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 実に自分は前世で情けない死に方をしていた。何をとっても平々凡々で、唯一の長所といえば職業が警察官だったくらいで後は冴えない一社会人の俺は今まで普通の、ごく平凡な生活をしてきていた。しかし、その日は非番で欲しかったゲーム原作のコミカライズマンガの第一巻を購入していた矢先にビルの飛び降り自殺をしようとしていた女子高生を助けようとして、巻き込まれて死んだ。

 自分には似合わない、カッコつけな行動をした結果が、この格好の悪い死に様である。


 そうして、気がつくと俺は前世でどハマりしていた「らぶまじ☆レボリューション」のキャラクターに転生していた。

 「らぶまじ☆レボリューション」ーーー通称「らぶまじ」とは、俺が死ぬ直前に購入したコミカライズ漫画の原作ゲームのことだ。ジャンルはSF学園ものの男性向け恋愛シミュレーションゲームで、プレイヤーの分身である主人公が、四人の美少女キャラクターと加えて隠れキャラクターを攻略していく、所謂ハーレムギャルゲーだ。


 これで俺の転生先が、その攻略キャラクターに好かれまくるモテ男の主人公だったら、最高に良かったのだがーーー残念ながら俺の転生先は主人公じゃない。

 主人公の親友である(にしき)怜司(れいじ)に転生していたのだ。実はこの彼こそが隠れキャラクターのBL要員で、男の娘キャラでもある。


 それぐらいならまだよかった。しかし、彼は同時に作中の悪役ポジションも担っている。

 一見攻略キャラクターという見栄えだけに中性的な美貌を持っており、主人公よりモテているという設定の公式イケメンで、主人公にも序盤では普通にいい奴を装っているが、その実本性は主人公に対して独占的な歪んだ愛情を持っており、他の攻略キャラクターが主人公に近づくとその対象の彼女に嫌がらせをしたり、あらゆる手段を使って他の攻略キャラの排除をしようとしたり、とどめには主人公を拉致監禁まがいの行動をとったりと主人公のためなら手段を選ばない行動をするーーー所謂ヤンホモキャラなのだ。

 その悪行が原因で、彼は各攻略キャラクターのルートでは、それ相応の報いを受けることになる。それは、良くて離島への追放、悪くて殺害されてしまうというどのエンドにしても破滅的な結末を迎えるのだ。

 彼の唯一のハッピーエンド、もとい実質上メリーバッドエンドは、主人公と結ばれることになる隠しルートの怜司エンドであるが、側から見れば現実で考えると人生的には色々な意味で立派な人生崩壊エンドだ。この結末では、自分や主人公にとっては素晴らしい結末なのであろうが、周りや家族にとっては心底迷惑な結末に他ならない。


 前世での俺はオタクでモテず、生涯童貞の虚しい人生だったんだ。BL要員のキャラとはいえ、せっかくイケメンに生まれ変わっているのである。今世でも不毛な人生や短い生涯を過ごすことになるのは、もうごめんだ。

 だから、俺は決めたーーー。

 俺は主人公も女の子達も虐めない、ましてや家族にも迷惑をかけない。お天道様に陽の目の当たらないようなことはせず、真っ当な人生を歩む。

 そのためには、なるべく人に優しくを心がけて怜司がゲーム上の破滅フラグを歩む前の原因である要素も全て回避して、ゲーム本編の話で発生するフラグも回避した暁には、大学生活では薔薇色の人生を送ってやるんだ。


 そう心に決めた俺は、前世の記憶を思い出した9歳のときから自分の破滅フラグである原因の数々のフラグを回避し続けて、5年の月日が流れた。



 そして、ついに今日、我が家に本来の怜司が破滅フラグを辿る事になる原因の人物がやってきた。


「……皆様、初めまして。今日からここで暮らすことになりました小鳥遊(たかなし)春香(はるか)です。よろしくお願いします。」


 小鳥遊春香と名乗る黒髪の少女は、虚な目で深々と俺達家族に挨拶をする。この少女こそ、『らぶまじ』の攻略キャラクターであり、錦怜司の婚約者でもある。

 同時に、怜司にとっては破滅へと陥れる脅威の存在だ。



 このゲーム上の設定の日本は、俺が前世で過ごしていた現代日本より少し先の未来の日本が舞台となっている。その日本では、『キズナシステム』という日本政府が決めた新憲法が存在する。

 この憲法は、少し前の世代ーーー所謂俺が前世で過ごしていた現代日本にあった社会問題の対策として提案されたのがきっかけで誕生したものである。差別のない社会を生まず、全ての人が皆平等であるためには、生まれた時からの人生を変えることと現代の若者が結婚に対して無頓着であるため少子化が増えていくことを防ぐための対策ーーーそれらを全部引っくるめて解決するために作られたのが、この憲法だ。

 『キズナシステム』の制度には、15歳の少年少女が4月1日を迎えると、政府によって遺伝子上やデータ上の計算で調整して決められた各々にとって最良で、優秀な相手と婚約するというしきたりがあり、4月1日に『キズナシステム』の統計上で決められた婚約者と結婚するか、それを断って恋愛結婚するかという選択をすることになる。

 この選択で彼らの将来の人生が決まることになり、その選択を選ぶことによってこの憲法で存在する身分が判定される。


 その身分制度は、五段階に分かれており、上から『最優位』『優位』『中位』『下位』『最下位』となっている。

 『最優位』は、生まれつきキズナシステムの規則を代々守り続けていた家系で、金持ちの家庭に多い。

 『優位』は、『最優位』と同じように『キズナシステム』の規則を守って結婚した家系で、『最優位』程の身分は高くないが生活に困らない程度には裕福である。ゲーム上では、普通に『キズナシステム』を守っている一般家庭がこの身分である。

 『中位』は、『キズナシステム』内の婚約は行わず、恋愛結婚で結ばれた身分で、待遇は最優位や優位ほど優れたものはないが、生活に困らない最低限の生活は行えるらしい。ちなみにこの身分は、例え結婚前がどの身分であってもこの身分となる。そのため、『キズナシステム』に従わず純愛を貫いた中位の人間達には憧れる人も存在しており、身分としては中ぐらいに位置しているが隠れた好評価を得ているらしい。


 この三つの身分に対しては、政府は比較的好意的に対応しているが、残りの二つに関しての扱いは、かなりシビアなものとなっている。


 まず、『下位』ーーーこの身分は、恋愛結婚で結ばれたにも関わらず、離婚した者達のことだ。主に離婚した際に離婚の原因の被害を受けられた側はこの身分になり、被害側に親権を預けられた子もこの身分となる。

 そして、さらに酷いのが『最下位』ーーーこれはある罰則を行った者、キズナシステムの掟を破った者につけられる身分。恋愛結婚で結ばれた際に離婚の原因を作った加害者側もこの身分に該当する。

 例えば、片方が外で浮気や不倫をしたり、もしくは結婚相手に対してモラハラやDVを与えた場合、被害側は通報することが可能である。そして、双方の両親含んで話し合い離婚が確定すると、被害側は『下位』、加害側は『最下位』となる。また、加害側の方で浮気相手との間に生まれた子供も『最下位』と見做される。

 『最下位』の降格についてはともかく、なぜ被害側まで『中位』から『下位』に降格される理由は、恋愛結婚が原因の一つになってるらしく、政府側にとって少子化対策としては全うしているので『キズナシステム』で決められた婚約を断り恋愛結婚を選んだのは許容範囲に値しているのだが、結婚後全うに出来なかった場合は、『キズナシステム』を一度破ったから、という理由があるからなのだそうだ。要するに政府側からすればいずれにしても元『中位』の人間は、『キズナシステム』に逆らったから自業自得だ、という扱いらしい。

 ちなみに『キズナシステム』での婚約で結婚したのにも関わらず離婚した場合は、加害側のみどの身分であろうが『最下位』に下げられ、被害側の身分は変動しない。これは、被害側が元々最優位もしくは優位の人間であるからという理由で下げないという暗黙の了解があるらしい。


 そして、元中位だった被害側の下位の人間には、『キズナシステム』で下されたある掟を守らなくてはいけない。

 それは、自分の子供を14歳のときに、政府がランダムで決めた最優位側の一族の子供と強制的に政略結婚させなくてはいけないことーーー要するに悪く言えば、自分の子供を身売りさせなくてはいけないのである。ちなみになぜ14歳なのかというと、『キズナシステム』の婚約が元々15歳であるが、その前に『下位』になった場合は、子供に影響しないために14歳で婚約させられるとのことらしい。最もこれは14歳になる前に両親が離婚した子供に限定されるのだが。

 なお、これは、余程のことでない限り絶対に断ってはいけないルールとなっている。なぜなら、このルールこそ公には発表されていないが、政府にとって被害側が離婚した罰としているからだ。また、同時に被害側の将来の子供を下位にしないための対策として、『最優位』の子供を作るためでもあるのだ。

 つまり、元々差別をなくし、色々な問題を解決するために生まれたものなのに、やっていることは完璧主義を貫いて少しでも欠点があれば排除しようとする法律、それが『キズナシステム』なのだ。政府の闇は深すぎる。俺からすれば、こんな身分制度があることこそ差別意識が強いと思う。



 小鳥遊春香は、元々両親が恋愛結婚で結ばれていた『中位』の人間であり、被害側の父親・小鳥遊(たかなし)(わたる)に引き取られた『下位』の人間になった少女だ。彼女は、最近になって亘が政府の調整で同じく元『中位』の人と再婚が決まった。しかも、分が悪いことに再婚相手にはまだ幼稚園ほどの小さい子供がいて今はそちらにつきっきりで、亘はそこそこ育っている春香に構ってあげられなかった。

 それと同時期に政府から春香の政略結婚願いの連絡があり、亘はあっさりと引き受けたのだそうだ。彼は『春香の将来のため』と言っていたらしいが、実質は家庭環境的な意味の厄介払いだ。ちなみにエピソードは、『らぶまじ』中盤で判明される話であるが、本編上ではなぜ彼が政略結婚願いをすぐに引き受けた理由があまり詳しく語られていなかったので、あくまで俺の推測である。

 決して再婚相手の継母や義弟の子供と不仲なわけではなかったが、亘や継母にとっては、義弟の方も春香と同様に調整して政略結婚することが将来的に決められているため、下手なことはしないよう慎重に育てるように心がけているらしい。春香は優秀に育ったが、義弟はまだ小さく親が離してはいけない時期のため必然的に二人の優先順位は彼の方にかかりっきりになっているのである。そのため、春香は表面上では義弟の姉を懸命に努めつつも内心は疎外感を感じていた。

 その状態でこの錦家にやってきたのだ。そりゃ、そんな虚な目になってもおかしくないわけだな。



 ゲーム上の春香ルートのシナリオでは、怜司は彼のキャラクター設定上、女性に興味ない上に無理やり親に婚約をさせられ、春香も不本意なままの状態で強制的に錦家に連れてこられたため、実質形だけの婚約でそのまま険悪な関係が続いた。そんなとき、春香は主人公と出会い、互いに一目惚れする。春香が主人公と関わった後はさらに関係が悪化して怜司は春香を虐めていくのだ。そこで偶然主人公がその現場を目撃し、怜司の本性と春香が怜司に嫌がらせを受けていたことが分かり、主人公は彼女を守るため、怜司から春香を奪還する、というのが大まかな内容だ。


 ここで、怜司が待ち受けている運命は、ハッピーエンドの場合は、春香は意を決して怜司と婚約破棄して主人公と共に歩むことを選ぶ。その際に春香は今までの怜司の悪行を怜司の父に打ち明け、政府から離島へ追放ーーーもとい分かりやすくいうと島流しにされる。

 また、バッドエンドは2パターン存在し、一つは怜司が散々春香を虐めた挙句、その春香が痺れを切らし衝動で怜司を殺害し、それを怜司の母に目撃された春香は、政府によって容赦なく『最下位』に下げられ、主人公と離れ離れの結末を迎える。

 もう一つのパターンは、怜司殺害に加え我に返った春香はショックで主人公にメッセで遺言を残し自殺する結末を迎える。

 要するにいずれにしても怜司は春香に殺されるのである。ゲーム上では完璧美少女でメインヒロインだったが、話が進行して親密度が高くなっていくと彼女の病みの部分が垣間見え、一歩でも間違うと精神を病んで人を殺したり自殺したりするーーー改めて思うと小鳥遊春香はとんでもない地雷女だ。現実にいたら相当ヤバい人間である。しかし、その生死はこのヤバい奴にかかっているのだ。


 とりあえず、俺がこれから実行することは春香に当たり障りのないようになるべく接していくことだ。ゲームの怜司は春香のことを散々虐めていたが、俺はなるべく春香に優しく接して、春香から発生する怜司の破滅フラグを全て回避していこう。俺は小さく誓いのガッツポーズをしていると、母さんに

「怜司ー、食事会するんだから早く来なさーい。」

と呼ばれたので、俺は急いで、今行くよ、と母について行った。



 今日は春香の居候初日ということで、俺と春香の婚約祝いで俺の両親が食事会を提案し、俺の両親と春香の父親である亘併せての家族食事会を開いたのだが、春香がずっと陰鬱な表情を浮かべてるので気まずい雰囲気が漂う。

 沈黙だけは避けようと思って、父さんと母さんが必死に話の話題を色々持ちかけようと努力するが、途中でネタが尽きてしまい再び沈黙の場になりかけるといった繰り返しが延々と続いている。

 すると、突然亘は溜息をつき、その後に春香に向かってこう言った。


「……春香。いい加減にその顔はやめなさい。今日はお前の大事な婚約祝いなんだぞ。錦さん達にも失礼だろう?」

「そう言って……どうせ私を追い出したいだけなんでしょう?」


 冷たい視線で亘に鋭く言い放つ春香。それに対して、亘は図星を刺されたのか一瞬押し黙る。やはり、厄介払いは間違っていなかったんだな。『らぶまじ』本編では、春香が怜司と婚約したという話のほとんどは、春香が怜司に冷遇されていた回想シーンしか描かれず、春香の婚約前の過去を打ち明ける話のときの彼女の回想も断片的にしか語られなかったのだが、俺が前に考えていた憶測は正解だったということか。

 そうすると、亘は眉間に皺を寄せながら次に春香に対してこう返す。


「春香、それは今言うことじゃないだろう?」

「だって事実じゃない。再婚してから今のお母さんと一緒に弟にばっかり構ってて、その頃から私のことなんて見向きもしないじゃない。」

「いや、そんなつもりは……お前のことだってちゃんと構っているじゃないか。今回のこの婚約だって、ちゃんとお前の将来のことを考えてやっているのであって……」


 亘が弱々しく言い訳をつらつらと話すが、春香はそれに苛立ちを感じたのか亘に歯向かうようにしてこう返す。


「嘘つき! 本当はずっと私のことが邪魔だったんでしょ!? あの人の子だからっ!」


 亘は春香の言う『あの人』の言葉に反応したのか亘は拳でテーブルを強く叩く。


「春香! 今は錦さん達の前なんだぞ、そんなこと言うのはやめなさい!」


 亘はそう怒鳴った。春香と亘が揉め事をしている中、俺の両親はあわあわと慌てふためいている。すると、春香は彼の様子を見て俯き涙を流しながらこう呟く。


「やっぱり、そうだったんだ……お父さんだけは信じてたのに。私を捨てないって信じてたのに……。」


 ポロポロと大粒の涙を流す彼女を見て、亘は申し訳ない気持ちになって、春香に謝ろうと声をかけたとき、春香は突然立ち上がる。そしてーーー、

「お父さんのバカ!」

 逃げるようにしてダイニングから去っていった。亘も春香の名前を叫びながら後を追って行った。


 なるほど、大体理解した。なぜ、ゲームの春香と怜司があんなにも冷え切った関係なのかが分かった。ゲーム上では開発側の都合上だったのか一切語られていなかったが、恐らく小鳥遊親子の喧嘩が原因だ。怜司の立場で考えれば不本意である政略婚約である上、目の前で相手まで嫌がっていることを自己主張されてしまったら、そりゃいい気なんて絶対にしない。加えて親まであの状態なのであれば、両者共々気まずい空気しか漂わない。

 多分ゲーム上の設定では、一応は婚約成立はしているということは、何とか亘が春香を連れ戻し俺の両親は心が広いから許してくれたのだろうが、ゲーム上の怜司は気を悪くしたのでそのまま関係が悪化したのであろう。

 駄目だ。そう考えると、これは見ていられない。このままだと色々な意味で不完全燃焼じゃないか。俺は意を決して座席から立つ。


「俺も……春香さんを探しに行ってくるよ。お義父さんも心配だし。」


 俺の発言を聞いて両親は目を丸くする。そして、父さんがこう尋ねる。


「探すって……大丈夫なのか? どこに行ったか分からないのに。」

「うん、心当たりがあるんだ。春香さんがいそうな場所の。だからそこに行ってくるよ。」


 そう言って、俺は両親を後にした。

 とりあえず、今俺が果たさなくてはいけないことは、小鳥遊春香となるべく積極的に接していくことだ。


 錦怜司()が、小鳥遊春香ルートで発生する破滅の道を回避するために、作戦を実行する。


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