3:ニャンニャン
「はぁ、はぁ、ようやく、ついた」
通りを横切るのはとても大変でした。最初と違って子猫を守りながら、潰れないようにしながら渡り切るのは本当に大変でした。けど、こんな道、さっきこっちを見た時は無かった気がするのに。
子猫が居た通路の真反対に辿り着くと、そこには似たような小さな路地がありました。
そういえば、みんなはこの道を通らないのかな?行き止まり?それとも小道だし、薄暗いからみんな気にしてないのかな。
「ごめんね、結構揺れちゃったよね」
『miii』
けど、やっぱり私の考えは合ってたみたいです。手の中で蹲っていた子猫は鳴き声を上げると真っすぐと小道の先を見ていました。
うっ、暗い。ちょっと怖い。大通りの賑やかさから切り取られたみたいに静かで、静寂と共に不安が体に纏わりついてくるようなそんな独特の雰囲気。
『mii!』
「あっ、まって!」
奥の見えないやけに暗い小道に足が竦んでいると子猫がぴょんと私の手から飛び降りるとテテテテテテッと走り出してしまいました。傷口から漏れる血のような赤く光るポリゴン片が残光のように散っている。は、はやい!子猫なのに、ケガしてるのに凄い速い!全力で追いかけても離されてしまいそうです。もう渡らせてあげたから引き返してもいいんだけど、大通りを強引に渡ろうとしていたことといいちょっと腕白すぎる。私は気づけば小道を走り出していました。
角を曲がる。次も曲がる。なにこれ?迷路?ど、どうしよう。変なところに迷い込んでる。怖い。不安です。私はとっても方向音痴でAIナビに凄い丁寧に道を教えてもらえないとすぐに迷っちゃうのに。
『miiii』
猫?こっち?どこいっちゃったの?
迷う私の耳にまた声が聞こえます。声の聞こえる方に身体が動いてしまう。怖いけど、子猫が酷い目に合う方が怖い。私の怖さは私だけのもの。だから私の問題。けど子猫は私だけの問題だけじゃないから。私が覚悟を決めればいいだけですからね。
彷徨う。ここはどこでしょうか。最初に小道に入った時とはなんだか雰囲気が違う。日の当たらない冷たい空間だったのに、少し暖かさを感じます。春の日向のような、そんな心地よい暖かさです。
子猫の声を追いかけて歩き続けて、もう何度目からわからない曲がり道を曲がります。
「うっ、まぶしっ」
すると急に視界が白く染まりました。急な明度の変化に瞳孔の調整が間に合わなかったように。あれ?でもここってゲームの中だよね?第七世代って本当にリアルなんですねぇ。
だんだん光に目が慣れていく。とても暖かい。目を開ける。
「わぁぁぁぁ…………」
そこには楽園がありました。猫だ。猫が沢山いる。入り組んだ路地の中に唐突に生まれたちょっとした空白地帯。そこには暖かな光が差し込み、奥の壁に取り付けられた小さな噴水から水が湧いています。本当に小さな公園くらいの大きさです。そこで猫たちが日向ぼっこしていました。
『miii』
「あっ、よかったね。貴方はここに来たかったんだね」
その中には子猫も居て、子猫は私の足元に歩いてきました。
よしよし。ここなら大丈夫そうだね。
けど、ここどこなんでしょう。しかもこんなに猫がいるなんて。猫カフェでもみたことがないほど色々な種類の猫がいます。みんな人慣れしてるのかな。私が来ても一度視線を向けてだけでまたお昼寝に戻っちゃった。あまり邪魔しちゃいけないですよね。
「ねぇ、帰り道わかる?」
『miii?』
だよね……わかんないよね…………。
藁にもすがる思いで子猫に帰り道を聞いてみたけど子猫は首を傾げている。かわいい。
ど、どうしよう。迷子になっちゃいました。電話とかGPSもないし、地球ではない場所で迷子になるのがこんなに怖いなんて。さっきは押し込めていた恐怖がジワジワと湧き上がってきました。
GMコール、に聞けばいいのかな?帰り道、教えてくださいなんていっても教えてくれるかな?
「ねぇ」
「ひゃっ―――――!?」
途方に暮れていると急に話しかけられてびっくりして叫びそうになり、猫たちのお昼寝をしちゃいけないと思って咄嗟に自分で口をふさいだ。
びっっっっっくりしたぁ。
「あ、えと、こんにちは?」
振り返ると、顔が見えないほどに白いローブを深くかぶった子供がいました。たぶん、背の大きさからして子供。声からして女の子かな?背中には背負子に乗せた大きな樽を背負っています。女の子がスッポリ簡単に入ってしまいそうな大きさです。
樽………?
「どうやってここにきたの?」
「この子をね、追いかけてきたんだ。ケガしてて心配でね。一人で走り出しちゃったから大丈夫かなって」
子猫を手のひらに乗せてみせると、女の子は釈然としないのか首を傾げています。さっきの子猫の動きに何だか似ています。
「あ、そうだ。この子ね、ケガしてて、私ポーション持ってるんだけど、この子に使っても大丈夫かな?」
「ん?使えばいいんじゃないの?」
「よかったぁ。人に使う物だから、動物はダメかなって思ったんだぁ。ほら、人間って玉ねぎとか食べられるけど、猫は食べられないでしょ?だからそういう体質の違いがちょっと不安で」
「…………魔法の力は大体には平等だよ?ポーションってただのクスリじゃないよ?薬効が強いから、その子を治す程度なら飲ませずにかけてあげた方がいいけどね」
あっ、そうですね。この世界はファンタジーの世界だから。私が勝手に考えすぎたのかな。心底不思議そうな声で教えてくれる少女の声を聞いて急に恥ずかしくなってきました。顔が熱いです。
でも薬効が強いのは確かなんですね。ネフォリャタルトさんは頭からかけても飲んでも効果を発揮する薬だと教えてくれたけれど、かけた方が経口摂取よりは効果が薄まるのでしょうか。
「この子、治してあげてもいいかな?」
「好きにすれば?」
この女の子、見た目よりすごく大人びた口調だ。子供じゃないのでしょうか。
私は子猫を噴水の元に連れて行くと、水を使って子猫の汚れを良く落としてあげて、そして手に出した回復ポーションを刷り込むように付けてみます。すると子猫の身体に裂傷のようについていた赤い光の線が消えて、赤いポリゴン片の流出が止まりました。凄い。魔法だぁ。
「これで元気になったね」
『miaaaa』
子猫はのんきに大あくびをしています。これなら大丈夫そう。
子猫と同じ種類の猫は見た感じいないけど、そのうち母猫も来るのかな。
「ほんとに猫のことが心配できたの?」
「え、うん。だってこんなに小さいんだよ?踏まれただけで死んじゃうのに人がいっぱいいるところを強引に通ろうとしていたんだもん。心配になっちゃうよ」
ゲームの世界でも、猫が傷つくのは見たくない。
大変だったし、怖い思いもしたけど、けれど後悔だけはしてない。きっとこれは間違いではないから。
「あ、そうだ!あのね、私ここにくるの初めてで、追いかけてきたのはいいんだけど道にまよちゃって、帰り道がわからないんだぁ。貴方は帰り道、わかる?」
「帰り道って……どこに帰るの?そもそもここがどこなのかわかってる?」
「えっ、わかんないけど、ファストシティ?って場所だよね?そこにあるおっきな教会を出た広場でね、お友達と待ち合わせしてるんだぁ。だから時間までに戻らないと行けなくてね………けど私、自分で言うのもなんだけどかなり方向音痴でね、地図もないから全然ここがどこかわかんなくて」
地図、もしかしたら教会とかで聞けば貰えたのでしょうか?時間をかければなんとか帰れるかもしれないけど…………私、自分で「こっちですね!」って思って進んだ道に行くといつも余計にわからなくなっちゃうから…………AIナビもないのにあんな暗い場所ウロウロしたくないなぁ。
「何処だか分かってない………?そう」
内心困り果てている一方で女の子は少し思案する様に首を傾げます。そして何か思いついた様に頷いた。表情はわからないけれど、ちょっと面白がる様な、子供がイタズラを思いついた様な感じがします。なんとなくだけど。
「おねーちゃん、卵買わない?」
「た、卵、ですか?」
そして女の子はそう言まし。
卵。卵?EGG?
女の子は、木製のビール樽のように蛇口のついた――――蛇口にしてはとっても大きな蛇口がついた――――樽をドスンと背負子ごと地面に下ろしました。
なんかズンって感じの衝撃が足にまで伝わってきました。この樽見た目よりすごい重いのかな。樽はキャラメル色をベースとした瑪瑙のような塗装が為されており、よく見ると招き猫みたいなマークもペインとされています。とても可愛い樽です。
「ごめんなさい、私あんまり、ゲー、じゃなくて、この場所に来たばかりで、よくわからないから頓珍漢なこと聞くかもしれないけど、その卵って普通の食べる卵なのかな?」
危ない危ない。ゲームって言いそうになっちゃいました。あれ?この子って現実の人が動かしてないゲームのキャラクターの『NPC』って子なんですよね?それとも私と同じプレイヤー?見分け方教わってたはずなんだけど、流石にこの子の目の前でメモを見るわけにもいかないし…………どのみち、あまりゲームとかなんとか言わない方がいいって聞いたし、言わないでおきましょう。
「卵だからもちろん食べることはできるよ。けど卵によっては食べるには勿体無い気がするけどね」
「えっと、鳥の卵みたいに孵すの?」
「鳥の卵とは限らないけど、孵せるよ?」
「鶏の卵?」
「鶏とは限らないんじゃない?」
………………いまいちよくわからない。なんか鶏の卵を買って欲しいみたいな話だと思ったけどちょっと違うのでしょうか?それともゲームだと当たり前の事が私にはわかってないだけなのでしょうか?
「えっと、その卵を買えば道案内してくれるって事?」
「うん。道を教えてあげる」
むむむ………どうしよう。今お金は始めた時点で最初から持ってる1万MON(MONはALLFOの通貨単位)と、義兄さんの紹介特典で貰った5万MON。合わせて6万MON。円換算できないからちょっとわかりにくいけど、端金って事はないと思います。
「5個で5万MONね」
「ごまっ……!?」
一つ1万MONの卵……!?
確か私が今持っている1番基本的な回復薬って聞いているHP回復ポーションの値段は確か1本100MONと聞いているし、自分で色々と準備を整えようとすると1万MONなんてあっという間になくなってしまうから慎重に使うようにとネフォリャタルトさんにも注意されました。
この子は悪魔です…………!?卵で1万???
「えっと、何かすっごい高級な卵、なの?」
「それはおねーちゃんの運次第だね。このレバーを五回捻って出てきた卵五つがおねーちゃんのものになるよ。色んな卵がごちゃごちゃに入ってるから私もどんな卵が出てくるかわかんないや」
私、ゲームは疎いけどこれはさすがにわかります。これはガチャガチャなんだ。でも1万?そんなの聞いた事ない…………。途端に招き猫のマークが「お金よこせニャンニャン」とこちらを笑っているように見えてきました。
「も、もう少しお値下げとか…………」
「やーだねっ。あっ、そういえばなんだか眠くなってきちゃったなー。今日はこのままここで寝ちゃおうかなーーー」
し、白々しい。けどこのままこの子がここに居たら帰り道は分からずじまいかもしれない。でも5万………?けどこの5万ってオマケで手に入れたみたいなものだし……いやでも義兄さんのお陰で手に入れたものだから大事に使いたい……あぁぁ待ち合わせの時間が〜。
「か、買います」
「毎度あり〜」
結局1万MON値引きの4万MONまで値下げてもらったところで私は根負けして卵を買うことにしました。