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神と怪物  作者: 観月
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2

『一族皆、ひとり残らず、皆殺しにされたって……』

『きれいな女や、強い男は連れて行かれるらしいよ』

『連れて行かれるって、どこにだよ』

『知るもんかい、戻ってきた奴はいないんだからさ』 


 ひそひそと囁かれる噂話を、聞いたことがある。

 だが見たことはない。

 出会ってしまったら、殺されるか連れて行かれるか、どちらかなのだから。


 ただまだ、リズの心のうちに恐怖は湧き上がっていなかった。現実とは思えなかったからだ。

 ユリナが部屋を出てから暫くすると、あちこちのテントからざわめきが広がり始めた。

「リズ!」

 テントの入り口が開いて、ユリナが戻ってきた。

「一族の皆に知らせてきた。男たちは戦う準備をしているわ。今からじゃあ、逃げられない。リズ、あいつらがここへ来るまで、あとどのくらい?」

 ユリナに聞かれて、リズは今まで何もせずに、ただ立ち尽くしていただけだったことを恥じた。目を閉じて、近づいてくる敵の速度と距離を感じ取ろうとする。

「はやいの。すごく早く移動していて……わかりずらいの。でも、この音の感じだと、ここから5キロも離れちゃいないわ。あと、10分。ううん、もっとすぐここへやってくるかも」

「上等」

 ユリナはテントの隅にあった二人分の布団を炉のそばへ運び、重ねた。敷布を2枚。掛布を2枚。

「アンタはここに隠れて」

 言いながら、リズの手をつかみ、引きずるように2枚の敷布の間に押し込んだ。

「待って、ユリナ!」

「おだまり!」

 ぴしゃりと言われて、リズは固まった。暫くしてユリナの顔が近づいたと思った瞬間、リズの肩に腕が回る。

 抱きしめられるのかと思ったが、そうではなかった。

 あたたかな金属の感触が首と、胸に落ちる。

 リペンダントだ。いつもユリナが首に下げていた、丸いロケットのペンダントトップのネックレスが、リズの首にかかっている。

「これ?」

「これをアンタに預けるわ。といってももともとアタシの物じゃないけどね。それはアンタの本当の母親からアタシがもらったの。さあ! アタシがいいというまで動いちゃいけない。声を出してもいけない。言いつけを破ったらお仕置きだ」

 そのまま布団をかぶせられた。

 テントを暫く歩き回ったり、何かを動かしているような音がしていたと思ったら、突然リズの隠れた布団の上にユリナが腰を下ろした。

 かなりの衝撃があり、思わずリズは声を上げそうになってしまった。

 そして、静かになる。

 その静寂が、リズの上に腰を下ろしたユリナの緊張を運んでくる。

 ドキドキと胸を波打たせる鼓動。自分自身を落ち着かせようとしているのだろうか。ときどき大きく吐く「ふーっ」という息。

 しかしそんなユリナの気配をかき消すように、敵の近づく気配はどんどん大きくなっていった。もう誰の耳にもはっきりと聞こえるに違いない。

 遠くに車の音を聞いた時よりも、リズに恐怖はなかった。

 あちこちのテントから、一族の者たちが応戦の準備をする気配がする。そして、布団の上にはユリナがいる。

 

 オアシスにたどり着いたエンジン音は止まることなく、けたたましいうなりを上げ続けていた。

 車を降りた男たちが一族のテントに向かって歩き出す。

 モーターバイクからひとり。その後ろの車から三人。最後に停まった車からは二人。

 リズの耳と、人間離れした感覚は、確実に侵入者の情報を拾う。おそらくは全員男だろうと思われた。

 一族に、男は何人いただろうかとリズは考える。十人以上。十五、六人はいたはずだ。子どもだって、それに女だって、戦える。

「とまれ!」

 リズの耳に聞こえたのは一族の中でも一番勇敢で、一番強いルイジの声だ。

 が、リズが考えることができたのは、ここまでだった。

 ユリナの舌打ちが聞こえたと同時に、エンジン音よりも更に激しくするどい音がリズの耳の中いっぱいにこだました。

 血の匂いがした。

 昨日まで共に砂漠を渡っていた仲間が、無防備に倒れていく様を感じる。

 後を追うように聞こえたのは女たちの悲鳴だったが、その悲鳴すら最後まで叫び終えることなく、途切れてしまう。

 テントの中にあった仲間の命が、リズとユリナを残してすべて消えていってしまうまで、あっという間の出来事だった。

 銃声がやんだ後に聞こえるのは、車のエンジン音と、狂ったような笑い声。そして、周囲を物色する音。長靴が砂をはむ音。

 空っぽだった胸のうちに恐怖が湧き上がる。

 このままでは、次はユリナが殺されてしまう。

 それなのに身体が動かない。

 リズが何をすることもできずパニックに陥っている間にも、男たちの足音はいよいよ近づいてきた。

 テントの入り口の幕が開かれる――

「待って、待って、待って!」

 ユリナが立ち上がったのだろう、感じていた重みがふっと消えた。

「アタシ、丸腰よ!」

 幸運にも、ユリナはすぐに撃たれることはなかった。

 一人二人と、押し黙った男たちが、テントの中へと入ってくる。

 リズは全神経を集中して気配を探った。

 五人がテントの中へと入ってくると、最後の一人がひときわゆっくりとテントの中へと歩みを進める。

「砂漠を渡る民。一番大きなテントが族長。その後ろの一番小さなテントは、薬師のテントだったか」

 ガラガラと掠れた、低い声が聞こえた。

 ニンゲンじゃないか。エデンから零れ落ちた神だというから、どんな気配かと思ったが、ブルータルビーストたちの気配も、声も、人間のそれとまったく変わらない。それどころか高貴からは程遠い、野卑ですらある声だ。

 ユリナを取り囲むように五人。そして最後に入ってきた男があたりを見回しながら、テント内をゆっくりと歩いている。

「あたり。よく知ってるじゃない? 私はこの一族の薬師よ。アンタたち、金目のものが欲しいんじゃないの?」

 いつもより早い口調のユリナの声に続いて、甕をひっくり返す派手な音が聞こえた。ざらざらと、中に入っていたものがぶちまけられる。

 その音に驚いて、リズは身を固くした。

「ほら見てよ」

 しかし、続いて聞こえてきたのはユリナの声だ。普段は少し低めの声を出すユリナが、この時は明るく張りのある声で、まるで親しい友人にでも話しかけるような気安さを装っている。

「この青い宝石なんて、なかなか手に入らないわよ。アタシ、地下に住む人々とも繋がりがあるの。アタシなら、アンタたちをうんと儲けさせてやれるわ」

 まくし立てたユリナが、大きく息をつく。ブルータルの声はしない。

 一瞬の静けさの中で、リズは新たな存在に気が付いた。リズでもユリナでもブルータルビーストたちでもない、第三者がこのオアシスにいる。一族の者たちが皆殺しにされたことは、はっきりと感じ取っている。誰かが生き残っていたとは思えない。

 リズの意識がブルータルビーストに向かっていたために、この新しい人物の気配に今まで気が付かなかったのだ。

 いや、それともブルータルビーストに、遅れてやってきた仲間がいるのだろうか。

 リズはちらりとうかんだ考えを、だがすぐに否定した。新たにあらわれた存在は、あまりにも静かだ。ブルータルビーストたちのけたたましさや、荒々しさとは遠くかけ離れている。

 二人。一人は大人の男性。もう一人は子どもかもしれない。リズよりは大きな体格だと思うけれど、歩き方や気配が、大人のそれではない。

 敵だろうか。味方だろうか。

 考えをめぐらすリズをよそに、ユリナとブルータルビーストとの会話は続いていた。


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