたくさんあったはずなのに……目の前のお母さんを見て……思わず、口ごもる。
『……』
普段の穏やかなお母さんとは全然違う。私も初めて見るほどの真剣な表情に……結局、静かに頷くことしかできなかった。
そうして――
『人に優しく生きなさい』
『……?』
けれど、唐突に言われた言葉は……至極まともなことのようで。
なんだか拍子抜けしてしまった私を、それでも、お母さんは満足そうに見つめていた。
そして今度は、いつもの穏やかな表情で私にこう告げたのだ。
『これから先、周りの人たちが貴方になんて言ったとしても、私は、貴方をいつまでも愛しているわ』
『……』
あの時、なんで急にお母さんがそんなことを言い出したのか、当時の私には分からなかったけど。
それから、小学校、中学校、高校と……成長していく中で。
いくつもの現実を受け止めて……悲観して、絶望していく中で。
挫折して、自棄になって……それでも、その度に今日の日の事を思い出して。
この時の言葉は、それから随分と経った現在においても、私の胸に深く刻み込まれている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さぁ、着きましたよ! ここが私達のお家ですっ!」
「その……多少年季が入っていますので、足元にはくれぐれもご注意を」
「……」
折角の土曜日、待ちに待った休日。
杞憂だったとはいえ、前日も何かが起きるのではないかとかなり気を張っていただけに、今日こそは……
今日こそは休もうと、そう…思っていたのに……
「あのぉ……やっぱり、嫌でしたか? 私達といるのは」
「ちょっと、なんで私まで含まれているんですかっ!」
「だって、しょうがないじゃん。私達、ブスだし」
「だ・か・らっ! 顔は関係ないと言っているでしょう?! どうして貴方はいつもそんなに弱気なのですかっ!!」
「そういうしずくだって、最初の頃は泣いてばっかりだったくせに……」
「はぁっ?! 話しかけようとした男の子に泣いて嫌がられたら、そりゃ誰だって泣きますよっ! 大体あかねはっ――」
「……」
死んだ目をする私の目の前で、いつものように漫才を始めた2人。
会話の節々に容姿を自虐する言葉が出ているのが気になるのだけれど……私の母も然り、女性が多すぎるせいで自身の容姿に求める水準もかなり高くなっているのだろうか。
「……」
まあ、それにしてはこの世界に来てからこれまで、私が目を見張るほどの美人というのを見たことはないのだけれど。しいて言えば山城さんがそうなのかな。
――でも
「……」
なんとなしに、未だ目の前で騒いでいる2人の様子を伺う。
片方の顔に合わない大きめの黒縁眼鏡をかけているのが才原さん。
初めて出会った頃は今よりも薄汚い印象(普通に悪口)で、なんだか変な格好だったはずなのに……
長かった前髪はいつの間にか目元の上で綺麗に切りそろえられていて、服は相変わらずサイズが合っていないような気もするのだけれど、ライトグリーンのTシャツをデニムのショートパンツの中にしまっていて、なんだか全体的におしゃれになっているような気がする。
対して、もう片方のきゃんきゃん騒いでいるのが大槻さん。
初対面の私を相手にいきなり待ち伏せをかましてくれたヤバい女の子で、その清楚そうな見た目とは裏腹に、なかなかに頭に響く声を出してくる。
今日はオフショルの肩を出した青色のワンピース姿で、地毛が茶色系だからか、全体的に色の調和がとれているなと思う。そう言えば髪もなんだかツヤツヤしているような……
「……」
総じて、才原さんと大槻さん。元々顔が整っていた彼女達は一昨日出会った時よりもかなり綺麗になっている、気がする。
前世でも女性は化粧で化けると言われてはいたが、彼女達の場合はその元々の恵まれた容姿の影響が大きすぎるのだろう。まあ、前世の弟の方が100倍可愛かったのだけれど。
「ていうか、その服って雪音お姉ちゃんが持ってたやつじゃん! ひょっとして勝手に盗んで――」
「違いますからっ! ちゃんと許可をもらって借りてきましたっ! 失礼なことを言わないでください!」
「……へー」
「なんですか」
「別に……中身が大事って言いながら、結局しずくもおしゃれしてるじゃんって思っただけ」
「……なっ…ちがっ、私は――」
「私達がおしゃれしたところで、意味なんてないのに」
「あかねっ! 貴方いい加減にっ――」
「はぁ」
いつまで続くのだ、この漫才は。
わざわざ私の家にまで押しかけてきて、渋る私を半ば強引にここまで連れてきたのは彼女達だというのに……
奇跡的に母が仕事部屋に籠っていたとはいえ、本来なら私の書斎を訪れた時点でバレていてもおかしくはない。それがなぜか今日に限っては嘘のように静かだし。
「……む」
というか、今日になって突然急な仕事の対応に追われることになった母。こんなことは年に数回あれば多い方で、そんな日にドンピシャで彼女達が来ているわけで……
「……」
神様の作為を感じてしまうのは、流石に私の考え過ぎだろうか。
あまりにも出来過ぎているような。
「あかねっ、これ以上は私も本気で怒りますよ!」
「望むところだよ。元はと言えば最初にしずくが私に嘘をついたことが原因なんだから!」
「――っ。私だって! 私の方がっ、一番早くに出会いたかったのにっ……」
「そんなの知らないっ! しずくは別のっ――」
「……」
と、そんなことを考えている私を他所に、いよいよヒートアップしてきた2人。
面倒だから静観していたのだけれど、流石にそろそろ止めに入るか。
本当に、子供というのは世話の焼ける。
「落ちつ「ちょっと!何してるの2人共!!」い――って」
「……む」
今度は一体何なのか。
私の言葉を遮る形で聞こえてきたのは、それまでの才原さん達の怒声よりもさらに大きな怒鳴り声。
声の主は私の視線の先、才原さん達が家だと言っていた黄色い建物から真っ赤な扉を開けて姿を現した。
「もうっ、なんで玄関先で喧嘩なんてしてるのっ! どっちが悪いのか知らないけど、まずは事情を説明しなさい!」
目算で160cmほどの身長に、華奢な体躯。髪は後ろをお団子にしていて、前は綺麗なぱっつん。顔は篠田さんみたく小動物系で、パッチリとした目の下の泣きぼくろが印象的な人だ。
「「――――っ」」
「ん? どうしたの2人共、急にダンマリしちゃって……」
淡いピンク色のエプロンをしていることもあって、なんだか幼稚園の先生のような印象を受ける。
「ど、どどど……どうしようしずくっ、そういえばのぞみくんを連れてくることまだ誰にも言ってなかったぁ」
「……っく、私としたことが、完璧に忘れていました。いえ、そもそも本当に彼を連れてくることができるなんて想像もしていませんでしたし」
「ちょっと、2人で何こそこそ話してるのよ。貴方達、喧嘩してたんじゃないの?」
「……」
お団子頭の女性が登場してから急に静かになった2人。それまでの言い合いはなんだったのか、急にこそこそ話し出したと思ったら、なぜか私の方へとにじり寄ってきて……
「っていうかものすごく今更ですけど、なんでそんなに簡単についてきちゃうんですかっ! ダメですよのぞみくんっ、女の人はオオカミだって知らないんですかっ?!」
「……」
「そうですよっ! いくら私達が家まで押しかけてしまったとはいえ、貴方はもう少し危機感を持つべきでは?!」
「……」
何で急に説教をされているんだ、私は。
というか、それならなんで2人は私の家まで押しかけて来たのか……
「「――っえ?」」
「……」
「……あれ、そう言えばなんでだったんだっけ?」
「はぁ、あかね……もう忘れてしまったのですか? 今日、朝ご飯を食べ終わった後にどちらがよりのぞみくんの好感度を得ているのか言い争いになって……」
「あ、ああっ! そうだ、そうだった! それで収集がつかなくなっちゃって、それなら直接本人に聞いてみようってなったんだ」
「……」
きっかけがそんなくそしょうもないことだったということは、後でしっかり怒るとして。
それならなんでここまで連れてきたのか。家で聞けば事足りる内容だろう(どちらも0だが)。
「えへへ、まさか本当に会えるとは思わなくて……舞い上がった気分のまま、気付けばお誘い(物理)しちゃってました♪」
「私も、貴方があまりにも自然に話してくださるものだからつい(物理)。いくら浮かれ過ぎていたとはいえ、申し訳ありませんでした」
「……」
――そう
そうか、そうだったのか。
それなら私はもう帰――ガシっ!
「待ってください゛ぃぃぃぃぃぃ! 謝りますっ、謝りますから家に来て下さいっ! こんなチャンスは二度とないんですぅぅっ!!!」
「お茶……そうですっ! 貴方もここに来るまでに随分と疲労が溜まっているはず! 一先ずは家に来て私達とお茶をしましょう! ねっ?! お願いですから!!!」
「……」
いくらか冷静さを取り戻したとはいえ、やはり彼女達も根っこの部分はケダモノなのか……血走った目つきで追い縋ってくる姿は小鹿君たちが見たら失禁ものだろう。
だが私もそんな理由でホイホイと家まで上がってしまっては、それはまた彼女達の無茶な行動を助長させるだけだろう。
今回は私も私でろくな抵抗もせずに彼女達について行ってしまった非があるとはいえ、これ以上はよろしくない。ここは毅然とした態度で断「本っ……ありますよ!」――何だって?
「あかね?貴方急に何を言って……」
「で、でもっ! しずくものぞみ君がいた部屋見たでしょ! あの本がたくさんある部屋!!」
「本って……あぁ、そういえばそうでしたね。でもまさかそれだけで意見が変わるなんて――」
「行く」
「「……え」」
早く行こう。未知なる本が私を待っているのだから。
「……」
「……」
「……あかね」
「……なに、しずく」
「ナイスです」
「でしょ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
「っは!」
危ない危ない……いつの間にか意識が飛んでいたみたい。
「夢にしてもおかしいわ。まさか茜と雫の間に男の子の幻覚を見てしまうだなんて……」
夢……うん、きっと夢に違いない。
だってあんなに綺麗な男の子がこんな真昼間から白昼堂々出歩いているはずもないのだし。
しかもここは普段から男性なんて一人も寄り付かない地区。
常識的に考えて先程見た子は私の前世の彼氏(非常識)とかそういうのだろう。
それよりも、気付けば茜も雫もいなくなってるし……
「先に家に戻ってるのかしら?」
普段から何かと喧嘩ばかりしている2人だ。私もこんなところで呆けていないで、早く戻ろう。洗い物もまだたくさん残っている。
「はぁ……それにしても、男の子の幻覚を見て気絶してしまうだなんて」
私ももう年だなぁ。
心療内科に行くことも検討しておくべきか。
「うぅぅ」
『―――――――!!!』『―――っ!!』
『―――?!!』『――――――!』
「……ん?」
そういえば、なんだかやけに家の中が騒がしいような。
才原さんと大槻さんが主人公の家を特定できたのは野生の勘です。