6:トマちゃん
急げ、急げ。
えっとここを真っすぐ、突き当りまで。すると屋根が………あ、ありました!方向音痴の私でも流石にこの距離は分かりました!
けれど人がいっぱいです。困りました。あの中からどうやって見つけたらいいのでしょう。みんな考えている事は同じみたいですね。するとピコンと通知音。UI画面がポップアップします。ふむふむ、今ちょうど起きたからこれからログインすると。コードを送ったからそのコードを打ち込んで?AIに聞けばわかる?
因みに今のメッセージは同期している端末のSNSからの物です。なお7世代機器は現実の2.2倍速で時間が進んでいるために基本的に外部情報を受信する事はできても送信はできない事になっています。なのでメッセージを返すことができません。それをしたかったらゲーム内でフレンド登録なりをしてチャットでしてください、というのがALLFO側からの解答なのだそうです。
大分急いで打った様なメッセージは要領を得ませんでしたが、AIに聞いてみるとすぐに分かりました。どうやらこうして合流が難しいためにコードを使って特定のプレイヤーを探しやすくなる機能みたいです。面白いことに、教えられた一時発行コードを打ち込むと、コードを教えた側のプレイヤーがコードを打ち込んだプレイヤーを探しやすくなるみたいです。合流するまでの一回限りの使い捨てみたいですね。探せるようになる方が逆な気がしますが、確かにこちらの方が悪用はできないのかも?
AIにオーダーするとコードの打ち込みまで自動でやってくれました。
【コード認証 プレイヤー名:テル=バスタへ合流信号を発信します】
おお~。これは本当に便利な機能ですね。待ち合わせをするといつも迷う私からするとリアルにも欲しいです。私からはわかりませんが、これで夏恵ちゃん側からは私の位置がハッキリとわかるんですね。この『テル=バスタ』というのがALLFOでの夏恵ちゃんの名前であってるのでしょうか。テル=バスタ…………聞き馴染みがないので待ってる間にネットで検索してみると地名がヒットしました。地名?なんで―――――――
「わっ!」
「ひゃあああああ!?」
検索ページをクリックして詳細を読もうとしたところで急に後ろから肩を掴まれると同時に大きな声をかけられて思わず大きな悲鳴をあげてしまいました。は、恥ずかしい。
「お待たせ!待たせてゴメンね!」
「な、なつ―――「あーーーダメダメ!名前言っちゃダメ!」ああ、そうでした。えっと、てる、ちゃん?」
「そうそう。ユズ姉はそのまんまだから呼びやすいね」
そこに居たのは私の義妹である夏恵ちゃんでした。
ショートボブをハーフアップにした髪。色はラベンダーミルクティーでしょうか。明るい茶髪に赤みの入った色です。リアルでは「染め直すのがめんどくさい」と黒ですけど、ゲームだと染めてるみたいですね。目は灰色。これもリアルとは変えていますね。目は義兄さんとそっくりの同じ切れ長の目です。無表情だと不機嫌にも見える鋭い目ですが、笑うとかなり印象が変わります。急所を覆うように金属のプロテクターを付けていて、ネフォリャさんに教わった知識と照らし合わせると、軽快な挙動で敵と前線で戦う軽戦士タイプというものでしょうか?確かに強気で度胸のある夏恵ちゃんには合っていそうです。
「ユズ姉は………ザ、魔女っ娘って感じだね」
「最初の紹介特典を貰ったらこうなりました」
「紹介特典?でも私は友達にあげちゃってるし誰から?」
「…兄さんからです」
「お兄ちゃん?」
そう言うと元々細めの目が更にキュッと細くなり、夏……テルちゃんから笑顔が消えました。色々と複雑な事情があるのですが、ハッキリ言うと義兄さんとテルちゃんの関係は良好とは言い難いのでこの反応は予想できていました。けれど隠しているとそれもそれでテルちゃんは気を損ねるので、先に正直に言ってしまう事にしました。
「ふーん?アイツALLFOやってるんだ?」
「そうみたいです。友達は大体もう既に始めてたから、私に招待コードを、と」
「…………ま、いっか」
テルちゃんは何かを思案し、口の中で言葉を転がし、けれどそれを言う事はなく一番穏当な纏め方をしました。2人の間にある亀裂は根が深いだけに私からは何も言えません。そしてそんな2人の板挟みに私がなっているとわかっているからテルちゃんも私の前では吐き出しかけた言葉を飲み込んだのでしょう。
「お~い!やっとみつけたぁ!うわぁ、ああああごめんなさい!ごめんなさい!ご、ごめんなさい!」
ちょっと気まずい空気が流れかけた時、その空気を打ち破るように明るくもちょっと間延びした声が聞こえてきました。聞き覚えのある声です。テルちゃんが其方を向き、やれやれと言った表情をすると人の合間を上手く縫って進み、声をかけてきた子を連れてきました。
「やっと見つけたぁ………えっと、ユズちゃんだよね?」
「はい、ユズです。この世界ではユズ・イリオモテヤマネコです」
「あはははぁ、相変わらずねこだいすきだねぇ。わたしは『トマ党』ともーします。トマちゃんと呼んでください。どうぞ、よろしくおねがいします」
「あ、よろしくお願いします。えっと、トマト?」
「カタカナのトマに政党の党だよぉ。本当はトマト党が良かったんだけどね~。ゴロが良くなくてね~」
「なにやってんの2人とも。長い付き合いでしょ」
トマちゃん、本名、千喜良菜緒ちゃんは、私の高校時代からの友人で、大学も一緒でした。就職して以降は菜緒ちゃんが実家に戻ってしまったためにお互いなかなか直接顔を合わせられない時間が続いたのですが、ゲームなら顔を合わせやすいと私をALLFOに誘ってくれました。
本当は私よりも先に当選はしていたらしいのですが、私と歩幅を合わせるためにわざわざゲームを始めるのを今日まで待ってくれていたみたいです。因みにですが、菜緒ちゃん、もといトマちゃんの招待コードはトマちゃんの妹にあげたそうです。
トマちゃんは、こう、とてもおっとりした子で、いるだけで空気が穏やかになって、柔らかな春の様な子です。長いこと付き合いがありますけど、怒っている所を見たことがないです。穏やかな顔付きに緩くウェーブした茶髪はリアルのままですね。少し日本人ばなれした感じのある顔ですが、それはトマちゃんのお母さんがスウェーデン人だからです。
ただ、想像と大きく違ったのは、トマちゃんがかなりしっかりとした鎧を着こんでいる所です。頭こそ露出していますが全身鎧というものでしょうか。重そうです。こちらに来るまでもまだ着慣れていないのか色んな人にぶつかっては謝罪し続けていました。
「トマちゃんは…………重戦士?を選んだんですか?」
「そうだよぉ。タンクってやつだね~」
タンク。確か、敵の攻撃を引き付ける役割を持った人の事でしたっけ。敵の攻撃を集めて隙を作り、自分以外のプレイヤーに攻撃して敵を倒してもらう。敵から多くの攻撃を受ける分、当然かなり負担はかかるし立ち回りが難しいポジションだとネフォリャさんは解説していたような。
「はい2人とも話は一旦ストップ。合流出来たらすぐに移動がここのマナーだから。ウチのパーティーのホームがあっちにあるからついてきて」
「はーい」
「はい」
そうでした。ちょっとだけ話してても立ち止まっているとそれだけ人の流れが悪くなってしまいますよね。いけないいけない。ひとまず、無事に合流できてよかったです。私はトマちゃんと共にテルちゃんの後を追って広場を立ち去りました。