01_あがき
言うんだ。頑張れ、俺。俺なら、できるって、絶対に。
東風谷は、心の中で、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、拳を強く握りしめます。
大丈夫、きっと大丈夫だ。頭の中で何度もシミュレーションしたじゃないか。よし、思いを伝えよう。
心地よい風にのって、桜吹雪が舞う季節。舞い散った桜の花びらで、地面は桜色に染まり、耳を澄ませば、透き通るような、川のせせらぎが耳に溶け込みます。
そんな中、東風谷と幼なじみの明日乃が二人でゆっくりと桜並木を歩いています。東風谷は、緊張して身体の動きがぎこちなくなっています。なかなか、お互い顔を合わせられず、なんともいえない沈黙がしばらく続いた後、ついに東風谷が口を開きます。
「色葉、ずっと言いたかったんだけどさ......俺.......」
桜が、東風谷が明日乃に、伝えようとした瞬間、強風が吹いて、花びらが勢いよく舞い散ります。
「......」
風で髪が靡いた明日乃の笑顔に、東風谷は思わず、心打たれて、口が止まってしまいます。
君の笑顔に、救われたんだ。俺は、君と、これからを歩みたい。
一瞬、黙ってしまった東風谷ですが、勇気を振り絞って、覚悟を決めました。
「俺は、色葉、君のことが......」
グサッ。
東風谷が、明日乃に思いを伝えようとした時でした。何かが突き刺さる鈍い音がします。脇腹から、今まで感じたことがないような強烈な痛みが走りました。
血、血だよな、これ。
痛みが走った脇腹を見ると、鋭利なナイフが突き刺さり、そこから血液が流れ出ています。東風谷は、身の毛がよだつような視線を感じて、横を振り向きます。
すると、不気味な笑みを浮かべた一人の男が、東風谷を見ています。
誰だよ、こいつ。
東風谷は、脇腹から走る強烈な痛みで意識が朦朧になり、地面に倒れこみます。薄れ行く血液のなか、地面に流れ出る大量の血を見て、思います。
俺は、死ぬのか。ここで。
彼女に思いを伝えられないまま。
無様に死ぬのか。
「こんにちは。誰か知らないけど、何か幸せそうにしていたので、刺してみました」
ナイフを持った男は、東風谷を見下すように、見つめています。
ふざけんな、そんな理由で殺されてなるものか。
「そうだ、この子も、刺さなきゃ」
男は、今度は、明日乃の方を見ると、持っていたナイフの刃をなめまわします。
「やめろ......」
東風谷は、男の足首を掴みます。
「はあ?」
「やめろっていってるんだぁあああ!!!」
「なんだ、お前。ムカつくな」
男は、苛立ちを覚えて、東風谷の脇腹をめがけて、蹴りを入れます。
「ぐぅ、ぐぅああああああ!!!」
あまりの痛みに、東風谷は叫び声を出します。
「はははは!!!いいね。その叫び声。痛いでしょう。悔しいでしょう。君は、無力なんなんだよ。ささっと、その汚い手を離してくれないか」
「絶対に、離すものか!!!お前みたいな奴に、俺は屈しねーぞ」
東風谷は、男の足首を強く握り、鋭い眼光で、男を睨み付けます。
「しつこいな。お前みたいな奴を見てると、むしゃくしゃするんだよ」
男は、容赦なく、東風谷に何度も蹴りを入れます。
「うぁああああああ!!!」
恐怖のあまり腰が引けて、動けなくなっていた明日乃は、たまらず、東風谷に言います。
「もうやめて!!!そこまでしなくて、いいよ。東風谷くん。私のことより、東風谷くんのことだけを考えて」
「それは無理だ。俺は......俺は、君に救われたんだ。それに、俺は、君のことが好きだ!!!だから、君を失いたくないんだよ。この命にかえても」
「かっこつけてんじゃねーぞ!!!いつまで耐えられるか見てやるよ」
東風谷と明日乃の会話を聞いた男は、さらに、蹴りの勢いを強めます。
ヤバい、意識が途絶えそうだよ。
足首を握る手にも力が入らなくなってきた。
痛い。
苦しい。
投げ出したい。
でも、足首を離すわけにはいかないんだ。自分の意識が残る限り、握り続けてやる。
絶対に。
数ある作品の中から、本作を読んでいただき、誠にありがとうございます!
ブクマ等していただけると、執筆の励みになります!