01_にぎわい
「将明、絵本の時間よ」
どこまでも続く暗闇の中を沈んでいる最中、東風谷は懐かしい母親の声が、聞こえていました。
「やったー!!絵本だ、絵本!」
母親は、思わぬ事故に巻き込まれ、東風谷の幼い時に、命を落としています。そんな母親の記憶の断片が、走馬灯のように流れ込んできます。東風谷の目からは、懐かしさのあまり、涙がこぼれます。
「今回は、あなたが好きなファンタジーの本よ」
東風谷は、ベッドの上で母親のとなりに座り、母親が手にもつ絵本の中身を見ます。その絵本は、異世界にまよいこんでしまった一人の少年が、剣を片手に、大切な人を救うため、魔王や魔物たちと戦うストーリーでした。
絵本の中の少年が迷いこんだ異世界。そこは、どこまでも続く蒼穹にドラゴンが滑空し、巨大な街には、魔法使いが行き交い、見渡す限りの大地と海に、様々な魔物が、存在する世界ーー。
東風谷は、差し込む光を感じて、新たな世界で目を覚まします。彼が目を覚ました場所は、人々が行き交う街の市場でした。
「そこのお兄ちゃん、どうだい。いいもの揃ってるよ!!見ていかないかい」
「寄ってらっしゃい。見てらっしゃい」
お店の呼び込みの声が、あちらこちらで聞こえます。市場は、活気に溢れ、果物や、お肉、アクセサリーなど様々なものが売られています。
香ばしい匂いが漂っていて、歩いているだけで、お腹が空いて仕方がありません。気を抜けば、お店に吸い寄せられる魅力を秘めています。昼時のお腹が空いた時に、通れば、お店のいい鴨に成り果てることでしょう。
《なんだ、ここは......。俺は確か、ナイフに刺されて意識を失ったはずじゃ。見覚えのない場所にいるんだけど。も、もしかして、これが、ラノベとかによくある異世界転生って奴じゃないのか!うん、変な感じだな。全く動けないし、しゃべることすらできないんだけど!》
東風谷は、ようやく自分の体の異変に気がつきます。転生後の世界を、歩いて回ろうとするも、足のようなものがないので、動くことができません。気の毒ですが、一歩も動けないまま生涯を終える可能性も見えてきました。
《嘘だろ......すでに、詰んだ気分だ。俺は、何に転生したんだ。なんか、気のせいかもしれないけど、俺、店で売られてない?》
東風谷は、店の台の上で、前に値札が置かれ商品として売られています。見たところ、台の上には、東風谷の他に、色んな種類の盾や剣が、置かれて売られています。
店の商売人は、商品を台に、置いているにもかかわらず、真面目に商売をしようとは、考えていないようで、煙草を吹かし、新聞を読んでいます。これでは、来る客も、来ません。東風谷が、店から旅立つ日は遥か遠い未来になるんじゃないでしょうか。
《ここは、武器屋のようだな。俺は、何だかの武器に、生まれ変わってしまったのかも......。うーん、予想外過ぎる。かなり、 まずい状況になったぞ。自由に空を飛びたかったのに、なぜか全く動けない武器になるなんて、どうなってるの。はあー、さっそく、苦労しそうだ。せめて、俺を誰か買って欲しいもんだ。ずっと、この景色を見るなんて、退屈過ぎる》
数時間後ーー。
東風谷に、最大のチャンスがやってきます。なんと、騎士団の人たちが、武器屋に訪れて、武器を見に来たました。またとないチャンスです。騎士団の中の一人に、東風谷が、拾われるかもしれません。
《来た来た来た!!しかも何人か、来たよ。よし、俺を誰か、購入してくれよ。頼むよ。じゃなきゃ、一生恨むからね》
希望の光が、突如、差し込んで、東風谷の心が踊り出します。なんとか、選ばれるように、気持ち、存在感を出します。見かけは、全く変わっていませんが。
騎士団たちは、台に置かれた武器を手にとって、まじまじと見て、しっくり来るものを探しています。
《よし、いいぞ!手に取って見始めた。俺を、手にとってくれよ!頼みます、頼みます、ほんとに頼みます!》
東風谷は、手にとって、拾ってもらえるように、必死に願います。すると、一人の騎士団が、まっすぐ手を伸ばし、東風谷の胴体を掴み、徐に持ち上げます。ついに、選ばれました。大チャンスです。あとは、運に任せるのみ。