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9/18

9:先輩


 ログイン/アウトポイントの更新が出来た後、私とトマちゃんは一度ログアウトしました。朝ごはんもまだ食べていないのでお腹がすきます。朝ごはんは私の担当なので用意しましょう。


 それにしても、ちょっと不思議な気分です。少し前までは異国の地に旅行していたみたいなのに、ログアウトすれば自分の部屋のベッドの上。遠くに住んでいるトマ(菜緒)ちゃんともあんなに気軽に会えるようになりましたし、もっと早くALLFOをやってみても良かった気がします。

 

 今日の朝食はシンプルに目玉焼きセットです。平日ですが、父さんも義母さんも今日は遅めの出勤と聞いているのでもう少し寝かせあげましょう。(竜ちゃん)は………そのうち起きてくる事でしょう。

 私はすっかり目が冴えてしまいましたが、まだ朝食を作るには早過ぎました。


 ゲームの中ではかなりの時間を過ごしていたために目が冴えていますが、第七世代はリアルに対して2.2倍の速度で進行しているので、単純に倍以上の時間を過ごしたような感覚があります。職場の人も第七世代機器で遊んでいると偶に時間差で不思議な感覚になると言っていましたが、こういうことなのでしょう。


 朝食を食べて終えて、食洗器の中に食器を。歯を磨いて軽く一休みが済んだらストレッチ。身体が伸びて気持ちがいいです。

 それでは、身だしなみを整えて出勤としましょう。

 

 最寄り駅まで6分程度の場所ですが、ここは敢えて更に一駅分歩きます。えっと、携帯端末からALLFOのアプリとバイタルチェッカーアプリを連動して…………これでヨシ。

 

 第七世代VR機器は、今までのVR機器の反省を生かして色々な制限が付いています。その一つがログイン時間制限と、運動時間ノルマ。

 ログイン時間制限はシンプルに1日当たりにログインできる時間、1週当たりにログインできる時間に上限を設ける機能。

 運動時間ノルマは、ログイン時間に応じた運動をするように求める機能。特に運動時間ノルマは大事です。VR機器は、ゲームの世界はどんなに飛んだり跳ねたり激しい動きをしていても現実の自分は寝ころんだままです。寝返りもできないし、寝たままの状態が続くことは体にも悪いことは証明されているので、一時期は深刻な社会問題となりました。

 そんな問題を解決するためにログイン時間に応じて運動をするように求め来る機能がついているのが第七世代機器です。これがなかなか正確で、運動をするとポイントがたまってゲーム内のアイテムと交換することもできるそうです。


 運動をすればするほどログインできる時間も伸びますので、ここは運動がてら歩きます。まだ早い時間だけあって寒いです。


 私の仕事は正式名称が複雑なので説明するのに苦労するのですが、ざっくり言うと紙本監保司書補というものです。なので一番分かりやすく言えば『司書』なのですが、その中でも紙本を電子化したり収拾、管理、保存したり、修復の依頼を出したりすることを専門にしているのが私の仕事です。ただ、まだ『補』です。勤務を始めてから満4年は見習い扱いで、4年勤務して、更に試験を合格すると晴れて『補』が取れて正式に紙本監保司書を名乗る事が出来ます。

 なお、この司書補になるだけでも国家資格を取っていないといけないのでかなり辛く長い下積みが必要な仕事だと言われています。その代わり国家資格をベースとする職業なので路頭に迷う確率が低いというのが魅力の1つではありますね。


 まだ務め始めて1年もたたないので、今は基本的に修繕発注の仕事がメインです。

 書籍の多くは既に電子データ化され閲覧できるようにはなっていますが、この世には沢山の書籍がまだあります。その中には『同人誌』なる個人出版の書籍などもありますが、それらを全て、本であればなんでも電子データ化、修繕、補完するのが私の仕事です。どうして個人出版単位の漫画の様なものまで集めてデータ化をするのかは私としても不思議に思わなくもないのですが、当時の歴史や感覚を追うのに重要なデータになるようです。知識のある人から見れば、私にとっては単なる漫画でも価値のあるものになるのでしょう。

 例えば、子供からすれば石に刻まれた線や落書きにしか見えない物も、見る人から見れば古代の文字の翻訳に於いて重要な文章だったり、そこにどんな価値があるかはそれを見定める為の前提知識がとても大事ということを、この仕事を通じて痛感する事が多い。

 

 これでも一応国家公務員の端くれ。お仕事頑張ります。





「お疲れ様。そろそろ一年経つけど、慣れてきた?はい、コレ」


「あ、ありがとうございます。はい。今任されている仕事は大分慣れてきたと思います。それに入力関係は殆どAIがしてくれるので」


「そうだね。基本的に我々の役割はAIに対する責任者代行とチェックだからね。妙に高い志を持っている子ほど思っていた仕事と違うな、と思って腐ってしまうケースが多いんだ。その点、君は最初からホットジンジャー!みたいな感じゃなくて、ぬるま湯みたいな感じだったから心配してなかったけどね」


「そ、そんな気の抜けた感じでしたか?他の先輩にも言われるのですが………」


「気が抜けている、って感じとはまた違うかな。雰囲気だよね。職務態度は丁寧で真面目って評判いいから安心しなよ」


 昼休憩。軽く伸びをしていると声をかけられました。後ろに居たのはコーヒーを淹れたカップを持って立つ女性。私の先輩です。先輩は既に正式な紙本監保で、成績優秀でエース扱いですし、皆も先輩には一目置いている感じがします。


「柚木ちゃんはコーヒー、ミルクあり砂糖多めでいいんだよね。頭使う仕事だからカフェインと糖分が欲しくなる仕事だけど、砂糖はほどほどにしなよ~」

「はい、ありがとうございます。あ、でも最近は砂糖なしでミルクだけも飲む様にチャレンジしてますよ」

「あら?どういう心境の変化?」


 多分、というより、理由は恐らく義兄さんの影響。義兄さんはいつもコヒーをそうやって飲む。年末に帰ってきた時にコーヒーを淹れてあげた時、その様な飲み方をしていたと思いだしたから、義兄さんが帰った後に私も試してみたんです。私からするとちょっぴり苦いけど、これはこれでいいと思いました。

 

「と、糖分を、減らそうと思って…………」

「またまたぁ。誤魔化すのが下手っぴね。なんだー?男か?」  

「い、いえ!そういう人では!あっ!?」

  

 つい、咄嗟に否定しようとして墓穴を掘ってしまいました。先輩はニヤニヤと笑っています。


「フーン。なるほど?いやー可哀そうになー。今聞き耳してる男子たちの事を思うと私は胸が痛くなるよ」


 演技がかった仕草で胸を抑え周囲を見るように体をくるんと回す先輩。するとその先輩の言葉を聞いてそそくさと近くの席の男性社員たちが席を座り直したり思い出しようにコーヒーを飲み始めました。    

 

「…………違いますからね」

「はいはい、これ以上は同性でもセクハラになるからここまでにしておこう。しかし一つだけ言っておこう柚木ちゃん。顔を赤くして否定すればするほど人は揶揄いたくなるものだ。そういう時程素っ気なくどうでもいいような顔をしておくべきだよ」

「つ、鶴喰(つるはみ)先輩!」

 

 鶴喰先輩は教えるのが上手で面倒見の良い、とてもいい先輩です。

 けど、こうして偶に揶揄うような態度を取ったりする。男性社員の中には揶揄う時の茶目っ気溢れる表情が好きだと言う人がいるみたいだけど、揶揄われやすい私としてはほとほと困ります。


 鶴喰先輩は不思議な人です。

 自分でも言うのもなんだけれど、紙本監保の職員は基本的に生真面目で物静かで穏やか。それと基本的に本好きな人ばかり。余談ですがカフェ好きの確率も高いです。

 けど、鶴喰先輩は少し違う。明るくてハキハキとしていてお話し好きで、本は漫画くらいしか読まないそうです。偏見かもしれないけれど、紙本監保の職員というよりは外交官とか、あるいは外資商社でバリバリ働いている方が似合っていそうな感じの容姿端麗な人です。当然目立つし、周囲からもどうして紙本監保を目指したのか不思議がられています。

 なにせ、紙本監保は適当になろうと思ってなれる職ではありません。補付になる為にも大学時代から勉強漬けだし、正式な監保になるにも4年の下積みの末に難しい試験を合格する必要があります。

 要領よく物事を進めていく鶴喰先輩の印象からすると、コツコツと仕事をする紙本監保はむしろ真逆の感じです。熱意とやる気があってもなる事のできる立場でもないのに、どうして鶴喰先輩は紙本監保を目指したのか。おしゃべりな鶴喰先輩もこればっかりは言ってくれないのでウチの部署の七不思議のひとつになっています。


「休憩中だろうけど、もうちょっとお話ししていい?あ、今度は別の話だから安心して」

「はい。大丈夫ですよ。なんのお話しですか?」


 おしゃべりで、揶揄い好きだけど、こうして気遣いもできるから憎めない人なのです。つくづく不思議な人です。


「ほら、そろそろALLFO始めるって言ってたじゃん。どうなったかな~って」

「実は、今朝ようやく始めました。まだ、ログインができるようになっただけで街からは一歩を出てないんですけどね」

「おお、おめでとう!ようやく始められたんだね。知り合いがいてログイン場所は心配ないって話だったしね、ひとまずはそれでいいと思うよ。ALLFOは周囲に合わせるよりゆっくり自分のペースで進めた方が楽しいゲームだからね」


 鶴喰先輩こそが、私に七世代VR機器で遊んだ時独特の感覚について教えてくれた人です。鶴橋先輩はかなり序盤からALLFOを始めたと聞いています。


「ま、なにかあったら私を頼ってくれてもいいよ。プライベートまで職場の先輩と顔を合わせたくない!って思うならスルーしてもオッケーさ。なーに、これはあくまで社交辞令みたいなものだよ。もちろん、本当に頼りたかったらいつでも声をかけてくれよ。物によっては相談にのれるかもしれないからね」


 あくまで私が気を使いすぎないように軽めな口調で。絶妙な距離感の言葉。こういうところは、鶴喰先輩から強く見習いたいと思えるところです。 

 

「ありがとうございます。それではなんですけど………」


「おや?早速?そうか、じゃあ一緒にランチいかない?そこで話を聞こう」


「はい。ありがとうございます」


 私は先輩の誘いで一緒にランチに行くことにしました。

   



 

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[気になる点] >>それに入力関係は殆どAiがしてくれるので 「Ai」ではなく「AI」ではないかと [一言] アカウント作りました >>今聞き耳してる男子たちの事を思うと私は胸が痛くなるよ 義…
[一言] 思ってたよりエリート?勝ち組?なんですねいや22世紀基準だとさらに想像より上の仕事の可能性も?
[一言] 蛇が出るか邪が出るか……
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