10:鑑定
ランチ、といっても同じ建物の中に或る職員食堂です。
粗方食べ終えて残りをデザートとしたところで、食べながら私の話を聞いていた先輩は楽しそうに頷いき今までの話を総括していきます。
「ふむふむ。卵詐欺かぁ。懐かしいなぁ。それから生産組組合の幹部と出会ったと。数時間でなかなかに濃い経験をしたようだね」
鶴橋先輩には大方話しました。先ほど揶揄われた手前、義兄さんのことは話しにくく話さなかったけれど、教会で目を覚ましてから猫につられて変な道に迷い込み、最終的に友人と待ち合わせに成功してログアウトしたところまでをかいつまんで。もうこれで3度目になるので食べながらでも分かりやすい説明が出来たと自分でも思います。
それにしても、やはり『生産組組合』の知名度は高いようですね。特に説明をしなくても鶴橋さんはすんなりと受け入れていました。
「さて、休憩時間内に収まるように細部を省いて分かりやすく説明してくれた柚木ちゃんにはもう少し深堀して色々と聞いてみたいところなんだけれど、今聞きたいのは卵の孵化条件だね。鑑定はまだしてないんでしょう?」
「たぶん………ミゴさんは卵を見てましたけれど、鑑定したかどうかは」
「何かしらエフェクトはなかったな?パーって目とかが光るみたいな」
「それは何も無かったと思います」
「ふむ。ミゴさんはなかなか礼儀正しいね。今更なんだけど『鑑定』についてはわかっているんだよね?」
「一応サポートAIから説明は受けています」
『鑑定』。
それはALLFOに於いてもかなり重要な技能だと聞いています。
ALLFOに於いて、店で売っているだいたいのオブジェクトはインベントリに入れると、インベントリ内のアイテムがリスト化されるので正式名称が分かります。そのリストを出している表示している状態でタッチすると、簡単な説明を見ることができます。武器であればあとどれくらい使えるか『耐久値』なるものが5段階くらいの段階でざっくりと見る事ができるようです。
けれど、その大半は本当に簡単な物で、物によっては正式名称すら分かりないものもあるそうです。では名前がわからない物をどうやって取り出すの?という疑問に関しては、第七世代は優秀なので取り出しオブジェクトを頭の中で想像しインベントリを開けば取り出すことができます。
例えば私が卵の入った袋をインベントリから取り出した時も、正式名称は不明でしたが、卵の入った袋と念じたら普通に取り出すことができました。
ただ、もっと詳しい使い方を知りたいときにはやはりそのアイテムに対して『鑑定』をする必要があるようです。方法としては副職業を『鑑定師』にするか、あるいは鑑定技能が使えるプレイヤー、NPCに依頼をするという方法があります。NPCの場合であればギルドの鑑定カウンターで依頼をすれば鑑定結果を教えてくれるそうです。ただ、鑑定するアイテムのレアさ危険性に応じて鑑定料も値上がりするし、教えてくれる鑑定結果に関しては一番信頼がおけるものの、皆も考えることは同じなのでかなり並ぶ羽目になるそうです。
けど、鑑定済みかそうでないかの違いでもアイテムを買い取ってもらう時にはかなりの差がでるそうなので、それでも鑑定を頼む人もいるそうですね。けどそんなに待てない時は、鑑定師のプレイヤーに頼むことになります。ただ、鑑定の腕も値段もピンキリらしく、腕が良くて良心的な価格の鑑定師のプレイヤーを見つけるのは本当に難しいそうです。
その点、生産組組合はギルドに匹敵するレベルで鑑定所を作り鑑定をできる体制を作り上げているそうですが…………ゲーム、なんですよね?まるで慈善事業みたいな?
私がぽつりと生産組組合の鑑定所に関して所見をこぼすと、鶴喰先輩は笑いました。
「柚木ちゃん、別にそれは100%慈善事業って訳じゃないんだよ。これはオンゲに慣れてないとすんなり理解しづらいかもしれないけど……と言えるほどではなく私もMMOはALLFOが初めてなんだけど、あれはなかなか悪どい商売だよ」
「そうですか?やはりボッタクリ、みたいな?」
「いやいやそうじゃない。重要なのは『情報』さ。アイテムを鑑定すればそこから鑑定師は色々な情報を収集できる。生産組組合の鑑定師達はこの情報を組合で使用する事を引き換えに安価で鑑定をやるんだよ。機械で言えば、パソコンなどの使用ログの一切合切全部発売元に送信する代わりに格安でパソコンを買えるみたいな感じさ」
プライバシーもあったものではないですけど、それほど不利な条件ということなのかもしれませんね。販売元としても全部のログが取れるなら色々な修正も思いつくでしょうし、一つ一つのデータは小さくても分母が大きくなればまた違った価値が出てくるでしょう。
「或いは君みたいなレアケースが来てくれたらカモだね。君の持ってる卵は現状ALLFOでは未確認の情報の塊の様なものだと思う。それを鑑定すれば色々な情報が見通せる。そしてその情報は売れるんだ。君が起こした現象に再現性があったら最高だね。だからね、君に起きたことをあまり周囲に言わないほうがいい。MMOのプレイヤーはオンリーワンを求めてやまない。下手にそんなレア現象を起こしたことを知られたら強引にでもその方法を聞き出してくる輩も出てくるよ。私は言いふらす気はないけど、人はくれぐれも選んだほうがいい」
いつもニコニコしていて余裕たっぷりな感じの鶴喰先輩ですが、その時はかなり真剣な顔をしていました。どこか、実体験からくる怒りや恐怖が混ざり合った複雑な感情が表に出てきている様な。
「加えて、鑑定はすればするほど精度が上がるから、多少安価でもALLFOで世界最高クラスに資産を持っているとされる生産組組合のバックアップがあるなら安価でも鑑定をする価値が鑑定師側にもあるし、生産組組合が間に入ってくれる事で余計なトラブルや手続きもかなり簡略化できる。また、魔物のドロップから今現在のプレイヤーがどこをメインと活動しているかも見えてくるし、現状のトレンドですらも見えてくる。産業を担当する存在がその様な重要なビッグデータを独占していたら、さてどうなる?」
答えは、他の組織では逆立ちしても勝てない。
トレンド、世情、ニーズ傾向の情報という商売に於いて極めて重要な情報をとある大企業だけが独占している状況になれば…………他の中小に勝ち目などあるわけがありません。
「さらにさらに、魔物のドロップやアイテムからそのプレイヤーの強さすら見えてくるし、短期間で強くなっていく優秀なプレイヤーなどを見つけやすくなる。君の様な不思議なアイテムを持つプレイヤーを見つけやすくなる。そうなるとどうなるか。もし有望株と判断されれば生産組組合の『スカウト』と呼ばれる奴らが接触してきて勧誘してくる。武力ですらもそうして支配してしまうんだ。その結果、今の日本は『生産組組合』という組織が強くなり過ぎている。半ば公的な機関の様に皆が考えてしまうほどにね。どうだい。鑑定をやるメリットも見えてきただろう?」
言われてみると、なかなか怖い話です。表面上はいい事をしていますが、実質的に組織の強化にとって活用しているという事。
それでいて実際彼らが管理しているおかげでALLFOの世界でも日本サーバーは異様な治安の高さを保っていると聞きます。となれば表立って批判することも難しい。よくできたシステムです。
「でも、そうなったら鑑定師を選ぶプレイヤーが増えるのでは?」
「さーて、それはどうかな?」
鶴喰先輩がまたニヤニヤと笑います。
「因みに、初期環境だと鑑定師は産廃職、いわゆる使えない地雷職業なんて揶揄されていた過去がある。そしてその評価は今も大して変わっていないんだよ。どうしてだと思う?」
「え?でもアイテムが鑑定したら安定してMONは稼げるし……情報を手に入るし…………」
「そこだよ。MONを稼いで、どうなる?」
「どう、って…………」
「現実と混ざってないかな?価値観が」
現実ならお金を稼げば、そのお金で欲しい物を買ったり娯楽にも使えます。というより、生活保護だけで人並みに暮らすだけならできるほど技術的に完成している22世紀の人間なら、ほぼ娯楽に使うのではないでしょうか。
でも、そうか。MONでは娯楽を買えない。生産組組合主催で競馬もどきをやってると聞いていますが、それぐらい娯楽に直結する使い道がない。
「そこがリアルの経済システムとMMOの経済システムの違いだね。と言っても娯楽に使う方法だってあるけれど、大体はゲームの中でやらなくても出来ることなんだ。そしてここで更に足を引っ張ってくるのが鑑定師を設定できる副職業スロットが1つしかない事と、鑑定師自体がかなり大器晩成型の職業という問題だね」
そう言って、鶴喰先輩は携帯端末を操作して私的なアカウントの方にとある写真(スクリーンショットと呼ぶと後で教えられた)を送ってきました。




