13:存在意義
「ここはお店が多いねぇ。人が多すぎてちょっと立ち止まりにくいけど」
「そうですね。昨日は人に囲まれていたので気づかなかったですけど、端を歩いてみるとお店が多いのがわかります」
人通りの多い所に商店が集まるのは経済学的に考えると当然のことですが、見てみるとプレイヤーの経営しているお店ばかりです。偶に店頭にNPCが立っている事もありますが、恐らく売り子をしているだけで経営者はプレイヤーなのでしょう。
色々なお店があるので、目移りがしてついつい足の歩みが遅くなってしまいます。リアルで観光地を歩くとこうなる事は珍しくないのですが、リアルと違うのは武器屋さんが少なくないことでしょうか。同じ武器屋さんでも槍を多く置いているところもありますし、革鎧しか置いていないところもあります。かなりお店ごとに棲み分けをしているようですね。
ゲームは全く詳しくないのですが、こういうお店って剣と槍とかすべて纏めて売っている気がしていましたが、よく考えると一人で違う種類の武器を色々と用意するのは大変なのでしょうか?
「これ美味しそうだねー」
「ん?そうですね。でもこれなんでしょう?」
これは、黄色がかって丸く膨らんだお餅でしょうか?お餅と言うにはかなり球体寄りの形状で、お餅の膨らんだ部分だけを切り取った様な感じです。穀物に類する物を焼いた時に香るような香ばしい香りと、その丸い餅の上にたっぷりとかけられたシロップの様な甘い香りがほのかにします。
「嬢ちゃんたち、買ってくかい?5個で200MONだよ。今なら2人で1つずつかってくれれば一個ずつオマケしちゃうよ」
「どうする~?」
私達の歩みが完全に止まったことで売り子のおじいさんに話しかけられました。この人は、多分NPCですね。プレイヤーのアイコンが出ていません。このアイコンはオフにもできるみたいなので過信はできないですけど。
トマちゃんはどうすると聞いていますが、この目は一緒に買うかどうかを聞いている目をではなく「私は買うけどどうする?」という目な気がします。
5個で200MON。安いのか高いのかすらわかりません。最初はお金がある方ではないというか、まだ1MONも稼いだこともないのでなんとも言えないですが、無駄使いしていいのでしょうか。しかもこの夜からこのようなおやつを食べるのは罪悪感が…………って、ゲームだから太ったりしないんでした。
「では、1つずつ………」
「そうこなくっちゃ」
「まいどありー。約束通り1個ずつオマケだ。なんだったらここで食べてっていいよ」
おじさんは屋台脇のベンチを指さしました。リアルだとこの人ごみの中で持ち歩くのは難儀しそうですが、インベントリがありますからね。けれどトマちゃんの目をみると食べたくて仕方なさそうなのでご厚意に甘えることにしました。
「うーん!おいしいね!」
「おいしいですね」
食べてみると、外はサクッと軽い口当たりで、もっと噛んでみると球体の中にあるもっちりとした部分が出てきます。やはり餅に近い印象を受けますが、餅よりもかみ切りやすいですね。素朴な味ですが変な癖がなく、軽く 煮詰めたシロップが味を纏めてくれます。このシロップは単なる砂糖だけでなく、色々な香草をつっかているのでしょうか?噛んでみると色々な香りが口の中に広がります。
一つあたりタコ焼きくらいのサイズなので6個となるとおやつには多く感じますが、思ったよりもスイスイと食べてしまいそうな感じがします。
流れで食べたおやつですが、『空腹値』の回復にも丁度いいですね。
ALLFOには『空腹値』というものがあって、ゲームの世界ではありますが定期的にご飯を食べないとどんどん動けなくなってしまうそうです。と言っても栄養価などは特に関係なく、空腹値を満たすだけなら量を食べればいい基本的にいいらしいですね。ただ、食事の中には特殊な効果があるものもあって、筋力が上がったり、魔法の出力があがったりする効果があるものもあるようです。
「おじさん、これってなんなんですか~?」
「ん?嬢ちゃんたち、まだここにきて浅い人かい?」
「そだよー。昨日?えっと、一昨日来たんですよー」
こちらでは1日ですが、ALLFO世界は約2.2倍速進行なのでNPC相手だと 一昨日というのが合っているのでしょう。
それにしても、よく考えるとNPCからしたら今は早朝なのにNPCの人はもう働いているのですね。100年くらい前はコンビニが有人で24時間営業していたと聞いた時は凄いけど同時に怖い時代だなと思いましたが、この世界では全てが有人になるのですね。
「ほー。そうかい。コイツはねぇ――――――――」
そういうと、おじさんは屋台の下の代から栗のようなサイズと形状で、見た目の感じはトウモロコシの粒に似ている不思議な物を持ってきました。
おじさん曰く、これは既に沸騰しないくらいにじっくりとお湯で煮込んであく抜きし、皮を剥いて、軽く乾燥させたもののようです。
「そいで、コイツに一気に火を通すんだ」
鍋に不思議な香りのする油を塗りそこに先ほどの物を投入。温めると、中の種が膨らんでこのような見た目になる。そこに特製のシロップを絡めて軽く炒める。すると外がカリッと、中が程よくモチッとした独特の食感になるようです。
「それ教えていーんですか?」
「まー、これぐらいじっくーーり煮込むは手間こそあれ、知ってる人は知ってんべ。大事なのはタレよ。砂糖だけじゃぁこうはなんねぇ」
おじさんは得意そうな顔をしています。余程レシピに自信があるのでしょうか。確かに、これならリアルで食べられるなら思わず買ってしまうかもしれません。ケーキの様な特別感があるわけではないですけど、クッキーの様に親しみがあって、お菓子棚にあったらつい食べてしまいそうな。
「へー。樹液かな?でもそれだけじゃないような?『鑑定』すればわかるのかなぁ?」
「嬢ちゃん、可愛いなりしておっかねぇこというでねぇか。まぁ、材料が判っただけも簡単に作れもんじゃねぇべ」
確かに、今はアイテム情報を表示しても単なるおやつとしか表示がないですけど、鑑定を鍛えればもっと詳細が分かるのでしょう。もっともっと鍛えたら、リアルの既製品の食べ物に表示されている様に原材料までわかるのかもしれません。けど、原材料がわかっても製法まではわからないですしね。
「この実?種?は栽培してるの?」
「いんや、この街からちょっと離れた所に群生地がある。アンタらみたいな人たちがよくとってきてくれるべ。あんまり持ってこられても買い取れねぇけどな」
そうなるといつか取りつくしてしまうのでは、と思ったのですが、そう言えばこの世界の『街』以外の場所、所謂モンスターたちが普通に生息する『通常フィールド』は一定時間でリセットが入るようですね。なので植物でも鉱物でも、資源を採っても枯渇するという事はないそうです。
22世紀現在になっても世界中で資源の再利用研究がされ続けている現代から考えると一見夢の様な世界に聞こえますが、それが資源が再度湧き出てくるわけではなく、時間を巻き戻されるようにループしてしまうということ。
『街』の外にいくら道を広げようとしても時間が経てば消えてしまい、大地を耕しても元の硬い地面に。柵を打ち立ててたりしても一定時間で消えてしまうそうです。
プレイヤーが街の外で放置したアイテムは消えるか、あるいはインベントリの中に自動で戻ってきてしまうのだとか。
ある意味、この『街』はこの世界に於ける数少ない安息地であり、楽園であり、同時に人々を閉じ込める牢獄でもある。義兄さんはそのように言っていました。
故に、NPCにとっては『街』の外に出ることはいつも命がけ。交流もさして活発ではないのだとか。そもそも、塩や砂糖、油など、一部の物は『教会』が販売しているし、緩いほのぼのディストピアだな、とも義兄さんは言っていました。
では、プレイヤーの存在意義とは。
公式のアナウンスでは、この世界は天使と悪魔の戦いが長く続いている世界で、プレイヤー達は天使側の人間の様です。そしてプレイヤー達が活動すればするほど、天使にとっては良い事があるようです。
実際、『シナリオボス』というシナリオを進めるための特殊なボスを倒すと、『教会』や『ギルド』、プレイヤーの能力がアップデートされるらしいですね。
同時に、このシナリオボスを倒すとボスが居た周辺のエリアは『中立区域』というフィールドに変化し、リセットの影響を受けなくなり、魔物も出没しなくなり、開拓が可能になってプレイヤー達主導で新しい『街』を作る事が出来るようです。このようにしてプレイヤー達は活動圏を拡大できるわけです。生産組組合が経営している競馬場(ただしくは競魔場)も、そのシナリオボス跡地にプレイヤー主導で建設させた施設の様です。
「ところで嬢ちゃんたち、ここに来るまでにえらくキョロキョロしてたけど、なにか探してたのかい?」
私達が、というよりトマちゃんが美味しそうに食べていたのが集客になったのか、いつの間にかちょっとした列ができていました。おじさんは手際よくその列を捌くと、客寄せになってくれてありがとよ、と私達にお茶をサービスしてくれました。そのお茶を頂いていると、おじさんが聞いてきました。




