14:暴利
「えっと、そんなに目立ちました?」
「まぁ、やったらトロトロ歩いてキョロキョロしてればなぁ。似たような人はいなくねぇけど、道の脇でゆっくり歩いてればなあ」
そう言えば何回か目が合ったような。ちょっと恥ずかしい。
「ここだけの話なんですけど、実は道を探していまして」
「道ぃ?こんなわかりやすいのにか?」
あまり昨日の猫の話は他の人に話さない方がいいとは言われましたが、NPCなら大丈夫な気がしました。もしかしたらプレイヤーよりもこの世界に住んでいるおじさんの方が詳しいかもしれないですしね。
「えっと、凄い細い小道なんです、人一人しか通れないくらいの。多分、この通りを通っていた時のはずなんです」
「はぁん?そんなほそっこい道は知らねーぞ?何か目印とか、他に何か特徴は覚えてねーのかい?」
特徴………あの時は子猫の事に気を取られていて、先が暗くて見通しがかなり悪かったことくらいしか。曲がり角に何があったかもおぼろげで…………この調子だから道に迷うんでしょうね、私。
「これを特徴と言っていいのかわからないんですけど、交差点になっていました。そこを子猫が通ろうとしていたみたいなんですけど、人が多すぎて渡れずにケガをしていて、小道の手前のクボミの中に丸まっていたんです」
覚えている事はこれくらい。それもヒントにすらならないようなもの。実際、貰った地図の中に該当するような細い路地が無い事は既に分かっているのですが、でも確かにあったはずなのです。
道の説明としてはあまりに的を外しているような説明ではあったのですが、今までニコニコと親しみやすかったおじさんの表情が急に神妙になりました。
「子猫?」
「真っ黒で小さな子猫でした。通路を運んで渡らせてあげた後は自分で路地の中に入って行ってしまって、迷路みたいに入り組んでいました」
「なんで後を付いていったんだい?」
「え?」
もっと道の事について聞かれると思ったのですが、少し予想外の事を聞かれました。どうしてって、それは。
「ケガをしていて、手当をしたかったんです。でも持っていたポーションで治せるのかわからなくて………考えているうちに走りだしてしまったんです。結局、迷路の先で出会った卵売りの女の子に治し方を教わって治しました」
「ほう」
「ただ、昨日別れた時点では母猫には会えていなかったので、一応見に行こうかな、と思ったんです」
おじさんは私の話を聞くと思案するような顔をします。
「そうかぁ。まあ俺もここで育ったもんだが、全ての道を全部覚えているとは言えねぇ。もしかしたら、嬢ちゃんだけが通った道が本当にあったのかもしれねぇ。偶に、不思議な事が起きるんだ、この街はな。俺も今の半分くらいしか背が無かったガキンチョの時に、不思議な場所に迷い込んだ記憶がある。もうおぼろげだがな。帰ってきた時にはおっかぁに『どこいってたんだ』って拳骨されたもんだ。俺には力になれそうにはねぇが、二つ言える事はある。一つ、猫は大事にしなきゃならねぇ。アンタのしたことは良い事だ。二つ、猫ってのは追いかけると逃げて、気にしてねぇと寄ってくるんだ…………そんな風にな」
「え?あっ」
「わー、かわいい~」
おじさんが指さす先には、いつの間にか私の足元にすり寄ってきていた猫が居ました。真っ黒な黒猫です。もしかして、昨日の子猫の母猫?
「昨日の子は、貴方の子だったのかな?」
なんだか随分と人慣れしているようですね。
頭の上を軽く掻くように撫でてみると、気持ちよさそうに目を細めた後に欠伸をしています。
「今あげられそうなものないなー。お肉とかあればいいんだけどね~」
「そうですね」
残念ながら、猫ちゃんが食べられそうな物は持ち合わせていません。暫くすると満足したのか、大きく伸びをした後に走りだし、人ごみの中に黒猫は消えていきました。
「ま、何かあれば猫の方からまた会いに来てくれるだろうさ。猫の隠れ家にあまり足を踏み込んではいけないぞ」
トマちゃんと私は目を合わせます。言葉は交わさずともお互いの意思はなんとなく分かります。
おじさんのその言葉は単なる個人の感想というにはどこか忠告、あるいは教訓めいていて、私達は例の細い路地を無理に探すことを中断することにしました。
「では、昨日の場所を探す代わりにというのも少し変ですか、樽を背負っている女の子を知りませんか?卵を売っている女の子で、白いローブをスッポリかぶっていて顔が見えなかったんですけど、声からして年は12を超えることはないと思うんです」
「樽だぁ?なんだそりゃ」
あれ?あんな目立つ風貌なら有名かと思ったのですが、おじさんは先ほどの小道以上に意味が分からん、と言いたげな顔をしています。
「樽には猫のイラストが描いてありました。昨日猫の集まっていた場所で出会った女の子で、ポーションを使って子猫を治す方法を教えてくれたのもその女の子なんですよ」
「ほ~。そうかぁ。そっちも心当たりはねぇなぁ」
「そうですか…………」
せめて、鑑定をただ依頼する前にあの女の子から私が手にした卵の事を聞くことができればよかったのですが、そうもいかないようですね。
しかし、あれだけ目立つ風貌です。今も通りにはそこそこの人がいますが、流石にあの目立つ樽を背負っていれば皆も忘れることはなかなかないと思うんですよね。ということは、義兄さんが言っていたように、特殊NPC、というものなのでしょうか?
「知らないですか?ランダムに卵を1万MONで売っている女の子で……」
「1万!!?おっと、すまねぇ」
おじさんから過去一大きな声が出ました。周りを歩いていたプレイヤーですらなんだなんだとこちらに目を向けたほどです。
そうですよね。流石に昼食というには少し少ないですけれど、間食と言うには多めのこのおやつで200MONです。
そう考えるとやはり卵1つで1万MONというのは相当な暴利だったのかもしれません。
「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。それなんか騙されてるかもしれねぇから詰所で相談した方がいいぞ」
「あ、ありがとうございます」
おじさんはとても可哀そうなものを見る目で私を慰めてくれました。詐欺………詐欺ってことはないといいなぁ…………・




