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幕間 谷の館の記憶

 聖教圏で『異能者』は敬遠されやすい。


 古代、大陸には十二賢者と呼ばれる異能者がいた。彼らはアビレア帝国で「魔法使い」として皇帝候補を選び、国を助けるために活躍した。

 しかし、聖教の台頭とともに宗教的内紛が勃発すると、魔法は迫害の対象となっていった。

 十二賢者の子孫は、帝国の滅亡とともに大陸中に散らばった。その子孫を十二家という。 現在、聖教圏に残るのは風のフェアリール、炎のアスファル、水のニンフェル、そして調律のオリオンベルクだ。

 彼らは聖王庁のもとで、神命に従い能力を使うことで存続を許された。エアロス自身、それを疑問に思ったことはなかった。


 ──六年前、谷の館に誘拐されるまでは。


 事の発端は、辺境の司教区で嘆きの子が村を壊滅させたことから始まる。

 この事件から、司教は得体の知れない力に強い懐疑心を抱いた。特に、能力を制御できない嘆きの子は神に背く存在として処分すべきだと声をあげたのだ。

 聖典において『異能者』は保護・観測の対象と定められている。その解釈を巡り、十二家と司教の間で対立が起きた。

 そのさなか、修道院が相次いで襲われ、異能者の子ども達が攫われた。その中に、エアロスもいた。オリオンベルク侯爵領の修道院に、兄とともに訪れていたのである。

 子どもたちを攫ったのは、東方のあやしげな術士だった。彼らは「雇われた」と言い、エアロス達を谷の館に連れ去った。

 聖堂騎士団が聖教圏中を探すなか、子ども達は理不尽な暴力にさらされた。

 四肢の自由を奪われ、なぶりものにされ、親しい者同士で殺し合いをさせられた。そして生まれたのは、全てを壊し、滅ぼし尽くすほどの、強い怨嗟だった。

 誰が始まりだったかは分からない。谷の館の子どもたちは、度重なる辛苦から嘆きの力を放出した。

 谷の館は崩れ、その周囲は草一本も残らない枯れ果てた土地となった

 エアロスはその悲劇のなかで兄を亡くし、自身も深い傷を負った。


 谷の館に聖堂騎士団が辿り着いたとき、息が残っているのはエアロスだけだった。

 フェアリール寄りの治療院に運び入れられて、エアロスは命を繋いだ。しかし、一方的な暴力の記憶と、一人生き残った罪悪感に蝕まれ、心は壊れかけていた。


 意識が遠のけば悪夢が牙をむき、目覚めれば傷の痛みに苛まれる。十六歳のエアロスは、死ぬことばかり考えた。

 早く死にたい。そうすれば、兄や他の皆に謝れる。友人達はなぜ迎えに来てくれないのだろうか。独りだけ生き残った自分を恨んでいるのだろうか


 何度眠れぬ夜を過ごしただろう。ある晩、包帯に包まれた手を、誰かがやさしく握った。小さくやわらかな手だった。


 朦朧とした視界に、幼なじみの少女が映った。


 最初は、幻かと思った。けれど、意識が戻るたびにセレーネはそこにいた。

 王城から抜け出してきたのだと、十になったばかりの少女は両目に涙をためながら、はかなく微笑んだ。

 どうして泣くのと尋ねれば『エアロスさまが戻ってきて下さって嬉しいの』とそっと答えてくれた。

 その言葉に、エアロスは救われたのだ。


 エアロスの身体が回復した頃。聖堂騎士団が捕らえた東方の術士が、何者かの手引きによって牢から逃げたと聞いた。

 結果的に、谷の館での事件により異能者への迫害は更に強まった。

 聖王庁は聖堂騎士に特異な力を探し尽くすよう命じた。特に危険な異能者は、嘆きの力を発動する可能性が高い。少しでもそのおそれがあると聖王が判断した場合は、有無を言わさず流刑地へ送った。聖王庁は女こどもでも容赦はしなかった。

 処分される異能者の数は膨れ上がっていき、遠からず十二家も何らかの理由で潰されるであろうことは、想像に難くなかった。

 エアロスが聖堂騎士になったのは、聖王庁の手からセレーネを守りたかったからだ。



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