ドン引きのエリク
この女ヤバすぎるッ!
俺は隣の席に座っているヤバい女を見て思った。超☆ヤバい。
俺の気分は葬式ムードだ。ベッカー先生の声の中にランメルツさんの嗚咽が混ざって不思議なハーモニーが奏でられている。授業の内容が頭に全く入ってこない。
エリザベスも俺とは違う理由で授業を聞いていなかった。こいつは泣いているランメルツさんを嗤っている。
「ではなぜ勇者タケルはこの世界にこんなにも強い力を持って顕現できたのでしょうか?・・・・・・それでは、アードラースヘルムさん分かりますか?」
「・・・・・・」
エリザベスはそれには答えず愉しみを邪魔するなという風に先生をにらみつけた。教室全体に寒気が走る。まさかこいつここで魔法を使う気か?
「で、ではホール君答えられますか?」
ベッカー先生は空気を読んで回答者を隣の俺に変えた。もうこの教室の主導権はエリザベスにあるといってもよかった。
「それはマキナ様の加護があったからです」
「そうですね。勇者タケルはこの世界に転生した時にこの世界のすべての生き物を超越する圧倒的な力と我々では千年かかっても到達できない英知を授かりました」
「う・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
「その結果彼と彼の冒険者パーティー『ソティラス』によって魔王ディアボロを王国軍首脳との講和の席につかせることが出来ました」
「ひぐっ・・・・・・ずず・・・・・・」
ちょいちょい入ってくるランメルツさんのすすり声が先生の解説を邪魔する。だがここまでなら俺達くらいの年齢なら誰でも知っている話だ。勇者タケルと彼のパーティー『ソティス』の冒険譚は吟遊詩人が歌う定番の一つだし俺も母上に昔聞かされた。
「こうして『人魔不可侵条約』が期限を百年を上限にして締結されたのです。そして上限の二十年前『人魔不可侵条約』は名前を変えて『人魔中立条約』と名前を変えて期限の上限を撤廃。限定的ではありますが人と魔が交流を始めました」
人と魔が交流!へえーそれは知らなかったなぁ~魔族は色んな種類がいて平気で人とか食べるやつらだと聞いたことがある。本当にそんな種族たちと交流できるのだろうか。
「それではみなさん参考書の四十八ページを開いてください。そこにある“マキナ様が勇者タケルを召喚した理由について九十文字以内で述べよ”を各自取り組んでください。それを羊皮紙に書いて。後で回収採点します。」
参考書を開いた俺はいきなり手が止まった。うぐっ・・・分からん。そういえばなんでだ。
俺が手を止めてウンウン唸っているとなんだか気配を感じたのでその方向に目を向けるとエリザベスがこちらを見ていた。
「なんですか・・・・・・アードラースヘルム様」
金髪碧眼。つり目の青い瞳がこちらを射抜いた。形の良い眉は今は少し歪んでいる。
「あんたこんな簡単な問題も分かんないの?やっぱ三流貴族なのね」
「うっ・・・・・・すいません」
うるさいんじゃい!と返したいところではあるがそんな口きいたら何されるか分かったもんじゃない。俺は無難な回答をした。
「いい?マキナ様は気まぐれなの。だからいつも人間の味方をしてくれるとは限らない。マキナ様の崇高な考えは分からないけど神学者達の間では一種のバランスを取るためではないかって言われているわ」
「バランスですか?」
「そう、バランス。魔王が現れる、人間に甚大な被害が出る、勇者が召喚される、魔族に甚大な被害が出る、魔王が倒される。そして勇者が寿命で死ぬと魔王が現れて・・・っていうループが起きてるらしいの。これは神々による生物の数の調整と言われているわ」
「なぜ神々はそんなことをするんですか?」
「それは分からないけど今言った事をちょっと加工すればこの問題は解けるはずよ。やってみなさい」
え・・・・・・なに?俺同級生に勉強教えられたんだけど・・・・・・ここにもう一人歴史の先生おるやんけ!
俺は助言の通り“マキナ様の崇高な判断により魔族の数を調整するために勇者タケルをマキナ様の加護の元この世界に転生させた。”と書いた。
「ところであんた名前は?」
それ昨日言ったんだよなぁ・・・・・・と思いつつ俺は改めて自己紹介した。
「エリク・ホールといいます。これからよろしくお願いします。エリザベス・スノー・ダニ・アードラースヘルム様」
「ところでエリク。あなたはあたしのおかげでこの問題に解答できたわよね?」
「はい、そうです」
ヤバい。イヤな予感がする。
「この公爵令嬢エリザベス・スノー・ダニ・アードラースヘルムの手を煩わせておいて手ぶらで帰るつもりは流石に三流でも思いつかないわよね?」
「はい、そうです」
ランメルツみたいにはなりたくない。ランメルツみたいにはなりたくない。ランメルツみたいにはなりたくない。
「ならあんたはこれからあたしの専属召使いになりなさい。卒業するまでずっとあたしに尽くすことを許可するわ」
「・・・・・・はい・・・・・・」
「物分かりが良くてよろしい。ならこんなシけた授業は抜けるわよ。あたし眠いの」
「え、でもそしたらこの問題の回答を提出できな・・・・・・」
「あたしがあなたの口から聴きたいのは“はい”だけよ」
「・・・・・・はい・・・・・・」
その答えに満足したのかエリザベスはすぐに席を立った。
「どうしたんですか?アードラースヘルムさん?」
「先生。あたし具合が悪いから医務室に行ってきます。付き添いはホール君がしてくれるそうです」
「しかしあなたはどこも悪くなさそうに見えるけども」
「いえ、めちゃめちゃしんどいです。(眠くて)」
「はあ分かりました」
ベッカー先生は渋々といった感じでエリザベスの退席を認めた。そうして俺は教室を出ていくエリザベスの後をついていった。