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呪血恋譚〜人を呪う鬼と、鬼に恋した人の物語  作者: 春好 優
1章 黄昏時に君と出会う
3/8

1-2 昏い森

少し前


「ちくしょう!あいつ絶対許さねぇ。俺たちただBBQしてただけだろ!別に悪いことなんてしてねぇのによ」


「そうよ!もうちょっと空気読んでほしいよね。あいつ絶対モテないよほんときもい」


「私たちだって私有地なんて知らなかったし、それにしてももっと言い方もあったのに酷い」


「お前もそう思うだろ?哲太」


 友人達が先程の2人組の男女に対して不満を言う中で、哲太と呼ばれた男は1人沈黙していた。

 そんな彼に友人は声をかけるが哲太は特になにも返さなかった。いや、返せなかった。何故なら彼は1人でずっと先程のことを思い返し、落ち込んでいたからだ。

 そんな彼に有人は呆れたように軽口を言った。


「おいおい。まださっきのこと引きずってんの?そりゃお前の拳をうけとめたのはすごいけどあれもたまたま……」


「…たまたまじゃない」


「えっ?そんな馬鹿なことあるか?お前一応全国大会いってたんだろ?そんなやつの拳を素手て簡単に受け止めるなんて」


「最初は本気じゃなかった。でも次は本気だったんだ。それを全部躱されたし受け止められたんだ!俺のパンチがあんな奴に。しかも俺の拳まで」


 深々と痛む手を見ながら男は悔しくてもう片方の手を握りしめる。潰された手は痛くて握れないという理由からだ。

 ほかの三人は知らないが、哲太はアイツに圧倒的な力量の差を分からされ、元々あった自信が砕かれてしまった。それが相手がもう少し自分のことに目を向けていたならこうまでならなかったが、智汐が向けたあの目だ。雑草を見る、いや何かを見る気すらなかった目。それがしっかり意識を向けられたのは自分を心配する時と言う屈辱的なものだった。彼のライフは既にゼロになり戦意を失ってしまったのだ。


「ちくしょう!」


 全てを思い返した哲太は怒りのままに近くにあった祠を蹴り飛ばした。古臭い祠は簡単に砕け散る。それにサーと血が引く…なんてことも無くむしゃくしゃして何度も何度もその倒れた祠を蹴り続け、また周りにあった複数の小さな祠すら蹴飛ばしていた。


「ちょっとーやりすぎぃー」


「あひゃひゃ、ちょっと動画撮るから待ってよ」


 そんなふうに彼らは物に当たる哲太を注意するどころか笑ってそれを楽しんだ。

 物を壊し、その動画を取り、壊した者に加担してイタズラをする。それはまさに全てが罰当たり。小さいとは言え、何かが祀られた祠に危害を加える行為自体が神を侮辱する行為である。

 そして祠が鎮座する奥に何かを分かつように木々どうしで縛られていたしめ縄を、哲太が触れようとした時、彼は何かに弾かれるように吹き飛ばされた。周りのものが心配して駆け寄る。

 だが実際に、その所業に終止符を打ったのは雷が落ち、ものすごい風が辺りの木々を揺らし恐ろしげな雰囲気が辺りを漂わせたからだ。

 一気に気持ちは下がり、静寂が周りを支配する。誰も口を出さず、動かなかった。

 その雰囲気に耐えきれず、恐怖におののいた1人の男子が口を開いた。


「お、おい流石にやべえんじゃねぇか?警察呼ばれたら面倒だし何かある前に帰ろうぜ!」


 怖くとは思った彼らだが、それを言うのがダサいと思ってか別のことを理由にしたのだ。それに対して周りは同調する。


「そ、そうだね、今ならまだ私達のこと何も知らないんだろうし」


「はっ早く行くよ?」


 哲太は女子に手を引かれながらその場から離れていった。

に誰も気づくことは無かった。




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 




 ヒタッヒタッとひんやりした感触を顔に感じる。

 うっなんだ?俺は寝ていたのか?

 ゆっくりと目が開き、目が薄暗い光を感受する。どうやら雨が降っているようだ。そのおかげで太陽は隠れて薄暗い。

 頭がぼんやりして、上手く思考が回せない。俺は一体なんでこんなところでねているんだ?それに美咲さんは?色々と疑問が浮かぶがその答えを出すことは今の俺の頭では無理そうだ。

 ずっと寝てる訳には行かない。どうにか現状把握するために、身体を起こし、立ち上がろうとするが、上手く力が入らずにふらついた。体が言うことを聞かない。

 なんだこの身体のダルさは…俺の身体に何が起きてるんだ?

 風邪をひいたかのような怠けがある。風邪と言うが、このダルさ、インフルよりも酷いかもしれない。

 このまま眠りにつきたい。でも、こんな状況で余裕ぶっこいて寝れるほど俺は気楽に考えられない。

 自分でどうにかするしかないよな…

 身体に鞭を打ってどうにか立ち上がるのだが、俺は目の前の光景に目を見開いた。一面に赤色が広がっていた。

 ……なんだこれ?

 信じられない光景に思わず固まる。俺を中心として血が広がっていた。誰の血だ?俺?みさきさん?本当に何があったんだ。

 最後の記憶を思い出そうとすると、ズキンと頭に痛みが走った。思わず頭に手を当てて押さえつけた。

 

「いッ!…つぅ、クソ一体な、にがおきたん、だ?」


 身体の不調だけじゃなく呂律が上手くまわらない。俺が思っているよりも俺の体は可笑しくなっているようだ。

 少し時間が経つと頭痛から開放された。

 しかしまだボンヤリする頭で、どうにか現状把握をした。

 身体は泥だらけで、濡れている。しかも血だらけだが、俺に怪我は無い。周りには砕けた岩が俺を中心に転がっている。

 まるで俺を押し潰した後に砕けたように見えてしまう。

 もしそうだとしても生きていること自体おかしい事のはずだ。


「うぅぅ、頭がくら、くらする」


 ダメだ。上手く考えられない。長続きしない思考に諦めの感情が沸いてしまった。


「かえ、らないと」


 身体はだるさを訴えているのを無視して無理やり立ち上がった。

 今俺ができることは、どうにか元の場所まで戻ることだと思う。どうにか帰らないと、俺の気持ちはその一点に集中した。

 酔ったような千鳥足になりながら、俺は森の中で木々に捕まりながらゆっくりと進んだ。

 道中、泥に足を取られたり、雨に濡れて体力が少しずつ奪われていく。今の俺の身体的に死活問題だが、雨から守れるものがないのだから仕方がない。

 段々と足取りが重くなり歩くスピードも落ちてくる。

 薄暗い山は不気味な自然の恐怖が感じられる。薄暗い木々の間、雨雲で絶えず俺の身を削る雨、濡れる森、そこに畏怖を感じると共に美しさを感じる俺もよっぽどだ。何も無ければゆっくりと感じたかったな。

 そんな風に悪化する体調を何とかごまかしていると突然、視界が揺れた。


「あ、れ?ちからが…はあ、はぁ」

 

 目眩がして木に倒れ込む。

 体がものすごくだるい。動くのもやっとだ。俺はどこに向かえばいい?もう何も分からない。考えるのもしんどい。このまま死んでしまいそうだ。


「誰でもいい、みさきさん、翔八、誰でもいい、いないのか…」


 縋るように出した声は何処までも弱々しい。自分の耳にしか届かないぐらいに小さな声だった。

 いつもの調子の自分ならこんなことは言わないだろう。調子が悪くても強がるか誤魔化して隠し通すはずだ。でも、今俺の頭も弱くなっていて簡単に弱音が口から出てしまっていた。


「みさきさん?」


 周りをボンヤリした頭でながめていると視界に人影が映る。

 それは俺にとって見覚えのある服装と、帽子から覗ける髪色は直ぐに俺に活力をもどしてくれた。

 希望が目の前に現れたのだ。少しぐらい喜んだっていいと思うんだ。


「ち…しお…くん」


 微かに美咲さんの声が聞こえる。

 それはおかしい事だった。離れているはずなのに、うるさい雨の音にも邪魔されずに俺の耳にはっきりと届いていていた。それに人影はいきなり見覚えのある姿に変化したのだ。

 おかしいと明らかに俺は感じていた。けれど弱った思考はそんなことを気にする余裕も無い。だから俺はただただ見えているものだけを信じようとした。


「こっちだよちしおくん」

 

 すぐに力ない足取りで美咲さんの元へと近づいた。すると美咲さんの姿をした何かは俺が進んだ分だけ離れてしまう。

 俺は追いつくことに必死でそこにあるおかしさに気づかなかった。人影はずっと山奥へと進んでいく。

 ああ、クソ全然追いつかない。なんで止まってくれないんだ?なんで俺から逃げるんだ?美咲さん待ってくれ、俺を助けてくれ…本当に今日は天気予報もクソもない日だな!

 情緒不安定気味に色々と考えている。クソッ頭が回らないな。このまま追いかけるべきなのか?あれが本当にみさきさんかも分からないのに?俺は一体どこへ向かっている?

 おかしいことには薄々気づいていた。でもあの人の声を聞いたら俺はそれを忘れてしまう。


「ふふ、ハヤクオイデ?」

 

 美咲さんの声に導かれるように俺は進み続けた。

 そうしていると木々から開けた場所に出た。人影が見えないことに不安になり、辺りを見渡す。しかしそこには誰もいない。初めから何も無かったかのようになんの痕跡も存在していない。


「誰もいない?」


 期待していた感情が百から零まで一気に落ちた。まるで狐に化かされたかのようだ。

 俺が追いかけていたのは幻だったのか…にしても姿だけはハッキリとしていたような気がする。

 あるのは雨音だけ。自然の中に人などいないかのように壮大に自然が俺の前に存在しているだけだ。

 俺が見たものは幻だったのか。はは、頭が弱りすぎて幻想でも見たのか…

 木にもたれ掛かり絶望した。こんなことってあるか?せっかく希望を持ってたはずなのに俺は一体…戻るにも今の俺の体力では無理だ。どうやってここから戻ればいい?元の場所にどうにかして戻らないと。

 色々と考えながらボーッと前を向いていた。そしたらいきなり人影が現れた。突然だったので驚いて思わず、それを目を細めて凝視した。


「誰だ?」

 

 人影を見て出た言葉は警戒の言葉。無意識に吐いた言の葉は俺の意に反して不安が前に出ていた。


「コッチダヨ」


 美咲さんなのか?俺は声の方に縋るように見つめた。

 それはまるで暗闇の中に指す光のように甘かった。しかし実際にはそれ以上にドス黒い何かが存在していた。

 なんて言うかそう、姿は美咲さんだけど中身が全くの別物で悪意が俺を捉えようとしていると感じた。

 つまりは、この時点で俺は既に気づいていたんだ。あれが美咲さんじゃないことに。その疑問を無視してしまった俺は愚かなのだろう。でも俺の身体は言うことを聞かなかったんだ。目の前にある甘い罠にまんまと嵌ってしまった哀れな蟻のように。

 ゆったりと足が俺の意思よりも先にその声の主の元へと歩き始めた。


「ウフフ、イイコダネェ」


 甘い声が俺を呼ぶ。優しげな声だ。いつも俺を本当の姉のように接してくれるあの人の声だ。だけど、それがわざとらしくも感じて俺は完全に信じられずにいた。

 足は勝手に動く、けど、俺の心は少しずつ恐怖が湧き上がってきた。

 嫌だ。これ以上前に進みたくない。

 心の奥底で叫ぶ俺の本心は何故か身体には響かなかった。まるで心が麻痺していたかのように。心の金縛りにあっていた。甘い声に誘惑された本能に身体は支配されていて、理性という俺自身の意思は無意味に心の中で拒絶を叫んでいた。

 おぼつかない足で俺は手を伸ばす美咲さんの元へと向かう。ゆっくりと、ゆっくりと泥臭い土を踏んで着実に近づいていく。


「フフフ、アトスコシ」


 美咲さんが笑っている。三日月のような笑みで。

 あと一歩、俺も手を伸ばして彼女に触れようとする。しかしそこで俺はふと立ち止まる。

 まるで誰かに後ろから手を引かれたかのように俺は前に進むのをやめていた。


「お前は誰だ?」


 立ち止まった俺は睨むように目の前にいた美咲さんに似た何かに問いかけるように吐き捨てた。

 俺は襲われるかもしれないと思った。ホラー映画のように恐怖を塗るような恐ろしいものが襲ってくると思っていた。

 けど、目の前にいたはずの何かはいつの間にか消えていた。

 辺りを見渡しどこにもいないことを確認する。それと同時に目の前が崖になっていることに今気づいた。落ちていただろう自分のことを考えるとヒュッと背中がが急激に冷えて寒気を覚えた。

 あっあぶねぇ。あと1歩で俺はここから落ちていたのか…あれは俺を落とそうとしていたのか。想像するだけで恐ろしい。

 人じゃない何か。受け入れ難いもののはずなのに俺はすんなり受け入れられているのが不思議だ。

 それにしても、あれは何処に行ったんだ?さっきまで目の前にいたはずだ。あれはそう…あれ?どんな姿をしていたんだ?俺はほんとうに見えていたのか?髪型は?服の色は?見ていたはずのものが薄らとしてきて思い出せない。儚い蜃気楼でも見ていたかのような気分だ。それにしても記憶に残らないなんてことがあるはずがない。美咲さんのようだったと思い出せるのに姿が思い出せないなんてそんな馬鹿なことがあっていいはずがない。いや、俺は本当に美咲さんの姿を見ていたのか?俺はずっと別のものを…

 ゾクッと恐怖心が俺を襲う。すぐにここを離れなければもっと恐ろしいことが起きる気がする。

 そう思った俺はすぐに後ろに振り返った。


「へ?」


 情けない声が俺の口から飛び出た。

 目の前に青白い顔をした、この世ので生きているものとは思えない女が目の前にいた。

 白い顔をした女が口を三日月に歪めながら呟いた。


「アノママオチればヨカッタノニ」


 次の瞬間俺は女に崖から突き飛ばされた。

 弱った俺の身体は抵抗することすら出来ずに、いつもなら押されても負けないような力にあっさりと負けて、後ろに倒れ込んでしまう。

 後ろは崖、倒れる地面ははるか下に存在している。

 あっ死んだ。そんな軽い感想の割にやばい状況で、宙を舞う俺は高さの分からない崖を無抵抗で落ちた。

 背中から風を感じながら死を覚悟した。運が良ければ生きてるかなと現実から逃げていた俺は背中からの衝撃を感じる。しかしそれはぬちゃという泥でも硬い木の根でも、俺の命を奪う岩でもなかった。

 バキバキバキと破壊音が周りに響く。遅れて俺の背中に激痛が走った。

 痛え!クソ、なんだこれ?社なのか?こんな山奥に?手入れされてなくて木が腐り始めているぞ。岩とかよりもマシだけど、人が落ちていい高さじゃない。まあ、おかげで助かった訳だが。いくつか傷が出来て血が流れる。

 歯を食いしばりながら周りの状況を確認する。痛みでなかなか集中できないが我慢するしかない。

 相変わらず振り続ける雨に、壊れた社、 傷だらけの自分自身が居る。あの女は居ない。だが、完全に安全とも言えない。

 今落ち着いて思い出しても、あれは明らかな怪異だった。受け入れ難いが俺はこの目で見た。それは紛れもなく真実で、疑う余地などないほどにはっきりと見てしまった。

 一瞬、ほんの少しだけ俺は自分の痛む体に意識をやった。

 次の瞬間、背中をゾクッと言う寒気が走った。俺は直ぐに目の前を確認した。

 さっきまで誰もいなかったその場に、森に来るような格好じゃない人の集団がいた。制服を着た少女。スーツを着たサラリーマン。エプロンをした主婦?など関係性が不明な集まりだった。しかし、ただ言えるのがそれが人の集団では決してないということ。

 人では決してないような気配に死人の肌、その目は黒くこの世のものでは無いことを伝えている。正しくこれが幽霊なんだと理解出来た。

 

「ああ、うら…めしい。いきた…ひと、なんで?わたしは……しんでるの…に…………ころ…してやる」


 感情を感じさせない声で同じ言葉を発し続ける。ほとんどの幽霊が同じことを言う。そうして俺に向かって歩いてくる。何もしていないのになんで俺をあんな恨むように俺を見てるんだ?

 恐ろしくて、色々な思考が回るが後ろは崖、よじ登ることなんてできない。周りは囲まれて逃げ場が無くなっている。

 真ん中にあの女が居た。周りの連中はその女より後ろで待機していた。

 白装束で病的な青白い肌、黒い髪、裂けている訳でもないがそう見えてしまう口角、どれをとってもそれの雰囲気を狂気的なものにしている要因だった。

 女はゆったりと俺のに近づいてくる。

 次の瞬間、!目の前に大きな顔が現れる。ビクッ身体が震えた。

 まだ距離があったはずなのに。そんな甘い考えをしていた自分を馬鹿だと罵りたい。

 突然の出来事に呼吸が止まる。身体が固まって動くことが出来ない。

 人間、恐ろしい時には声すら出せないみたいだ。

 苦しげな息を吐きながら俺は視線を外せなかった。口を開けて力の入らない瞳で気絶なんか出来ずに恐ろしいものを目に留めてしまった。

 生気のない顔の女が真っ黒の瞳でこちらを見下ろしていた。口角を上げてこちらを上げた顔は狂気的だ。

 その周りにはいつの間にか複数の幽霊が居る。絶望的な状況。袋のネズミとはこのことか。

 中心にいる女がこちらに手を伸ばしてくる。あの三日月のような狂気的な笑みで、俺を誘うように。


「アナタもコッチにオイで…」

 

 俺は咄嗟に目を閉じて手を前に持ってくる。本能的な行動だった。だからこそ俺の身体は動けた。考えて動いていたら何も抵抗は出来ずに死んでいただろう。


「来るな!」


 情けなく悲鳴のように声を上げる。今できる俺の全力の抵抗だった。けどそんな抵抗が俺の命を救うことになる。

 身体から何かが溢れるような感覚が駆け巡ると同時に身体の痛み、熱さが消えていた。

 数秒だろうか。既に届いているはずの感覚は無く、最後の抵抗とばかしに上げた手には何も触れることも無くただ宙にあるだけだった。

 うっすらと目を開くとそこには誰もいなかった。そもそも何もいなかったかのようにその場には静けさと俺がポツリといるだけだ。

 何が何だか分からないが、どうやら自分が助かったことだけは事実のようだ。

 ははっと乾いた笑みがこぼれた。どっと疲れが全身を駆け巡る。

 崖を背に力なく座り込む。雨が降りびしょ濡れ、身体はだるくて動けない。もうダメかもしれない。そんなネガティブしか考えられない。

 コロンと音が鳴り響く。なんの音だ?こんな音が鳴る物なんてあっただろうか?

 チラリと音の方に目を向ける。目線の先には紅く光る宝玉と呼べるほどの美しい水晶玉があった。

 思わず見とれてしまう。俺は心を奪われたようにそれから目が離せなくなってしまう。

 なんでそんなものが?と疑問に思うがすぐに俺が壊した社に祀られていた物かと当たりをつける。というかそれしか考えられない。

 何となくそれに手を伸ばした。目の前に持ってくるが俺のせいなのか汚れが目立つ。


「はは、壊れなかっただけ奇跡だな。社はボロボロなのにこんな水晶玉が無事だなんてそんなことあるか?普通」


 そんなことを呑気に考えていた。

 まあ俺のせいならと思って俺はその水晶玉の汚れを落とそうと持っていた服で擦ろうとした。

 その時、俺の手の傷口から血がポタっと水晶玉に落ちる。

 次の瞬間、水晶玉が紅い光を放ち、輝いた。その光は美しくも儚いように感じたが、俺はその強さに思わず目をつぶってしまった。


「なんだったんだ今の?」


 数秒して光は消えた。光のせいで目にダメージを追った俺は手で目をほぐしながら今の出来事に着いて考える。

 もうなんでもありだなこの場所は…幽霊に光る水晶玉…次はなんだ?妖怪か?もう次は驚く気が全くしない。

 にしてもこれは御神体が何かだよな?ならぐちゃくだやになりはしたけどこの社に戻さないとな。

 そう思って立ち上がったのだが、俺はすんなり立ち上がれたことに驚いた。だってさっきまで俺の身体は怠けでいっぱいだった。なのに今はそんなこと感じない。さっきまでの苦しさが嘘みたいだ。

 立ち上がるのもやっとだった身体が今はすんなり立ち上がれるぐらいに回復している。

  何が何だか分からないが自分が動けることに嬉しさと解放感を感じることが出来たんだ。

 御神体に触れたおかげかな?綺麗なだけあってご利益なんてあったんだ。

 そんな呑気に考えていた俺だか実際のところはそれとは全くの別物だと知るのはもう少しあとのことでおる。

 特に深く考えることをあえてせず、俺は手に持っていた水晶玉を名残惜しく考えながら、壊れた社を少しだけ整理してそれを中に戻した。

 満足した俺は美咲さんたちを探すためにその場を立ち去った。

 必ず美咲さんたちを見つける。そう決意した俺の後ろでピキピキと水晶玉はひび割れ始めていた。


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