1-3 妖しく笑う少女
どうにか見覚えのある場所を見つけだした俺は車の元へと向かっていた。
くっそ、土砂降りじゃねぇかこれ。いつまでこの雨は続くんだ?
地面もぬかるんでるから歩きにくい。無駄に体力が消耗されていくはずなのだが、調子のいい体はそんなこと知らんと言うばかりに身体の調子がいい。後で怖いなこれ。ブースト状態とか言うやつだったら…今そんなこと考えても意味無いか。
なんとか見覚えのある道を見つけることのできた俺は、沼のような土を踏む度に体力が失われながらも急いで車の元へと向かった。
そんな時、ズボっと沼のような土に足を1本取られてしまい転けてしまう。まるて吸い込まれるように足は見事土の中に嵌ってしまう。
それのせいで転けてしまい手を地面に着いた。露出した岩のおかげで手が抉れてめちゃ痛かった。おかげで傷口かが開いたよちくしょう!
「こんな時に…今日は厄日か?」
既に厄日なんて超えている。
どうにか引っこ抜かなくてはならない。足が土の中に何故か埋まってしまった。
痛いが早くしないと。そう思って無理に引っこ抜こうとするが少しずつしか抜かれない。早くしないと行けないのに!
モリと突然手の下が盛り上がる。
なんだと思って手をどける。するとそこには…巨大なカブトムシの幼虫がいた。
はっ?何だこの大きさ…デカ過ぎないですか?頭の部分だけで掌サイズあるんですけど…カブトムシ好きだけどこれはキモイです。
そう思っていると周りから大量に同じサイズのものがでてきた。
しかも足の中で動く感覚がある。泥の中で蠢いている。あのサイズが中に?そう思うと俺は慌て始める。
「えっちょっ待てなんかヤバい。はっ早く抜けろっよ!」
背筋が凍り、寒気がしてきた俺は痛む体を無視して思いっきり引っ張った。
おおきな黒い顔にハサミのような口。前部分に集まった足に白い皮。等間隔である丸い点も忘れてはならない。
虫嫌いな人なら否定するだろうが普通の大きさならまだ可愛げがあった。でもここまでのデカさになると気持ち悪さしかなくなってくる。
そしてそれらは土のなかから飛び出したあと、俺の方を見ているのだ。こんなでかいむしに見られて怖いと感じないわけがない。
スポっと足が抜ける。しかし長靴は土の中に置いてけぼりとなってしまった。
だが、俺はそんなこときにせずにすぐにその場を離れた。こんなとこにいつまでも残っていたくなかった。
土まみれになりながらも、ハアハアと息を上げながらようやく車の元へとたどり着いた。
安堵と共に俺はもしかしたらと言う希望を持って2人の名前を叫んだ。
「兄貴!美咲さん!いたら返事をしてくれ!」
もしかしたらという希望は静寂の音で返された。ただ雨の音だけか鳴り響く。奇跡なんてあるわけが無い。
肩を落として落胆した。
車に用心深くして近づくと何か固いものを踏んだ。なんだろうか?これは鍵?兄貴の車の鍵だ。
俺はそれを拾う。兄貴は1度ここに戻ってきてたのか?ならなぜ居ない?俺達を探して山の中…サァーと血の気か引く。こんな色々な意味で危ない山に行けば例え鬼と呼ばれた兄貴でも流石に危険だ。タダじゃすまない。
俺はすぐに車に近づいた。そうすれば鍵もあるおかげで自動でアンロックされた。
すぐに中を確認するが誰もおらず思わず周囲に向かって翔八!と叫ぶが帰ってくるのは雨音だけ。期待する人の声を聞くことは叶わなかった。
鍵はあった。ということは兄貴は一旦ここに戻ってきているということ。しかし美咲さんはやはり帰った様子もない。結局2人ともここにはいない。一体どこに行くんだ?まさか俺を探してか?
もしかしたら……と最悪な状況を想像する。すると顔から熱が消えていったかのように冷たくなる。
この異常事態に巻き込まれてしまっまたのかと心配する。
ダメだそれだけは……あの2人がいなくなるのは絶対にダメだ。俺の大切な家族…失いたくは無い。
そうだ……警察に電話しよう。 もし、ここで助けを呼べればこの状況も打開できるはずだ。1人でこんな山を探すことなんて出来なくても複数なら話は違う。
そう考えた俺は来る前に置いておいたスマホに手を伸ばした。
俺は淡い希望を浮かべたことで、少しだけ肩が軽くなった。
圏内にあることを確認して、濡れた手でスマホのキーパッドを押して110と押す。
プルルルと耳に響く。山奥ではあるかギリギリ圏内だったのでよかった。
内心、初めてかける110番に緊張しながらも相手が出てくれるのを待つ。
しかし帰ってきたのは感情のない電子音声。それが虚しく俺にここが圏外だと伝えてくる。
「はあ!?さっきまで圏内だったよな?なんでいきなり圏外になってんの!本当にふざけんなよ…」
イライラして言葉を吐き捨てる。
確かにこの目で電波が届いているのは確認した。なのに数秒で圏外とかふざけている。まだ電波が微弱になってたらわかるけどそんな様子もなかったのに……電波塔とかに何かあったのか?こんな非常事態にこれは酷すぎる。
最悪だ雨は降ってる、警察には連絡できない。つまりは助けは呼べない。車で助けを呼ぶなんて時間は一切ない。
ため息を吐いて力が抜けた体が思わず車の床に腰をつける。
寒い、痛い、疲れた。
雨に濡れた体は冷たい。負傷した身体は悲鳴をあげている。骨折はしていないが所々青くなっている。それら合わせた今日一日を考えると疲労がすごい。
雨は容赦なく降り続け、俺の体から体温とやる気を奪い続ける。
コンディションは最悪だ。最悪なんて似合いすぎる状況だろ?これは…別に動かなくても良いだろうに。責める人もいないだろう。
でも、それでも俺は行かないなんて選択は出来ない。さっきまで話してた人が危険な目にあってるのに無視を決め込むなんて出来るほど、俺は人を捨ててない。
「ん?あれは……?」
雨音の中で別音が聞こえて振り向く。
ヒタッヒタッと濡れた地面のために出る足音だった。
もしかして無事だったのか、と淡い希望を抱き、その足音の主を見るがそこに居たのは望んだものとは違うものだった。
しかし、それでも俺は…雨が降る中で佇む少女に目が見入っていた。しかも目の前にいる……
「うお!びっくりしたァ」
遅れて思考が追いつき、声を上げて驚くが次の瞬間にはそのことも忘れて魅入ってしまった。
黒く艶めかしい髪、雪のように白い肌、小さな子供のはずなのに、一切幼さを感じさせず、感情のない無表情の顔、触れればすぐに消えてしまいそうな儚さもある。
そして何より、現代では何か特別な時か、京都など行かない限り滅多に来ている人がいない和服の姿。赤と黒の柄が彼女の独特な雰囲気と合わさってその存在感を際立たせている。
山であんなもの着るものか?昔の日本ならともかく、現代ではせいぜい着飾るためのもの。決して山で着てくるようなものでは無い。
そこでふと気づいてしまった。少女が一切濡れていないことに。まるで今ここに存在が現れたかのように雨が降っているのに濡れている面積が少なすぎる。
アンバランスな少女、幼い姿、人間離れした美しい容姿、しかし本当にあの子は少女か?いや、それどころかあれは本当ににんげん…
いやいやそんな馬鹿なことをことを考えるな、相手は子供だぞ!と考えていることを一蹴し、落ち着く。
確かにこんなところで一人、しかも和服でいること自体おかしい事ではある。けど、この少女は今、雨に打たれてその身を冷やしているだろう。それどころかこんな山奥で1人でいる、そんなことを考える前に俺は人としてやることがあるはずだ。
本当に?それはあの怪しさ、危うさを無視してでもやることか?
本能が警戒を促すが俺はそれを無視して俺はすぐ様少女の前で膝をおり目線を合わせる。が決して邪な感情はないとここに記す。
「君、大丈夫か?お父さんやお母さんは一緒じゃない?」
出来るだけ穏やかに、俺が恐れていることを悟らせずを意識して言う。
まあ、俺のこの満身創痍の体を見たら普通に怪しくは思ってしまうかもしれないが。
俺の声に反応してか、少女は何を考えているか分からない赤い宝石のような瞳を向けて俺を見つめた。
ドキッとした。その瞳に何もかも見られているような気がした。感情の感じさせないその赤い瞳に俺は魅入ってしまった。
俺はハッとなり少し目線を外して自身を叱責する。
俺は何を考えてるんだ俺は。こんな幼女相手に……
あいつが見たら何を言われるかと昔ながらの親友を思い浮かべる。
そんなことを考えて頭を冷やす。落ち着け俺、今やるべきことはこんなことじゃないはずだ。
そもそも俺はなんのためにこの少女を気にかけた?この子が心配だったからだろ?なら早く動けよ、俺の体!
意志と乖離して全く動かなかったた体はハッとしてようやく動き出すことが出来た。
「…とりあえずこのままじゃ風邪引いちゃいそうだし一旦こっちで雨宿りしよっか」
俺はボーっとする少女を優しく持ち上げて車の座席に座らせた。そして俺はタオルを取りだして彼女の髪を拭き始める。幸いにも濡れているところは少ない。
本当ならこの時点でおかしい事に気づくべきなのだろうが俺にはそんな余裕はなかった。
はあ、傍から見たら誘拐犯だなこりゃ。美咲さんが居たらどうなってたことか……絶対からかってくるな。
俺は昔にやった保育園での職業体験を思い出しながら接した。
俺になされるがままになっている少女に俺はこんな危機感なくて大丈夫か?と心配しながら濡れている箇所を拭き終わると俺は車にあったタオルケットをかぶせた。
さすがに何もしないよりはマシだろと思う。
そして俺はただこっちを見るだけの少女にふと、もしかしたらと思って問いかけた。
「なぁ、もしかしたらだけどさ…ここら辺で男の人と女の人見なかった?男の方はまあおれより少しちいさくてちょっといかつい…怖い感じのね。女の人は優しそうで長い黒色の髪で、ずっと笑ってる人だよ。見たことないかな?」
はは。めっちゃキメェなこの喋り方。我ながら似合わないと自虐する。
ダメ元で聞いたわけで期待なんてしていなかった。
ほんの少しの情報が欲しくて聞いたものでその答えが帰って来るなんて思わなかったし、期待なんてしてなかった
俺は何聞いてんだか、こんな子に縋るなんて馬鹿かよ。そう自分を罵倒して頭を掻きむしり、首を振ってまた少女に目線を向けたとき、応えてくれるなんて思いもしなかった。勝手に期待して勝手に期待するのをやめていた。
しかし少女はそんな俺の思いとは裏腹にはっきりと指さしていた。俺の真後ろ。山の中への道、俺が戻ってきた道とも違った場所。
よかった……なんて言ってられない。多分兄貴だろうけど行くしかない。
さっきも考えていたが助けに行かないなんて選択肢は俺には無い。この子には悪いが俺は急いで2人を探しに行かないといけない。
兄貴は俺の唯一の血の繋がりのある家族と言える存在だ。幼い頃から一緒だった。小さい頃から両親はいない。小さな俺を兄貴は親代わりに育ててくれた兄弟だけで言い表せるような関係じゃない。ひと回り離れているのだから年の差は結構ある。そんな兄貴を俺は尊敬する。
美咲さんは俺の大切な…だ。本人には言えないけど、俺はあの人のことを本当の…のように思っている。優しいけど、俺が道を踏み外した時、時に優しく、時に厳しく叱ってくれる人だ。何度あの人の世話になったことか。
俺は静かに決意を固める。確かにこの娘を1人にするのは可哀想だ。でも俺の大切な人を見捨てる訳にも行かない。
申し訳ないがこの子にはここで待ってもらおう。連れていくことは出来ないのだからな。
「ごめんな。俺はこれから人を探さないといけないし一旦ここから離れるよ。不安かもしれないが君はここで待っててくれ。ちょっと時間がかかるかもしれないが戻って来るから待っててくれ」
相変わらずの無表情。何を考えてるか分からない。それにやはり俺はこの子が本当に人間か分からない。
でも何故だろうか。俺の第六感のようなものが赤く光っているのに俺はこの子を恐れることは出来ない。何か妖しいものに惹かれているようなきがする。……幼女趣味はないからあしからず。
さてと、この子のことは帰ってきてからにしよう。今は2人を探さないと。
靴を新しく履いて他にいくつか物を持って準備する。こんなものを持って言ってもあんな幽霊なんかに聴くとは思えないが武器になるものがあれば少しは安心できると思ってたのこと。実際に使うことは無いだろう。要はお守りみたいなものだ。
1度目を閉じて頬を両手で叩く。気合いを入れてやる気を振り絞る。
「よし、行くか」
俺は一瞬笑みを浮かべると両膝を叩き、曲げた足に力を入れてまっすぐにする。自分に鞭を打つ行為だがそれでもこれは必要な行為だった。
まだ暗くなってはいない。雨雲で暗いがまだなんとか明るいレベルだ。でも数時間もしないうちに陽は沈むだろう。
雨雲で閉ざされた空、影を抑える光が消えて暗くなった山の中、容赦なく降り注ぐ雨、それも相まってか、山への入口はまるで大口を開けた魔物のようだった。そんな場所に俺は自ら飛び込んだ。
その時、俺は気づかなかった。視線が外れたあと、 俺の後ろ姿を見て、俺が気づかずに落としていた血を舐めながら、彼女が少女とは思えない艶めかしい笑みを浮かべていたのを。
次の話は朝の9時ぐらいに投稿します。
よろしくお願いします。