8:おばちゃん
「ここがウチのパーティーが使ってるホームだよ。といっても、貸宿の一部屋なんだけどね。いつかはお金貯めてどこかに自分たちのホームを建てるのが今のところの私達の目標だよ」
パーティー。
確か、プレイヤーで結成できるグループの事でしたね。1パーティー最大15人まで所属できるそうです。ギルドから発行される『クエスト』も、基本的にパーティー単位で受注するのが普通とネフォリャさんから聞きました。
「あ、2人に先に言っておくけど、別にウチのパーティーに入んなきゃダメなんて言わないからね。ALLFOって出来る事ホント多いし、今はランク差もあるから足並みも合わないだろうし、てか、2人ともせかされるのはあんまり得意じゃないし、自分たちのペースでやっていいからさ。ログインとログアウトはウチのホームを使っていいよ。2人分のくらいの追加料金ならこっちで払えるしさ」
「え、それは流石に」
「うん。そこまでしてもらっちゃぁ年上のおねーさんとしては立つ瀬がないよぉ。アタっ」
トマちゃんが冗談めかしながらそんな事を言うと、ニヤッと笑ったテルちゃんにトマちゃんはデコピンされました。「アタっ」とは言っても、VR空間なので痛みなどないでしょうけど。
「じゃあ安宿探していまから放浪する?因みにホームが無くても教会でログインログアウトはできるけど、あっちも使用料取られるし待機時間長いし利便性なんてあったもんじゃないよ。不便過ぎて改善しろって意見も多いけど、その分ホームを持つ意味がでるわけだし改善はされないだろうねアレ。ALLFOって時々意地悪だから、ログアウトした後は教会でやらないとアバターがそのまま残るし、いつでもどこでもログアウトってわけにはいかないんだよ。だからこういう宿ってかなり大事なの。そんでいてここの宿は立地も凄くいいの。初心者こそこういう場所は使わなきゃ。そ、れ、に、そんな宿代は始めたばかりの2人に払えるわけないでしょ」
うっ、こういう時の弁舌の強さは、こう、義兄さんとテルちゃんの血のつながりを強く感じます。
確かに、ログインログアウトの処理に関しては義兄さんからもネフォリャさんからもかなり注意されましたし、頼れる人がいるなら頼れと言われましたね。
「ウチらの目標予算からしたら二人分の追加なんて微々たるもんだから気にしないで。ウチらここの宿番のおばちゃんNPCとは短くない付き合いだし融通は利くよ」
「そういうことなら………ご厚意にあずかりますね」
「いつか、恩返しはしたいけどねぇ」
「あはは、期待しとくよ」
宿は木造の西洋チックな建物です。西洋ファンタジー系とは聞いていましたが、思ったよりも洗練されていますね。中も綺麗に整えられています。カウンターには腰の曲がったおばあちゃんが座って本を読んでいました。
「おばちゃーん。前から言っといた通りに2人追加ねー」
「あんだい?まーた増えるのかい?金はキッチリ払ってもらうからね!」
「そこは甘めに見てよー。ウチら出世するよー?サインあげちゃうよ?」
テルちゃんは悪戯っぽく笑いかけると、おばちゃんは鼻で笑います。
「ふんっ。実際に出世してからそういうことは言うんだね。まだこっちには来たばかりの子達かい?あんまりガタガタ騒ぐとおん出すからね」
「は、はい。お世話になります」
「お世話になりまーす」
眼光の鋭いおばちゃんです。自然と背が伸びます。
「見なこの2人を!礼儀をわきまえたいい子達じゃないか。それに比べてアンタは」
「もー、説教サービスまでは注文してないって。2人とも部屋案内するからこっちねー」
「こら!話は終わってないよ!」
テルちゃんは慣れた様子でおばちゃんの言葉を躱して階段を上がっていきます。おばちゃんも叱ってはいますが追いかけてくるほどでもないのか、やれやれと肩をすくめると読みづらそうに目を細めながらまた本を読み始めました。
私はテルちゃんを追って階段を昇ると小声で話しかけます。
「今のって、えっと、NPC?なんだよね?」
「そうそう。この宿の主人NPCだね。良い意味でも悪い意味でもリアルでしょ?」
悪い意味、と言う言葉に同意するのは避けますけど、確かに今のやり取りは本当に人間味に溢れていました。
「今まで人間らしい応答が出来るAIなんて沢山あったけどさ、ALLFOを管理してるSOPHIAのAIって今までのAIの一歩引いた感じじゃないんだよね。ゲームと言う箱庭型テーマパークを管理するキャストって感じのキャラが今までのゲームでは多かったけど、ALLFOだとNPCが全員無駄に人間っぽいんだよね。その分、会話してて面白いんだけどさ。値引き交渉とかもガンガンできるし、仲良くなると色々と反応も変わるし、会話する事にちゃんと価値があるというか?ね?」
言われてみれば、確かに。あの卵売りの女の子もきっと、そうなのでしょう。NPCとは思えないほどリアルで。そう言えば、この卵もちゃんと孵してあげたいですね。ミゴさんも知りたそうにしてましたし。
「ちょっとあんたらー!この子おいておかないでおくれよ!」
階段を昇り切ったところでおばちゃんの怒鳴り声が。あっ。トマちゃんがいない!
慌てて階段を降りると、カウンターの傍に置かれた棚をジーッと眺めているトマちゃんがいました。
そうです。トマちゃん昔からこういうところがありました。気になった事をじっと眺めてしまう癖が。
「トマちゃん、部屋行こう?」
「およ?おお、そうだったぁ。ごめんごめん。この世界の文字って読めるんだなーって思ってさー」
チラリと目をやれば、棚にはおばちゃんの蔵書なのか本が何冊もあります。背表紙の文字、確かに読めますね。けど、別の文字に日本語が重なっている様に見える不思議な見え方です。
嗚呼、ダメダメ。こうしてトマちゃんと一緒に私ものんびりしちゃうんです。この世界は気になる事が多いですがまずは部屋に行ってログインポイントを更新しなくては。
私はトマちゃんの手を引いてテルちゃんの待つ上の階に向かいました。