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呪血恋譚〜人を呪う鬼と、鬼に恋した人の物語  作者: 春好 優
1章 黄昏時に君と出会う
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1-4 死にかけ兄弟は笑う

森の中はまるで異世界のようだった。朝早くからきて入った時は自然の美しさと言うかそういう雰囲気が心にグッと来たのだが今はその真逆。恐ろしげな雰囲気で、魔の森といった感じがした。自然の表から裏に変わったような感じがする。

 それにここに入ってからずっと何者かの目線を感じていて、監視されてると言うよりはなんというか好奇の視線のような感じだ。まだ敵意は感じないが気味が悪い。さっき見た幽霊なのか、それとも全く別の妖怪とかそんな類のものなのか。変なものはさっきから見たから、何が現れても驚きはしないだろう。

 俺、よくこんな森に入れたな。こんな怖くて広い森で本当かどうかも分からない幼女を信じてここまで来た。普通なら馬鹿だろう。助けを呼びに行った方が良いに決まってる。でも何故か、あの子を信じていくべきだと俺の勘が言うんだ。このまま行かなければ何も知らずに終わってしまう。そんな気がしてしまったんだ。俺が死ぬのは良い。でもあの二人を死なせるのは何がなんでも許さない。

 そんな決意を固めていた。


「ん?あれは…」


 木々の隙間から何かが動く音が聞こえてきた。

 美咲さん?兄貴?と希望を一瞬気分が高揚する。しかしこの山の異常を考えるとそれはすぐに打ち消された。

 油断したら今度こそ死ぬ。

 そう思った俺はゆっくりと隠れながらその先を確認しようと近づいた。


「はっ?あに…き?」


 俺は唖然として呟いた。

 その瞬間に入ってきた光景が情報として俺の頭に流れてくるがそれを理解したくなかったんだ。

 血まみれの兄貴。身体中に切り傷、打撲などのあらゆる怪我をしながらも何者かに首を捕まれ持ち上げられている。

 はっ?嘘だろ?なんで兄貴があんな姿になってるんだ?俺の中でいつも強かった兄貴のあんな姿に動揺が俺の中に走る。

 あれは誰なんだよ。そんな疑問がを支配して、俺はそいつを認識する。

 少し古めな和服の着流しだ。あれは身長2mは超えてるぞ。しかも、服に合わないフード?で顔を隠している。異様な姿だ。

 しかも雰囲気も只者じゃないと一瞬で理解してしまうぐらいに強かった。

 畏れを抱く俺は身体が震えた。しかし考えて行動するよりも俺は兄貴を助けたい気持ちが強くなっていた。

 

「翔八!」


 俺は飛び出そうとした。声を荒らげて翔八の元へかけようとした。

 でも、次の瞬間にはその体は俺の言うことを効かなくなった。実際には俺の本能が死から逃れようとした結果なのかもしれない。

 けど、今の俺にはそんなこと関係なかった。俺が動けなくなった理由は間違いなく男が声を出してからきた恐怖からだったからだ。


「むっ?他にも人間がいたのか」


 まるで自分が人間じゃないかのような発言だ。

 はは、でもそう言われてもすぐに信じてしまいそうだ。だってあいつは明らかに人間じゃない。というかあんなやつが人間なんてたまったもんじゃない。あんな気配を持つやつが人間のわけない。荒々しくも洗練された気配。まるで戦うために生まれたかのように感じる。

 気を抜けば次の瞬間には殺されてしまいそうなそんか気がした。

 俺は冷静になり、声をかけようとする。このまま突っ込んでも勝てる気がしないからだ。しかし男が力を強めたのか知らないが翔八が苦しそうに呻き声をあげたのを聞くと我慢後効かなくなった。


「ち、しおくるな…」

 

 目の前で兄貴がこんな目になってんのに黙っていられるか!

 俺は目の前で俺を気にせず考え事をしている男に突っ込んだ。


「兄貴を!翔八を離せ、このデカブツ!」


 俺は相手の手を狙い蹴りを入れる。そこが兄貴を救うために必要な箇所だった。

 取った!

 そう思ったのもつかの間、俺の蹴りは男の手によって防がれ、足を掴まれてしまった。


「いい蹴りだ。ふむ、なかなかに威勢の良い人間だな。……どうやらただの人のようだが…もしかしたらということもあるかもしれんな。この人間は力は感じたがただの虚仮威しに過ぎなかった。お前はどうだろうか?結局この男は期待外れだった期待するだけ損か?」


「力?何を言って…」


「何も知らないなら気にする必要は無い。お前に価値があるか確かめてみよう。期待外れにはなってくれるなよ?」


 そう言うと何者かは俺の足を掴みながら俺を投げ飛ばしやがった。体重70キロある俺を片手でだ。

 なんて馬鹿力してやがる。

 そんな驚きを抱きながらも俺は上手く受身を取れず木にぶつかる。

 衝撃が肺につたわり空気が無理やり外に出され、咳き込んだ。

 なんだこれ、何が起きてるんだ?なんで俺は投げ飛ばされた?なんで兄貴は血まみれで地面に転がっいる?

 というか俺はこのままでは死……


「ごほ、ごほ、何なんだあいつは」


「ほう?死を感じながら考え事か?」


「!?くそっ」


 気づけば目の前に足が迫っていた。

 俺は急いでそれを避け、滑り込む。

 ズドーン!

 振り向けばさっきまで俺の背後にあった木がへし折れていた。

 はっ?どんな脚力してんの!クソ次の攻撃をどう避ける?右か?左か?正面か?俺は急いで身構える。

 だがそんな行動も虚しく俺の腹に1発でかいのが当てられる。

 俺はまた、吹き飛ばされ、木にぶつけられる。しかし、さっきとは違い投げられたのでなく、殴り飛ばされたのだ。

 この違いは大きく、男の体から繰り出された直接当てられた体は簡単に破壊された。

 グッ情けない。こんな奴に1発すら持たないとは……自分が情けない。


「ガはっく、そ、ばけもの、かよ」


「否定は出来んな」


 血反吐が口から吐き出される。

 内蔵はどうか知らないが骨は数本言ってるだろうなこれ。

 めちゃくちゃ痛い。死にそうなほど痛い。すぐさま意識を消したいが俺は男を睨みつける。せめてもの抵抗を辞めたら負けだと思ったから俺は消えそうな意識を無理やり繋げた。


「ふむ。霊脈の気配は一切感じられんな。やはりただの人か?死を感じてすら力を見せる気配もない。少しは楽しめると思ったが…俺が名乗りをあげるほどのものでもなかったか。貴様はそこの男と違い真にただの人のようだ。これ以上力を持たぬものを無意味に傷つける趣味は無い。……久しぶりの現世…少し期待しすぎたか?英傑の類のものはやはりそうそうおらんものだな…また彼奴に小言を言われてしまうな」

 

 訳の分からないことを言って何をしたいんだ?なんだか上から目線で結構言われてるが何を言っているかさっぱりだ。

 俺らを傷つけて何をしたいだ?

 俺はこのままこいつに殺されて死ぬのか?嫌だ。まだ死ぬなんて、殺されて死ぬなんて嫌だ。

 でも、これ以上抗ったところで俺には何をすることも出来ない。ならこのまま抵抗しても無駄じゃないか?大人しくしていた方が痛みも少ないだろう。

 俺は既に生き残ることを諦めかけていた。

 次の瞬間、ニヤリと男は笑みを浮かべる。

 ゾクッと俺の背筋が凍ってしまう。


「だが、巫女の血筋の女は既に手に入れてある。先に仕掛けてきたのは貴様だが…これ以上戦う意思のないものを傷つける気もない。喜べ、ここで貴様は見逃してやろう」


 そう行って奴はここから去ろうとした。

 俺は助かったのか?男が去ろうとする姿を見てそう思った俺は安堵した。

 しかし俺は奴の発言引っかかった。

 "女を手に入れた"その女に俺は1人だけ心当たりがある。こんな山奥で俺が知っている女性それはただ一人…それに翔八自らあの化け物に戦いを挑んだのなら…その理由があの人だったら辻褄が合う。

 その人の顔が浮かんだ瞬間俺は急激に体感温度が下がった。


「まさか美咲さん?」


 ポツリと俺は呟いていた。ただただその人が別人だと信じて。

 しかしか、それを聞き取った男はそれを肯定するような言い草だった。


「それを知ったところで何が出来る?俺に抗う意思さえ失った貴様に俺を止められるのか?」


 既に俺から興味を失われたかのように、無価値なものにわざわざ問いかけてやったかのように奴は言った。しかしその少しだけこちらを値踏みするような目線は何かを期待するような、試しているような目線だった。わざわざ挑発するよう言ったのは何故なのか。そんなこと知る由もない。

 だが、それでも俺はそれを知ってしまったら動かない訳には行かない。だって大切な人を見捨てるなんて俺に出来るわけが無いんだ!

 

「待てデカブツ!お前に!お前みたいな奴に黙って美咲さんを渡す訳にはっ…………!?」


 痛む体の叫びを無視して俺は、諦めた心をもう一度奮い立たせる。


「…敗者には何かを願うことは許されん。死にたくなければ大人しくしていることだ」

 

「ふざけんじゃねぇぇぇぇ!」


 叫びながら悲鳴を上げる身体を無理やり叩き起す。相手を見据えて震える身体を支えた。

 こんな奴に美咲さんを連れていかせてたまるか!俺は絶対に屈しない。

 それを見てか男は少し驚いたように俺を見ると大声で笑い始めた。


「ふはははは!まだ立つか。身体はただの人の子のようだが、なかなかの気概があるようだな。霊脈は感じないが、良きかな良きかな!己以外の者のために立ち上がろうとするその気概、無様にも立ち上がり抵抗するその姿、気に入った!使う気もなかったが、少し力を見せてやろう!冥土の土産と言うやつだ。得と味わうが良い。『冠位・智』」


 男がそういうと何か黒いオーラのようなものが放たれると徐々に皮膚が黒く変色し始める。それのせいか分からないが男から放たれる圧が上がった。まるで魔法を見ているような気分になる。…全体的に筋肉がメインだが。

 異能力とかそんな感じなのか分からないが、おれは一言言いたいことがある。


「はっ!?あれでまだ本気じゃないとか嘘だろ!筋肉詐欺だ!」


 あまりの理不尽な展開に思わず声を荒らげた。だってこんなの、普通の人間である俺からしたら抗うすべもないのに卑怯と感じても仕方がない。

 しかしそんな俺に対して男は困惑しながらも一蹴りした。

 

「何を言っているか分からんがこの一撃耐えてみろ!『黒砲!』」


 俺は無意識に動いていた。

 あれ?なんで身体が勝手に…と理由を考えていたのだが、すぐにそれは理解させられた。

 ドゴン!!!

 強い破壊音が鳴り響いた。

 はっ?

 音の発信源に目を向ける。すると中心に拳。その先からは爆弾でも爆発したかのように木々がなぎ倒され、または木っ端微塵に吹き飛んでいた。地面が揺れて転けそうになる。

 俺は直前でギリギリ避けていた。もし当たっていたらどうなっていた?それは想像に難くないだろう。

 やばいやばい。全く見えなかった。今のは俺の反射神経と勘で避けただけ。次は避けられる自信なんて微塵もない。


「ほう?今のを避けるか…本気で無いとはいえ、よくぞ避けたというものだが……傷の治りが早いな。霊脈の力がないのにどういうことだ?この回復力はただの人が持てるものでは無いが…」


 男が疑問を口にする。

 確かに俺がさっき負ったはずの傷は治っていておかしいことが見てわかる。

 そんな時、男は俺から流れ出ていた血に目線を向けた。


「ふむ。この血もしや…そうかそういう事か。触れねば感じられなかったが血から僅かに感じられる霊脈の力。しかし貴様の身体からは感じ取れない。貴様、霊脈の力を持ちながらそれを放出する手段を持たんのだな…そうかならば貴様は命を燃やしているのか…さすれば貴様のその体納得がいく…」

 

 男は思案しながら残念そうに1人で納得していた。


「はっ?何を言って」


 それ以上の言葉は続かなかった。

 ガクンとなって倒れ込む自分の体に驚いた俺は言葉が喉に押し込まれてしまった。

 まさかさっきのダメージが今頃になって身体に響いてきたのか!

 アドレナリンのせいで全く気づかなかったのか…


「くそっ」


 何とか出た言葉は悪態だけ。助けようと思って、抵抗しようと思って、何より大切な人を傷つけ、奪おうとするあいつに立ち向かうために立ち上がったのに。

 何も抗うことが出来なかったことが悔しかった。

 そんな俺に羅漸は残念そうな顔をしていた。


「貴様の身体は既に限界のようだな。…その身体は刻一刻と死に向かっている。俺が手を下す必要もあるまい…あやつにも遊びすぎては怒られるからな」


 そう言って立ち去ろうとする男の足を俺は掴み足止めをした。

 動かない身体に無理やり命令して動かした手は弱々しくとても男を止めるには弱すぎる力だった。

 しかし男はそれを無視することも無く立ち止まり俺を見下ろした。


「まだ諦めんか。なぜ拾った命を無駄にする?なぜまだその闘志を燃やす?何故無意味に傷つきに来る?諦めれば痛みを負うことも無いだろうになぜ?」


 その言葉に俺はイラつきながら返した。

 目の前の平穏を壊したやつがそんなことを聞いてきたことに怒りが湧いて動かない身体から口にエネルギーが言って怒りをぶつけた。


「アホ言え!今諦めるぐらいなら俺は舌を噛み切って死んでやる!」


「減らず口を…死に対して恐怖を抱きながら、生きることを諦めた男が何を言うか!」


 俺はそれに一瞬怯んでしまった。それが事実だったから。やつの言葉の勢いに押されたから。でも俺は負けずに睨み返す。俺は負けた。でも生きてる限り俺は抵抗してやるそう思って俺は心を何とか奮い立たせた。

 確かにさっき死ぬことに恐怖した。全て諦めようとした。

 だってあのまま無駄に足掻いて死ぬのは余程無意味に思えてしまったんだ。あのままなら俺も兄貴を助かるそう安心してしまった。

 でもあの人が関わっていた。兄貴はそのためにボロボロになっていた。なのに俺がここで自分の命欲しさに諦めるなんて出来んるわけねぇんだ。

 だったら俺は最後まで醜く足掻いてやる。そう思って俺は羅漸の足を掴む力を強めた。


「これは……っ!」


 俺は震えながら立ち上がった。力が入らない。限界な身体はダメージが癒えないのに無理に立ち上がったから今にも倒れそうなほどこころもとない状態だ。

 でも俺は目だけはやつを睨みつけて闘志を見せつけた。


「…ああそうだ。殺されるのは…死ぬのは怖い!意味もわからずただ無力なまま殺される。そんなの嫌だ。理不尽な力を前に今すぐ逃げたい気分だよ!……でも!それでも今きっと、俺は死ぬことなんかよりも…大切な人を失う方がよっぽど怖い!だから今さっきここで死ぬ覚悟は出来た!だから後のことなんてどうでもいい。今ここでお前を死ぬ気で止める!」


 俺はそう吐き捨てた。それが俺の覚悟であり最後のあがきだ。それをやつは笑う訳でもなく獰猛なめで俺を見る。それはさっきとは違う。弱者を見る目でも、獲物を見る目でもない。それは紛れもなく敵を見る目だった。

 次の瞬間には、男は豪快な笑みを浮かべていた。


「ふはははは!そうかそうか!死ぬ覚悟は出来ておるか…打ちのめされ、死に恐怖しながら本当の死を前にそこまでの啖呵をきった阿呆は久々に見たぞ。それも最初に見限っておった者になぁ。こうも俺の心を疼かせる者が現れるとは…人の世にもまだ見所のある者が残っていたというわけか…これだから人は飽きんのだ…」


 男の様子に?を浮かべていると男は顎に手を当てて考える動作を始める。

 俺の何がこいつのツボに入ったのかは知らないが俺は警戒を緩めないようにしていた。

 すると突然男は俺の目を観察するように覗いてきた。

 ジッと見つめて来る瞳から目を外そうにも何故か外すことが出来ず黙ってその目を見つめ返した。


「良い目だ。この短時間で俺への恐怖を捨て切ったか…ならば俺も今の貴様を殺すのはやぶさかでは無い。貴様にはそれだけの価値がある。だが、やはり万全な力で戦ってこそ。その命に輝きが生まれるというもの。このまま貴様を殺すのが少し惜しくなった」


 男は自分の言いたいことだけを言うと息を吐く。

 俺は来るか!と思って身構える。

 しかし男はただ俺の体を殴ることもせずにただ"トン"と押した。ただそれだけだった。それは弱々しいものだった。でも立つのがやっとの俺にはそのほんの少しの力に抗えず身体が地面に向かって倒れ込んだ。


「我が名は羅漸!再び合間見えたならその時は名をお主の口から聴きたく存ずる。故にその身の変化に耐え切り、俺の前にもう一度来い。それまであの女は俺が預かっておこう。待っているぞ?童」


 男は、羅漸は笑いながら嬉しそうに、俺のことを再び見ることも無く、まるで久々に良いものを見たかのように去っていく。そして何かを期待するかのようにも見えた。

 あの無駄にでかい背中が小さくなっていく。

 なぜ俺は大切なものを傷つける者に手も足も出なかったんだ…あんなに色々と頑張って鍛えた身体も意味もなかった。

 俺はこんな奴に、俺の家族を傷つけるやつに何も出来なかった。それが自分に反吐が出るくらい悔しい。俺は何も出来ない。


「クっソぉぉぉぉ!」

 

 負け犬の遠吠えの如く情けない声で叫ぶ。悔しさからそんなことも気にする暇もなく涙を流した。

 くそ、痛くて体が動かせない。

 俺はその背中を見ていることしかできなかった。

 ダメだこのままでは美咲さんが…俺は何もすることができないのか?

 翔八は大丈夫か?あの怪我ではもう…いや、あいつは案外しぶとい意外と……

 雨が降る中で俺は土まみれの泥に身を浸けながら身体を汚していた。

 俺は大切な人の危険が迫っているのに何も出来ずにただ、雨雲を見上げ、悔しさから歯を食いしばるだけだった。

 ああ……寒い。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 雨は振り続け止む気配は無い。それどころか少し暗くなってきた。もう少しで日が沈むのだろうか?


「翔八……?」


 力の入らない体を何とか動かしてどうにか投げ捨てられていた兄貴の元までたどり着いた。

 あれから再び動くのに体感1時間はかかった。実際はそんなに時間は流れていないと思うが。

 ほんの少しだけ動くだけで痛む身体をどうにか動かし時間が掛かりながらも兄貴の元へ向かったわけだが。

 兄貴の身体は見るも無惨な血まみれ状態。こんなの生きてる訳が……


「くそ、美咲さんになんて言えばいいんだよ。翔八…」


 俯きながら目が滲む。

 また大切な人を無くしてしまった。血の繋がる実の兄は約束を守ってくれなかった。

 兄貴は俺の大切な肉親だ。こいつはいつだって俺に何かあったら真っ先に動いてくれる。いつもは我儘で自分が好きなことを優先するようなやつだけど、大切な人にはとことん甘く、優しいやつだ。まあ本人は認めないだろうけど。

 兄貴の今までの思い出が頭の中に過ぎる。それだけで俺の目は涙で溢れてしまった。

 兄貴の顔を見やる。するとぱちくりとした、見開ききった目と目線があった。

 数秒の沈黙。それから俺は現実逃避して目線を離す。


「成仏してくれ……」


 小さく呟き、手を合わせた。

 タンという音が森に響く。

 そしてまた数秒の沈黙。


「まだ生きとるわ!?勝手に殺すなよ!!」


 怒った声で兄貴か叫ぶ。

 あんなにボロボロなのにどこからその声量が出るんだと問い詰めたくなるが今はそれよりも……


「えぇー!生きてる」


「棒読みやめい!はあ、生きてたら悪いのかよ……智汐?」


「いいや、生きててくれて本当によかったよ翔八」


 俺が兄貴の名前を呼ぶと兄貴は…翔八は目を見開いたあと、嬉しそうに口角をあげた。


「はは、久しぶりに名前呼びか?いいねぇ、そっちの方がやっぱり落ち着くぞ。美咲の前だから皮を被ってたんだよな?」


「うるせぇ、死にかけてんのに軽口叩く言ってんじゃねぇよ」


「はあ!?アホか、そっちこそ死にかけてるやつにブラックジョーク吐くんじゃねえよ」


 お互いに睨み合う。

 まあ確かに死にかけのやつに言うセリフではなかったかな?俺もダメージ受けすぎて頭がどうかしてるんだろうな……2人して。


「「あははははははは!?」」


 俺達は示し合わせたように笑い合う。まるで昔に戻ったかのように懐かしい。それがどこか心地よく、先程のことを忘れたくなる。

 しかし笑った反動が身体に響き、激痛が走る。2人して自業自得だが悶えてしまった。


「うぅぅ、クソ痛え……けど、久しぶりにお前と笑ったな……」


「ああ、そうだな…翔八美咲さんは?」


 俺は恐る恐るその質問をした。


「美咲は…あの大男の仲間に連れていかれた」


「やっぱりもう1人居たのかよ…」


 美咲さんが捕まっていたのは知っていた。あいつが答えを言ったようだもん出しな。でもその肝心の美咲さんは何処に?ってなると羅漸に仲間がいたとなんとなくだが想像していた。


「ああ、なんかクソうぜぇやつだったよ。…それよりも本題だが智汐早く美咲の元へ行け」


「はぁ?でもあに…翔八はどうするんだよ?このままじゃ本当に死ぬぞ?」


「アホか。俺はまだ、どうにかなる。だが美咲はこのままじゃ間に合わない」


「それは兄貴も同じ……」


 俺は弱々しく返す。しかしそんな俺とは違い兄貴は強く言ってくる。


「優先順位を考えろって言ってるんだ!いいか?このまま行けば美咲は絶対に帰って来れない。今すぐ行かなけりゃあいつはきっとこの世から居なくなる。こんなこと言いたくは無いが、あのことに囚われて大事なことを見失うな」


「違う囚われてるんじゃない。俺は兄貴も美咲さんも同じくらい大切なんだ!俺に残された大切な2人なんだよ!」


 兄貴にはこう言ったが本当は…兄貴を失うのが怖かった。美咲さんも大切だ。でもそれでも、目の前で救えるかも知らない大切な人を見捨ててまで動くことが俺には出来ず、決められずにいた。


「智汐…わかってる。それでもこれはお前の兄貴としての頼みだ。頼む美咲を護ってくれ。済まない智汐。俺の不甲斐なさのせいでお前に辛い思いをさせる。酷い兄貴だろうな。でもな、それが正しい道なんだ」


 翔八は動かせない代わりに言葉で頭を下げた。

 頭の中で翔八が土下座しているのが思い浮かんだが似合わなすぎてすぐに考えるのをやめた。

 俺は覚悟を決めた。こんなに頼まれて断るなんて出来るはずがない。

二兎追うものは一兎も得ず。全てを救うことはできないんだ。何かを諦めないと前に進むことは出来ない。

 だが、だからといって翔八の無事を諦める訳には行かない。


「わかったよ。翔八。絶対に戻ってくる。それまで死ぬなよ」


「フッアホか……そう簡単に死ぬかよ。頼んだぞ?」


「ああ」


 俺は身体に鞭を打って走り出す。

 羅漸が行った方向は覚えている。美咲さんもそこに居るとみていいだろう。もし居なかったらその時は…いやそれは今考える必要は無い。!

 あの化け物はずっと前に消えた。なら早く向かわなければ、そのためには走らないと……力が入らないのに行けるのか?いや行くしかない。今動けるのは俺だけだ。なら身体に自分で鞭ぐらい打ってやるさ。

 ああ……痛いな本当に。

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