2-1 思い出の中に
全ての色が色あせて見えた。何気ない日常の中にいるはずだ。だけど、何故かふわふわと頭が上手く働かない。
ずっと座り込んでいたと思う。何か悲しくてずっと頬を涙が流れていた。
何があったのか思い出せない。でもなぜが涙が流れる頬がズキっと少しだけ眉をひそめる程の痛みが走った。
『泣いてるの?智汐くん。』
背後から優しい声をかけられた。大好きな人?の声な気がする。すぐに振り向いて彼女に抱きしめたい。
僕は勢いよく後ろに振り向こうとした。けど途中で思いとどまる。
大好きな人だからこそ今の自分の顔を見せたくないと感じた。
理由なんて思い出せないけど…涙に濡れた顔、赤く腫れた瞳、青く滲んで痛む頬が、痛く僕の自尊心がそれらを情けなく思ってしまっていた。
そんな僕がやっと引きずり出せた言葉はたった一言。
『そんなとこない』
ぶっきらぼうにけど、かすれて涙声になった僕の言葉。情けない自分を見せたくなくて放った言葉は逆に僕の自尊心を傷つける結果になった。
余計にはずかしい気持ちになった僕は余計に振り向くと言う勇気を失ってしまった。
『私聞いちゃったよ。また喧嘩したんだって?一方的に相手を殴ったって他の大人は言ってたかな』
あぁ、そうだった。僕は喧嘩したんだ。何に怒って誰に殴りかかったんだろう?確かあれは…
忘れていた何かとは喧嘩をしたという事実。それを僕は忘れていたんだ。
じゃあ振り向けば怒られる?そんなの嫌だよ。だって僕は悪くないのに…
振り向きたいけど自尊心が邪魔をする。そんな僕に大好きな人は近くに寄って腰を下ろして隣に屈んでくれた。
『でもね。私も翔八も君がそんなこと理由もなくするとは思ってないんだよ。だって君は優しい人だから。だからね。教えて欲しいの。大丈夫、私も翔八も君の味方だからね。智汐くん、君の周りは敵だけじゃないんだよ』
そう優しく僕を諭してくれた。言いたくない気持ちもまだ心の中に存在していた。でもやっぱりこの人の全てを優しく包んでくれる慈愛心は僕の口に着いていたプライドと言う名の重りを軽くしてしまった。
そうして僕は一言一言、嗚咽を交えながら彼女に包み隠さず話した。
最初は単純だった。我慢していたんだ。両親が死んで、余裕がなくなった僕は翔八に迷惑をかけたくなくて…でも奴らはそれに味をしめて段々と酷くなっていった。
殴られたこと。
物を隠されたこと。
両親の死を馬鹿にされていたこと。
お金も盗まれた。
あげればキリがない程の事をされてしまった。
そして何より、俺のために高卒で働いてくれ翔八のことを馬鹿にされ、美咲さんのことを小馬鹿にしたように笑ったあのクソ野郎のこと。なんて馬鹿にしたかは言わなかったけど。
気づけば僕は人を殴って、大暴れして、先生が到着した頃には教室を飛び出してこの神社に来たことを全てを話した。
僕が全てを言い終えてとき、彼女は何も言わずに僕を抱きしめていた。
僕は泣いていた。自尊心出できていた心のダムが決壊して気持ちが溢れ出してしまった。それが涙となって身体から流れ落ちていた。
『頑張ったね智汐くん。ずっとずっと我慢させてごめんなさい。もっと早く気づかないと行けないのに…私も翔八も何も気づかなくてごめんなさい。本当に本当に私はダメなお義姉ちゃんだね』
『ぞんなごどないッ!』
僕は貴方にそんなことをさせたかったんじゃないのに…
『ううん。君にずっと我慢させてしまってたんだね。でもね智汐くん。私も翔八もね。君に迷惑をかけられたなんて思ったことないんだよ?そんな辛いこと隠されてた方がよっぽど私達は辛いんだよ。だからもっと頼って欲しい。だって私は…』
美咲さんは慈愛溢れる表情で僕に告げた。
『私は貴方のお姉ちゃんだから!!』
そして僕が…俺が美咲さんに抱いた感情は兄貴の彼女と言うだけのものではなくなった。たとえ血が繋がっていなかろうが関係ない、家族へと向ける大切な人という風に認識が変化した。
もうこの人にこんな悲しい表情はさせない。この人は絶対に守らなくてはならない人、けれど頼れる姉といい存在になっていたんだ。
あぁ、そうか思い出か。これは俺の記憶…忘れてはいけないあの日の思い出。あの日…大好きだった人がもっと大好きになった僕の…俺の大切な記憶。傷ついた俺の心を埋めてくれたんだよな。
そう気づいた時、俺は子供の俺と美咲さんを見下ろしていた。一人称から三人称に変わった。今の俺は色褪せる世界を眺める第三者視点に変わっていた。
「へぇ〜これが君の大切な思い出かい?なんともまあ、心温まる思い出なことで…穢したくなるよ」
「っ!?誰だ!!」
背後から声をかけられる。それに驚き思わず強く言い放つ。
真っ黒長い髪は変に結ばれている。あれは…顔は整っており中性的。身体的特徴では性別は分からない。
過去にこんな奴と会った覚えは無い。
そして明確に過去の俺達に話しかけたんじゃ抜く、思い出を眺めていた俺に話しかけてきた。つまりはこいつは部外者だ。
俺の思い出の中に土足で上がってきた何者かに警戒し、睨む。
「お前のこと俺は身に覚えないんだがな…もう一度聞く。あんた誰だ?」
「おぉ、怖い怖い。あひゃ、嫌われたかな?まあ君の記憶では…ないよ。まあ確かに君の気づいてるように頭の中だけどね」
こっちは警戒してんのになんだこいつ。
ふざけたように、おちゃらけた言い方をするこいつにイライラしてくる。人の領域に土足で踏み込んできたこともあり、余計にイライラする原因となっていた。
「そんなこと聞いてるんじゃ」
「まあそんな怒らずに…ね?」
パチンと音が響く。相手が指を鳴らしたみたいだ。
次の瞬間、色褪せた思い出の世界は消えていた。
「なっ」
突然の事で口をあんぐり空けて驚き固まってしまう。
というか俺の思い出の世界じゃないのかよ…なんでこんなあっさり変わってんのよ…
「あひゃひゃひゃ、驚いてくれたようで嬉しいね!」
「何がどうなって」
「まあまあ気にしたら負けだよ?」
肩を組んで笑うこいつに…誰のせいだよ!と叫んでやりたいが相手の思う壺な気がして諦めた。
と言うか既にこいつのペースに乗せられて遊ばれてる気がする。
はあ疲れた。
「なんなんだよお前は」
「ん〜秘密?」
「ふざけんな!」
俺の心に土足で入り込んでおいてなんてやつだ。
警戒してたのに結局相手に遊ばれてるし…ちくしょう。
「君、反応面白いね!でもこれじゃ話進まないからね。ほらこっちこっち」
手招きをされたのでとりあえず近づく。警戒していたのに今は呆れの感情が俺の心を占めている。
そうしてこいつの目の前に行くと手を顔に近づけてきた。
なんだ?と思って様子を見ていると、突然こいつの指が俺の唇に触れる。ペチっと言う音が鳴った。
俺今何された?あっデコピンされたんだ。それもけっこう力強く。
そう気づくと痛みが遅れてやってきた。ほんの一瞬だったがいきなりのことで抗議の声を上げようとするが声が出なかった。いや、口が開くことが出来なかった。
喋れない。口と口が瞬間接着剤でもつけたのかと思うように引っ付いている。触れてみても口が無くなったとかそんなことは無かったのでホッと鼻から息が漏れる。
しかし喋ることが出来ない。動かせない口をもごもごしながら非難の目をやつに向けると、奴が口を裂けたかのように口角が吊りあがった邪悪な笑みを浮かべだ。
ヒュっと背筋が凍る感覚が起こる。それと同時にスっと足が後ろに下がった。
奴のことを量りかねていた俺はそれを見た瞬間警戒を最大にした。
「ところで君、彼女の血を飲んだようなだね。只人には猛毒になりうる穢れた血を、良く飲ましたものだ。昔の彼女ならやるわけ無いのにねぇ」
穢れた血?あの幼女の血が穢れてるとでも言言う気か?そんなほアホなことあるか。あの子は…あの子は…口に出来ない言葉を心で叫ぼうとしてふと止まる。俺は彼女の事を何も知らない。死にかけの俺を助けてくれた子。いや、子供じゃないし娘が正しいのか?まあ今は関係ないが。
それでも彼女に対する侮辱のような言葉が、言い知れぬ思いを孕み俺の心を掻き乱していた。
「あひゃ、へぇなるほどねぇ。そういうことね」
何ひとりでや納得してやがる?気味が悪い。いやこれは恐怖か?
「まあいいや。今回は挨拶程度だしね。あの血を呑んで何事も起こらなかった。それどころか身体が適応し、肉体を変化させようとしている。そんな君に興味が湧いてしまったよ」
俺はお前に興味無いけどな。さっさと消えてくれ。
「君はこのままなら彼女が望んだとおりその霊脈の力を扱えるようになるだろうね。穢れたと言っても鬼の血はそれだけで霊薬になる。でもそれだけじゃつまらないだろう?そんな膨大な霊脈が宿っているんだ。ならば少しの障害はあって然るべきだと思うんだ!ふふ、彼女が望んだような力は与えてあげない。だってその方が面白そうだからね!」
一体何を1人で言ってるんだよ。意味がよく分からない。情報量が多くてパンクしてしまいそうだ。
「まあ今回はいつもと違って英傑の類になる素質かぁ。絶望の縁にいてなお輝かんとするその魂…うん羨ましい限りだ。それを赤黒く染め上げたいとこだけど…今の僕にはそんなこと無理だからねぇ。まったまには英雄譚を見るのも悪くない。さあそろそろ起床の時間だ。あっ一応ここでの出来事は秘密ってことでよろしくね。さあ早く起きなよ、お寝坊さん」
奴は突然俺の目の前に現れるとコツンと俺のデコを押した。何が起こったか分からずに視界が暗転する。
自分の瞼がゆっくりと持ち上がる感覚と同時にはっと意識が浮上する。俺が最初に目にしたのはそこには見知らぬ白い天井と見知った1人の少女の顔がそこにあった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。まだまだ頑張っていくのでよろしくお願いします。




